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文芸の里コミュの詩集 11

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   ☆



 噴水


噴水の下に寄つてゐるのは
 鳩ばかりではない
人間もやつてくる
 翼のない人間こそ
噴水に架かる幻の橋 虹を渡らなければと
 焦がれてやつて来る
人間に追はれて 舞上がる鳩は
期せずして
 虹を越え 潜り
都会生活に色褪せた羽毛に
 七色の新しい色艶を
取り入れることになる



 飛行船


いつとは知れず
 大都会の空に
飛行船が浮んでゐる

気がつくと
 魚の眼が出来てゐる
さうして翼が生えて
 ある方向に針路をとると
飛び去つて行く



 女の靴がない


ある朝 男が目覚めると
  女の靴がない
靴がないといふことは
  外に出て行つたにちがひない

男には靴などなかつた
  代りにあつたのは 欝屈した心

屈する心の男と 心のない女が
  一緒に暮したとて
     所詮ろくなことはない

女は靴を履いて出て行つた 



 母牛の悲しみ


子牛を熊にやられた雌牛がゐた
乳搾りの若者は戦場に取られてゐたから
母乳は溜まつて張るばかり

母牛は山へ子牛を探しに出掛けた
張りに張つた大きな乳房に
ぶらぶら体をもつていかれながら
母牛は山の嶺に乳を滴らせて歩く              
                             
山の草花は思ひがけないミルクの贈り物に          
  元気づいたが
すぐ母牛の悲しみを理解した

……花の精でいつぱいにして
母牛を包んでやつた
母牛の体は 飛行船のやうに
空中に浮んだ

そこからなら山全体を一望にでき
子牛も易々探し出せるはずだつた
が、母牛は一体何を見てしまつたのだらう
そのまま気絶してしまつたのだ
その母牛を
迅い気流が高みへ高みへと
さらつて行つた

いつか神の定めの時
母牛はすつきり目醒めて
そこで子牛と遇ふだらう

それが何時などと
話好きな小鳥さへ口を挟むことは出来ない
凡てを計画された父なる神だけが
御存じなのだから



 サイン


人生の起き伏し
その要所要所に
十字架は置かれてゐた

海に 山に 時には空に
飛行機雲をクロスさせ
映画に テレビに あるいは
スポ―ツ選手のネツクレスに

自分は見なかつたとは
言はせぬとばかり容赦なく

といつて無理強ひでもなく 
また巧みもなく
その者にだけ解る角度の陽を
幽かに跳ね返しなどして
十字架は要諦のやうに
     置かれてゐた



 蛍


黒い衣を
 汚れが見えないと
いふ理由で
 身に着けるやうに
夜は 
 汚れを包む

だが……
 ここにも かすかな光で
方向を告げて いくものがある
蛍・・・・・・・



 珈琲店


他のどこにもない
この店の
雰囲気を
呑むのが
好きだ
霊の
泉が
湧いてゐる
珈琲店                          



 夏の海の光景


ある日 男の中から貧弱な鳶が翔び立つて行つた。
その鳥は 残されたもう一人の男を鳥瞰するのに
余念がなかつたが………
これではいかぬとばかりに 頭を捻つた。

かうして欝屈した彼は 明るい夏の海へと引き出
 されて行く。
足には水上スキ―があり 桁外れな牽引力が働い
 て軽々と海原を滑つて行く。

そのまま眼を中空へやると 透明な糸で彼を牽い
 て行くのは
見よ かつて彼の中から出ていつた貧しげな鳶で
 はない。
金色に耀いて壮途につく堂々たる鳥の姿だ。

するとあのときの鳥影は何であつたか。
この日の預兆だつたのだらうか。
人はだれも 現状の侭とどまることは出来ないだらう。



 健在者


山また山を越えた草深い村里に
男がたった一人で庵を結んでいた
老人は死ぬなり 都会の病院に入るなりして
村にはいなくなり
若者は村を捨てていって Uターンなどという現象は
この村に限ってなかった

そうやって一人だけ取り残された男は 見捨てられた農地の
地味豊かな処だけを摘み食いするようにして 農作物を植え
自給自足の生活をしていた

一人暮らしとあって 身だしなみもあったものでなく 
ぼろ服をまとい
髭はのばし放題 日焼けした肌は荒れて 皺も寄っていたが
足腰はしっかりしており まだ壮年の域にあるのかも知れな
かった

男には都会への誘惑は起きなかったのか
それを問い質す者さえ村にはいないのである
たった一人の住人ともなれば 至極当然
学校はとうの昔に廃校となり 
一日一往復のバスもストップした
それもまた当たり前の話である

さてその山里の一軒家が火を噴いた 
火の不始末を注意する者もいなかったのだから無理もない
男は慌てて火の見櫓を目指して駆け出した。
人っ子一人いない谷間の村に 半鐘を響かせていったいどうするつもりだったのだろう。
彼が生まれ落ちる前から建っていた火の見櫓に 慈母に寄せるような信頼があったのだろうか。

かくして村里には一軒の家もなくなった
数年前までは空き家がかろうじて建っていたが 
豪雪の重みに堪えきれず 
家の形をとどめえないほどに押し潰されていた

そのときから男は 火の見櫓を常住の場と定めて 
下りて来ようとはしなかった 村に一軒の家もなくなったとあれば火の見櫓の務めも完了したわけで 家居としても何ら不都合はなかった
男は時に 双眼鏡のように掌を丸めて村を睥睨していたが それを知っているのは 向かい合わせた山の樹に留まる鳶とか 火の見櫓の近くを飛び交う鳥だけだった



 粉雪


粉雪がさらってゆくものは
甘い想い出と
酩酊
ちりちりと刺して
冷ましゆく

かかる仇討ちに遭う
いわれはなけれども


小春日和


老人が縁側の柱に凭れて
庭石を眺めている

庭に寝転んだ犬は
投げ出した足に顎をのせて
地面に置いた骨を眺めている

どこか似ているようでいて
まったく違うような
奇妙なようでいて
ありふれているような
何とも侘びしい風景



 美しき棺


棺がいくつも積み重なっていると見たのは錯覚で、
水揚げされたばかりの大きなブリの木箱なのであった。
敷き詰めた氷の上に寝かされた輝けるブリ。
人類の饗宴のために送り出される希望の光にまとわれているブリ。
形も大きさも拮抗しながら
ひとの棺は何故こうはいかないのだろう。
水揚げならぬ、天揚げとでも名付けられる
新しい命の弾ける棺があっていいはずなのに。



 神の国


人がこの世にない〈栄光〉を見たというとき
それを妄想と呼んではならない
妄想と片付けるのは悪い牧師である
羊たちはそれに耳をかしてはならない
この世のものでは表現できない
〈神の国〉を見たと言わなければならない
そして〈神の国〉を手に入れるために
羊たちはこぞって
その牧師のところを出なければならない



 永遠ならず


森の木々が大風に波打っている
魔物が入り込んで暴れているかのようだ
木々の上のほうの揺れは相当なもので
逆巻いているといったほうが当たっている
小鳥や小動物はしがみついていられず
梢から木の下のほうへ下のほうへと
移っているだろう

さらに風が強まると
彼らは地上へ下りている
地面にはりついて
嵐が去るのを待つだろう
大地はこんなとき生き物の不安を抱き取ってくれる
何といっても「大地は母」であるから
しかし地上への退避は時の間に限られている
やがて嵐が静まると
狐やイタチが眼を光らせて
うろつき回るようになるから



 約束


すべての人が出て行って
無人になった島
そう聞いてきたが、
いざ 島に降りてみると
私が最初に訪れた人間に思えてくる

投げ出していった建物・倉庫・船
意のままに咲く草花……
それらは確かに人の不在をあらわしているが
人類の永い忘却に晒されると
かえって新しく輝きだすものなのか

建物や倉庫はおろか 港、道、火の見櫓
等々の一切が
一度として使われたことはなく
これから島を訪れるもののために
用意されていたとしか思えない
そして見よ
解禁の白旗をくくりつけるポールが
銀色に輝いて立っている

そういうわけで
私が島の最初の住民となったしるしに
一つの石を置いた



 毛嫌い


天使という言葉を嫌う男がいて
そのものはどうしてか
頭を坊主にしてあった
坊主にしてあったから
天使を嫌ったのか
天使が嫌いだったから
頭を丸めたのか
そこから私の懐疑は
限りなく続いて

幸か不幸か
ついにその男が嫌いになった



  ◇

草原の卵に親鳥

  帰らざれば

異鳥の来て

あたためをりき



 椿


椿の落ち重なっている径を
車輪が行けば
赤インクが滲む

〜決して
  血となって流れてはならない〜

悲壮な祈りをこめて
苦しみをこらえている



 落ち葉の歌


いざ人よ
命あるうち命知れ
落ち葉となれば後の祭りぞ


底辺を救ひとれとて
この俺を
風は酒場の前におき去る



 白魚


白魚のように透明な指が
鍵盤上を小気味よく
跳ねていたが

いざ旅先でその指が
生きた白魚を手掴みにして
ぐいぐい呑み込んでいたのには
吃驚した



 月


――あると思えばあるし、無いと思えば無いだろうな――
 とあるものが言った。
――そんなものかしら――
 と女が言った。
――そんなものなら、真理とは言わないな――
 と他のものが言った。
――真理と言うからにはあるんだ――
 とまた別のものが言った。
――わざわざ真理と断るほどだものね――
 と女が言った。
――曖昧なものだからこそ、そんな言葉で武装する必要があったんだ――
 とひとりが言った。
――そんな曖昧なものが、よくこれまで続いてきたものだと思わないか――
 と別のもが言った。
――そういうことは他にも例があるじゃないか――

 堂々巡りの議論は続いていった。
 果てしない議論に疲れ切って、皆が寝てしまった頃、
その屋根の上では、満月が皓々と照っていた。
闇を限って輝く月の輪郭に、曖昧さはなく、
真理としか言いようがなかった。

ただそれを見たものが一人もいないということだった。



 黎明


黎明に蜜蜂が
飛びだしていった。
人が起き出したのは
三時間も後だった。

二十一世紀が始まろうとしている



 草笛


ふる里の

丘に坐って

破れかぶれの草笛を吹くと

得意絶頂の鳥が黙った



 樹


吾が夏野には

常に

オアシスのごとく

すっくと一樹が立っている



 天の川


旅人が通りかかると

峡の灯を余さず吸い取って

天の川が架かっていた



 夏蝶


夏蝶は

すーと

日の果てへ

吸い取られていった



 牡丹


牡丹が散っている

あえて

風のない時を

選び取るようにして



 蜩


あの蜩は

黄昏にやってきて

啼きやまないのだ



 露


露は自分の重さに堪えきれず
一度葉の上を転がると
安定を欠いて
葉から葉へ
樹から樹へ
ころりころりと
際限なく転がり続ける身上となった



 背泳の不幸?


背泳の泳者は
日輪を
一つずつ抱え込んでいく

初っ端からこれだと
もう栄冠など
目には入らない



 花野


いつの頃であったか

いずこの土地であったか

ふと見た花野が

私の中に一杯に広がっている



 馬


名月に
眠れない馬が
顔を出している
レースを明日に控えた
飼主の気も知らず



 猫


飼い猫と見たが

薄原にいたのは野良猫であった。



 柵の外


栗林は豊穣を抱え込めずに

柵の外に

実を

弾き飛ばしている



 雀


落ち葉の中に紛れ込んだ雀は
保護色の枯れ葉を
ホームグラウンドとして
はしゃぎ回っている

いくら喚いても
掻き鳴らされる落ち葉の
大仰な音には
自分の声すら聞き取れない
そこで雀は地団駄踏んで悔しがり、
もう収拾がつかない生き物になって
暴れ回っている



 秋暮れて


秋も暮れて
にび色の空を
ぼろ傘のように
 ささくれた鴉が
飛んでいる
ああ ああ
と嘆息したのは
鴉ではなく 人間だ



 檻の鶴


檻の鶴が
貴婦人気取りで寄ってくると
私を 赤い吊目で一瞥し
尾羽根をゆさゆさ振って
行ってしまった
そこで私はその女について
思い出そうと努めるのだ
…誰だったろう…



 夜汽車


旅の夜汽車は
非情にも
燃え盛る火事場を
黙殺していく
飛んでくる火の粉をかい潜り
危険地帯から逃れ出るように
スピードを上げていく



 浮き寝鳥


浮き寝鳥は
空にいるときよりも安らかだ
水に浮いて
空をゆく夢を見ているから 



 枯薄


枯薄は
しなやかなりし頃を
バネにしているから
ぎごちなく揺れても
決して倒れはしない


   ☆

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