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近鉄バファローズの灯モバイルコミュの【名選手】vol10.野茂英雄

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アマチュア時代にソウル五輪のエースとして銀メダル獲得に大きく貢献。150キロの剛速球に大きく落ちるフォークは「10年に一人の超逸材」とプロの注目を集める。そして89年秋のドラフト会議。史上初の8球団競合となった野茂の交渉権はその年リーグ優勝を果たし、8球団中最後に残ったクジを引いた近鉄仰木彬が獲得した。

1年目、オープン戦から期待が集まるが今イチ結果を出せず、開幕直後も先発で2度失敗が続き、中継ぎでの調整登板が入るほどだった。しかし、3度目の先発となった西宮球場でのオリックス戦で野茂はオリックス打線から三振の山を築き、何とプロ初勝利を17奪三振完投という当時のプロタイ記録の1試合奪三振記録で飾る。それからはスーパールーキーの名に違わぬ、快刀乱麻の投球が冴え、数々の奪三振記録を塗り替え、終わってみれば新人王、最多勝、MVP他8冠王という想像以上の大活躍で、近鉄のエースどころか球界のエースとしての地位を1年目にして確立した。

2年目以降は各チームからの徹底マークを受け、制球難に苦しむがさすが大物、入団から4年連続最多勝という大快挙を当然のようにやってのけた。独特の体をひねって背中を打者に向けるフォームはファンの公募から「トルネード投法」と呼ばれた。5年目となった94年は開幕戦で王者西武に対して9回まで無安打という素晴らしい投球を見せていたが、清原和博の二塁打をきっかけにピンチを招くと鈴木監督に交代を告げられ、リリーフの赤堀がサヨナラ満塁本塁打を打たれるという何とも後味の悪いスタートとなる。夏場、低迷していたチームが驚異的な猛追を見せる中、野茂はプロで初めてのリタイアを経験。右肩痛によりわずか8勝に終わり、最多勝を逃す。そしてそのオフ、複数年契約を求める野茂側と球団との交渉が決裂。何と任意引退選手扱いにて野茂のメジャーリーグ挑戦が電撃的に発表されたのであった。その後の野茂のメジャーリーグでのパイオニア的活躍は書くまでもないだろう。

ライバルの西武清原に対してはストレート勝負で力と力の対決に敢えて挑んだ。それがファンにはチームの勝負より個人の勝負優先と揶揄されることもあったが、プロ野球本来のエンターティメント性を貫いた野茂の美学というのは今のプロ選手達から無くなりつつある、大切な事なのかもしれない。マスコミ嫌いで無口・一匹狼的イメージの強い野茂だが近鉄ナインとは仲が良く、特に佐野重樹や赤堀元之らとは今も交流があるようだ。

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