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2020年11月、東京・渋谷のバス停で、路上生活をしていた64歳の女性が近所の男に殴られて亡くなった。家のない女性たちを研究した京都大大学院准教授（社会学）の丸山里美さんは「私が出会った人たちの姿と重なる」という。彼女たちは何から排除され、なぜ路上に暮らすのだろう。著書『女性ホームレスとして生きる 貧困と排除の社会学』（世界思想社）の8年ぶりの新装版が発行される丸山さんに、女性ホームレス特有の困難を聞いた。
丸山さんが女性ホームレスの調査に着手したのは、京都大大学院生だった02年。学部生時代、大阪・釜ケ崎へ炊き出しのボランティアに通うなか、日雇い労働者の男性からセクハラ被害に遭ったことがきっかけだった。一方的に好意を寄せられ、断ると「殺してやる」と脅されたという。「私はいつでも釜ケ崎に行かない選択ができるけど、そこで暮らす女性はそうではない。どう乗り切っているのか気になりました」
03〜09年の7年間、東京と大阪の路上で出会った女性と、東京の無料低額宿泊所に滞在していた女性の調査結果を分析した。まとめた論文を基にしたのが本書だ。
多い結婚歴、家族の暴力から逃れ
丸山里美さんが調査のために泊まり込んだホームレス女性のテント＝東京都内で2004年撮影（丸山さん提供）拡大
丸山里美さんが調査のために泊まり込んだホームレス女性のテント＝東京都内で2004年撮影（丸山さん提供）
詳細に生活史を聞き取れた33人には男性のホームレスと異なる特徴があった。まず結婚歴がある人が多いこと。サンプル数が少ないので単純比較はできないが、07年当時の厚生労働省調査では男性ホームレスの半数以上が未婚であるのに対し、丸山さんの調査では9割以上に結婚歴があり、うち半数以上は複数回の結婚を経験していた。丸山さんは「貧困女性にとって結婚が生活手段の一つになっていると考えられる」と指摘する。
家を失う経緯にも特有の事情がある。大きく�”廚亮唆箸魑，法�夫婦が2人でホームレスになる��単身で暮らしていた女性が失業する�２搬欧蕕箸隆愀犬鮗困Α宗修�3パターンがあるが、�△鉢�が女性に典型的だという。
�△鷲廚販セ猜霧紊離院璽垢�多かったが、中高年の女性の仕事は低賃金の非正規労働がほとんどだ。「失業保険や厚生年金の対象になっていない場合が少なくないため、高齢になって病気や勤務先の雇い止めで働けなくなるとすぐに貧困に陥ります」
��は夫のドメスティックバイオレンス（DV）から逃げる場合が多いが、息子からの暴力も見られた。「夫の暴力だとDV防止法で避難できる施設もあるが、制度の枠外にいる人が脆弱（ぜいじゃく）になりやすくなる」という。男女別に詳しい統計が取られるようになった16年の厚労省調査でも、女性の「路上生活をするようになった理由」（複数回答）は「家庭内のいざこざ」（18・9％）が最多で、男性で最も多い理由の「仕事が減った」（27・6％）とは様相が異なる。
意思定まらず、矛盾する行動も
丸山さんは「女性たちの行動には一見、矛盾している部分があった」と話す。
例えば、調査時36歳の女性のケース。軽度の知的障害があり、初めは夫婦でホームレス生活を送っていたが、夫が逮捕、勾留されて1人になると不安定になった。「公園で夫を待つと言っていたかと思うと長年連絡を取っていない実家に帰ると言い出したり、別の男性と暮らし始めたり。不安になって、明け方に私に電話してくることがたびたびありました」。結局、施設に入所しようとしたが、夫が留置場から出ると公園に戻った。
「人は選択をする時、必ずしも強い意志や長期的な見通しを持っているわけではありません。ただ女性は、他者の要求に応えるといった社会から期待される役割があって、自分の意思が定まらないケースが見られやすいといえます」。従来のホームレス研究は、男性を前提に「自立した存在」として捉えてきたため、こうした「自立しているとはみなされない」女性たちの存在が埋もれてきたという。
コロナ禍で苦境増す
京都大大学院准教授の丸山里美さん＝京都市内で2021年7月26日午後2時37分、反橋希美撮影拡大
京都大大学院准教授の丸山里美さん＝京都市内で2021年7月26日午後2時37分、反橋希美撮影
調査を終えて10年あまり。この新型コロナウイルス禍で女性の苦境は深刻さを増している。厚労省によると20年の自殺者数は2万1081人で、前年から男性は微減する一方、女性は935人増の7026人になった。渋谷の事件はこうした社会で起きた。
亡くなった女性の詳しい生活実態は分かっていないが、広島県出身で、十数年前に上京。約3年前にアパートを引き払い、20年2月にはスーパーの販売員を辞めたという。事件時の所持金は8円。ベンチに座ったまま眠っている姿が住民らに目撃されていた。傷害致死容疑で逮捕された男は、当時「お金をあげるからバス停からどいてと頼んだが、断られて腹が立った」などと供述した。
丸山さんは「事情は分かりませんが、長く1人で低賃金の仕事をしてきたけれども高齢になって続けられなくなったり、職を失ったりしているとすれば、私が出会ってきた女性たちと重なる部分がある」という。
また眠りについていたバス停という場所にも着目する。「今は公園など公共空間にテントなどを立てて暮らすことを許さない圧力が強まっています。荷物を持って日中は別の場所で過ごし、夜は安全のために少し明るい所で寝てから、また朝には移動するという、より不安定な生活スタイルしかできなくなりつつあるのではないでしょうか」
「申請主義」を超えて
こうした女性たちを支えるには何が必要か。丸山さんは「一つは、公的制度を知り自分で手続きをするという『申請主義』を変えること」という。アウトリーチ（訪問支援）や特定の相談員が長期間信頼関係を築きながら複雑な問題の解決を目指す「伴走型」支援が各地で実践されているが、充実させることが必要だ。また本人が路上にとどまることを望めば、意思を尊重した支援のあり方を模索することも重要だという。
厚労省によると、21年調査で路上生活者は3824人で、うち女性は197人。ホームレス自立支援法が施行された翌03年の2万5296人から減少傾向にある。
丸山さんは今、「貧困になれない女性たち」に注目している。自分の稼ぎで生活できないため、家を出られない女性たちだ。「労働や社会保障のあり方が、男性を稼ぎ主として女性に家事を担わせるシステムのため、女性たちの経済的自立度が低く、実家や夫の元を離れづらい。夫の暴力などで家を出るとすぐに貧困になりますが、従来の研究では貧困を世帯単位で把握するためにリスクが見えづらくなっています」。隠れた貧困を計測するためには、「車を自由に使えるか」など男女別の個人の剥奪指標（一定水準の生活に必要と判断される衣食住や社会活動についての充足度）を用いる方法や、家庭内のお金と時間との配分を両方とらえる手法があるという。
9月に発行される著書『女性ホームレスとして生きる 貧困と排除の社会学』
新型コロナの感染拡大に終わりが見えない中、丸山さんは「どのように女性の貧困に影響を与えるのか、大きな視野で注視したい」と語る。
新装版は9月1日発売予定。「貧困女性はどこにいるのか」と題した付録などを加筆した。世界思想社（075・721・6500）。【反橋希美】
まるやま・さとみ
1976年生まれ。京都大大学院文学研究科博士課程研究指導認定退学。立命館大准教授を経て現職。共著に『質的社会調査の方法―他者の合理性の理解社会学』など。
2020年11月、東京・渋谷のバス停で、路上生活をしていた64歳の女性が近所の男に殴られて亡くなった。家のない女性たちを研究した京都大大学院准教授（社会学）の丸山里美さんは「私が出会った人たちの姿と重なる」という。彼女たちは何から排除され、なぜ路上に暮らすのだろう。著書『女性ホームレスとして生きる 貧困と排除の社会学』（世界思想社）の8年ぶりの新装版が発行される丸山さんに、女性ホームレス特有の困難を聞いた。
丸山さんが女性ホームレスの調査に着手したのは、京都大大学院生だった02年。学部生時代、大阪・釜ケ崎へ炊き出しのボランティアに通うなか、日雇い労働者の男性からセクハラ被害に遭ったことがきっかけだった。一方的に好意を寄せられ、断ると「殺してやる」と脅されたという。「私はいつでも釜ケ崎に行かない選択ができるけど、そこで暮らす女性はそうではない。どう乗り切っているのか気になりました」
03〜09年の7年間、東京と大阪の路上で出会った女性と、東京の無料低額宿泊所に滞在していた女性の調査結果を分析した。まとめた論文を基にしたのが本書だ。
多い結婚歴、家族の暴力から逃れ
丸山里美さんが調査のために泊まり込んだホームレス女性のテント＝東京都内で2004年撮影（丸山さん提供）拡大
丸山里美さんが調査のために泊まり込んだホームレス女性のテント＝東京都内で2004年撮影（丸山さん提供）
詳細に生活史を聞き取れた33人には男性のホームレスと異なる特徴があった。まず結婚歴がある人が多いこと。サンプル数が少ないので単純比較はできないが、07年当時の厚生労働省調査では男性ホームレスの半数以上が未婚であるのに対し、丸山さんの調査では9割以上に結婚歴があり、うち半数以上は複数回の結婚を経験していた。丸山さんは「貧困女性にとって結婚が生活手段の一つになっていると考えられる」と指摘する。
家を失う経緯にも特有の事情がある。大きく�”廚亮唆箸魑，法�夫婦が2人でホームレスになる��単身で暮らしていた女性が失業する�２搬欧蕕箸隆愀犬鮗困Α宗修�3パターンがあるが、�△鉢�が女性に典型的だという。
�△鷲廚販セ猜霧紊離院璽垢�多かったが、中高年の女性の仕事は低賃金の非正規労働がほとんどだ。「失業保険や厚生年金の対象になっていない場合が少なくないため、高齢になって病気や勤務先の雇い止めで働けなくなるとすぐに貧困に陥ります」
��は夫のドメスティックバイオレンス（DV）から逃げる場合が多いが、息子からの暴力も見られた。「夫の暴力だとDV防止法で避難できる施設もあるが、制度の枠外にいる人が脆弱（ぜいじゃく）になりやすくなる」という。男女別に詳しい統計が取られるようになった16年の厚労省調査でも、女性の「路上生活をするようになった理由」（複数回答）は「家庭内のいざこざ」（18・9％）が最多で、男性で最も多い理由の「仕事が減った」（27・6％）とは様相が異なる。
意思定まらず、矛盾する行動も
丸山さんは「女性たちの行動には一見、矛盾している部分があった」と話す。
例えば、調査時36歳の女性のケース。軽度の知的障害があり、初めは夫婦でホームレス生活を送っていたが、夫が逮捕、勾留されて1人になると不安定になった。「公園で夫を待つと言っていたかと思うと長年連絡を取っていない実家に帰ると言い出したり、別の男性と暮らし始めたり。不安になって、明け方に私に電話してくることがたびたびありました」。結局、施設に入所しようとしたが、夫が留置場から出ると公園に戻った。
「人は選択をする時、必ずしも強い意志や長期的な見通しを持っているわけではありません。ただ女性は、他者の要求に応えるといった社会から期待される役割があって、自分の意思が定まらないケースが見られやすいといえます」。従来のホームレス研究は、男性を前提に「自立した存在」として捉えてきたため、こうした「自立しているとはみなされない」女性たちの存在が埋もれてきたという。
コロナ禍で苦境増す
京都大大学院准教授の丸山里美さん＝京都市内で2021年7月26日午後2時37分、反橋希美撮影拡大
京都大大学院准教授の丸山里美さん＝京都市内で2021年7月26日午後2時37分、反橋希美撮影
調査を終えて10年あまり。この新型コロナウイルス禍で女性の苦境は深刻さを増している。厚労省によると20年の自殺者数は2万1081人で、前年から男性は微減する一方、女性は935人増の7026人になった。渋谷の事件はこうした社会で起きた。
亡くなった女性の詳しい生活実態は分かっていないが、広島県出身で、十数年前に上京。約3年前にアパートを引き払い、20年2月にはスーパーの販売員を辞めたという。事件時の所持金は8円。ベンチに座ったまま眠っている姿が住民らに目撃されていた。傷害致死容疑で逮捕された男は、当時「お金をあげるからバス停からどいてと頼んだが、断られて腹が立った」などと供述した。
丸山さんは「事情は分かりませんが、長く1人で低賃金の仕事をしてきたけれども高齢になって続けられなくなったり、職を失ったりしているとすれば、私が出会ってきた女性たちと重なる部分がある」という。
また眠りについていたバス停という場所にも着目する。「今は公園など公共空間にテントなどを立てて暮らすことを許さない圧力が強まっています。荷物を持って日中は別の場所で過ごし、夜は安全のために少し明るい所で寝てから、また朝には移動するという、より不安定な生活スタイルしかできなくなりつつあるのではないでしょうか」
「申請主義」を超えて
こうした女性たちを支えるには何が必要か。丸山さんは「一つは、公的制度を知り自分で手続きをするという『申請主義』を変えること」という。アウトリーチ（訪問支援）や特定の相談員が長期間信頼関係を築きながら複雑な問題の解決を目指す「伴走型」支援が各地で実践されているが、充実させることが必要だ。また本人が路上にとどまることを望めば、意思を尊重した支援のあり方を模索することも重要だという。
厚労省によると、21年調査で路上生活者は3824人で、うち女性は197人。ホームレス自立支援法が施行された翌03年の2万5296人から減少傾向にある。
丸山さんは今、「貧困になれない女性たち」に注目している。自分の稼ぎで生活できないため、家を出られない女性たちだ。「労働や社会保障のあり方が、男性を稼ぎ主として女性に家事を担わせるシステムのため、女性たちの経済的自立度が低く、実家や夫の元を離れづらい。夫の暴力などで家を出るとすぐに貧困になりますが、従来の研究では貧困を世帯単位で把握するためにリスクが見えづらくなっています」。隠れた貧困を計測するためには、「車を自由に使えるか」など男女別の個人の剥奪指標（一定水準の生活に必要と判断される衣食住や社会活動についての充足度）を用いる方法や、家庭内のお金と時間との配分を両方とらえる手法があるという。
9月に発行される著書『女性ホームレスとして生きる 貧困と排除の社会学』
新型コロナの感染拡大に終わりが見えない中、丸山さんは「どのように女性の貧困に影響を与えるのか、大きな視野で注視したい」と語る。
新装版は9月1日発売予定。「貧困女性はどこにいるのか」と題した付録などを加筆した。世界思想社（075・721・6500）。【反橋希美】
まるやま・さとみ
1976年生まれ。京都大大学院文学研究科博士課程研究指導認定退学。立命館大准教授を経て現職。共著に『質的社会調査の方法―他者の合理性の理解社会学』など。
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