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希代の大教祖・鈴木けんじコミュの霊導について

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わーい(嬉しい顔)霊導について面白い発見がありました。
住居の霊導の浄化を5〜6人やったのですが、最初の一人が家に帰ると
「掃除を徹底的にやりました。」ということを言うので二人目から「掃除した?」と聞くと「やりました。」という答えが全員返ってくるんです。人によっては家に帰ったら走る人掃除嫌いのお嬢さんが掃除していたと言うのです。
悪い霊導が開いているとその部屋に入りたくなかったり、ブタ埃だらけのままになっているのでしょうか?浄化は簡単なレイアウトを書いていただいて一部屋づつあるかないかチェックして浄化するのが良いようです。揺れるハート
これから年末に向かって皆さんやってみてはいかがでしょうか?
これって楽しいよね
ほっとした顔

コメント(3)

伝授者の方は自分がどのような力で改善力を得ているのか常に確認されてるのでしょうか?
信頼している「あの人」や「この人」は何と繋がっているのか・・・
結果に確信が持てなければお互いに調べ合われる事をお勧めします              



「チベット永遠の書・宇宙より遥かに深く」
テオドール・イリオン著
林陽訳 徳間書店

〜〜〜抜粋〜〜〜

「行く手に落とし穴はないのでしょうか?」とわたしは息を切らせながらたずねた。
「一つある。それはあらゆる罪の中で最たるもの、つまり【霊的傲慢】だ。愛によって心が深い霊的理解に開かれても、そこで得た光を慢心によって誤用すれば、真の自分に対する最大の罪を犯すことになるのだ」

この人たち(チベット人隠者)は他人の自由意志に働きかけようとは決してしない。相手がどれほど賢く力ある人間であったにせよ、われわれが霊的導師の命じるままに自動的に動くような操り人形と化すようであれば、人生は何の意味ももたないのだ。人は、最も優れた善と、もっとも恐るべき悪との間を選ぶ権利をもっている。人の運命は自らの手の中にある。人間に与えられた栄光はまさにそこにあるのだ。いつの日か、人は自らの努力によって自らを救い、チベットの賢人たちのようになるだろう。彼らは道標のようなものである。(中略)
 隠者たちは自らの歩く姿を披露することはできる。だが、自分の腕に抱き抱えて子供を運ぶなら、子供は歩き方を覚えられずに終わってしまうことだろう。

霊的な理解には、大きな霊的責任が伴う。悪の勢力さえ霊的な使命をもっている。彼らは、人間が自ら魂を売り渡すときのみその魂を手にできるのだ。人間は、聖霊を汚す罪を犯すことによって魂との絆を自ら弱める。その罪を重ねれば重ねるほどますます霊的盲目に陥り、「神」と創造主との区別がつかなくなるほどになってしまうのだ。
本人がどれほど高度な秘儀を手にしているかは、まったく問題ではない。悪魔は誘いをかける。
だが、自らすすんでその誘いにはまるものしか、手にかけることはできないのだ。

それは宇宙の法則である。




わたしは、彼らの目に見入った。目はきれいだが、陰気な光を放っている。知性、力などすべてのものが認められたが、ただ一つ「魂」だけが欠けていた! この瞬間、わたしの内部の何もかもが恐るべき苦悶の叫び声をあげた。わたしはその場に蹲り、手に顔をうずめた。“魂の救世主”たちの真の性質を悟ったのだ! 彼らはみな、堕ちた天使だったのだ。神のようにならんと欲し、そのために自らの栄光を失ったあの天使たちだったのだ! 戻る見込みなき奈落の底に自らをまっさかさまに投げ落とした彼らは、今や他の者たちをも仲間に引き入れ、奈落の底に陥れようとしていたのである。「光の王子」とは、実は光を装った「闇の王子」だった。これを知ってから、わたしは二、三分の間、生涯でもっとも恐るべき瞬間を体験した。わたしの存在のすべてが霊的苦悩の叫びを上げた。外側では平静さを装ってはいたが、自分の存在の基盤そのものを揺るがす霊的な嵐が、激しく心の中に吹き荒れた。
スリーパーさんの本の引用は確かに興味深いですね。
ただ、スリーパーさんの「動機」がどこにあるのかわかりません。
スリーパーさんは自分を「光の王子」と「闇の王子」どちらだと思っていらっしゃるのでしょうか?
それによって受け取り方はかわってくるのでしょう。
>ヒヒジジイさん

誰しも「光の王子」の意思と「闇の王子」の意思の狭間を彷徨っているのだと思います
被造物として創造主の傍に近づくのと、創造主のようにならんと欲するのでは
同じ事のように見えても真逆の結果をもたらす気がします

私がそうであったように「何か心に引っ掛かる」「腑に落ちない部分」を
感じておられる方々に対して大切な内容が含まれている気がして紹介してみました

この本に書かれているように“創造主のようにならんと欲する人々”が特別な力に憧れ
救世主のような振る舞いをする慢心によって「闇の王子」に魂を奪われるという事は
傲慢な魂が創造主の「玉座」に近づけないようある意味守っているとも考えられますので
闇=絶対悪とは言い切れない部分もありそうですが・・・

誰かも言われてますが、全てにおいて自己責任の世界ですから受け取る方の感じ方で
判断されるしかないでしょうね
そういう意味でも判断材料は多いに越したことはないと思います

「信用してる〇〇さんが言ってるから自分も信じる」とか、「腑に落ちない部分があるけど
気持ちを誤魔化してそのまま突っ走る行為」、他の人を巻き込んでの行動も含めて
責任を取るのは自分自身ですから客観的に判断し早目に軌道修正しなければ
ツケは膨らむばかりで恐ろしい結末になるのでしょうね

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