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ウラ・玉子のゼミ(英書講読)コミュの第11回 裏ゼミ議事録

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すっごく遅くなって、すみませんたらーっ(汗)


日時:3月5日(火)10:00〜12:00
本日の参加者:ジョー、リニー、あがっち
本日のテーマ:・ステレオタイプの打破
       ・制度と実態のかい離について
              (かけ離れていること)
使用テキスト: “Does Hawaii Really Respect Cultural Diversity?”
          Hino Nobuyuki

【概要】
1.目的
  「ハワイ=多様性に寛容である」という一般的ステレオタイプについて、
  有ハンデ児(“disabled children”)に対する態度を事例に考察する。

2.公立小学校における有ハンデ児に対する態度:日本とハワイ
  所属クラス、教室環境、普通学級への参加、学校行事への参加、普通学級の児童とのふれあい、
  養護学級の児童に対する全体的な態度という観点から、日本とハワイを比較。
    ↓
  そこから得られる示唆として、以下2点が挙げられる
  ・ハワイでは、公的には有ハンデ児を差別しないことをアピールしているが、
   実際には役に立っていない。
    ※あえてアピールするのは、現時点でそこが弱いので、
     今後伸ばす必要がある、ということ!
  ・日本では、わざわざ公言しなくても、有ハンデ児を受け入れることは当然のこと。

3.ハワイにおける養護学級の問題
  養護学級への対応はお役所主義的(機械的なやり取り、責任のたらいまわし)

4.ハワイにおける民族的多様性
  民族差別は見受けられないことから、民族的多様性には寛容である。
  反面、有ハンデ児に対する差別があることが明らか。

5.まとめ
  ・あるマイノリティを受け入れる社会が、必ずしも他のマイノリティを受け入れるとは限らない。
  ・「多様性」の真の意味を理解し、異文化教育を総合的に考えるべきである。
   ☆多文化共生ということばを考えるには、“外国籍市民との関係”だけに偏るのではなく、
    より広範な考え方が必要。
    


【議論】

1.様々な母語を持つ生徒や有ハンデ児、成績がトップの生徒などの在籍するクラスの担当になったら、
  あなたはどのように対応するか。
   →考えられる方法
    ・全員が満足感を得られるような構成にする
    ・グループ分けをして、生徒同士の教えあいを促す
  ☆いろんな状況を想定することで、個別に対応することが重要な視点!

2.「文化」とは
 ・個人個人が「文化」
    →個人対個人のコミュニケーションが常に「異文化」コミュニケーション
 ・「文化」は存在しない
    →従来の対人コミュニケーション理論に新たな光を投げかける必要性
 
 →キー概念としての既得権間コミュニケーション(太田氏)
   <既得権とは>
  もとは経済学の概念。
  それを太田さんが社会学の概念に応用したもの。
  人は周囲や環境とのかかわりによって社会化・文化化されていく。
  既得権とは、それによって身につけた個人の特徴のことである

   <既得権間コミュニケーションとは>
  いわゆる“文化”という縦のつながりの共同体にそれぞれ属する人どうしが、
  “文化”とは異なるつながりによってもつ横断的なむすびつきのこと。

   例:韓国人と日本人が、好きな音楽を通じて結びつきをもつ。



*基本姿勢としてこころがけること*
 ・・・著者が日本語で書いた文献にあたる
    →著者の意図を正確につかむことができる

*自分について謙虚に受け止めることも必要だが、一方で自分は強者の立場であると自覚することも大切。



[感想]
久しぶりの裏ゼミ参加でした。
政策と実態がかけ離れているのは、どこも一緒なんだなぁ。
これらをどれだけ近付けることができるか(前向きな方向で)は、今後の大きな課題やと思う。
「多文化共生」を考えるには、やっぱり多角的な視点が必要!と再確認しました。
自分の思い込みを、意識的に見つめなおすようがんばります手(パー)

コメント(2)

だいたいまとまっているでしょう。

*議事録中、「日本」というのは、大阪(およびその隣接した兵庫)のことであり、日本全体への一般化は行なわれていない点には注意しましょう。

既得権については、2003年の某学会において言及したっきり、ほったらかし(笑)英語論の構図を示した論考で、英語問題を統合的に捉える視点の提供、という文脈で述べました(拙稿「英語論の構図:英語帝国主義論と国際英語論の包括的理解のために」参照)。
概要を示すと、一見すると相互批判している2つの英語論(=英語帝国主義論と国際英語論)は、実は理論レベルでは共通している点がある。また、同じ英語帝国主義論の内側でも、理論レベルでは相反する点もある(国際英語論も同じ)。まずそのことを示した上で、理論的にいずれかの議論が「正しい」/「誤っている」ではなく、各々の議論が現実的に機能し、かつ「虚構」とされる議論が現実を支えているという側面を重視すべき、という論旨です。

「文化」の概念を問い直し、「教室の多様化」を視野に入れた異言語教育のあり方については、議論を途中でやめましたが、現在執筆しておりますので、乞うご期待、ということで(笑)

現状の教育のあり方、さらには今動き出している教育の姿が、実は異文化「理解」を促進するのではなく、異文化「誤解」を拡張していることを、もっと多くの人々が自覚できればいいなと思います(拙稿いろいろ)

あと、「政策・理念・実態」の乖離ですが、乖離の問題もさることながら、それぞれに着目しても問題が指摘できます(拙稿いろいろ)

さらに、「多文化共生」をやってるだけで何かしら「イイコト」をやってると思い込んでしまう研究者・政策者の多いこと。「現実」にある問題を「共生」という言葉がモザイクとして見えにくくしてしまっている点にも留意しましょう(拙稿「現実を覆い隠す<共生>概念」など)

次に英文について。
日野氏の英文は、日本人が書く英語として最高レベルにあると思います。「アジア的思考ゆえに読みやすい」という議論もありますが、実際には論証できないイメージです(ってか、「アジア」って何?「アジア的思考」ってもっと何?)。基本に忠実に、きっちりと書く人が、異言語として英語を習得した人に多いことが「読みやすさ」の要因のひとつと思います(われわれも異言語として英語を学んでいるから)。
そういった意味も踏まえて、実は英語母語話者に英語を教わることは「逆効果」という研究もあります。母語話者ではなく、要するに「英語に精通している人」に教わればいい。母語話者だからといって、英語を分かっているわけではないので。ついでに言うと、「欧米的な」パラグラフ構成も、これだけ英語が世界的に普及していることで、非常に多様化しています。しかも、「欧米」の方々もパラグラフ構成に多様性を示すようになってきている。もうみんな、自分のスタイルなんですね。実際には。
ほんで、英語の「正しさ」とは何か?という問いも可能。そこで、英語の根幹となる部分だけを理解し、柔軟に対応する力が、実は英語力やったりするわけです。つまり、細かい分類法に基づく文法理解でもなく、逆に「通じればいい」的なCLA的な理解でもなく。多様化しているがゆえに、多様性の中にある共通点をしっかりおさえること。次の勤務大学の某T教授とこういった点においても共通認識がありますので、そのうち共同研究することになりそうです。

書かなきゃいけないテーマがたくさん。めんどいなぁ。とりあえず、「言語文化の<常識>と<非常識>」を早急に進めます!笑
誰も議論しとらんがなたらーっ(汗)ふらふら岐阜に転勤した後の指導が不安になるがなバッド(下向き矢印)質問なり感想なりでもかまわんから頑張って下さい!こんなんでは遠距離指導はとてもやないけどできんぞぉがまん顔

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