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文芸の里コミュの潮のように

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潮のように 未完4

クリスマス当日、守屋奈美は父親にねだりにねだって、車を借りた。左条雅彦と会う約束をしたときから、父の車を借用することは、計画の中に入っていた。しかし中古車が欲しいと以前言ったのとは、使用目的が急遽変更されていた。当面の目的は、サジョウ・マサヒコ〈後で知ることとなった、漢字名では、左条雅彦〉を同乗させて実家に連れ帰ることだった。
 亡父のポンコツ車を愛用しているという彼を、刺激しないためには、ほかの方法はないと思えた。
 クリスマスのこの日、朝から訳の分からない花火が揚がっていた。クリスマスを外国の祝日としている日本という国は、こういった暗示的なやり方が、ことに好きなのである。クリスマス当日に花火を打ち揚げれば、多くはクリスマスを祝っていると思うだろう。しかし公式には、そんな計画はないのである。ただこの号砲ごとき空花火で、クリスマスを祝っていると受け取るのは、実に自然である。商店街も、公式にはないこの突発花火を、歓迎する。そのうちいつか、暗黙のうちに予算に計上されるようにもなるだろう。僅かな花火費用で、商店街が活気づくのだから。
 ところでこの日奈美が、左条雅彦と会おうしたのは、クリスマスとは関係なかった。完全になかったかと言えば、間接に関わっていると言うしかない。と言うのは、この日中学一年の女の子の家庭教師が教えおさめになっており、折よくクリスマスでもあるし、早めに勉強を切り上げて貰い、ささやかなクリスマスパーティーを開こうと、少女の母親から提案が出されていたのである。
 奈美の運転する車が街に入ると、クリスマス一色に塗りつぶされていた。奈美は苦労して駐車場を見つけ、車を停めると家庭教師先へと向かった。
 勉強も、外から流れてくるクリスマスのメロディーに、少女は落ち着かなくなっていた。客間からのママの呼びかけに応じて、少女は早々と勉強道具をしまいにかかる。
 奈美は左条雅彦のことが、頭から離れていなかった。できれば、その時出される予定のクリスマスケーキを手付かずの状態で、左条雅彦に運んでいきたかった。しかしそんな芸当みたいなことが、果たしてできるかと不安だった。
 ささやかなクリスマスのお祝いがしたいと、前回の家庭教師の勉強が済んだとき、少女のママから言われて、友人とパーティーがあるからと、言い訳の辞退をしてあったが少女も目を輝かせて心待ちにしている様子を見るにつけ、そう軽々しく転回して運ぶのも心がすまない気がしていたのである。
 この家の父親はまだ帰宅していなかった。少女とママと家庭教師の奈美と、三人だけのクリスマスパーティーは挙行された。クリスマスツリーには、少女の飾り付けた豆電球も点滅していた。ローソクの火が三人の会話の息に揺らめいた。音楽も少女の好みのジングルベルが流されていた。テーブルの中心には、奈美の狙っているクリスマスケーキが、嶺の雪よりも白く光に耀いていた。一人では食べきれない大きさの、ドーナツ型のクリスマスケーキだ。少女が自分のケーキにナイフを運んだとき、奈美は思わず正直な言葉を発しないではいられなかった。
「私これから行くクリスマス会に、これ頂いて行ってもいいかしら。こんな素敵なケーキ見たら、みんな大喜びすると思うの」
 それには少女と母親も賛意を表して、
「じゃ、パパの分も持っていったらいいわ。パパはどうせ、どこかで洋酒のパーティーに酔い潰れて帰ってくるでしょうから」
 少女の母親はそう言って、冷蔵庫から別のケーキを持って来て、奈美の前に出した。
 奈美は恐縮して自分の前のケーキを、少し無理をしてたいらげ、家庭教師の家を後にした。少女の高校受験の成功を祈ることは忘れなかった。
「キリストの父なる神様、ミナミちゃんがどうか、来年希望の高校に合格しますように」
 奈美は期せずして手に入ったケーキを携え、左条雅彦のいるアーケードの下へと急いだ。
彼の前には、三人の聞き手が坐りこんでいた。二人は女性で、二日前もここにいて、奈美が左条と話し込むと退場して行ったメンバーのようである。二人は奈美の登場に不愉快な顔を隠さず退場した。残る一人の男性も間もなく去って、奈美は左条を独り占めにしたような済まなさにかられて、更にそんな罪を重ねないように、左条を誘って、車を停めた駐車場へと向かった。
「すげえ」
 左条は奈美の車を見るなり言った。
「父の中古よ、何年も乗り回した」
「でも僕のポンコツに比べたら、新車だよ」
 彼は言って、奈美の左の助手席に坐った。「これは何年型のトヨタの……だったかなあ」
 左条は想い出そうとして、こめかみの辺りを手で抑えていた。
「何年型だって、いいのよ、そんなこと。それよりこのケーキはね、今日こしらえたものよ。あなたへのプレゼントになればいいと、願っていたら、本当に手に入ってしまった。願えばかなうって体験をしちゃったわ、私」
 奈美はケーキが胸に飛び込んで来た経緯を、詳しく話した。
 彼女は先程、左条に向かって歩きながら、路上の自動販売機で求めた缶ジュースを彼に手渡した。寒い季節を上塗りするように、缶の冷たさがあった。
「いいね、独りでいるクリスマスより、二人のほうがずっといい。孤独には悪魔が入り込む」
 左条はジュースに酔ったように、そんなことを口走った。

つづきます。

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