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八番山笠上川端通を愛する会コミュの昔の山笠

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大正時代くらいまでの山笠は、舁山、飾り山などの区別はなく、今で言う飾り山笠を舁いで(かいで)廻っていたんです。

我々の八番山笠上川端通はそれを出来るだけ近い形で再現しようと、飾り山を動かしているんですが、昔の山笠の写真をご覧になった方はお分かりのことと思いますが、我々の山よりもまだ高い見上げるような山笠を舁いでいたんです。

我々の上川端通は高さ約11m・・・、それに対し、昔の山笠は高さ14〜15m。。

昔の博多の町は家々も高くても3階建てくらいですから、その屋根の上から4、5m上に飛び出して山笠が見えていたんです。

ですから、昔は家々の屋根越しに今山笠が何処を移動しているか見ることが出来たのだと思います。


我々も出来ればその位の高さまで作れるといいんですが、なんせ各所に電線や信号機があり、その度に山を上下させなければならないので、今の高さが精一杯といったところです。


それに、昔の山笠は町内を練り歩くみたいな感じで祭りが進行していましたので、今みたいにタイムを競って走り回るようになったのは、昭和になってからだそうです。


そういう意味では、我々だけでも走り回ることは止めなくていいんですが、もう少しゆっくり山を舁いで、皆さんに少しでもゆっくりご覧いただけるような山にしてもいいんじゃないかなと思っています。

昔の写真を見ると、我々でもすげ〜!と思いますね。


それにすごくのんびりしていた祭りだったんです。

山を動かすときは、町内を練り舁き、あちこちで山を止めては祝儀や振る舞い酒を貰い、途中で弁当を食べるために、道路に山を止めたまま皆で揃って弁当を食べたり・・・と、すごくのんびりした祭りだったようです^^。

まあ、そのとき(弁当を食べているとき)に他町の山が追い越そうとして、追山が始まったとありますから、昔の祭り(山笠)はかなり祭りの趣が違っていたみたいですね。


今みたいに日にちで厳格に山の行事が決められたのは、昭和に入ってからみたいです。


昔の山笠行事豆知識でした。

コメント(2)

山も年々進化と工夫がされてるんですね―exclamation ×2
電線がなければ今頃は、昔より高い山になってた可能性もありますよね〜ウッシッシあせあせ(飛び散る汗)

山をかついで走る練習とかもされてるんですかexclamation & question
ゆきちさん、

そうですねぇ。。。電線や信号機が工夫されてなくなったとしても、昔以上の高さの山はなかなか難しいのかもしれませんね。

ただ、昔の写真を見る限り、こぞって高さを競っていたふしもありますから、もっと高く!を目指すところが出てきた可能性はありますね。


>山をかついで走る練習とかもされてるんですかexclamation & question

我々の上川端通は12日と15日しか走りません。
ですから、他の流の様に、流舁(ながれかき)みたいな練習は出来ないんです。

両日共に、出発前に山笠のところで、舁き方の説明会をやり、実際に山についてもらって、シミュレーションをするくらいで、後はぶっつけ本番です。


本当なら、流舁をやって、少しは練習をしたいという想いはありますが、舁手の大半は外からの応援団体さんに依存しているんで、なかなかそれも難しいですね。

だから、毎年一発勝負でやっています(汗

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