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「復興五輪」「新型コロナに打ち勝った証し」というスローガンを掲げる東京オリンピック・パラリンピック。聖火リレーが福島県からスタートしたが、宮城県では新型コロナウイルスの感染が急拡大し、関西でもリバウンドが止まらない。直近の世論調査でも開催に否定的な意見は約半数に上り、大会経費は総額1.6兆円にまで膨らんだ。それでも五輪は開催すべきなのか？ このお金があれば何ができるのか、この状況で五輪を開催する意義は何なのかを、今一度立ち止まって考えたい。【上東麻子/デジタル報道センター】
まず大会経費を見てみる。もともと招致段階では7340億円だったのに、あれよあれよという間に膨らみ続け、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会が昨年12月に発表した第5弾予算は1兆6440億円。ちなみに、新型コロナウイルスの感染拡大による1年延期に伴い、前年に発表した第4弾予算より2940億円も増えた。
1兆6440億円のうち、組織委員会が7210億円を支出するが、残りの9230億円は国と東京都の負担だ。つまり1兆円近い私たちの血税が投入される。大会経費の大部分は競技場の建設といったハード面の整備に使われるため、既に予算は執行されてしまったが、1兆円近い税金を「身近な施策に使えたら……」という視点で見てみよう。
教育・生活保護など複数回
＜�〜換颪両�中学校の給食を無料にできる＞
大会経費に投じられる税金9230億円があれば何ができるか？ 貧困家庭の教育支援に取り組むNPO法人キッズドア（東京都中央区）の渡辺由美子理事長に聞いてみた。「それだけあれば、すごいことができます」と、渡辺理事長が真っ先に挙げたのが、学校給食費の無償化だ。
跡見学園女子大の鳫（がん）咲子教授（公共政策）の試算によると、全国の公立小中学校の給食無償化には年間約5120億円が必要だ。これを五輪大会経費の税金投入分で賄えば、1年9カ月分の給食を無料にすることができる計算になる。
「南流山子ども食堂」が月1回開催する「フードパントリー」の様子。困窮世帯に食料を無料配布している＝千葉県流山市で2020年12月13日午前、真田祐里撮影拡大
「南流山子ども食堂」が月1回開催する「フードパントリー」の様子。困窮世帯に食料を無料配布している＝千葉県流山市で2020年12月13日午前、真田祐里撮影
家庭の給食費負担は年間約5〜6万円という。キッズドアの渡辺理事長は「子どもの貧困が深刻化する中、家で食べるものがなく、給食だけが一日のまともな食事という子もいます。給食費を払えず滞納する家庭も少なくありません。学校給食の無償化は優先すべき課題の一つです」と話す。
＜�⊇こ愡抉臉�度を拡充したり、貧困家庭の特別給付金をあと3回支給できたりする＞
国は2021年度予算で、高等教育の授業料減免や給付型奨学金の支給拡充を盛り込んだ「高等教育の修学支援新制度」に4804億円を充てた。これも、五輪大会経費に投じる税金を使えば、2倍近く手厚くできそうだ。
渡辺理事長は「修学支援制度の対象は現在、住民税の非課税世帯とそれに準ずる世帯に限られていますが、非課税世帯でなくてもぎりぎりの生活をしている家庭は多い。もし予算を倍にできたら、中所得者層も制度を利用できるようになるでしょう」。
また、厚生労働省は、新型コロナウイスルの感染拡大による経済的ダメージを軽減するため、これまで低所得のひとり親世帯に限ってきた生活支援特別給付金（児童1人あたり5万円）を、2人親世帯も対象にすると3月に発表した。予算は2175億円なので、大会経費の税金分を使えば、特別給付金は一度きりではなく、あと3回給付できることになる。
キッズドアが支援する家庭約1600世帯の9割近くは母子家庭で、昨年の年収が200万円未満の世帯は半数に上った。生活状況を尋ねたところ、4割近くが「お金が足りなくて、家族が必要とする食料を買えないことがあった」と回答したという。
渡辺理事長は「五輪を楽しみにしている人もいるし、やれるならやったらいいと思う。しかし、コロナ不況が長引く中、『冷蔵庫が空っぽ』という声も届く。子どもの貧困対策が十分と言えない中、五輪予算が増え続けていることには疑問を感じます」と話す。
＜��生活保護費も削減しなくてすんだ＞
次に、9230億円の重みを生活保護費に照らして考えてみたい。
生活保護費を削減する動きは、東京五輪・パラリンピックの招致が本格化した翌年に始まった。国は13〜15年、物価下落などを理由に生活保護費のうち食費や光熱水費などの日常生活に充てる「生活扶助」の支給を平均6.5％、最大10％引き下げた。削減総額は約670億円（国庫負担分）だった。
この引き下げを巡っては、憲法が保障した「生存権」を侵害したとして、受給者が自治体に引き下げの取り消しを求める訴訟が各地で起きている。弁護団の資料によると、生活保護費は18年以降も生活扶助基準の見直しにより、年間160億円（同）が削減された。2013年8月〜20年10月に削減された生活保護費は計1120億円（同）に上る。
訴訟を支援する「いのちのとりで裁判全国アクション」事務局長の小久保哲郎弁護士は「生活保護で暮らす人は、わずか月十数万円の保護費を1〜2万円引き下げられ、大きな打撃を受けています。（大会経費の税金分の）9230億円もあれば生活保護費を引き下げる必要などなかったはず。税金は本当に困っている人に使ってほしい。新型コロナウイルス感染拡大の中、さらに大会経費もかさむはず。五輪はもう、やめた方がいい」と憤る。
復興予算、今後5年分と同額
「復興五輪」を掲げるが、東日本大震災の被災地の自治体はどうみているのだろうか。復興予算は10年間で36兆円が使われたが、実は今年度から激減する。25年度までの5年間復興予算はちょうど大会経費と同じ1.6兆円だ。
激減の理由は、被災地のハード面の整備がおおむね終了したためだという。でも、こんなに減らして大丈夫なのだろうか？
福島県がオープンさせた「東日本大震災・原子力災害伝承館」＝福島県双葉町で2021年2月17日午後2時35分、竹内良和撮影拡大
福島県がオープンさせた「東日本大震災・原子力災害伝承館」＝福島県双葉町で2021年2月17日午後2時35分、竹内良和撮影
福島県がホームページで公開する「ふくしま復興のあゆみ」には、復興が進みつつある証しとして「常磐線全線運転再開」「大幅に低下した空間放射線量」「東日本大震災・原子力災害伝承館の開館」などが並ぶ。一方で、いまだ避難者が3万6000人を超え、除染や廃炉に向けた作業もコロナの影響で遅れている。
東京五輪を開催する意義は何か？ 福島県復興・総合計画課に聞いた。「この10年、いろんな支援がありました。ここまで復興が進んだとPRし、感謝の気持ちを伝える場としてはいい機会です」。五輪よりも復興に税金を使った方がよいのでは？ 重ねて尋ねると担当者の男性は口ごもりつつ、「それは私の職域を超える質問です……。ただ」と言葉を選びながら続けた。「いろんなご意見はあるでしょう。復興した部分もあるし、途上の部分も多いのも事実です。廃炉に関しては30〜40年かかります。まだまだ復興の道のりは険しい。でも個人的には、やはり感謝の気持ちは伝えたいのです」
岩手県は、東日本大震災で自宅が全壊・半壊した人などの医療費を全額免除する制度を、新年度から住民税非課税世帯に絞り込んだうえ、年内で終了する。19年度の制度利用者は3万2000人で、費用は制度スタート当初、国が全額負担していたが、震災翌年からは国の負担額が8割に減ったため、自治体の財政負担が課題になっていた。
震災から毎年、岩手医科大などが行っている被災者の健康調査では、沿岸部の仮設住宅入居者の体重が増加していることや、仮設から災害公営住宅に転居してからもメンタルヘルスの不調を抱える被災者が多いことなどが分かっている。
東日本大震災から１０年を迎えた仙台市若林区荒浜地区で、昇る朝日を見つめる人たち＝２０２１年３月１１日午前５時５８分拡大
東日本大震災から１０年を迎えた仙台市若林区荒浜地区で、昇る朝日を見つめる人たち＝２０２１年３月１１日午前５時５８分
調査した坂田清美・岩手医科大教授は、医療費免除制度の縮小について「経済的な理由で受診を控え、健康状態が悪化する人がでてくる可能性もあります」と指摘する。「もともと岩手県は高齢化率が高く、低所得・肥満傾向の人が多い。さらに医療過疎地域でもある。震災で家族や知人、友人を亡くし、ただでさえ少ない医療機関もダメージを受けた。そうした中でコミュニティーを再生することは本当に困難。息の長い支援が必要なのです」
宮城県の復興政策の担当課にも「復興五輪」の意義について尋ねた。担当者は「感謝を伝えたい」と話す一方、県民の五輪の受け止め方を尋ねると、しんみりと言った。「県民は立ち直った人もいますし、まだ復興したと言えない方たちもいます。そうした人たち一人一人にも寄り添っていきたい」。ただ、大会のスローガンが「コロナに打ち勝った証し」に変わったことについては、「最初は『復興五輪』だったはず。そこは忘れていただきたくない」。不満げに聞こえた。
「被災地を切り捨て、利用」
被災地には、五輪開催の是非を口にすることをためらう空気があるのだろうか？ 五輪のあり方に疑問を投げかけてきた福島県いわき市の佐藤和良・市議会副議長に聞くと、こんな答えが返ってきた。
「原発の汚染水処理の問題が何も解決していないのに、政府はコントロールしていると言って招致した。まやかしによって招致した揚げ句、コロナ禍での強行。国民負担が増えるだけです。『復興』も『コロナに打ち勝つ』もその時々の政府のご都合主義。復興を切り捨てながら、利用しているだけでしょう」
毎日新聞と社会調査研究センターが3月13日に実施した全国世論調査では、五輪・パラリンピック開催について「中止すべきだ」が32％、「再延期すべきだ」が17％と否定的な意見が約半数で、「予定通り開催すべきだ」は9％にとどまった。
東京電力福島第１原発の敷地にびっしりと並ぶ汚染処理水のタンク。その数は現在、１０４７基に上る＝福島県大熊町で２０２１年２月１３日午前１１時１４分、本社ヘリから手塚耕一郎撮影拡大
東京電力福島第１原発の敷地にびっしりと並ぶ汚染処理水のタンク。その数は現在、１０４７基に上る＝福島県大熊町で２０２１年２月１３日午前１１時１４分、本社ヘリから手塚耕一郎撮影
佐藤副議長に地元住民の五輪の受け止め方について聞くと、「それぞれですが、やりたい人、もやもやしている人、反対の人が3分の1ずつぐらいかな」。福島で聖火リレーがスタートしたが、「盛り上がりは1964年の前回東京五輪の時とは雲泥の差です」。
佐藤副議長はこうも指摘した。「世論調査では、反対や延期が約半数だったのに政府が民意と違うことを強行する。そりゃ、みんな『開催反対』と言いたくても言えない空気はあるでしょう。ただ、自由に意見を言えないのは福島だけではない。新聞やテレビだってスポンサーになっているから、はっきりと反対と言わないじゃないですか。日本中がそうした雰囲気に覆われているのではないでしょうか」
関連経費含めると3兆円指摘
東京都の新年度予算は総額7兆4250億円。コロナ対策などで支出が増える一方、企業の収益悪化で約4000億円の税収が減った。大会延期に伴う追加経費1200億円の負担も重くのしかかるが、財政悪化に追い打ちをかけるのは、新型コロナウイルス感染対策費だ。19〜21年度の3年間で編成した対策費用は総額は3兆628億円に上る。
都は、厳しい経営が続く飲食店などへ営業時間短縮協力金を支給するが、店舗の規模にかかわらず一律なため、大規模店の経営者からは窮状を訴える声が上がる。
東京オリンピック聖火リレーの出発式典であいさつする東京都の小池百合子知事＝福島県のJヴィレッジで2021年3月25日午前9時15分（代表撮影）拡大
東京オリンピック聖火リレーの出発式典であいさつする東京都の小池百合子知事＝福島県のJヴィレッジで2021年3月25日午前9時15分（代表撮影）
もう少し支援を充実できないのだろうか。事業を担当する都企画経理課に聞くと、「決められたことをやっている立場なので、コメントを求められても」との返事が返ってきた。五輪のお金をコロナ対策に回した方がいいのではないでしょうか？ こう尋ねると「気持ちに関わることは、答えを控えさせていただきたい」。
五輪が開催された場合、東京都医師会は大会組織委員会からの要請で競技会場に医師らを派遣するほか、熱中症対策などのため医療従事者をのべ5000人規模で配置して救護所を運営するなど、多方面で協力する予定だ。
しかし、都医師会の新井悟・担当理事は毎日新聞の取材に、医療現場への負担を懸念する。新型コロナウイルスの感染者の再増加や、変異株の感染拡大なども予想されることから「大きな波が五輪に重なる可能性はある。（大会開催の）ドタキャンもあり得るシナリオ」と危惧し、「海外客を受け入れないとしても、開催のハードルは非常に高い」と指摘する。
大会経費は現時点で1兆6440億円だが、会計検査院は19年、道路整備などの「大会関連経費」も含めると総経費が3兆円を超えると指摘していて、経費がさらに肥大し、税負担が増す可能性がある。
私たちはコロナ禍のただ中にいる。東京五輪を開催すべきなのか？ お金の使い方が間違っていないだろうか？ 今が真剣に問い直す、最後のチャンスかもしれない。
「復興五輪」「新型コロナに打ち勝った証し」というスローガンを掲げる東京オリンピック・パラリンピック。聖火リレーが福島県からスタートしたが、宮城県では新型コロナウイルスの感染が急拡大し、関西でもリバウンドが止まらない。直近の世論調査でも開催に否定的な意見は約半数に上り、大会経費は総額1.6兆円にまで膨らんだ。それでも五輪は開催すべきなのか？ このお金があれば何ができるのか、この状況で五輪を開催する意義は何なのかを、今一度立ち止まって考えたい。【上東麻子/デジタル報道センター】
まず大会経費を見てみる。もともと招致段階では7340億円だったのに、あれよあれよという間に膨らみ続け、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会が昨年12月に発表した第5弾予算は1兆6440億円。ちなみに、新型コロナウイルスの感染拡大による1年延期に伴い、前年に発表した第4弾予算より2940億円も増えた。
1兆6440億円のうち、組織委員会が7210億円を支出するが、残りの9230億円は国と東京都の負担だ。つまり1兆円近い私たちの血税が投入される。大会経費の大部分は競技場の建設といったハード面の整備に使われるため、既に予算は執行されてしまったが、1兆円近い税金を「身近な施策に使えたら……」という視点で見てみよう。
教育・生活保護など複数回
＜�〜換颪両�中学校の給食を無料にできる＞
大会経費に投じられる税金9230億円があれば何ができるか？ 貧困家庭の教育支援に取り組むNPO法人キッズドア（東京都中央区）の渡辺由美子理事長に聞いてみた。「それだけあれば、すごいことができます」と、渡辺理事長が真っ先に挙げたのが、学校給食費の無償化だ。
跡見学園女子大の鳫（がん）咲子教授（公共政策）の試算によると、全国の公立小中学校の給食無償化には年間約5120億円が必要だ。これを五輪大会経費の税金投入分で賄えば、1年9カ月分の給食を無料にすることができる計算になる。
「南流山子ども食堂」が月1回開催する「フードパントリー」の様子。困窮世帯に食料を無料配布している＝千葉県流山市で2020年12月13日午前、真田祐里撮影拡大
「南流山子ども食堂」が月1回開催する「フードパントリー」の様子。困窮世帯に食料を無料配布している＝千葉県流山市で2020年12月13日午前、真田祐里撮影
家庭の給食費負担は年間約5〜6万円という。キッズドアの渡辺理事長は「子どもの貧困が深刻化する中、家で食べるものがなく、給食だけが一日のまともな食事という子もいます。給食費を払えず滞納する家庭も少なくありません。学校給食の無償化は優先すべき課題の一つです」と話す。
＜�⊇こ愡抉臉�度を拡充したり、貧困家庭の特別給付金をあと3回支給できたりする＞
国は2021年度予算で、高等教育の授業料減免や給付型奨学金の支給拡充を盛り込んだ「高等教育の修学支援新制度」に4804億円を充てた。これも、五輪大会経費に投じる税金を使えば、2倍近く手厚くできそうだ。
渡辺理事長は「修学支援制度の対象は現在、住民税の非課税世帯とそれに準ずる世帯に限られていますが、非課税世帯でなくてもぎりぎりの生活をしている家庭は多い。もし予算を倍にできたら、中所得者層も制度を利用できるようになるでしょう」。
また、厚生労働省は、新型コロナウイスルの感染拡大による経済的ダメージを軽減するため、これまで低所得のひとり親世帯に限ってきた生活支援特別給付金（児童1人あたり5万円）を、2人親世帯も対象にすると3月に発表した。予算は2175億円なので、大会経費の税金分を使えば、特別給付金は一度きりではなく、あと3回給付できることになる。
キッズドアが支援する家庭約1600世帯の9割近くは母子家庭で、昨年の年収が200万円未満の世帯は半数に上った。生活状況を尋ねたところ、4割近くが「お金が足りなくて、家族が必要とする食料を買えないことがあった」と回答したという。
渡辺理事長は「五輪を楽しみにしている人もいるし、やれるならやったらいいと思う。しかし、コロナ不況が長引く中、『冷蔵庫が空っぽ』という声も届く。子どもの貧困対策が十分と言えない中、五輪予算が増え続けていることには疑問を感じます」と話す。
＜��生活保護費も削減しなくてすんだ＞
次に、9230億円の重みを生活保護費に照らして考えてみたい。
生活保護費を削減する動きは、東京五輪・パラリンピックの招致が本格化した翌年に始まった。国は13〜15年、物価下落などを理由に生活保護費のうち食費や光熱水費などの日常生活に充てる「生活扶助」の支給を平均6.5％、最大10％引き下げた。削減総額は約670億円（国庫負担分）だった。
この引き下げを巡っては、憲法が保障した「生存権」を侵害したとして、受給者が自治体に引き下げの取り消しを求める訴訟が各地で起きている。弁護団の資料によると、生活保護費は18年以降も生活扶助基準の見直しにより、年間160億円（同）が削減された。2013年8月〜20年10月に削減された生活保護費は計1120億円（同）に上る。
訴訟を支援する「いのちのとりで裁判全国アクション」事務局長の小久保哲郎弁護士は「生活保護で暮らす人は、わずか月十数万円の保護費を1〜2万円引き下げられ、大きな打撃を受けています。（大会経費の税金分の）9230億円もあれば生活保護費を引き下げる必要などなかったはず。税金は本当に困っている人に使ってほしい。新型コロナウイルス感染拡大の中、さらに大会経費もかさむはず。五輪はもう、やめた方がいい」と憤る。
復興予算、今後5年分と同額
「復興五輪」を掲げるが、東日本大震災の被災地の自治体はどうみているのだろうか。復興予算は10年間で36兆円が使われたが、実は今年度から激減する。25年度までの5年間復興予算はちょうど大会経費と同じ1.6兆円だ。
激減の理由は、被災地のハード面の整備がおおむね終了したためだという。でも、こんなに減らして大丈夫なのだろうか？
福島県がオープンさせた「東日本大震災・原子力災害伝承館」＝福島県双葉町で2021年2月17日午後2時35分、竹内良和撮影拡大
福島県がオープンさせた「東日本大震災・原子力災害伝承館」＝福島県双葉町で2021年2月17日午後2時35分、竹内良和撮影
福島県がホームページで公開する「ふくしま復興のあゆみ」には、復興が進みつつある証しとして「常磐線全線運転再開」「大幅に低下した空間放射線量」「東日本大震災・原子力災害伝承館の開館」などが並ぶ。一方で、いまだ避難者が3万6000人を超え、除染や廃炉に向けた作業もコロナの影響で遅れている。
東京五輪を開催する意義は何か？ 福島県復興・総合計画課に聞いた。「この10年、いろんな支援がありました。ここまで復興が進んだとPRし、感謝の気持ちを伝える場としてはいい機会です」。五輪よりも復興に税金を使った方がよいのでは？ 重ねて尋ねると担当者の男性は口ごもりつつ、「それは私の職域を超える質問です……。ただ」と言葉を選びながら続けた。「いろんなご意見はあるでしょう。復興した部分もあるし、途上の部分も多いのも事実です。廃炉に関しては30〜40年かかります。まだまだ復興の道のりは険しい。でも個人的には、やはり感謝の気持ちは伝えたいのです」
岩手県は、東日本大震災で自宅が全壊・半壊した人などの医療費を全額免除する制度を、新年度から住民税非課税世帯に絞り込んだうえ、年内で終了する。19年度の制度利用者は3万2000人で、費用は制度スタート当初、国が全額負担していたが、震災翌年からは国の負担額が8割に減ったため、自治体の財政負担が課題になっていた。
震災から毎年、岩手医科大などが行っている被災者の健康調査では、沿岸部の仮設住宅入居者の体重が増加していることや、仮設から災害公営住宅に転居してからもメンタルヘルスの不調を抱える被災者が多いことなどが分かっている。
東日本大震災から１０年を迎えた仙台市若林区荒浜地区で、昇る朝日を見つめる人たち＝２０２１年３月１１日午前５時５８分拡大
東日本大震災から１０年を迎えた仙台市若林区荒浜地区で、昇る朝日を見つめる人たち＝２０２１年３月１１日午前５時５８分
調査した坂田清美・岩手医科大教授は、医療費免除制度の縮小について「経済的な理由で受診を控え、健康状態が悪化する人がでてくる可能性もあります」と指摘する。「もともと岩手県は高齢化率が高く、低所得・肥満傾向の人が多い。さらに医療過疎地域でもある。震災で家族や知人、友人を亡くし、ただでさえ少ない医療機関もダメージを受けた。そうした中でコミュニティーを再生することは本当に困難。息の長い支援が必要なのです」
宮城県の復興政策の担当課にも「復興五輪」の意義について尋ねた。担当者は「感謝を伝えたい」と話す一方、県民の五輪の受け止め方を尋ねると、しんみりと言った。「県民は立ち直った人もいますし、まだ復興したと言えない方たちもいます。そうした人たち一人一人にも寄り添っていきたい」。ただ、大会のスローガンが「コロナに打ち勝った証し」に変わったことについては、「最初は『復興五輪』だったはず。そこは忘れていただきたくない」。不満げに聞こえた。
「被災地を切り捨て、利用」
被災地には、五輪開催の是非を口にすることをためらう空気があるのだろうか？ 五輪のあり方に疑問を投げかけてきた福島県いわき市の佐藤和良・市議会副議長に聞くと、こんな答えが返ってきた。
「原発の汚染水処理の問題が何も解決していないのに、政府はコントロールしていると言って招致した。まやかしによって招致した揚げ句、コロナ禍での強行。国民負担が増えるだけです。『復興』も『コロナに打ち勝つ』もその時々の政府のご都合主義。復興を切り捨てながら、利用しているだけでしょう」
毎日新聞と社会調査研究センターが3月13日に実施した全国世論調査では、五輪・パラリンピック開催について「中止すべきだ」が32％、「再延期すべきだ」が17％と否定的な意見が約半数で、「予定通り開催すべきだ」は9％にとどまった。
東京電力福島第１原発の敷地にびっしりと並ぶ汚染処理水のタンク。その数は現在、１０４７基に上る＝福島県大熊町で２０２１年２月１３日午前１１時１４分、本社ヘリから手塚耕一郎撮影拡大
東京電力福島第１原発の敷地にびっしりと並ぶ汚染処理水のタンク。その数は現在、１０４７基に上る＝福島県大熊町で２０２１年２月１３日午前１１時１４分、本社ヘリから手塚耕一郎撮影
佐藤副議長に地元住民の五輪の受け止め方について聞くと、「それぞれですが、やりたい人、もやもやしている人、反対の人が3分の1ずつぐらいかな」。福島で聖火リレーがスタートしたが、「盛り上がりは1964年の前回東京五輪の時とは雲泥の差です」。
佐藤副議長はこうも指摘した。「世論調査では、反対や延期が約半数だったのに政府が民意と違うことを強行する。そりゃ、みんな『開催反対』と言いたくても言えない空気はあるでしょう。ただ、自由に意見を言えないのは福島だけではない。新聞やテレビだってスポンサーになっているから、はっきりと反対と言わないじゃないですか。日本中がそうした雰囲気に覆われているのではないでしょうか」
関連経費含めると3兆円指摘
東京都の新年度予算は総額7兆4250億円。コロナ対策などで支出が増える一方、企業の収益悪化で約4000億円の税収が減った。大会延期に伴う追加経費1200億円の負担も重くのしかかるが、財政悪化に追い打ちをかけるのは、新型コロナウイルス感染対策費だ。19〜21年度の3年間で編成した対策費用は総額は3兆628億円に上る。
都は、厳しい経営が続く飲食店などへ営業時間短縮協力金を支給するが、店舗の規模にかかわらず一律なため、大規模店の経営者からは窮状を訴える声が上がる。
東京オリンピック聖火リレーの出発式典であいさつする東京都の小池百合子知事＝福島県のJヴィレッジで2021年3月25日午前9時15分（代表撮影）拡大
東京オリンピック聖火リレーの出発式典であいさつする東京都の小池百合子知事＝福島県のJヴィレッジで2021年3月25日午前9時15分（代表撮影）
もう少し支援を充実できないのだろうか。事業を担当する都企画経理課に聞くと、「決められたことをやっている立場なので、コメントを求められても」との返事が返ってきた。五輪のお金をコロナ対策に回した方がいいのではないでしょうか？ こう尋ねると「気持ちに関わることは、答えを控えさせていただきたい」。
五輪が開催された場合、東京都医師会は大会組織委員会からの要請で競技会場に医師らを派遣するほか、熱中症対策などのため医療従事者をのべ5000人規模で配置して救護所を運営するなど、多方面で協力する予定だ。
しかし、都医師会の新井悟・担当理事は毎日新聞の取材に、医療現場への負担を懸念する。新型コロナウイルスの感染者の再増加や、変異株の感染拡大なども予想されることから「大きな波が五輪に重なる可能性はある。（大会開催の）ドタキャンもあり得るシナリオ」と危惧し、「海外客を受け入れないとしても、開催のハードルは非常に高い」と指摘する。
大会経費は現時点で1兆6440億円だが、会計検査院は19年、道路整備などの「大会関連経費」も含めると総経費が3兆円を超えると指摘していて、経費がさらに肥大し、税負担が増す可能性がある。
私たちはコロナ禍のただ中にいる。東京五輪を開催すべきなのか？ お金の使い方が間違っていないだろうか？ 今が真剣に問い直す、最後のチャンスかもしれない。
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