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文芸の里コミュの野良猫

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                ブラームス - 交響曲第3番〜第3楽章


 ☆ 野良猫


野良猫に手をのべて呼べば
来るもあり
そのままもあり
背き行くもあり

キリストの生誕を祝うこの季節に、それとは相容れないものを書くのは本意ではありませんが、これも神の告知であってみればやむを得ません。
前置きはここまでとします。
引越しにあたり、先の地震で散乱した書籍、雑誌を拾い集めていたところ、十数年前の短歌雑誌アララギが出てきました。上の短歌はそこにあった私の腰折れです。その後アララギは終刊し、新アララギが発足したようですが、私は参加しませんでした。
上掲の拙歌を見ると、猫という生きものが、昔も今もまったく変っていないことに気がつきます。
この猫のたくましさ、したたかさ、不逞ともいえる面憎さ。これが多少擬人化されているとしたら、人間も似たような生き方を営々と続けてきたことになります。これがさらに、何十年、何百年と、このままつづいていくのでしょうか。
普通ならそう考えるのが順当でしょう。猫には遡ること何百万年も生き延びてきた歴史があるのですからね。
しかし人間はどうでしょう。
そうはならないと、神は私に語るのです。役所や企業で人減らしをする場合、波風の立つ馘首を避け、新しく採用しない、もしくは新規採用を減らして、定年退職して行くのを待つという方法を取るのではないか。
神がそこに着目しないはずがあるかというのです。つまり神の子供たちを地上に送らない方法に着手するということです。子供は生まれてきても、神の霊がないのです。
紛う方ない世の終わりとは、どうやらそのことのようなのです。
そうなると、巷で終末を叫ぶのを、異端の戯言とばかり、聞き流してはいられないでしょう。神はあらゆる口を通して語るからです。

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