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北京波の新世紀映画水路コミュの温故知新・英戦争映画「スピットファイヤー」

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『 スピットファイアー 』Spitfire 
英映画1942年(米国版)日本未公開    
 

『風と共に去りぬ』のアシュレー役で知られるレスリー・ハワードが戦時中に自らのプロダクションで企画・製作・監督・主演した戦争映画である。

かつて封切られて大ヒットした『空軍大戦略』は原題を“BATTLE of BRITAIN”といい、ドイツのイギリス本土爆撃を英国空軍が国を挙げて駆逐したことを描いた1969年のオール・スタァ映画だったが、その功績はひとえに英国製の高速戦闘機「スピットファイアー」の性能ゆえのものだった。

この『スピットファイアー』は国を救った名機を設計したR・J・ミッチェルの伝記映画で、英国空軍の戦闘機隊が出演してもいる国策映画である。

ミッチェルはこの映画の公開時には病気で他界しており、20年に及ぶミッチェルの航空機設計にかけた執念を家庭劇としても手堅い演出で仕上げている。

そのなかで多くの航空機選手権大会に出場するエピソードが描かれているのだが、アメリカ側の優勝者がかのドゥーリトル中尉(東京大空襲の指揮官.

『東京上空30秒』でスペンサー・トレイシーが、『パール・ハーバー』でアレック・ボールドウィンが演じていた軍人.)であったり、ベニスでの大会ではムッソリーニのファシズムが台頭してきたときであったり…、と時代色が出ていて興趣は尽きない構成になっている。

それにしてもハワードは、もしナチス・ドイツが勝っていれば間違いなく戦犯として処分されていたはずで、そのことでも感慨深いものがある。

というのも、レスリー・ハワードはこの映画の後応召し戦死してしまうのである。

彼はこの映画の前にアンソニー・アスキス(ボクは『予期せぬ出来事』という映画しか見たことはないが、戦前からの巨匠)と共同監督で『ピグマリオン』という映画が高く評価されていたという。これは『マイ・フェア・レディ』のミュージカルではない一般劇映画である。

撮影は後年の名キャメラマン、ジャック・ヒルドヤード.ミッチェルの学友でパイロットとして協力する盟友にディヴィッド・ニーヴンが共演.(★★★)


●わが映画スター事始
ディヴィッド・ニーヴンはボクがブロドリック・スタフォード、ロイド・ブリッジス、リー・マーヴィン、ロバート・ヤングと共に初めて覚えた外国スターの一人だ。

スタフォードは『ハイウエイ・パトロール』、ブリッジスは『シー・ハンター』、リー・マーヴィンは『シカゴ特捜隊M』,ヤングは『パパはなんでも知っている』、そしてニーヴンは『泥棒貴族/ザ・ローグス』というテレビ・シリーズがあったからだ。

この『泥棒貴族/ザ・ローグス』はギグ・ヤング、シャルル・ボワイエが共演するという豪華キャストで、コン・ゲーム(詐欺)を描いたしゃれた番組だった。

ニーヴンの声は川久保 潔でピッタリ決まっていた。小学生だったけれど、ボクはボワイエとニーヴンの出てくる回がとても好きだった。(“リビエラの恋”というニーヴン主演のエピソードはとくにシビレた。)


ニーヴンはその黎明期からテレビに理解を示した数少ないスターの一人だった。

とくに1953年頃にはシャルル・ボワイエ、ディック・パウエル、アイダ・ルピノとの4人でテレビ番組を製作するプロダクションを作っていたというから筋金入りである。

ニーヴンがオスカーを獲った『旅路』は未見で、ビデオも出ていない。なんとか出てもらいたいものである。

余談だが面白かったことに、ミッチェルが勤める飛行機会社の工房の佇まいが宮崎 駿『紅の豚』における桂 三枝が声をあてた爺さんの工房にそっくりだったことだ。

ジブリの時代考証がしっかりしている証拠であろう。

DVD:アイ・ヴィー・シー 【 画質・音質ともに D 】

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