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社会保障の課題を議論する政府の全世代型社会保障構築会議に欠けている論点はないのか。貧困・社会的排除論が専門の岩田正美・日本女子大名誉教授に話を聞くと、「最後のセーフティーネット」とされる生活保護の「使い勝手」の悪さに関する提言があった。
改革の背景にある「構図」
――会議での議論をどう見ているか。
◆まず、「全世代型」という言葉が使われるようになったのは、年金が自らの保険料を積み立てる「積み立て方式」から、現在の現役世代の保険料を高齢者の給付に充てる「賦課方式」になったことや、介護保険の拡大などから、社会保障の給付が高齢者に偏っているという見方が強くなったからだろう。だが、もともと社会保障は、「全世代」に公平な給付を目指したわけではない。人の一生には生活が困難になりやすい共通のステージがある。たとえば、子どもの養育や労働市場から引退する高齢期が典型だ。この特定のステージにおける生活リスクをあらかじめ予防するのが社会保障の一つの役割だ。人の一生では幼年期や老年期などの段階をみんなが経験する。今の「現役世代」も高齢期を迎えれば年金の世話になる、というように、負担も給付も順送りに過ぎない。
もちろん社会保障の機能は、今ある格差や不平等を、所得の再分配や、医療などの専門的なサービスの公平な利用で是正していく役割を持つ。だから、社会の安定や成長の基礎を作るという意味で重要だ。
揺らぐ「最低生活保障」
――現在の社会保障の問題点、課題は。
◆現在の社会保障の最大の問題は、バブル崩壊後の「失われた20年」以降、貧困や社会的排除によって保障から漏れる人々が顕著になっていることだ。今の社会保障が形成されていった高度成長期と比べて、産業構造も雇用のあり方も家族も、大きく変貌している。他方で、（年金給付の目減りなど）社会保障水準の引き下げや、自己負担の増額が続いたので、最低生活保障が揺らいでくる。
――岸田文雄首相は、働く人が誰でも社会保険に加入できる「勤労者皆保険」の実現を目指すとしており、会議でも主要な課題の一つになっている。
◆やった方がいいと思っている。しかし、制度にカバーされる人が増えることは、必要な保障の実現とイコールではない。その観点から考えると、この会議に欠けているのは、最低生活保障に関する議論だ。これとかかわる生活保護を含んだ社会保障の再編成が重要だ。
社会保険だけでカバーできない層
――なぜ生活保護の議論が必要なのか。
◆生活保護は、貧困に直接対応する「最後のセーフティーネット」といわれているが、格差の下の方にいる稼働年齢期の人々にはなかなか使いづらい。他方で、現在の生活保護利用者のうち65歳以上の高齢者は半数を超えるが、その約7割は公的年金も利用している。年金にカバーされても生活保護との併給が必要な人が増えたわけだ。2017年に国民年金で、受給に必要な保険料納付期間を25年から10年に短縮し、納付期間が足りずに無年金に陥る人を救済する改正年金機能強化法が施行された。これで年金にカバーされる人は増えたが、1人あたりの年金額は減っている。このため生活保護による補完がますます重要になっている。
――どういうことか。
◆社会保険と生活保護との一体改革が必要になるということだ。生活保護制度の骨格は、1950年に発足した制度のままで、�＼験萇渊���教育扶助��住宅扶助�ぐ緡塗渊��ゲ雜酩渊���出産扶助�Ю原班渊���葬祭扶助、の八つの扶助が生活をカバーしている。問題は、利用までのハードルが高いことだ。また、「何もかも失った」困窮層を想定しており、それらの人々に対し一括保障するやり方なので、部分的に使えない。
生活苦の背景に重くのしかかる家賃負担
――受給を嫌がる傾向もある。
◆新型コロナウイルス禍で困窮する人向けの電話相談では、客観的に見て生活保護を受給すべきだというケースでも（相談者が窓口の人に対して）「バカにしているのか」と切ってしまうことがある。それくらい、生活保護にスティグマ（負の烙印（らくいん））がついている。八つの扶助を解きほぐし、困窮層だけでなく低所得層が必要な扶助を部分的にでも利用できるように「解体」することを検討しなければならない。扶助が必要な人が「丸裸」になる前に利用することが肝心だ。
――「全世代型」の観点からは。
◆住宅扶助、公費による住宅手当が、まさに全世代型保障の代表だろう。コロナ下で、勤務先の休業などで収入が減った人の家賃を公費で補助する住居確保給付金がものすごく使われた。ニーズは高いということだ。生活苦の相談を受けていても、「家賃分だけ生活保護、なんとかならないでしょうか」という人は多い。
――なぜ住宅のニーズが高いのか。
◆住宅（を借りることは）は2年、3年など長期の契約になる。固定債務のように払い続ける家賃は生活費における比重が高く、払えなくなって家を失うと生活を営むことが困難になる。社会的にも排除される可能性が高いからだ。懐具合に応じて肉、魚、野菜のどれを買うのかを決めるのとは訳が違い、やりくりができない。年金や賃金が若干低い低所得層が利用できれば、ホームレスにならずに地域に定着することができる。
「住宅手当」導入の議論を
――手当導入への課題は。
岩田正美・日本女子大名誉教授＝東京都千代田区で2022年4月25日午後3時13分、中川友希撮影拡大
岩田正美・日本女子大名誉教授＝東京都千代田区で2022年4月25日午後3時13分、中川友希撮影
◆住宅手当は社会保障の一つの手段として発達させた国が多い。しかし日本での住宅政策の所管は国土交通省で、持ち家を念頭に置いてきた。社会保障政策に転換すべきだ。むろん、家賃は地域により格差があり、手当の水準が課題になるだろう。都道府県、市町村単位で精査して検討する必要がある。
――会議に期待することは。
◆ここで挙げた生活保護だけでなく、日々の生活が守られ、何かあった時に頼りになる社会を作るために、社会保障を考え直す時期だ。日本の社会保障の良さも悪さも含め、根幹から考え直す時期にきている。【聞き手・神足俊輔、中川友希】
社会保障の課題を議論する政府の全世代型社会保障構築会議に欠けている論点はないのか。貧困・社会的排除論が専門の岩田正美・日本女子大名誉教授に話を聞くと、「最後のセーフティーネット」とされる生活保護の「使い勝手」の悪さに関する提言があった。
改革の背景にある「構図」
――会議での議論をどう見ているか。
◆まず、「全世代型」という言葉が使われるようになったのは、年金が自らの保険料を積み立てる「積み立て方式」から、現在の現役世代の保険料を高齢者の給付に充てる「賦課方式」になったことや、介護保険の拡大などから、社会保障の給付が高齢者に偏っているという見方が強くなったからだろう。だが、もともと社会保障は、「全世代」に公平な給付を目指したわけではない。人の一生には生活が困難になりやすい共通のステージがある。たとえば、子どもの養育や労働市場から引退する高齢期が典型だ。この特定のステージにおける生活リスクをあらかじめ予防するのが社会保障の一つの役割だ。人の一生では幼年期や老年期などの段階をみんなが経験する。今の「現役世代」も高齢期を迎えれば年金の世話になる、というように、負担も給付も順送りに過ぎない。
もちろん社会保障の機能は、今ある格差や不平等を、所得の再分配や、医療などの専門的なサービスの公平な利用で是正していく役割を持つ。だから、社会の安定や成長の基礎を作るという意味で重要だ。
揺らぐ「最低生活保障」
――現在の社会保障の問題点、課題は。
◆現在の社会保障の最大の問題は、バブル崩壊後の「失われた20年」以降、貧困や社会的排除によって保障から漏れる人々が顕著になっていることだ。今の社会保障が形成されていった高度成長期と比べて、産業構造も雇用のあり方も家族も、大きく変貌している。他方で、（年金給付の目減りなど）社会保障水準の引き下げや、自己負担の増額が続いたので、最低生活保障が揺らいでくる。
――岸田文雄首相は、働く人が誰でも社会保険に加入できる「勤労者皆保険」の実現を目指すとしており、会議でも主要な課題の一つになっている。
◆やった方がいいと思っている。しかし、制度にカバーされる人が増えることは、必要な保障の実現とイコールではない。その観点から考えると、この会議に欠けているのは、最低生活保障に関する議論だ。これとかかわる生活保護を含んだ社会保障の再編成が重要だ。
社会保険だけでカバーできない層
――なぜ生活保護の議論が必要なのか。
◆生活保護は、貧困に直接対応する「最後のセーフティーネット」といわれているが、格差の下の方にいる稼働年齢期の人々にはなかなか使いづらい。他方で、現在の生活保護利用者のうち65歳以上の高齢者は半数を超えるが、その約7割は公的年金も利用している。年金にカバーされても生活保護との併給が必要な人が増えたわけだ。2017年に国民年金で、受給に必要な保険料納付期間を25年から10年に短縮し、納付期間が足りずに無年金に陥る人を救済する改正年金機能強化法が施行された。これで年金にカバーされる人は増えたが、1人あたりの年金額は減っている。このため生活保護による補完がますます重要になっている。
――どういうことか。
◆社会保険と生活保護との一体改革が必要になるということだ。生活保護制度の骨格は、1950年に発足した制度のままで、�＼験萇渊���教育扶助��住宅扶助�ぐ緡塗渊��ゲ雜酩渊���出産扶助�Ю原班渊���葬祭扶助、の八つの扶助が生活をカバーしている。問題は、利用までのハードルが高いことだ。また、「何もかも失った」困窮層を想定しており、それらの人々に対し一括保障するやり方なので、部分的に使えない。
生活苦の背景に重くのしかかる家賃負担
――受給を嫌がる傾向もある。
◆新型コロナウイルス禍で困窮する人向けの電話相談では、客観的に見て生活保護を受給すべきだというケースでも（相談者が窓口の人に対して）「バカにしているのか」と切ってしまうことがある。それくらい、生活保護にスティグマ（負の烙印（らくいん））がついている。八つの扶助を解きほぐし、困窮層だけでなく低所得層が必要な扶助を部分的にでも利用できるように「解体」することを検討しなければならない。扶助が必要な人が「丸裸」になる前に利用することが肝心だ。
――「全世代型」の観点からは。
◆住宅扶助、公費による住宅手当が、まさに全世代型保障の代表だろう。コロナ下で、勤務先の休業などで収入が減った人の家賃を公費で補助する住居確保給付金がものすごく使われた。ニーズは高いということだ。生活苦の相談を受けていても、「家賃分だけ生活保護、なんとかならないでしょうか」という人は多い。
――なぜ住宅のニーズが高いのか。
◆住宅（を借りることは）は2年、3年など長期の契約になる。固定債務のように払い続ける家賃は生活費における比重が高く、払えなくなって家を失うと生活を営むことが困難になる。社会的にも排除される可能性が高いからだ。懐具合に応じて肉、魚、野菜のどれを買うのかを決めるのとは訳が違い、やりくりができない。年金や賃金が若干低い低所得層が利用できれば、ホームレスにならずに地域に定着することができる。
「住宅手当」導入の議論を
――手当導入への課題は。
岩田正美・日本女子大名誉教授＝東京都千代田区で2022年4月25日午後3時13分、中川友希撮影拡大
岩田正美・日本女子大名誉教授＝東京都千代田区で2022年4月25日午後3時13分、中川友希撮影
◆住宅手当は社会保障の一つの手段として発達させた国が多い。しかし日本での住宅政策の所管は国土交通省で、持ち家を念頭に置いてきた。社会保障政策に転換すべきだ。むろん、家賃は地域により格差があり、手当の水準が課題になるだろう。都道府県、市町村単位で精査して検討する必要がある。
――会議に期待することは。
◆ここで挙げた生活保護だけでなく、日々の生活が守られ、何かあった時に頼りになる社会を作るために、社会保障を考え直す時期だ。日本の社会保障の良さも悪さも含め、根幹から考え直す時期にきている。【聞き手・神足俊輔、中川友希】
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