There, but for the grace of God, go I だと、 「神の御加護がなかったら、自分も・・・ (この場合は『雨の雫』)のようになっている だろう」の意。 その上、The only truth I know is you だから、 There but for the grace of you go I は、 「それでもぼくは (僕にとって唯一の)真実(である きみ) の恵みがあればやって行けるのさ」 にしてみました。
この歌詞は他のポール・サイモンの多くの歌の歌詞と 同様に美しいですが、ラストのフレーズの There but for the grace of you go I が特に好きです、個人的には。
直リンにはいきなり、「"There but for the grace of you go I."の意味がずっとわかりませんでしたが、下記の英語の決まり文句から取ったと思われ」とあり、おっと勘所が俺と同じじゃなかと思いました。
しかし、"There but for the grace of God go I." もしくは " 〜(同じ)〜 goes ○○" のフレーズは、我が家にある30年前発行の『新英和中辞典』(研究社)にも、"but for" と "grace" の箇所に成句類の例として出ているので、一般ネイティブがよく知る言葉かどうかは分かりませんが、おそらく辞書掲載フレーズとしては極く普通のフレーズなのではと思います。
だから、あくまで私の個人的なケースではありますが、私の場合は、直リンのサイトにある感想のような「辞典でこの表現を知ったときは目から鱗が落ちる思い」というのではなくて、この成句的なものの " God " の部分を " you " に代えて歌ってるポール・サイモンのセンスに目から鱗という感じでした。まぁ英語的にそれほど極上のフレーズかどうかは私には分らないのですが、この歌がこのフレーズで綴じられることには何か特に繊細な美しさを感じたものです。ってか今もそう感じるのですが。
「キャシーとポールは1965年に別れ・・・」と出ていますが、"America" の中で、"let us be lovers we'll marry our fortunes together" , と歌われ、二人でタバコ一箱とワグナーおばさんのパイを買って、アメリカを探しに出た、
" kathy, I said as we boarded a greyhound in pittsburgh, michigan seems like a dream to me now. It took me four days to hitchhike from saginaw ... " と歌われ、
"kathy, I'm lost, I said, though I knew she was sleeping." と歌が続き、
僕は空しくて、胸が痛いほどで、でも何故なのか分からない、
それで走る車を数えたりしたけれど、でも彼らもみんな、(まるで僕らと同じで)アメリカを探してるようなものなんだ、そうさ、みんなアメリカを探しに来たんだ・・・