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駐車場から自宅までの約20メートルを約5分かけて歩く女性=2025年3月、三重県鈴鹿市、小玉重隆撮影
三重県鈴鹿市のアパートの駐車場に、古い自動車が止まっていた。20年以上前に販売されたトヨタのカローラ。車の側面と後ろには車いすマーク。ボンネットの塗装が一部、はげかかっている。
6年前、鈴鹿市は生活保護の利用を申請した持ち主の女性（73）に対し、「車の使用は認められない」と伝えた。
だが、女性には首やひざの関節が痛む障害があり、歩くことが難しい。病院や最寄りのスーパーに行くのも、この車が頼りだった。
市は代わりにタクシーなどを利用するよう求めたが、市内の運行台数は少なく、通院などで利用したいときに確実に予約ができる状況ではなかった。食費すら切り詰める生活の中では、タクシー代を払うのも苦しい。「車は私の足なんです」。女性は繰り返し訴えたが、市は追い打ちをかけるように、売却のための見積書を出すよう迫った。
22年11月、女性が見積書を提出しなかったとして、市は生活保護の支給を止めた。このとき、女性の口座には2万1687円しか残されていなかった。
女性は同月、市を提訴。そこから2年7カ月を費やし、今年6月に名古屋高裁の判決が出た。
【連載第2回】車保有、自治体にもジレンマ 「生きるために必要」の声も
写真・図版
鈴鹿市役所=2025年3月、三重県鈴鹿市、小玉重隆撮影
自動車を保有する要件を満たしているにもかかわらず、処分を前提に見積書を出すよう求めた市の指導は違法である――。
市の対応の違法性を認め、取り消すものだった。
判決が言い渡された後、女性は一度も車に乗っていない。判決の2カ月前、玄関先の段差でバランスを崩して転び、入院した。症状は悪化し、玄関から20メートル先の駐車場にたどり着くことも難しくなってしまった。
今は、生協の宅配や支援者の支えで日々をつないでいる。「本当は、図書館に行きたいんだけど」。判決前に口にしたささやかな望みも、かなわなくなってしまった。
写真・図版
足元に注意しながら、時間をかけて玄関先の段差を下りる女性=2025年3月5日、三重県鈴鹿市、小玉重隆撮影
「4%」数字から見える現状
生活保護は、給料や預貯金などの資産を使っても世帯の収入が国が定めた基準を下回る場合に利用できるが、自動車も「資産」とみなされ、原則処分が求められる。
車を持ち続けられるのは、障害がある人や、公共交通機関の利用が難しい地域に暮らす人が、通院や通勤のために必要だと認められた場合などに限られる。
憲法がうたう「最低限度の生活」を保障するためのこの制度で、自動車の保有はどれほど認められているのか。朝日新聞が主要109市区にアンケートしたところ、昨年12月時点の状況を回答した92市区で、保有が認められている世帯の割合は最大で4%超だった。
アンケートは、全国の政令指定市、県庁所在地、東京23区、中核市を対象とした。
保有を認められた世帯が4%を超えたのは鳥取市（4.58%）と福井市（4.35%）。次いで多いのは新潟市で3%台、松江市、富山市で2%台だった。いずれも、交通が不便な地域で暮らす世帯の通勤用として認めるケースが最も多かった。
Flourish logoA Flourish chart
長崎、佐世保（長崎）、福山（広島）、熊本、甲府、山口、久留米（福岡）、いわき（福島）、宮崎、呉（広島）、豊橋（愛知）、鹿児島の12市が1%台と続いた。
東京都内の7区（千代田、港、文京、台東、品川、渋谷、豊島）と高崎市（群馬）、横須賀市（神奈川）の計9市区は保有世帯がゼロだった。
今回調査対象としたのは、中核市以上の都市部に限られ、東京23区など日常生活で自動車を必要とする場面が比較的少ない都市が含まれる。
さらに、自動車の保有に厳格な要件を定める現行制度を踏まえれば、保有世帯の割合が低いのは当然の結果とも言える。
根底にある「制度の貧困」の問題
アンケートの結果について、貧困問題に詳しい日本女子大の岩永理恵教授（社会福祉学）は「今の厳しい制度を反映した、ある種仕方のない数字だ」としつつ、「地域によっては車がなければどこにも行けないという実態があるのに、現行制度はそれを鑑みず、日常生活に必要な車も『ぜいたく品』と扱っている」と批判する。
写真・図版
歩行が困難な女性の表札には、「チャイム3回 お願い」と書かれていた=2025年3月、三重県鈴鹿市、小玉重隆撮影
そして、その根底には「生活保護制度が保障する『最低限度の生活』の概念が非常に貧しいという『制度の貧困』の問題がある」という。
岩永教授は、「寝て起きて、ちょっとご飯を食べられるくらいのぎりぎりの生活しか保障しようとしない」制度全体のありようを問題視する。
「『健康で文化的な』最低限度の生活を保障するという制度の理念に立ち返り、それぞれの実情を見た上で自動車を『生活必需品』と認めていくべきだ」
◇
生活保護制度に関する情報提供や連載へのご意見・ご感想はn-shakai@asahi.comメールするまでお寄せください。
駐車場から自宅までの約20メートルを約5分かけて歩く女性=2025年3月、三重県鈴鹿市、小玉重隆撮影
三重県鈴鹿市のアパートの駐車場に、古い自動車が止まっていた。20年以上前に販売されたトヨタのカローラ。車の側面と後ろには車いすマーク。ボンネットの塗装が一部、はげかかっている。
6年前、鈴鹿市は生活保護の利用を申請した持ち主の女性（73）に対し、「車の使用は認められない」と伝えた。
だが、女性には首やひざの関節が痛む障害があり、歩くことが難しい。病院や最寄りのスーパーに行くのも、この車が頼りだった。
市は代わりにタクシーなどを利用するよう求めたが、市内の運行台数は少なく、通院などで利用したいときに確実に予約ができる状況ではなかった。食費すら切り詰める生活の中では、タクシー代を払うのも苦しい。「車は私の足なんです」。女性は繰り返し訴えたが、市は追い打ちをかけるように、売却のための見積書を出すよう迫った。
22年11月、女性が見積書を提出しなかったとして、市は生活保護の支給を止めた。このとき、女性の口座には2万1687円しか残されていなかった。
女性は同月、市を提訴。そこから2年7カ月を費やし、今年6月に名古屋高裁の判決が出た。
【連載第2回】車保有、自治体にもジレンマ 「生きるために必要」の声も
写真・図版
鈴鹿市役所=2025年3月、三重県鈴鹿市、小玉重隆撮影
自動車を保有する要件を満たしているにもかかわらず、処分を前提に見積書を出すよう求めた市の指導は違法である――。
市の対応の違法性を認め、取り消すものだった。
判決が言い渡された後、女性は一度も車に乗っていない。判決の2カ月前、玄関先の段差でバランスを崩して転び、入院した。症状は悪化し、玄関から20メートル先の駐車場にたどり着くことも難しくなってしまった。
今は、生協の宅配や支援者の支えで日々をつないでいる。「本当は、図書館に行きたいんだけど」。判決前に口にしたささやかな望みも、かなわなくなってしまった。
写真・図版
足元に注意しながら、時間をかけて玄関先の段差を下りる女性=2025年3月5日、三重県鈴鹿市、小玉重隆撮影
「4%」数字から見える現状
生活保護は、給料や預貯金などの資産を使っても世帯の収入が国が定めた基準を下回る場合に利用できるが、自動車も「資産」とみなされ、原則処分が求められる。
車を持ち続けられるのは、障害がある人や、公共交通機関の利用が難しい地域に暮らす人が、通院や通勤のために必要だと認められた場合などに限られる。
憲法がうたう「最低限度の生活」を保障するためのこの制度で、自動車の保有はどれほど認められているのか。朝日新聞が主要109市区にアンケートしたところ、昨年12月時点の状況を回答した92市区で、保有が認められている世帯の割合は最大で4%超だった。
アンケートは、全国の政令指定市、県庁所在地、東京23区、中核市を対象とした。
保有を認められた世帯が4%を超えたのは鳥取市（4.58%）と福井市（4.35%）。次いで多いのは新潟市で3%台、松江市、富山市で2%台だった。いずれも、交通が不便な地域で暮らす世帯の通勤用として認めるケースが最も多かった。
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長崎、佐世保（長崎）、福山（広島）、熊本、甲府、山口、久留米（福岡）、いわき（福島）、宮崎、呉（広島）、豊橋（愛知）、鹿児島の12市が1%台と続いた。
東京都内の7区（千代田、港、文京、台東、品川、渋谷、豊島）と高崎市（群馬）、横須賀市（神奈川）の計9市区は保有世帯がゼロだった。
今回調査対象としたのは、中核市以上の都市部に限られ、東京23区など日常生活で自動車を必要とする場面が比較的少ない都市が含まれる。
さらに、自動車の保有に厳格な要件を定める現行制度を踏まえれば、保有世帯の割合が低いのは当然の結果とも言える。
根底にある「制度の貧困」の問題
アンケートの結果について、貧困問題に詳しい日本女子大の岩永理恵教授（社会福祉学）は「今の厳しい制度を反映した、ある種仕方のない数字だ」としつつ、「地域によっては車がなければどこにも行けないという実態があるのに、現行制度はそれを鑑みず、日常生活に必要な車も『ぜいたく品』と扱っている」と批判する。
写真・図版
歩行が困難な女性の表札には、「チャイム3回 お願い」と書かれていた=2025年3月、三重県鈴鹿市、小玉重隆撮影
そして、その根底には「生活保護制度が保障する『最低限度の生活』の概念が非常に貧しいという『制度の貧困』の問題がある」という。
岩永教授は、「寝て起きて、ちょっとご飯を食べられるくらいのぎりぎりの生活しか保障しようとしない」制度全体のありようを問題視する。
「『健康で文化的な』最低限度の生活を保障するという制度の理念に立ち返り、それぞれの実情を見た上で自動車を『生活必需品』と認めていくべきだ」
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