ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

はまかず文庫コミュの女の嫉妬は猿と鳥を殺す(6)

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
閑話休題。

でも、そうなると犯人がいないことになるんじゃないか?
何かギミックでも使ったのか?
「何らかの仕掛けを使った可能性は薄いわ。こんな部屋だもの。痕跡があればすぐに気付くわ」
じゃあ、どうやって台本は消えたんだ?
「まだ共犯の可能性も残ってるわ」
オレの問いにそう答えると、後は黙り込んでしまった。
「その場合は、問題の3人以外も犯人になるのか?」
「楽屋に戻るには警備室を通らなければならないから、それはないわ」
犯人候補は変わらずか。
…あれ?でも共犯だとしたら…
「3人とも証言が変じゃないか?」
「そうなの。共犯なら互いのアリバイを証言すればいいのに、誰もそんなことをしてない。阿部さんの証言も、アリバイ証明にしては弱いのよね」
椅子に座ったまま、諸手を上げて伸びをする。
八方塞がりだった。

とりあえず、こういうときはできることからしとこう。
「春日野さん」
「なんですの?」
待ちくたびれたという不満を、隠そうともしない返事。
「さっき、電話してた友達に、もう一度連絡お願いできませんか?」
「しょうがありませんわね」
と言いつつ、持ってたポーチからシックな携帯電話を取り出した。
「…あら?」
「どうかしましたか?」
彼女は手にした携帯電話を向けてきた。
待受画像が紗都子さんだ。
「そうじゃなくて、ここ」
彼女の指が指し示す部分には、『圏外』という文字が表示されていた。
念のために自分のでも確認したけど、同じだった。

「春日野さんの楽屋では、通じたんですか?」
会話を聞いていたとみえて、さっそくやつが質問してきた。
「そうよ。この楽屋の隣だけど、ちゃんと通じていたわ」
「あんた、春日野さんと行って確かめてきなさい」
なんでオレが?
「あんたはあたしの手足として動いてればいいの!」
この言葉にはちょっとムカッときた。
「何様のつもりだよ、お前」
売り言葉に買い言葉を返す。
「何よ…?口答えする気?」
やつの目が鋭くなった。
「さっきは、こんな事件瞬殺してやる、とか言ってたくせに、てこずると八つ当りか」
「なんですって!?」
ますます言葉に険がこもる。

「二人とも止めてください!」

声の主は優香だった。
「私のせいで、喧嘩するのは、止めて、ください」
泣きだしそうな優香を、紗都子さんが抱き締める。
「これ以上は無駄じゃないかな?」
紗都子さんの声音は、とても冷めていた。

「…もう少しだけ待ってください」
堪え難い沈黙の後、やっと声を振り絞る。
「…春日野さん」
「なんです?」
この状況にあって、態度一つ変えないこの人は、やはり大物なのだと思った。
オレと違って。
「あなたの楽屋まで一緒に来てもらえますか?」
「いいですわよ」
部屋を出る直前に、誰彼となくつぶやく。
「…手足が働くなら、頭もちゃんと働けよ」
「えっ?」
背中から小さく声が聞こえた。
「優香を助けるんだろ?」
「…もちろんよ」
その言葉を聞き届けてから、オレは楽屋のドアを閉めた。



「貴方達ってお似合いのカップルね」
「春日野さん」
オレの発言は、春日野嬢の皮肉めいた称賛を遮る形になった。
「あなたは優香に対して敵意をもっておられますね?」
「…否定はしませんわ」
「正直な方ですね」
「根が正直ですから」
「ではオレも正直に言いましょう」
彼女に向き直る。

「オレはあなたが犯人ではないかと疑っています」

「まあ!」
大げさと思えるほどの反応が返ってくる。
「正直な方ですね」
「根が正直ですから」
しかし表情には余裕しか見当たらない。
「どうしてあなたは、優香に敵意を抱くのですか?」
「…理由なんかありませんわ」
「そうですか」
彼女から視線を逸らす。
「理由は紗都子さんでしょう?」
「…どういうことかしら?」
返答に少し間があった…ような気がする。
「自分の愛する者の愛情を、独占したいと思うのは、当然のことです。愛情が深ければ、尚のこと」
「仰る意味がわかりません」
構わず続ける。
「もしそれが叶わない場合には、人は時に憎悪する。多くはそれを妨害する対象に」
気が付くと、春日野嬢の顔が目前にあった。
「よくお聞きなさい」
声の調子が明らかに変化していた。
「確かに私はお姉さまを愛しています。ですが、私が優香ごときに嫉妬するなど、天地が逆になってもありえません」
分かったこと。
美人が冷笑すると恐怖だ。
「…一つだけ教えてください」
ようやく体が動いたのは、彼女が自分の楽屋のドアに手をかけたときだった。
「どうぞ」
「あなたは犯人でないんですか?」
「…もし私が犯人なら」
唇に指を添えて考える仕草は、一枚の絵画のようで。
「自分で自分を誉めてあげますわ」
その唇から紡がれる音は、名曲の一節のようだった。
言葉の意味さえ考慮しなければ。




春日野嬢の楽屋から電話をかけると、確かにつながった。
相手が英語(もしくは仏語だっけ?)を話してきたらどうしようかと思っていたが、どうやらその心配は杞憂だったようで、春日野嬢の証言は裏付けされることになった。
オレが丁重に礼を述べて、電話を彼女に返そうとしたその時、

「ちょっと貸して」
いつこの部屋に入ってきたのか、手の中にあった携帯電話はこいつの手に渡っていた。
「あの、春日野さんとお話されてるときに変わったことはありませんでしたか?例えば、声が聞き取りづらくなったとか。…それはなかった?そうですか。ありがとうございます」
そのまま電話を切ってしまった。
さすがに失礼だと思って注意しようとすると、こいつは、「ちょっと来て」と言うや否や、オレを通路に連れ出した。

そしてどういうつもりか尋ねる前に、こいつがしゃべりだしたのは言うまでもない。
「あんた、優香ちゃんを信じる?」
どういうことだ?
春日野嬢じゃないが、仰る意味がわからんぞ。
「つまり、この事件が優香ちゃんの狂言じゃないかってこと」
「そりゃねぇな」
即答する。
いつもは虚言弄言しか言わないオレでも、いや、そんなオレだからこそ、これだけは断言できる。
「優香はそんなことができるどころか、考えることすら、できるコじゃねぇよ」
それだけは理屈抜きで真実だ。
「…そうよね。あたしもそう思うわ」
言葉の割りに、表情が厳しい。
「だとしたら、犯人はあの人しかいないわ」
「犯人がわかったのか?」
びっくりして声が上ずってしまう。
「ええ…」
でも歯切れが悪い。
「で、いったい誰なんだ?」
「それは…」
珍しく言い淀みながら話すこいつに、オレは嫌な予感を感じずにはいられなかった。



「そんなまさか」
こいつの推理を聞いて愕然とする。
反論する言葉が思いつかない。
「ねえ、もし彼女が本当に犯人だったらどうしよう?」
こいつも困り果てているようだった。
「どうするったって…」
オレの視点も思考も、定まってくれない。
「とりあえず、みんなの前で今の推理を披露しないか?」
「そしたら優香ちゃんが…」
こいつの心配ももっともだ。
いつもは粗暴なやつだが、こういう配慮だけは感謝したい。
オレにまでもたらされれば、なおいいが。
「でもオレ達の目的は、この事件を世間に広めないようにすることだろ?だったら、優香には悪いが、犯人には自白してもらわないと」
「でも…」
懸命の説得にも、まだ及び腰のようだ。
「それにさ、ここにいる人間だけなら、どうにかなるかもしれない」
「どうにかって、どうするつもりよ?」
うっ!?それは…。
「もしかして適当?」
いや、そのですね…。
沈黙したオレに、具象化した視線が突き刺さる。
「…まあいいわ。後のことは後で考えるとして」
そう言いながら、皆の待つ楽屋に向かう。
「今は、今できることをしましょう」
ドアの回し手をひねる。
扉が開く。

「犯人がわかりました」
扉を開けるなり、こいつはいきなり本題に入った。
「本当か、それは?」
ハゲが身を乗り出して聞いてきた。
「誰なんだ、犯人は?早くそいつから台本を取り返してくれ!」
「落ち着いてください。これからちゃんと説明しますから」
まくしたてるハゲをなだめる。
「説明だと!そんな面倒臭いもんはいらん!やはり、お前らみたいなガキに任せるんじゃなかったな」
さっき反省したのに、本日二度目の沸点に達するところだったが。
「…黙れ、ハゲ」
黄泉の国から響いてるのかと思われるほどの重低音が聞こえてきた。
隣にいるこいつから。
「なんだと?」
「殺すぞ」
「ひっ…!」
ハゲの顔が引きつる。
こいつが全力でキレかかったの、久々に見たな。
久しく忘れていたが、やはり恐い。
改めて肝に銘じておこう。。

「どうでもいいですけど」
例によって、マイウェイを維持している春日野嬢。
「早く説明してくださらない?時間も遅くなってきたことですし」
「いいでしょう」
しばらく間を空けて、こいつがさっき話してくれた推理の内容を語りだした。
それは短い事件の終わり、長い解決編の始まりだった。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

はまかず文庫 更新情報

はまかず文庫のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。