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反原発!原子力発電反対!!コミュのいまこそ高木仁三郎先生の本を読め!

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手(チョキ)いまこそ高木仁三郎の本を読め!http://www.kousakusha.co.jp/ISSUE/takagi20110329.html

もうみなさん読んでいらっしゃる方も多いでしょうけれど、

わたしの反原発。脱原発のきっかけになったのは高木仁三郎先生の著書でした。

25年前にもお会いしましたがとてもていねいに説明される方でした。

みなさんも読んでみてくださいね!感想などもどうぞ。


主要著作



『現代の博物誌 プルートーンの火』教養文庫、社会思想社、1976

『科学は変わる』東経選書、東洋経済新報社、1979[社会思想社教養文庫1987]

『スリーマイル島原発事故の衝撃』編著、社会思想社、1980

『危機の科学』朝日選書、朝日新聞社、1981

『プルトニウムの恐怖』岩波新書、岩波書店、1981

『元素の小事典』岩波ジュニア新書、岩波書店、1982[新版1999]

『わが内なるエコロジー』人間選書、農山漁村文化協会、1982

『核時代を生きる』現代新書、講談社、1983

『核に滅ぶか?』(前田哲男との対談)径書房、1984

『単位の小事典』岩波ジュニア新書、岩波書店、1985[新版1995]

『いま自然をどうみるか』白水社、1985[増補新版1998]

『森と里の思想』(前田俊彦との対談)七つ森書館、1986

『原発事故――日本では』岩波ブックレット、岩波書店、1986

『チェルノブイリ――最後の警告』七つ森書館、1986

『科学の「世紀末」』(関曠野との対談)平凡社、1987

『あきらめから希望へ』(花崎皋平との対談)七つ森書館、1987

『巨大事故の時代』弘文堂、1989

『食卓にあがった死の灰』(渡辺美紀子との共著)現代新書、講談社、1990

『核燃料サイクル施設批判』七つ森書館、1991

『核の世紀末――来るべき世界への想像力』人間選書、農山漁村文化協会、1991

『マリー・キュリーが考えたこと』岩波ジュニア新書、岩波書店、1992

『反原発、出前します!――高木仁三郎講義録』(反原発出前のお店編/高木仁三郎監修)七つ森書館、1993

『プルトニウムの未来――2041年からのメッセージ』岩波新書、岩波書店、1994

『宮澤賢治をめぐる冒険――水や光や風のエコロジー』(絵・高頭祥八)社会思想社、1995

『もんじゅ事故の行きつく先は?』岩波ブックレット、岩波書店、1996

『このままだと20年後のエネルギーはこうなる』カタログハウス、1998

『市民の科学をめざして』朝日選書、朝日新聞社、1999

『市民科学者として生きる』岩波新書、岩波書店、1999

『恐怖の臨界事故』(編者=原子力資料情報室名)岩波ブックレット、岩波書店、1999

『The Criticality Accident at Tokai-mura−1 mg of uranium that shattered Japan's nuclear myth』、Co-authored by J.Takagi and CNIC、Citizens' Nuclear Information Center、2000、translated by G.Hoerner,A.Fukami and T.Miwa

『原子力神話からの解放――日本を滅ぼす九つの呪縛』カッパブックス、光文社、2000絶版

『証言――核燃料サイクル施設の未来は』七つ森書館、2000

『鳥たちの舞うとき』工作舎、2000

『原発事故はなぜくりかえすのか』岩波新書、2000

原子力神話からの解放 -日本を滅ぼす九つの呪縛 (講談社プラスアルファ文庫)

http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%8D%82%96%D8+%90m%8EO%98Y&x=11&y=24

コメント(24)

>木枯さん コメントありがとうございます。『原発事故ななぜくりかえすのか』いいですよね。

この本では日本の原子力開発の問題として、思想がない、経験主義、議論や批判がないの三つの欠点を、また、まったく技術の下地がないところに海外から行政主導で導入した技術のための基礎の弱さを説きます。さらにきわめて官僚的で、間違いがあってもそれがそのまま承認されてしまう体質があると言います。例として、もんじゅの事故があります。温度計の鞘を取り付ける部分に応力が集中しないように普通はRを付けます。製造は小さな企業が行いますが、加工技能者には常識なので疑問が出ます。ですが、原子力の規格は特殊なものだからで納得させられてしまったそうです。

物理屋と化学屋の違いを強調している部分がありました。多数派の中の少数派は殊更違いを意識させられるものです。
『プルトニウムの恐怖 』  『食卓に上がった放射能』もよいですね。
高木仁三郎先生は心から尊敬します。
でも私が初めて書籍を読んだ時には、既に存命ではありませんでした。

とても残念に思います。
でも高木先生の意志は生きていると感じられるし、繋いで行かなきゃいけないと思っています。
渡辺美紀子さんとの共著:「食卓にあがった放射能」今から読破します。
ひさしぶりに希望に満ちたトピック立て、ありがとうございます。
トピ、トップに書き込んでおけばよかったんですがすいません、

主要著作



『現代の博物誌 プルートーンの火』教養文庫、社会思想社、1976

『科学は変わる』東経選書、東洋経済新報社、1979[社会思想社教養文庫1987]

『スリーマイル島原発事故の衝撃』編著、社会思想社、1980

『危機の科学』朝日選書、朝日新聞社、1981

『プルトニウムの恐怖』岩波新書、岩波書店、1981

『元素の小事典』岩波ジュニア新書、岩波書店、1982[新版1999]

『わが内なるエコロジー』人間選書、農山漁村文化協会、1982

『核時代を生きる』現代新書、講談社、1983

『核に滅ぶか?』(前田哲男との対談)径書房、1984

『単位の小事典』岩波ジュニア新書、岩波書店、1985[新版1995]

『いま自然をどうみるか』白水社、1985[増補新版1998]

『森と里の思想』(前田俊彦との対談)七つ森書館、1986

『原発事故――日本では』岩波ブックレット、岩波書店、1986

『チェルノブイリ――最後の警告』七つ森書館、1986

『科学の「世紀末」』(関曠野との対談)平凡社、1987

『あきらめから希望へ』(花崎皋平との対談)七つ森書館、1987

『巨大事故の時代』弘文堂、1989

『食卓にあがった死の灰』(渡辺美紀子との共著)現代新書、講談社、1990

『核燃料サイクル施設批判』七つ森書館、1991

『核の世紀末――来るべき世界への想像力』人間選書、農山漁村文化協会、1991

『マリー・キュリーが考えたこと』岩波ジュニア新書、岩波書店、1992

『反原発、出前します!――高木仁三郎講義録』(反原発出前のお店編/高木仁三郎監修)七つ森書館、1993

『プルトニウムの未来――2041年からのメッセージ』岩波新書、岩波書店、1994

『宮澤賢治をめぐる冒険――水や光や風のエコロジー』(絵・高頭祥八)社会思想社、1995

『もんじゅ事故の行きつく先は?』岩波ブックレット、岩波書店、1996

『このままだと20年後のエネルギーはこうなる』カタログハウス、1998

『市民の科学をめざして』朝日選書、朝日新聞社、1999

『市民科学者として生きる』岩波新書、岩波書店、1999

『恐怖の臨界事故』(編者=原子力資料情報室名)岩波ブックレット、岩波書店、1999

『The Criticality Accident at Tokai-mura−1 mg of uranium that shattered Japan's nuclear myth』、Co-authored by J.Takagi and CNIC、Citizens' Nuclear Information Center、2000、translated by G.Hoerner,A.Fukami and T.Miwa

『原子力神話からの解放――日本を滅ぼす九つの呪縛』カッパブックス、光文社、2000絶版

『証言――核燃料サイクル施設の未来は』七つ森書館、2000

『鳥たちの舞うとき』工作舎、2000

『原発事故はなぜくりかえすのか』岩波新書、2000

原子力神話からの解放 -日本を滅ぼす九つの呪縛 (講談社プラスアルファ文庫)

http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%8D%82%96%D8+%90m%8EO%98Y&x=11&y=24
私は5年前から原発廃止の活動をしてる新参者なので、もちろん仁三郎さんとお会いしたことはありません。

図書館から借りた本とか、頂きものの本とかイロイロありますが、高木さんが、三里塚に行ってイロイロ考えた。って話が好きだったんですが、何だったっけなー。

伝えたいことをより多くのヒトに伝えるため表現には心を砕かれたんだろうなと言うのは非常に理解できます。化学はさっぱりわからなかったのですが、原発の話じゃないですが、元素の小事典を読んで少し化学が理解できるようになりました。

原発から出てくるわけのわからん物質に頭悩まされる今日この頃ですが、苦手な方にお勧めします。



>さかなちゃん☆さん、これでは、ないですか

★三里塚のこと 高木 仁三郎

それが30歳の頃なんです。大学を辞めた時というのが35歳ですから、その5年間ぐらいというのは本当に苦しくて、辞める決断がなかなか出来ないわけですよ。本当はあまりこういう話はしないんですが、この際そういう話をするとですね、それはその時に友達に連れられていった場所につながるんです。あそうだ、当時私は、原子力の分野でいろいろやろうとは当時は思っていなかったんです。何かやらなくちゃいけないとは思っていたんですが、原子力の問題というのは、原子力の機関を離れちゃったらまず出来ないだろうと。仲間に聞いても絶対無理だろう、そのへんで自分で事務所を構えるにしても、原子力問題というのはコンピューターがない世界でやるとか、実験室がない世界でやるとか、市民的なレベルでやるなんて話にはならないからまず無理だろうという事もあったし、それからどうも専門の分野で勝負するというのもどうしたものかというところもあったので、本当はやる気がなかったんです。最初は。ただただ悩んでいたというようなところがあったのですが、その当時ですから70年に入ったぐらいの時に、今の言葉でいえば成田っていうんですか、当時三里塚っていっていたんですが、そこにちょっと行って見ようとみんなに連れられて行った。私は闘争しに行ったという程でもなかったんですが、見に行ったんですね。そうするとやっぱり明らかに、あれは本当に非合理な開発計画を国が住民に何の断りもなく押し付けてきたという事に基本的な問題があるんですが、それに対して住民がほんとうに自分の身体を鎖で樹に縛って抵抗しているという事があったわけですね。私はそれを見たときに本当に感動したんです。それで開発する側じゃなくて農民の側に立ちたいと思った。しかし同時に自分を鎖で樹に縛るという形の抵抗だけをやっていくのはちょっと自分にはやりきれない。1日とか10日ぐらいならいいけれども、一生というのはやりきれないだろうと。あの農民たちもその形ではやりきれないんじゃないかと思ったんですね。ある瞬間の表現として非常に正しい表現だと思ったけれど、それを僕ら科学をやった人間としてはね、なんかその科学なり、何かその自分が関わってきた分野の仕事に置き換えて持続する志として何か形に残す、そういう事をやっていく事であの闘争が生きてくるんじゃないかと思ったんですね。表現としてはいろいろそういう直接行動的な抵抗があるでしょうけれども、最終的には自分の頭で勝負するしかないと思ったわけです。http://www.jca.apc.org/~misatoya/gensuikin/kouen.html#11
手(パー)そうですね全集以外なら。手頃な価格のもありますねhttp://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss_1?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%8D%82%96%D8%90m%8EO%98Y&x=15&y=25

【Wikipedia】
高木仁三郎
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%9C%A8%E4%BB%81%E4%B8%89%E9%83%8E

高木仁三郎

高木 仁三郎(たかぎ じんざぶろう、1938年7月18日 - 2000年10月8日)は、日本の物理学者、専門は核化学。理学博士(東京大学)。
群馬県前橋市出身。群馬県立前橋高等学校、東京大学理学部化学科卒業。
政府の原子力政策について自由な見地からの分析・提言を行う為、原子力業界から独立したシンクタンク・原子力資料情報室を設立、代表を務めた。原子力発電の持続不可能性、プルトニウムの危険性などについて、専門家の立場から警告を発し続けた。
特に、地震の際の原発の危険性を予見し地震時の対策の必要性を訴えたほか、脱原発を唱え、脱原子力運動を象徴する人物でもあった。原子力発電に対する不安、関心が高まった1980年代末には、新聞、テレビ等での発言も多かった。

略歴
1961年、日本原子力事業(日本原子力事業総合研究所核化学研究室)に勤務。
1965年、東京大学原子核研究所助手となる。
1969年、東京都立大学理学部助教授。
1972年、マックスプランク核物理研究所客員研究員。
1973年、東京都立大学を退職。
1974年、プルトニウム問題を考える自主グループ「プルトニウム研究会」を組織。
1975年、原子力資料情報室専従世話人となる。(のちに、代表)
1988年、反原発運動全国集会事務局長。
1992年、多田謡子反権力人権賞受賞。
1993年、サンケイ児童出版文化賞受賞。
1997年、ライト・ライブリフッド賞(Right Livelihood Award)受賞。
2000年、大腸癌で死去。12月、遺志により高木仁三郎市民科学基金が設立される。(翌年、NPO法人化)
地震による原子力災害への警鐘
1995年、『核施設と非常事態 ―― 地震対策の検証を中心に ――』[1] を、「日本物理学会誌」に寄稿。「地震」とともに、「津波」に襲われた際の「原子力災害」を予見。
「地震によって長期間外部との連絡や外部からの電力や水の供給が断たれた場合には、大事故に発展」[1] するとして、早急な対策を訴えた。
福島第一原発 について、老朽化により耐震性が劣化している「老朽化原発」であり、「廃炉」に向けた議論が必要な時期に来ていると (1995年の時点で)指摘。 加えて、福島浜通りの「集中立地」についても、「大きな地震が直撃した場合など、どう対処したらよいのか、想像を絶する」と [1]、その危険に警鐘を鳴らしていた。(以下は、引用)
『考えられる事態とは、(中略) 地震とともに津波に襲われたとき 』
『原子炉容器や1次冷却材の主配管を直撃するような破損が生じなくても、 給水配管の破断と 緊急炉心冷却系の破壊、非常用ディーゼル発電機の起動失敗といった故障が重なれば、メルトダウンから大量の放射能放出に至るだろう。』

『老朽化原発が大きな地震に襲われると、いわゆる共通要因故障(一つの要因で多くの機器が共倒れする事故)に発展し、冷却材喪失事故などに発展していく可能性は十分ある。』
『原発サイトには使用済み核燃料も貯蔵され、(中略) 集中立地が目立つ(福島浜通り、福井県若狭、新潟県柏崎、青森県六ヶ所村など)が、どう対処したらよいのか、想像を絶する (中略) これから徹底的に議論し、非常時対策を考えて行くべき。』

『「原発は地震に対して大丈夫」という言い方は、上述のような疑問や不確かさに対して、すべてを楽観的に解釈した場合にのみ成り立つもの(中略)。 国や電力事業者は、「原発は地震で壊れない」ことを前提にしてしまっているため、そこから先に一歩も進まず、地震時の緊急対策を考えようとしない。』
『行政側(注:通産省)にも事業者側にも原発の安全性を見直して、この大災害(注:阪神大震災)をよい教訓にするという姿勢が少しも見られなかった。』
『「原発は壊れない」建て前になっているため、今のような機会(注:阪神大震災の教訓) を生かして、原発が被災した場合の緊急時体制や老朽化原発対策などを真剣に考えるという姿勢もまったくみられない。』 

『 そのような事態を想定して原発の安全や防災対策を論じることは、「想定不適当」とか「ためにする議論」として避けられてきた。 しかし、(中略) 考えうるあらゆる想定をして対策を考えていくことが、むしろ冷静で現実的な態度と思われる。』
『核施設と非常事態 ―― 地震対策の検証を中心に―― 』 「日本物理学会誌」 Vol.50 No.10, 1995 (全文の閲覧が可能)


【Amazon】
原子力神話からの解放 -日本を滅ぼす九つの呪縛(文庫)
\823
高木 仁三郎 (著)
2011/05/20
http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/4062814366/ref=mw_dp_mpd?er=1

商品の説明
内容紹介
原発事故の“破局”を脱する「希望」を育てよ
原発の洗脳を解き、安心できる未来へと、この「文明」を問い直す

●10年に一度は起きている大事故
●「安い電力」に含まれない様々な経費
●放射能に目をつむるクリーン神話
●ある青年政治家による原子力導入の強行突破
●原爆4000発分の余剰プルトニウムを抱え込む日本

原子力という「パンドラの箱」を開けてしまった人類に襲いかかった際限のない放射能。この箱を再び閉じる道は存在するのか。人々が原子力への洗脳に気がつき、引き返さない限り、巨大事故は繰り返し、災禍は限りないものとなるだろう。私たちは何を間違ったのか。原子力と決別するために、私たちが選ぶべき道とは何なのか?
反原発活動の生涯を貫いた論客が、その最晩年に、原子力をめぐる様々な神話=国民への洗脳を、ひとつひとつ暴いていった警世の書。

※本書は2000年8月に光文社より刊行された同名の書を一部訂正し、編注をつけたものです。

>>[9] 亀レスですが、トップに入れておきました。
記事がありましたので上げときます。

原発危機の今こそ高木仁三郎さんを読む
http://www.kousakusha.co.jp/ISSUE/takagi20110329.html

大島堅一
‏ @kenichioshima
4月28日

除本さんにいただきました。高木仁三郎さんの『原発事故はなぜくりかえすのか』を意識した著作とのこと。必読です。

というtweetがありました。

高木さんの本最近読み返してないですけど、何十年も前の本だから古いってこたー全然なくて、問題は一歩も解決していないんです。ぜひ読んでください。

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