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The days of -GUDON-コミュのThis is border!

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途中でタクシードライバーが車を止めて「降りろ」というので付いていくと、なんと川の中に温泉が湧き出ている。

「暑いから入りたくない」と言ったら、入浴ではなく「温泉玉子」を作りに寄ったのだという。

気温32度の中、さらに蒸気に包まれながら、ぬるいビールに温泉玉子。
あまり美味くはなかったけど、ドライバー君の親切心にとりあえず多謝!

メーサイはさすがに国境の町だった。

小さな町だが異様な活気がある。活気っていうか、ちょっと殺伐とした熱気みたいなカンジ。


社長も「この街はちょっとヤバゲじゃの〜」

タイもここら辺りまで来ると、中国文化が大きく影響を与えている。レストランではすでに「ビア・シン」や「ビア・チャン」よりも「雲南啤酒」とか怪しいモノばっか。

ホテルはドライバー君が手配してくれた。ワン・トンという町1番の高級ホテルだった。

三ちゃんの異様にデカイスーツケースを運んでいたボーイがエレベーターに乗り込むやいなや「レディ?(女は)」・・・さすが一流だ!抜け目がナイ。


タイではどんな田舎町に行こうが、その手のシステムは機能している。

いつぞや、これまた国境の田舎町の屋台でメシ食ってたら屋台のオヤジが突然「プーイン?」

平たく言えば女はどうだ?って。モノは試しで「連れてけ!」って言ったらなんとデリバリーシステム。

料理のメニューはないくせに、女のメニューは写真入である。


・・・なァオヤジ、一体何の屋台なんだ、ココ?


モチロン田舎に行けば行くほど物価は下がる。ここじゃバンコクのショートタイムと同料金でオールナイト。どうもチェンマイ以来下世話なネタが続く。
ソッチ方面が知りたい人もいれば、マイミクさんには女性や元教え子もいるので、ま、世界は広い!いろいろあるさってことで軌道修正しよう。


さっそく国境にかかってる橋の傍にあるというイミグレに行く。

ミャンマーは通常であれば1日限りの滞在が可能だ。空路で入れば2週間くらいは大丈夫らしいが、そんなに長居もしていられない。とりあえずデイ・リターンで入国しよう。

建設中の立派なゲートをわき目に見ながら橋の方へ歩いていたら、映画に出てくるような簡易検問所みたいなトコから兵隊さんがパラパラと・・・。明らかにノーノーノーいう仕草。
「?」一緒にいたドライバー君に通訳を願う。

彼も俺もブロークン・イングリッシュだ。
ドライバー君曰く「ボーダーラインはクローズだ」・・・わかった。

それはいいとして、構えてるマシンガン、とりあえず降ろしませんか?話し合えばきっといつかは分かり合えるはずだから・・・キミとボク。ね、国境警備隊の方々・・・。

橋の真ん中の鉄条網までなら行ってもイイとの事だったので、意地になって行ってみた。

向こうにも同じ距離分の橋があるだけだったが、悔しいので端っこの方でこっそり向こう側にタッチ!ミャンマー制圧!!これでヨシ!

帰り際にフト見ると橋の下に行けるカンジの道があるではないか。
あえて裏道を探す習性とカンに狂いはない。
「社長!コッチです」とにかく出たトコ勝負。ズッチャラズッチャラ降りていくと・・・笑ったね。


雨期とはいえど、まだ1日しか降っていない雨のせいで川幅は乾季のママ。1.5メートルくらいしかないぞ。中学生くらいなら飛び渡れるぞミャンマーに!

事実、タイとミャンマーの皆さん談笑しながら、大きな荷物背負ってジャブジャブと往来してるんですが・・・。それって専門用語でいうところの密輸入ですよね?明らかに。


実はこれは地元民だけに許されている通行手段らしく、同じことをワシらがやれば即拘束なのだろうが、そんなもんワンジャンプでタイ司法の及ばない時空間に行けるのだ。
つまりこっち(タイ)でどんな悪い事しようが、ホイって一飛びで実質タイ警察は介入不能。

俺は今後この川を「どこでもリヴァー」と名付けて、いよいよの際に利用しようと心に決めたのはいうまでも無い。
最早、タイの豊かな経済力と物資なくしてミャンマーは立ち行かず、またタイもミャンマーの安い労働力と怪しげな中国の産品がなければ国際競争についてゆけないので、両国合意での判断だそうだ。
日本とアジア諸国との縮図だな、これは。


話のついでにピョ〜ンと行ってみようかな?と思ったけどやめといた。
何故かって?

行ったところでメリットゼロパーセント!
下手すりゃ射殺されかねないのに、いくら冗談好きなワシでもやめますわ。TVの取材も来てないし。

いや、来ててもしないけど(笑

コメント(20)

写真1:現在はこんなモンが建ってるらしい
写真2:国境の橋
写真3:手前タイ。左、ミャンマー。右、ラオス。
写真4:インドで言うリクシャーだな
写真5:タイのキカイダー
写真6:トゥクトゥクってよりオートリクシャーって呼びたい
当たりはずれがあるけど、基本旨いからね〜、タイ料理。
ビア・チャン、メコン、あるだけ持って来〜い(笑
写真1:へい、お待ち!
写真2:ついでにビアシンも!
写真3:欲しいのは川じゃない!
日本国内ではありますが…先日、辛さに耐え切れずアホ程シンハ呑みました(笑)
いいね〜。
今屋台でいくらくらいなんだろ?
結局この日もカラオケへGO!さすが最果ての地。もう、なんちゅうか・・・・。日本語の歌、50曲くらい。しかも、全然知らん曲ばかり。「勘太郎月夜歌」とか「瞼の母」とか「蘇州夜曲」とか、中国が近いせいかやたらに漢字のタイトルが多い。念のため羯徒昆路薫’狼琉はさすがになかった。さらに歌詞カードガリ版刷り。女の子にはすでにタイ語があまり通じないし。H「どうします?」社「さしむき、ビール貰おうや。頼んでくれさん」「さしむき」って日本でも通じないコトバを訳さないでいいならなんとかイケますが。ちなみに「とりあえず」ってコトね。・・・15分で店を出た。タクシーで寝ると言い張ってたドライバー君の為にベッドを1つ用意してもらって、ワシと三ちゃんとドライバー君の3人で川の字だったメーサイの夜。窓から表の通りを眺めたら、ちょっと1人じゃ歩けない気がした。(ホントは結構安心らしいが)犬がウルサイ!←これはカナリ危険!
翌朝、さっそく博物館のあるチェンセンを目指す。うわさのゴールデン・トライアングルの象徴、3カ国の国境を眺める。この辺りはさすがに川幅も広く、ボート無しでは行き来できない。時折なんだかイッパイ物資を載せた中型フェリーボートが上流へ向かっている。船にはたくさん漢字が書いてあるので中国へ向っているのだろう。記念碑みたいなものがある広場では民族衣装を着た子供達がモデル料を稼ぐためにアチコチに立っている。メコン川沿いはいかにも「アンタラ、ココで騒がんかい!」的ムードを全面的に打ち出しており、事実夕暮れ時になると家族連れやカップルなどで、毎晩パーティーが開かれるとドライバー君が教えてくれた。
オピウム博物館は「?」くらい小さくて当然ながらそういった類のものは売っているわけが無かったが、展示してあるケシの実を見て驚いた。中身あるじゃん!タネ、ぎっしり!・・・いいのか?
唐突だが、実は社長の趣味は釣りである。俺自身も趣味とまでは行かないが、嫌いな方ではない。時々、波穏やかな瀬戸内海に五目釣りに行く。シコ名ならぬ釣名は「瀬戸内爆釣」って付けている。今回の旅の目的のヒトツに「メコンで大ナマズを釣り上げる」という、開高健並みのテーマがあった。この辺りには「プラー・プグ」と呼ばれる巨大な大ナマズ(当たり前だね)がいて、それが釣れると半年くらいは何もせず遊んで暮らせるくらいの金になるという。いよいよその壮大な計画を実行に移す時が来たようだ。
天気は上々、風緩く、またとない釣り日和。荷物は少ないくせに、こういうことには異常にこだわるワシは早速3段接ぎの竿を組み立て始める。この竿は実は本日デビューだ。なにしろ近くの大型釣具ショップの入り口で、青いビニール袋につつまれて「これ1つで大丈夫!お子様投げ釣り6点セット¥2980」なのだから。エサは良く目立つようにワームのラージサイズ3本掛け。もっともこれだけ濁っていては、エサなんてどうでもいいような気がするが・・・。ま、気分はすっかり大イトウに挑む三平君だ。「おりゃっ!」気合一閃!気分は200メートル超級の魚紳スタイル、いわゆるホームラン投法だが、水しぶきは20メートルくらいのトコでちゃぽん!子供用なので錘が軽いのだ。投げて初めて気がついた。あくまで滔々と、しかも悠然とたゆとうこの大河。
外面如菩薩、内面如夜叉の如く、その川面からは想像が出来ないほど流れは速く、急だ。恐ろしい勢いでラインが出まくっている。あわててリールを戻す。瞬間、ガクンと重みが竿に圧し掛かる!
「おおっ!初スロー初ヒット!」「ホンマか〜?」駆け寄る社長。巻き上げるリールが異様に重い。それは巻き上げるにつれ重みを増してゆく・・・が、変だ。一向に暴れる気配がない。普通だったらアチコチにじたばたとラインは川面を駆け巡るはずなのだが、ナゼか一直線に巻き上がるのだ。「そうか・・・わかった!こいつはワリと素直な性格の大ナマズだ!」・・・ある程度この後の展開が予想できた俺は、無理矢理自分にそう暗示をかける。だって川の流れの圧力だけでこんなに汗まみれになっているのって、何のために釣り道具持ってきたのか、自分で自分をゼンゼン説得できないぞ。ビリー軍曹のトレーニングの新メニューかなんかですか、この苦行?
結局1投で終了。そのあと社長も4.5回投げていたが、なにしろ暑さに先にやられてしまう。「ダメじゃ、ヤメヤメ!」2人の結論。この川に魚はいない!
ちなみにご当地の漁法をあとで地元民に聞いてみた。乾季に川幅が狭くなっている処に網を張って上流からバシャバシャ大人数で追い込むんだそうだ。暑いのに釣りするバカは1人もいないとのコト。早く言え!
写真1:これが噂のアヘン博物館
写真2:トゥクトゥクもこの調子
写真3:・・・。
羯徒昆路薫’狼琉>

魚紳スタイル、いわゆるホームラン投法>

日記の中にさらっとおいしいネタ混ぜるねー笑
結構バテバテ気味だがそれでもまだ日は高い。ドライバー君はまた突然車を停めた。H「エッ、何、ココ?」ド「マイノリティ」社「何かね?どうしたんかね?」H「わかりません。マイノリピーがおるとかおらんとか・・・」社「何がおるって?」H「ノリピーです。挨拶はヤッピーです」状況にそぐわない完全なデタラメ解説だが、ノリピーについての解説は完璧だ!朝一の挨拶はファースト・ヤッピーだ。多分今だったら「ギザカワユスがいるそうです」と言うだろう。社「何?」H「ギザギザなカワウソがもう、てんこ盛りでいるらしいっすよ!」
社長が「どんだけ〜!」と返してくれるかどうかはわからない。
で、何族だったか忘れたがそんな村へ。日曜らしくスグ傍にあった学校の校庭には誰もいない。赤土だらけの小道をたどって坂を登ると、急に開けた平地があって、それを取り囲むように20個くらいの家が建っていた。夕飯時らしく(でもまだ3時だぞ)主婦らしき人がマキをくべたり、おかずを作ったりしてる片隅で、オトーちゃんらしき人が、乳飲み子をあやしつつ幼児の相手をしている。タイ政府の政策で山からサトへ下りてきた代わりに、補助金みたいなモノが支給されているらしいが、なんだかコッチもとても居心地が悪い。
だってウチでささやかな夕食を「さ〜食べよ」って思ってるときに、見ず知らずの外国人がズケズケと我が家に断り無く入ってくるのと同じだ。ファラン(西洋人)あたりなら平気で写真撮りかねないだろうし。
何となくバツが悪くてそそくさとソコをアトにする。すると帰り道には、来るときにはなかった土産物屋が、急遽出来ていた。とりあえず、友人への土産としてポシェットみたいなものとネックレスを買った。値段を聞いたら・・・「いくらでもイイ。解らないから」
なんていえば日本の皆様にお解かりいただけるのか・・・?まず、お金って概念がないのだ。未だに等価物々交換制がリッパに生きてるから、それを貨幣価値に直すことができないらしい。例えば、ある刺繍が得意な民族がいたとしよう。そのデザイン性は独自性が際立っているため、一時期日本でももてはやされた。俺たちだったら、その糸を作るためにかかった労力や原価、糸を染色する為の技術力と染料代、さらにそれを丹念に縫いこんでいく為の作業料、あとは少しの利益を含めて50バーツで、どう?ってことになるのだが、彼らは違う。
先祖代々それをやってきて、時々どっかの市場でそれをブタとかコウモリとかといった食料と交換してきただけなので、「バーツって集めたらテレビと交換できる不思議な紙」程度の代物なのだ。
まず労働力って考えがまるでない。先祖代々、受け継がれてきた伝統やってるだけで、それを何バーツ?って言われて最も困っているのは当の本人達だろう。このポシェット20個で鶏5羽なら理解できるが、鶏5羽が100バーツは理解が出来ないのだと思う。それを焼いてタレ付で出せば片足20バーツは払うモチロン両足なら50バーツだなって割高になってても2,3日は気がつかないアホな日本人がココに3人、雁首揃えて待っている・・・とは思いもしない、正にアウト・オブ・ホーキンスな宇宙論的価値観の持ち主達。
タイ人はおしなべて数字に弱い。どんな店だろうと、あるいは店構えがどんなに立派だろうと、必ず計算をまちがえる。意図的なものかどうかは知らないが、必ず高いほうへまちがえる。たとえカシオの電卓を持っていてもやっぱりまちがえる。下手するとオーダー自体を間違える。ピザを頼んでサンドイッチが出てくるなんてしょっちゅうだ。次の日、同じ店に行くとサンドイッチの写真の上に、大きくPIZZA!って書いてある・・・、マイペンライです。
ドライバー君は必死で俺たちの説得を開始した。帰りを空車で帰れば、儲けが少なくなる為だ。長距離バスを利用したがらない社長は、「よしゃ!ハッピーさん、一回チェンマイに戻るかね?」予定では途中のチェンライに寄って、イサーンへの移動をしようと思っていたが、結局そのままチェンマイへ。宿はこのまえと一緒。
写真1:それはひょっとして・・・
写真2:こんなカンジ
写真3:ここはちゃんとしたお店
朝起きてみると、社長は1階の屋根つきテラスで従業員達とゲームをやっていた。ルールを習って俺も参加。ドミノを使って数字を繋げていく、割と頭脳プレーとタイミングが要求されるゲームだ。三ちゃんは「パチンコの方がいい」と言ってすぐにやめた。社長とドライバー君のやり取りの通訳をやったせいで、精神的にとても参っていたので、この日は朝からビール飲んで木陰でハンモックに揺られて過ごす事にした。やっとタイにきている実感が湧く。
夕方、社長が「ハッピーさん、こいつら(従業員3人)カラオケ行きたいゆうから、行こう!」カラオケは話が別である。トゥクトゥクに飛び乗って、夕暮れのチェンマイをGO!
この店は、日本と変わらないくらい曲も多かった。さっそく新造人間キャシャーンをアクション付きで歌い上げる。ウケまくった。次の日から「ミスター・キャシャーン」と呼ばれるほどに。気に入った女の子がいなかったので手ぶらで帰ろうとしたら社長が「どれか一人連れて帰れ!ワシが奢る!」といってホテル従業員にまでお持ち帰り。おかげで無理矢理相手を決められた。はっきりいって迷惑なんですが・・・。今思えば、ひょっとしたら社長流のねぎらいだったのかもしれない。
次の日も朝からボサノバ。うっだらうっだら時だけ過ぎる。すっかり従業員クン達とも仲良しで「今日はドコへ行くのか?」とそれとなく催促が入る「知らんよ。アッチに聞いてくれ」俺はとにかく何もしたくなかった。起きればビールを飲んで、腹が減ったらソコラの屋台で飯を食う。で、寝る。そんな生活。気がついたら路上で寝てた。2回くらい吐いてたな。
夕方にまた例の宇宙堂へ。マ「おかえりなさい。どうだったですか?北は?」H「いや、大変・・・」社「最高じゃッた!の〜、ハッピーさん!」「はァ・・・」そこにチェリーから?。明日チェンマイに帰って来るらしい。どうもこの2,3日電波の届かないトコロに居たせいで、非常に不信がって急遽とんぼ返りらしい。
「助かった・・・」今後マザー・テレサと同列に並ぶな、俺の心の中で。で、イサーンにどうやって行くかを検討してたらマスターが「車チャーターしたらどうですか?1日2000バーツで乗り捨てOKの店、ありますよ」社「すぐ連れて来て」マ「一応、行って説明受けた上で契約した方が・・・」社「メンドイの〜。ハッピーさん頼める?」H「OKです!」というより正に待ち望んでいた展開だ。もうこうなったら、金がいくらかかろうと知ったこっちゃない。精神的なダメージを受けないことが第一だ!
宿に戻ってテラスで涼んでると、社「ちゅうことでワシは今夜出撃できんから、オ〜イ!お兄ちゃん。この人達にオネーチャン用意して!」頼んだら、時間と金が無駄なことにまだ気付いていない・・・。それから3時間、すでにあたりは真っ暗闇。当然まだ誰も来ない。向うだって商売の時間帯はあるんだからしょうがない。社長は「ナゼ、来ないのか」って従業員に怒っている。
見かねた三ちゃんが「社長!僕とハッピーさんでそこらブラブラしてきますから、気を使わんで下さい」H「そうですよ。ワシら自由にやりますんで・・・」社「ワシばっかり楽しくてもオモシロない。あんたら二人も、ネーちゃんの1人2人、連れてもらわんと面白くないんよ!」なんとなくだけど、遠慮とかすんなよ!って意思が伝わってきた。H「ほんじゃ、出撃します!自分で探したほうが早いですから」結局いつぞやのカラオケ店も含めて何軒目かに、その娘はいた。左腕に線彫りのスミ。店のドア前で斜に構えて丸イスに座って、タバコ吹かしながらガンくれてやがる。とりあえず無視して店内に入るも、もちろん以前の彼女の姿はなし。ママさん呼んで、入り口の娘「呼んで」
話してみれば、日本語カタコトでケッコウいける。美人ではないが愛嬌もある。年は22。名前は「コーイ」よし、決めた!三ちゃんもなんだかんだあった挙句・・・三ちゃん「できれば、日本語が出来た方が・・・」マ「ココ、チェンマイね!いないね〜!」三「そうですか・・・」ドライバー「するだけならコトバ、必要ないでしょ?」
・・・つくづく侘び寂びのわからん人達である。
で、一応連れて帰った。今回は社長のオゴリなので挨拶に来てね!ってコトだったので、部屋に連れて行ったら社長全裸!マズイでしょ!消えない絵!ワシは今回Tシャツ脱がない予定でラブラブだったのに・・・。予想通り関係は急速に悪化。すんごいよ!気温30度くらいのはずなのに、体感温度マイナス200度くらい。1ミリたりとも微動だにしないから。あ〜あ、またかよ・・・。同じじゃん、アン時と。
そんな時でも俺は必殺技隠し持ってるのネンのネン!ソッチ関係には高い学習能力を発揮するワシ。どうやら今夜は無理にコトに及んでもまったく反応しないだろうと予想できたので、ホテルのボーイさんに頼んで、近くのコンビニで糊と鋏を買ってきてもらう。日本から持参品の例のグッズの中に、千代紙を貼って完成させる小さな3段小物入れをいくつか持っていた。
「君は寝てていいよ。ワシは今から工作始めるから・・・」夜、部屋の片隅の小さな机で、チョキチョキ、塗り塗り。以外に手間が掛かって、完成したのは夜中の3時ごろだった。
コーイちゃんは何しろ何をされるかわかんないし、アトで知ったのだが、その日が初めての水商売デビューだった緊張感で、ベッドで寝転がってはいるものの、やっぱり起きてる様子。
よくわかんないが、多分、イイ人を演じたかったのか?完成した小箱の1番下の引き出しに1000バーツ入れて、「帰っていいよ。これ、ギフト&チップね。日本人、悪いヤツばっかじゃないよ」これで一発逆転マンの予定だったが、コーイちゃん、マジで帰っちゃった・・・涙
翌日チェリー到着。ホテルのロビーで昼食を食べてたら、なぜか昨日のコーイちゃんがやってきた。「何?どしたの?」チェリーに通訳頼む。C「ハッピーサン、今カラ病院、イク、イイネ!」H「何で?ワシ健康!」C「イクガイイネ!」ハイハイ。どうせする事ないし・・・。結果は反応なし。後天性免疫不全症候群だっけ?AIDSの正式名。そうか、そっちの心配もあるんだよね、この国は。コーイはいきなり抱きついてきた。「何?どしたの?」なにかと疑問の多い一日だ。疑問は多いが、ワシへの疑惑は晴れたらしい。まさに誠意大将軍だ!
帰りに彼女のアパートへ。服を選べっていってるらしい。アルバムとか、なんやかや引っ張り出してきて、どの写真が欲しいか?って。1000バーツが利いたのか、それとも上辺のエセ大和魂が通じたのかは知らないが、このままだと両親に挨拶させられそうなイキオイだ。アドレスからトーラサップ(携帯)ナンバーまで渡される。
H「今日、店は?」K「ヤスミネ」・・・入店2日目でサボリかいっ!
タイのアパートには総じてキッチンというものがない。昔ながらの民家だと、日本で言うところの囲炉裏みたいなモノが部屋の片隅にあるのだが、新しい建物だとない場合が多い。食事は近くの屋台や市場で買ってきたものを、家族で食べるのだ。夕食だと庭にテーブルを出したり、縁側みたいなトコで車座になっていただく。この国で食に困る事はない。
あ、それから言い忘れてたが、ちょっと仲良しになって夕食とかに招かれて、そこの子供に懐かれても、日本のように頭を「いい子、いい子」してはいけない。タイの人にとって、頭は仏様がいる場所だ。そこに手を触れることは許されない。それから特に目上に対して、足の裏を見せてはいけないらしい。靴下を頭上に干している日本の洗濯風景をみたら、発狂しかねないよ、彼ら。坊さんと国王陛下は絶対の存在だ。乗り合いバスなんかだと、ゆったりとした助手席は坊さんのためにあるような指定席だ。全ての交通機関は無料らしいし。夜になるとバーでカラオケ歌いまくってる、どこぞの国の坊さん達とは大違いなのだ。
朝の8時と夕方6時に、タイでは時間が止まる。国歌が流れるため、その場で直立不動。もっとも、あるテレビ局で6時の時報がなった30秒後に、よそのチャンネル回したら「まもなく6時をお知らせします」ってマイペンライにも程があるが。
時間に関して、非常にルーズなので約束なんかはアテにならない。これは例え仕事であろうと全く同じ。遅刻は「当然」なのだ。時間に正確といわれる我々ヤマト民族の几帳面さは、ここでは全くメリットにならない。むしろデメリット。全て必殺技「マイペンライ・ナ」によって圧殺!スマン、また負けた・・・。
翌朝、下のロビーで2人でメシを食ってたら、社長登場「名前は?」K「コーイ」社「日本語わかるの?」K「カタコト」社「で、アンタラ〜、何時結婚するの?責任取らんとの〜、ハッピーさん!コーイさん、アンタ日本来るか?」K「私、イキタイ。デモ、オ金ナイ」社「世話ない〜ね。ハッピーさん大金持ち!」K「ホントカ?」ヒトコトいいッスか?社長。すでに冷やかしからイジメに入ってますよ・・・。
その日もアパートへ連れて行かれて服選びとかさせられ、昼間はデパートやなんやかやとデートっぽく過ごす。夜はナイトバザール・・・H「お店は?」K「マイペンライ。オヤスミネ」連続2日でバックレてやがる。

翌日はいよいよイサーンへ出発だ。笑顔が気に入ってたので「最後に笑ってくれ」って頼んだら「今からお別れなのに、笑えない」ううっ!俺が人妻なら確実によろめいちゃうぞ、そのセリフ。タイに来て15日目の切ない思い出を吹っ切って、いざ進め!目指すはウドン・ターニー。交通手段はタクシー以外に手はない。約600kmだが、そのホトンドは未舗装だ。雨が降ってなかったから良かったものの、降ってたら飛行機しか手がない。それも一回バンコクに戻らなくてはならない事実に、実は今気がついた。
ドライバーの名前はミスター・ニッポン!今回はチェリーがいるので、気楽なモンだ。H「何時頃着くの?」ニ「夕方6時。多分」午後9:30着。ニッポン君が道を間違えなかったら、6時に着いたんだろうね。
途中、本格的に道に迷ったらしいので休憩がてら、道を訊ねに入ったジュース屋さん。もちろん知ってるわけがない。この店から半径10キロ以外の世界は、このオバちゃんの生活圏外だろうし、出たことも1回あるかないかだろう。それは社長と彼女のやり取りからも推測できた。
社「この店は儲かるかね?」オ「儲かる日もある。儲からない日もある」社「あんまり儲かってるようには見えんが・・・1日にどれくらいお客さんが来る?」オ「来る日はたくさん来る。来ない日は誰も来ない」そんなことも解らんのか?このバカ日本人共は、って至極当然そうにそう答える。それでも食い下がる社長「今日は何人来た?」オ「5人」社「もう夕方なのに、まだ5人じゃ儲からんの〜」H「社長、5人ってコトは・・・」社「ワシら〜ダケか!」自分を指差しながら、手の平をパーに広げてる社長を見て、ニッコリ頷くタイのおばちゃん。
幸いここは交差点で、そうは見えないが前の道路は主要幹線道路らしい。そのうち長距離のトレーラーが通るから、道を聞けばよいとのアドバイス。することがないので、フト裏庭をみると鶏がいた。よせばいいのに懲りない社長「オバサン、ニワトリは何羽くらいおるかね?」答えは、そう「いっぱいいる」だ。
また、このあと訪れるナコーン・パノムというメコン川沿いの街のレストランでウェイトレスに、「川幅は何メートル?」と聞いて「ボートで5分」つまり、お解かりいただける?日本だと例外なくちゃんと帰ってくる答えが、ここでは自分の生活に必要な知識で帰ってくるのだ。そのため、いつぞやの通訳で俺は苦労したのだ。彼女にとって川幅は何メートルっていう知識は生きていく上で必要ない。必要なのは対岸までボートで5分で行けて、渡し賃が幾らかってことだけだ。その辺を理解せずに日本流で行くと、そのうちヤケド・・・しましたね。

30分位してやっと1台トレーラーが・・・。ホントに幹線道路なのか?どうやらかなり南に来ているらしく、交差点を左折して、しばらくすると山道に入った。すると突然妙な生き物が道の真ん中へ。H「アッ!アレって手乗り鹿じゃない?」世界の珍獣である。二「そうだよ。ココらへんにはたくさんいるよ」H「そりゃそうともうすぐ6時だけど、あとどれくらいで着くの?」ニ「わからない・・・」H「な、なんで?」ニ「ココ、どこか解らないから」H「・・・・・」
3時間半後、一行は夜のウドン・ターニーに着いた「ウドン谷のくせにウドン屋はないのォ」「いや、もう夜ですから多分タマ切れです。明日の朝一で仕込むはずですよ」社長のオヤジギャグにヘンに反応してしまう。それくらい疲れていた。ウドン・ホテルという妙に違和感のある名前のホテル。メシ食いにレストラン行ったら、グランドピアノの弾き語り。周りのタイ人のリクエストでスバルを歌詞を作りながら唄わされ、ビール3本で爆睡!
翌朝はすっきりした目覚め。今日はノンカイ〜ビェンチャンへ行く予定だ。大概田舎に行く事を嫌う社長が何故か今日はイキイキしている。おそらく現地で仕入れた「ラオスの市場では1ドルも払えば、1年分のブツが買える」という情報のせいだろう。
チェリーが「あなた達3人は、黙っていればラオス人にみえるから、ノービザOK!」と言うので黙ってイミグレへ。ラオス人は通行自由なのだ。チェリーの審査が済んで、俺の番。やや緊張しつつ近づいていくと「ネクスト・ジャパニーズ・プリーズ!」あっさり、もろバレじゃん!赤いバンダナにニッカポッカで世界一家、人類兄弟のハッピ着てるラオス人ってそうはいないと思うんですけど、チェリーさん。笑ってる場合じゃないですって!
仕方なく(というより当然)ビザ取得。税関を通って、他の3人(ニッポン、社長、三ちゃん)を待つ間、免税店があったので入ってみた。4畳半くらいのスペースに、酒やタバコ、バッグなどが申し訳程度に並んでいた。
どこかの田舎の中学校の文化祭の展示と同じだ。それぞれがすんごい間隔で置いてある。入って3秒後には店員のネーちゃんの顔眺めるより、創意工夫のしようがないスカスカの空間だ。一番程度がよさそうなのが、アメリカ産のマルボロだ。その横に価格が5分の1くらいのタイ産マルボロが。いつライセンス修得したんだ?
で、国境ターミナルビルの先の野ッパラ(決して駐車場といったオシャレで理路整然とした区画ではない。これまた田舎の中学校が、運動会の父兄の応援の為ににわかに作った空き地駐車場、凸凹、水溜り注意!ってカンジ)のトコに出る。タイのトゥクトゥクを、あえて貴婦人と呼ぶなら、ラオスのそれは「暴れ水牛号」だ。まさにチョップド&かなりテキトーな無理矢理結合型。乗った瞬間、血沸き肉踊りそうな、アブドーラ・ザ・ブッチャースタイルである。それが4〜50台それなりに整然と並んで、ワシらを威圧している。まるきり出発直前の羅汚巣連合、真昼の総長釈放祝い放免暴走集会会場って雰囲気。リーダー格らしい男が(多分、総長?)ハンドマイクで「ビェンチャン、10ダラー」とか言っている。コイツラ、協定はってやがる。値引きに中々応じない。さらに頭にくることに日本語で「ドレモ同じね、オール10ダラー」って拡声器ハウリング起こしながら言ってるし。ワッと沸き起こる歓声。ワシら完全に追い詰められたネズミ状態。さらに社長が「10ダラーっちゃ1000円かね。ええじゃ、それくらい。早よ、行こういね、ハッピーさん」「ハァ・・・」なんか釈然としないものを感じつつ、応じようかなと思った瞬間、例の手を思い出した。いつだかチェンマイの空港でやった手だ。残りわずかなオールドパー(その頃にはワシはむしろタイ産のメコンばかり飲んでたので、このビンが邪魔でしょうがなかった)「これ、飲ませてあげるからタダでイイ人、ハ〜イ!」リーダー、いや総長、君って意外に素直だね!
本来なら3ドル、もしくは90〜100バーツ程度なんだそうだ。で、改めて周りをよく見るとタクシーもいる。しかも車種は皆、コロナ。日本ではとっくに絶版車。しかも75年型くらいのが30台くらい揃っていた。俺もどっちかっていうとオールドタイプが好みなんだが、日本のエンスーが会社ごと買ってしまいそうなトコだな、ココは。バスもトラックも、やっぱり俺の好きなフロントのボンネットが段々で出て、フロント・フェンダーの上にライトが武骨に付いてるタイプだし。う〜ん、いいぞ、ラオス!
道はさらにゴトゴトだし、店も一層貧相になってゆく。土埃が激しくて、PUNKS NOT DEADの赤バンダナをカラスマスク代わりに巻く。気分はすっかりスターリン親衛隊だ。
ものの30分も走らないうちに、首都ビェンチャン到着。とりあえず昼飯を求めてナントカ大酒樓ってレストランへ。メニュー見てビックリ!値段のトコに赤い縁取りのタックシールが貼ってあって、それも1枚とか2枚とかいった可愛らしさでなく、約1センチくらい積みあがってる。そっと1枚、ってゆうか一山剥がしてみると200って書いてあるのに、現在は15000とかになっている。ラオスの通貨はキップ。パキスタンのタッカ同様、国際競争力がまったくないので、国外ではホントの紙切れになってしまうオソロシイお金だ。
俺達のビール好きを知っているMr.ニッポンが「飲まないのか?」というので「幾ら?」「1本2000キップ」高いんだかどうだか全く判らない!小ビンはすぐカラになる。ニ「どうした?タイじゃガンガン飲んでたのに?」H「いや、実は急にビールが嫌いになったから・・・」一体いくらなのか?恐ろしくて、ノドを通らない。
H「2000キップってバーツだと幾ら?」ニ「B20」H「20バーツ?・・・ってことはビール1本60円!・・・ジャンジャン持ってきなさい!」ニ「嫌いになったんじゃなかったのか?」H「今また急に好きになった。マイペンライ!」社「ハッピーさんよ。アンタもエエ加減じゃが、この国も随分エエ加減じゃの〜」H「何でですか?」社「ビールゆうたら国が作りよるよの。見てみんさい、量が全然違うじゃろ?」確かに1本1本みな違っていた。
とりあえず、市場に連れて行ってもらう。あと車で1時間も飛ばせば、中国国境だ。当然、市場には得体の知れない商品群がてんこ盛りである。
なんだかおもちゃ売り場に来ているようでとってもワクワク!絶対日本の会社が作ったモノじゃないと一目でわかるSONYやMITUBISHIのラジオ。いかにも品質の悪そうな原色のプラスチック製。安っぽすぎる!良いように言い換えるとチープトリック?どっちかっていうと昔の少年マンガ雑誌の後ろの方に出ていた通販広告の「6石鉱石ラヂオ」とか「ロケット型ラヂオ」とかのノリに近いぞ!ガイコツ・バンク買ったヤツがいたな〜。ソイツは高校生になると「電動しびれフグ」ってモノまで通販してたな〜。あ、俺じゃないよ、念のため。
それらしい薬草を扱っているコーナーを見てまわる。「あ〜コレがオットセイのでコッチがトラのですか〜?ホンマに効くの?」社長、目的が違ってきてますよ!
ビールが回ってきたせいか、とにかくやたらに暑い。日中にビールを飲んだら動けなる事を知っているのに、まったくその経験則を生かすことを知らない一行は、早くもバテ気味。社長などスデに帰りたがっている。
で、そのあと、なんとかって言うエラクのっぺりとした寺へ行った。暑いので三ちゃんがアイスを買っている。
H「幾らですか?」三「1本10バーツだそうです」H「30円なら安いね〜。俺も1本おくれ」見てたら三ちゃん、アッチの子にも奢ってやるとばかり、4〜5本注文している。アイスしゃぶりながらボーっとしてたら、いきなり思いついた。「しまった!ここはラオスだ!」タイでさえ10バーツ出せば最低の食事くらいはできる。さらに物価の安い土地に来て、いきなりアイスが10バーツ・・・。多分本来の売値は2〜3バーツくらいなんだろう・・・。
ボラれたトコでたかが7バーツ(約21円)と思うかもしれないが、そうだな、今の日本で言えば2100円違うってトコロか。そこまで激しくなかったとしても、感覚的にはそうなんだよ。おそらくイチバンボラれたな・・・。

社長は例のモノが見当たらなかったせいで「早よ帰ろう!」ビームを発射している。雨降って地固まるではないが、例のミャンマー行きの通訳のゴタゴタで割と気まずい雰囲気が、チェリーのおかげで緩んできた分、大体のことは素振りや口調で分かるようになってきた。
H「帰りますか?」社「そうじゃね〜。ハッピーさんがええなら、ワシは帰りたい」H「いいっすよ」またいつか、一人でのんびり来ればいい。そう思ってまたまた国境へ。
あれから8年。再び国境を越えた事はない。

その夜、やっとチェリーの自宅があるナコーン・パノムへ到着。
見栄張りなチェリーは、ワシのフトコロ具合も知らずに最高級ホテルを予約。カンベンしてくれ〜。
といっても1泊3000円前後だが。
ここのホテルの地下はディスコになっていて、夜になるとジモティな若者達が集まってくる。さっそく覗いてみる。多分、人口密度は世界一だ。何じゃ、こりゃ?である。なにしろ入場料30バーツ払えないヤツラが階段で立っている中を掻き分けて前進しなくてはならない。ようやく中にたどりついて、テーブルで一服しながら見渡すと、ホトンド盆踊りに近い・・・。よっしゃまかせろ!PUNK魂に火がついた。
むちゃくちゃなPOGO&それなりのステップで一躍ヒーローに。拍手喝采!おっしゃ!これで素人女のハートはゲット!・・・やってきたのは黒縁メガネをかけた、やや小太りの若きホモだった・・・。もう、仏様も信じないぞ、ワシ!
ナコーン・パノムのメコン河沿いの高級ホテル。もちろん浴槽は付いている。が、風呂桶の底の栓がない。まぁいい。ここはタイでも片田舎。それぐらいは覚悟してたよ。冷蔵庫を開けてビア・シンの小瓶を取り出す。・・・栓抜きが無い。しょうがないのでTVをつける。・・・何も映らない。・・・別にいいですよ。

翌日、チェリー家にご挨拶に行く。チェリーのお兄さんが息子を亡くされたばかりなので、随分と居心地が悪かろうと覚悟していたが、そんな風情は微塵も感じさせず、歓待してくれた。ちなみにお兄さんに「カンペーちゃん」という日本名をプレゼントした。
社長曰く「おお!誰かに似とる思いよったんよ!」H「カイ〜の!ってギャグ、教えときましょうか?」
チェリーの家の庭先で近所の人達も集まって歓談していると、土間でムカデを丸っこくしたような虫が這っているのを発見!いかにも「ワシ、やるときはやる男じゃけん!近寄ったら、えらい目みても知らんけんね!」という邪悪なオーラを振りまきつつ、でもその割には緩慢な動きをしている明らかにダイエットが必要そうなムカデ。俺が指差すと、チェリーのお父さんは火挟みを使ってその虫を捕え、傍らの水壺にポチャン!
「やっぱり毒があるの?」チェリーに訊ねる。
「そう、あれは悪い虫」H「どのくらい強い毒?死んだりする?」C「チェリーのおじさん、噛まれてチンだ!」社「噛まれてどれくらいで死んだんか?」C「噛まれて、そう、5年でチンだよ」
・・・きっと死因はこの虫のせいじゃないな。

なんだかんだで3泊したが、そろそろ残りの日程も気になるので、次の街、ウボーン・ラチャタニーへ行く事にする。ホテルでチェックアウトを済ませ、玄関を出て呆然とする一行。
普通なら客待ちの乗り物があるはずだが、見渡す限りなにもない!バス・ターミナルまではかなり距離があるそうなので、歩くわけにもいかない。チェリーに訊ねたら「いつもはいるよ。なぜ、今日いないか。わからな〜い!」全くお手上げである。しばらく途方に暮れていたが、駐車場にパトカーや白バイが数台止まっているのが気になった。社「ハッピーさんよい、このパトに乗せてもらお〜や」H「ナンボ何でも、そりゃ無理っしょ?」社「言うてみんにゃわからんちゃ〜の。おい!お兄ちゃん。バス停までGO!OKか?」
その後チェリーの奮闘もあり、以外にあっさりOK。ピックアップ・パトカーに乗って、制帽まで被って記念撮影する始末。ありがとう、Mr.シーサンポップ警部補(28才:仮名)。ちなみにチェリーはその時点でチョコと異名を取る、直径5ミリくらいの黒い塊持ってますが、いいんですか?一服であっちへ行ける844!

ウボン到着。あんまりタイ語が通じない。クメール語の方が主流のようだが、あいにくソッチは勉強不足。とりあえず夜の街へ繰り出してみるが、なんだか年に1度のお祭りらしく(道理で花火がバンバン上がっている)女の子はいないよ、とチーママ。三ちゃんがココへ来て本来の自分を取り戻したらしく、異常な勢いで支度部屋にズンズン乗り込でいく。H「まずいっすよ!三ちゃん!」三「エエから、エエから〜!」忘れていたがこの人、殺人教唆及び主犯ではないが実際に人一人、殺してたんだよな。

女の子は、それでも30人くらいいた。ホトンドが人3化7だ。境港にある水木ロードの彫刻を見ているようなもんだ。三「ハッピーさん、どれにする?今日はワシがおごるから」・・・今日だけはおごられたくないんですが。
断る訳にもならない雰囲気なので、マッサージしてもらうつもりで、割と人間に近いような方をおごってもらった。でも、どうみても和田アキ子の方がかなり人間に近い気がする。分類学上、あんたも私もホモ・サピエンスというくくり方に、日本人の情感、といった非科学的曖昧さは通用しないようだ。
外に出たら、雨だった。モチロン、心の中は「どしゃ降り」だ。

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