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はまかず文庫コミュの犬と猫のお話(1)

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【1】

隣に男の子が立っていた。
彼は冷たく言い放つ。
「嘘つき」、と。
彼は私に背を向けてどこかに去ろうとした。
「待って!」と叫ぼうしても声が出ない。

待って!待ってよ…



その子の名前を呼ぼうとしたところで目が醒めた。
目覚ましが、けたたましく鳴っている。
寝起きの頭が現実を捉えるまでぼーっとしていたが、それが完了すると、私はできるだけ早くベッドから離れた。
制服を着て、髪を梳かして、学校に行く準備を調えて、一人でパンとサラダと牛乳を食べる。
お母さんは朝早くに出勤していた。

玄関の鍵をかけてると、隣の扉が開いた。
夢に出てきた男の子が、ブレザーの学生服を着て現れる。

「おはよう、姉ちゃん」

こーちゃんが挨拶した。
私はそれに「おはよう」と短く答えるとすぐに、エレベーターに早足で向かう。
エレベーターの下りボタンを押してしばらく待つ。
こーちゃんが話しかけてきそうなのを、何となく背中で感じ取る。

「公立って中間テスト終わったの?」
「終わってる」
「どうだった?」
「別に普通」

エレベーターが五階に到着したので乗り込む。
続いてこーちゃんも乗ってきた。

「姉ちゃん今年受験だよね?
どこの高校に行くの?」
「公立ならどこでもいい」
「でも、姉ちゃんの成績だったら進学校に行ったほうが絶対いいって」
「学校なんてどこでも一緒よ」
エレベーターの階数をずっと眺めていた。
1階に下りるまでの時間が息苦しい。
「でも…」

こーちゃんが反論しようとしたとき扉が開いた。
走り出したい気分で、マンションに面した道路を目指す。
こーちゃんも私と並んで歩く。
ただ、中学生になってまだ間もないこーちゃんは、短い歩幅を回転数で補っていた。

「そういえばさ。
来月、姉ちゃんの誕生日だよね?
何かプレゼントいる?」
「いらない」
「でもさ…せっかく…」
私は立ち止まった。
「毎年毎年、誕生日プレゼントってしつこい。
いいかげんやめたほうがいいよ、そういう子供じみたこと」
しごく淡々とそう述べ、私立に通うこーちゃんと別れた。
これ以上一緒にいると、夢の続きを思い出してしまいそうになる。
背後で泣きそうになってくこーちゃんの顔が、頭のなかに浮かんだ。



【2】

「ミキはどこ受けるの?」
同じ日の夕方に、同じバスケ部に所属していた友達に、同じ質問をされた。
塾に向かう途中だった。
「公立だったらどこでもいいかな。
うちの近くが一番いいんだけど」
「欲がないなぁ。
ミキの成績だったら、進学校に行っても十分通用するのに」
「えー先生と同じこと言わないでよー」
でもその言葉は、私には先生ではなく、別の誰かの声で聞こえた。
「ミキはいいよねー。
バスケだけじゃなくて勉強もできて。
その上美人ときたもんだ。
いったい、どんだけ前世で徳を積めばそうなれるんだろうね?」
「ユカの方が美人よ」
「はいはい。
あんたが言うと嫌味にしか聞こえない」

参考書を買いに本屋に寄るため、公園を通り抜けることにした。
公園の散歩道には街灯が灯り始めていた。
「ミキさ、年上の男と付き合ってるの?」
「突然、何を言いだすかと思えば…」
「だってあんた、学校でしょっちゅう告白されてるじゃない?
でも誰とも付き合ってる様子がないから、大学生のカレシでもいるんじゃないかってもっぱらの噂よ」
まったく…噂してる人たちの想像力に褒章でもあげたい気分だ。
「じゃあ今まで男の人と付き合ったことないの?」
「残念ながら、ね」
「男に興味ないの?」
「興味がないわけじゃないけど…なんていうか、付き合うってよくわかんないんだ」
「わかんないって…何が?」
ユカの不思議そうな顔が覗いてくる。
「なんかね、みんな、付き合うイコール映画に行ったり服買いに行ったりする、みたいに思ってるじゃない?」
「まあ…ふつうわね」
「でもそれって、別に好きじゃなくてもできるでしょ?
私は、付き合うって二人しかできない特別な何かだと思うの。
だから男の子に付き合ってって言われても、なんか気が進まないの」
「ふーん、そっか」
「ごめんね、真面目臭い話しちゃって」
照れ隠しに謝る。
ユカは愉快そうに口の端を緩めた。
「いいんじゃない?ミキらしくて」
それから少しだけ声の調子を抑えて言った。

「でもね、映画に行ったり服買いに行ったり、二人の時間をもつことで、付き合うの意味が分かることもあるかもよ」

私は一応それに同意した。
「もしミキが誰とも付き合いたくないならさ」
ユカを見るといつもの明るい笑顔だった。
「私がお嫁さんにしてあげる」
「…ぜひ喜んで」
こんなふうにさりげない優しさで包んでくれるユカを、私はかけがえのない存在として感謝していた。


それから冗談を言い合いながら公園を歩いていると、ツツジの枝がざわついて白猫が現れた。
「うわぁーきれいな猫!」
ユカが近寄っても逃げる様子はなく、おとなしく撫でられている。
「ミキも触ってみなよ」
ユカは楽しそうに白猫の背中をさすっていた。
猫と目が合う。
円い瞳がこちらを凝視している。
「私は…いい…」
自分の意思とは関係なく、後退りしてしまう。
「どうしたの?顔色悪いよ?」
ユカが心配そうな顔をしている。
「…なんでも、ないの。
ちょっと、猫が、苦手なだけ…」
私とユカが話してる間に、白猫は道の反対側に消えていった。



【3】

マンションの隣の部屋に新しい家族が引っ越してきたのは、私が小学四年のときだった。
お母さんの陰に隠れてこちらをちらちらと窺っている男の子の顔を、今でも鮮明に憶えている。
お母さんに促されて、まるで子犬のような小さな声で、挨拶してきたことも。
私は一緒に部屋で遊んできていいか親たちに尋ね、その子の手を握って私の部屋に招き入れた。

ドアを閉めると、男の子は部屋をきょろきょろと見渡していた。
私は彼の頭を強く撫でた。
「あんた、名前は?」
急に頭を撫でられて、男の子はきょとんとしている。
「もう!鈍いわね!自分の名前ぐらいさっさと言えないの?」
「あの…僕…コウタ…」
男の子はやっとのことで言い終えると、下を向いたまま黙ってしまった。
「そんな心配そうにすんな。
誰もあんたのことを食べたりしないから」
そう言ってもう一度頭を撫でた。
男の子は、微かにはにかんだ。
私はその笑顔に満足しながら、
「あんたみたいなウジウジしたやつに、コウタなんて、男らしい名前は似合わないわね」
しばらく考えたあと、高らかに宣言した。

「よし!あんた、犬みたいに従順そうだから今日からこーちゃんに決定!」

命名されたばかりのこーちゃんは驚きながらも、
「どうして犬みたいだと、こーちゃんになるの?」
と理由を知りたがった。

「じいちゃんの家で飼ってる犬が、コウって名前だからよ」

今から考えたら、ひどい理由だったと思う。
にもかかわらずこーちゃんは、
「ありがとう、お姉ちゃん」
と、満面の笑みで私にお礼を述べてくれた。
「…犬の名前で呼ばれて喜ぶなんて、バッカじゃないの?」
その表情がとても眩しくて。
私はつい、憎まれ口を叩いてしまった。

その日から、私たちは友達になった。



【4】

こーちゃんは名前の由来どおり、犬のように私に懐いてくれた。
でも他の人に対しては人見知りをして、自分から集団の中に入っていくことができなかった。

ある日、学校の帰りにこーちゃんの服がクレヨンで汚されているのに気付いた。
私が理由を問いただすと、クラスメイトにやられたらしい。
私はすぐにいじめたやつらを捜し出して、一人ずつぶん殴ってやった。

それから休み時間になると、私はいつもこーちゃんのいる教室に向かい、いじめられていないか確認した。
現場に出くわしたら、体を張ってこーちゃんを守ったこともあった。

「ありがとう、お姉ちゃん」
私の背中におんぶされたこーちゃんがつぶやいた。
学校から帰る途中だった。
二人分で一つの影が長く伸びていた。
「お礼なんていい」
ぶっきらぼうに答える。
「なんでいつもやられっぱなしなの?
悔しくないの?」
私はこーちゃんに不満をぶつけた。
「悔しいよ」
私の肩に置かれたこーちゃんの手に、ちょっとだけ力がこもる。

「でもね、お姉ちゃん。
僕が殴られると痛いように、相手も殴られると痛いんじゃないかって思うんだ。
だから僕が我慢すればいいんじゃないかな?」

いつもいじめられて泣いているこーちゃんの台詞とは思えなかった。
そして何より、自分よりも年下の子がこんな強くて優しい意志を持ってることに、私は戸惑いを隠せなかった。
夕焼けが西の空に広がっていた。
「…お姉ちゃん?」
長いこと沈黙してた私に、こーちゃんが呼びかける。
「…だったら友達を作りなさい。
そうすればいじめっ子も手が出しづらくなるでしょうから」
「…うん!僕がんばるよ!」
夕焼けに染まるこーちゃんの笑顔を、視界の片隅に感じた。
それは、私だけに見せてくれる最高の笑顔だった。
こーちゃんを背中から下ろして、頭を優しく撫でる。
「頑張るだけじゃダメ。
絶対、友達作りなさい。
…じゃないと安心して中学に行けないわ」
「最後、なんて言ったの?」
「…なんでもない」
こーちゃんと手をつないで家路に向かう。
「お姉ちゃんって、本当のお姉ちゃんみたい」
こーちゃんはそう言ってくれた。
二人の影が長く伸びていた。
「あんたみたいな弱虫のお姉ちゃんなんて、頼まれたっていやよ」
そっぽを向いてぶっきらぼうに答える。

その日から私たちは姉弟になった。

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