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文芸の里コミュの拾ってきた天使

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                     Bolero de Ravel


☆拾ってきた天使


「もう随分あの娘に逢っていないなあ」
 と新庄は言った。
 すると生垣を飛び越えて、茶色の猫が縁側に立った。
「お前じゃない」
 新庄が言うと、猫は尻尾を強ばらせ、背中を丸くして怒り出した。
 その猫に向かって、
「自信過剰だよ、お前は」
 と新庄は咎める。
「そういうあんたこそ、自信過剰よ」
 と猫は切り返してきた。「言葉にすれば、何でも通じると思っているんだから。下手な詩を書いて、詩人気取り」
「言わせておけば図に乗りやがって、この化け猫めが」
 新庄はその猫を蹴飛ばした。
 すると猫は、ぎゃふんと奇声を発して、空中でもんどりうち、
庭木の松の枝にとりついた。と思ったら、毛色はそのままに
一羽の鳥になって、声の調子も高々と歌いだした。
 歌の内容は、ざっと次のようなものだった。

 あたいはね
 こう見えても あたいはね
 むかしあたいと関わりのあった人を
 矯正するために遣わされた天使だよ…
 捨てられて
 道端で鳴いていた天使だよ


「何、天使だって?」
 新庄は囀る鳥を睨みつけた。しかし猫が今は翼のある鳥になっているのを見れば、まんざらでたらめとも言えなくなった。我家に出入りした多くの猫の中に、これに似た猫もいた気がした。
 新庄は天使の歌に答えて、一句を詠んだ。

 ―天使いま、務め果たして、永眠す―

 そう詠んで間もなく、天使は枝を一廻りして地面に落ち、そのまま土に埋まって、そこが天使の墓になった。新庄は鰹節を一本奮発して、墓の上に立ててやった。
 その夜、夢なのかうつつなのか、はっきりしないことばが臨んだ。「天使なら、死ぬわけねえだろうよ」という声だった。
 ―もっともだ―
 朝になると、新庄は墓を掘り返した。墓は空っぽで、穴の縁に土竜が張り付いていた。
「おまえ、猫を喰らったな?」
 新庄は整理されていない頭のまま、土竜に怒鳴った。
「俺が?」
 土竜は朝の光がまぶしくて、下を向いて言った。「俺が猫を喰らったってェ?」
「なら、あの猫はどこへ消えたんだ!」
 新庄は寝不足の腹いせに、そうどやしつけた。
「土竜が卑しい猫の肉なんか喰うかよ」
 土竜は鼻息荒く言った。
 新庄は夜中に聴こえた声は、本当だったのだと納得した。猫が天使に化けたのではなく、天使が猫に成り済まして、我家に入り込んで来ていたのだ。そういう上からの介入もあるんだなあと、感心していた。
「よく分かった。やっぱりあの猫は天使だったよ」
 自分の棲家を荒らされた土竜は、不愉快でならないという顔をしていた。新庄は土竜の棲家を荒らしたお詫びに、墓標にした鰹節を進呈すると言った。
「まあいいさ、そんなら」
 土竜は言って、鰹節を土の中へ引きずり込んだ。しばらく土竜が鰹節を齧る音がうるさくても、そのくらいは我慢しなければならないだろう。

 新庄はそれから詩を書かなくなった。新庄にとってその猫は、彼の詩に罵詈雑言を浴びせ、詩を諦めさせる天使であったともいえる。ニ十年間書きなぐってきた詩らしきぐだぐだを、ぴたりと止めさせてしまったのだから。
 詩を書かなくなった新庄は、かわりに山登りをはじめた。目標とする名山は百ほどあるが、そのうち踏破した山は、まだ、一番低い筑波山だけである。
                          了

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