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文芸の里コミュの旅立ち 二部  プロローグ

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☆旅立ち 二部 

プロローグ


 私は東京都心へ出た帰り、帰宅する電車の始発駅になっている上野駅にやって来た。その北改札口の表に目をやると、公園入口に立つ掲示板に、東京都美術館で催されている展覧会の記述があった。この季節、いつもなら、書道展とか書初め展とかの新年にふさわしいもので占められているのだが、この年はどうしたことか、その中に油絵と水彩画が割り込んでいた。
それなら寄ってみようか、という気持ちになって、北改札口を出ていた。
 私は公園内にある東京都美術館の方角へと足を運んでいた。今は桜の季節でも、新緑の季節でもなく、葉を落とし尽くした裸木が立っているだけの、もの寂しい風景である。侘しいからこそ人は、芸術でなりと、心を満たそうとするのかもしれない。創造するものも、鑑賞するものも、いま目の前にないものへの憧れを抱いてやって来るのだろう。私も漠然とながら、そんな遠いものを心に描いて立ち寄ってみようと思ったのにちがいなかった。
 油絵と水彩画のどちらにするか迷ったが、受付の近くに展示されている絵を見て、油絵のほうがゆったりとした構図の作品があり、油絵が主体で彫刻も置く、原型美術協会展を覧ることに決めて、受付を通った。
どれも百号、二百号といった大きな絵で、具象画というよりは半具象、更にいうと抽象の傾向が強かった。一室、二室と覧ていって、第三室の半ばまで来たとき、私はいきなり脚がつって、動きが取れなくなった。これまでもたまに、歩き過ぎた過労から、脚のつることはあったが、最近はそういうこともなかったので、この日の東京行きに少々無理があったのではないかと思った。足がつった場合の快復法としては、脚をかばって腰を屈め、痛みが退いていくのを待つしかない。それがこれまでの処置法だった。少しでも動くと、電撃の痛みが走るので、人の目など気にしてはいられなかった。靴の紐でも直すような姿勢を取って、痛む個所をさすりながら、快復を待つしかない。私のそうした取り繕い方が功を奏して、どうされましたと、声をかけて来る人もいなかった。
 私はこの時も、その常道をいった。時間は過ぎて行った。六、七分もした頃、私の脚はまったき状態に戻っていた。
 立ち上がると、次の展示物へと目を移した。私は絵と絵の間でダウンしていたことになる。
私の視線が捉えたのは、地上に立つ二羽の鶴の絵だった。完全な具象画とは言えないが、まぎれもなく鶴が描かれている。一羽は天に向かって嘴を開き、もう一羽は地上の足元に嘴をやって、どこか不満気な面持ちである。
 私はその地上を物色する一羽に、ある人物を重ねた。重ねざるを得なかった。何となれば、私の脚が「つる」ことで、地上をあさる一羽の「つる」が喚起させられ、避けて通れなくなってしまうのである。
 今から遡ること三四年、私は当文芸の里に拙作「旅立ち」を投稿した。その作品を書き進めながら、これは一部では終わらず、三部まで書かなければ完成しないなと考えていた。しかし私の資性の貧しさと造形力の無さから、鶴夫なる人物のキャラクターがはなはだ魅力を欠くものとなってしまい、二部に取り掛かるためには、その鶴夫を登場させなければならないのに、それができずにいた。
 二羽の鶴を前にして、今回の私の脚が「つる」現象は、そんな作者の自信の無さや脆弱さで、鶴夫という一人の苦悩を葬り去ってはならないと、警告してきたのだ。それであれば、無能を鞭打って、取り掛かるしかない。後は野となれ山となれである。

☆

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