発行;1915.1.16 表紙;M. Poincare, President of the French Republic ポアンカレ首相、いかにも意志の強い平民宰相といった風貌です。
Chapter33; The march of events from Austria’s debacle at Lemberg to turn of the tide in the west(続き) 進撃を続けたドイツ軍は、各軍の連携を維持するためのパリ外縁をかすめるような片翼回転起動になります。その最後で発生したのがマルヌ川とその周辺で発生した「マルヌ会戦」です。 結果としてあまりにも長距離を移動した最右翼の独第一軍は補給不足と疲労により、更に外翼の仏第六軍の攻撃に対処しきれず、その対応に追われた独軍は進撃を停止、後退を開始する事となります。(つまりオリジナルのシュリーフェンプランのように、更に大きい機動を行わせる事は、当時のドイツ陸軍の補給能力から言って不可能であったと言えます。) この「マルヌの奇跡」によって、西部戦線は新たな段階を迎える事になります。 写真1-2(146-147)マルヌ会戦の概説図。かなり正確に状況が書かれています
Chapter34; The battle of the Ourcq, Morin, and Marine rivers
写真4;(156)珍しい空中偵察写真。高度は1000フィート以上だとか。
写真5;(161)放棄されたドイツ軍砲車、砲本体が見当たらないのが謎。
写真6;(166)ブドウ畑の中を進むフランス軍。妙にのどかな感じがします。