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高齢者情報資料室コミュの満足死 集落が「病院」 自宅は「病室」

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集落が「病院」 自宅は「病室」

最後の時間をどう過ごしたいか、本人の意思を周囲が支える。高知県の山間部、黒潮町の「拳(こぶし)ノ川」地域で生まれた「満足死」は、そうした考え方に基づく。
農業の傍ら、地元の町会議員を務めていた今西英利さんは、一昨年、手足が震えるなどの重いパーキンソン病を患った。入退院を繰り返すうち、動脈硬化で右足が壊死(えし)し、切断した。
最後の望みは「家で過ごす」こと。拳ノ川診療所長だった内科医の疋田善平さん(86)(現くぼかわ病院)に「満足死の宣言書」を手渡した。

「(先祖代々が)つながっちゅう。絶対に粗末にできん」。英利さんの長男夫婦は、稲作を1年間なげう
ち、たんを機械で吸引したり、壊死した傷を処置したり、付きっきりで看病した。英利さんもそれに応え、孫の成長を見届けようと、長男が自宅の庭に作った手すりを使い、リハビリに励んだ。
だが、昨年11月、89歳だった英利さんは肺炎になり、緊急入院した病院で亡くなった。長男夫婦には「家で過ごさせてあげたかった」との思いも残る。
通夜で、疋田さんは故人の闘病を振り返った。「英利さんは『十分だ』と言っておられるだろう。立派な満足死」と言った。

 「本人がギリギリまで自分の満足を追求できた。それが満足死の根幹だから」

30年近く前、70歳代で一人暮らしの女性が末期の肝臓がんになった。施設に入ることを勧められても、「お母さんのお墓のそばで死にたい」と望んだ。
疋田さんや看護師が訪問したほか、近所の人が食事や洗濯の世話をした。それでも、夜間には手が回らず、最後は失禁もした。「他人が見たら、その姿には尊厳がないと思うでしょう。でも、彼女には満足があった」と疋田さんは言う。

拳ノ川地区で疋田さんが診てきたお年寄りたちは、一様に最後を自宅で過ごすことを望んだという。疋田さんは、集落全体を「病院」、住民の自宅を「病室」に見立て、「自宅に“入院”している患者を診て満足死を支えよう」と考えてきた。寝たきりを防ぐリハビリの指導も進め、約1300人の集落全体で50人いた寝たきりの老人は、2人に減った。
もっとも、誰もが英利さんの家族のような手厚い介護をできるわけではない。拳ノ川地域でも、熱心に人の世話をしていたおばあちゃんが、脳梗塞(こうそく)で倒れた途端、家庭で介護が受けられず、施設に入ることも珍しくなくなった。

家族や地域が高齢者を支える力が落ちている。「なんとか支えていけんもんか」。疋田さんの悩みは深い。

満足死の宣言書
本人の意思を最優先に考えるため、自由記載の「要望欄」が重要になる。「在宅死を希望します」(93歳男性)、「入院せず、家族のそばで過ごしたい」(74歳女性)など、「子供たちの世話にならず、苦しまず、自宅で」が共通する内容だ。

読売新聞
2007/9/25
YOMIURI ONLINE 医療と介護  医療
★http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/renai/20070925-OYT8T00077.htm

コメント(2)

SilverTree さん
実の重いテーマですね。
母の介護(付き添ってやっているだけですが)
をしているので、人生の終末がありありと見えます。
ふたみさん
目安となる前例の見つけにくいこのテーマに正面から立ち向かっておられる方がおられる事を知りました。

家族や地域が高齢者を支える力が落ちている。「なんとか支えていけんもんか」。

この言葉が頭に残ります。

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