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文芸の里コミュのSF 未完 「10」土筆の萌える丘 の巻

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 コノミは同じマンションに住む主婦仲間と誘い合わせ、
都会から電車で一時間半の郊外へピクニックに出かけた。
お互いに乳飲み子を抱えて。夫はそれぞれ釣りとゴルフに出かけて行き、休日でも夫婦別行動というわけだ。
 二人の主婦は電車の中でもそうだったが、目的地の草原に着いてからも、話の中味は夫の愚痴とマンションの主婦たちへの不満が多かった。育児への難しさもあったが、初産の二人にとっては、それはあまりにも大きく、託児所を探すことで、何とかその困難を切り抜けようとしていた。二人は目下、良い託児所探しに躍起になっていた。
 コノミの子は這い這いができたが、仲間の主婦の子は、生まれて日も浅く、若い母に顔をつけて抱かれたままだった。 コノミの子は生れて初めての田園の風景に有頂天で、短い草花に鼻をつけて匂いを嗅いだり、草に頬をつけて、柔らかな感触を愉しんでいた。草を指さしてフサ、フサと母親に教えたりした。まだクサとは発音できないのだ。
「房子ちゃん、それはクサなのよ」
 母親はフサコという吾が子の名と、草とのけじめをつけさせようとして、そう言った。その後はまた友人との話しにのめりこんで行った。
 這い這いをする房子の前の草原に、十数羽の椋鳥の群が飛来し、三四羽ずつの列を成して草の中に顔を突っ込みながら軍楽隊のように過ぎて行った。雲雀は単独行動で、慌しく旋回してきて草原に下りると、そのまま地面を駆けて行ったりした。そうして空には、まったく別の雲雀が、目に見えない凧のように張り付いて声だけはけたたましく振り撒いていた。房子はその声を気にしていたが、這い這いの状態で真上を見るのは無理というもので、やがて雲雀の空の位置を確認するために、立ち上がりもするのだろう。
 当面空と決別するために、地に執着したというべきだろうか。房子は地面に萌えて立つ土筆を発見して身を奮わせた。即筆状の頭をもいで口に運んだ。母乳にはないほろ苦さ。新鮮な味覚といってよい。善は急げとばかり、つづけて二本三本と口に入れ、噎せて果てた。
 吾が子の急変に、母親が慌てて駆け寄り、抱き起こして、口の中の物を吐かせた。目の前に三四本の土筆が、頭をもぎ取られて立っている。
「このままじゃ駄目だわ。私お医者さん探して来る。奈美さん、この子お願い」
 そう言い残すと駆け出した。日帰りの行楽地として知られるこの高原は、都会から多くの家族連れも来ていた。テントも張ってある。
「どなたか、お医者さんか看護師さんかいませんか。赤ちゃんが土筆を口に入れて喉を詰まらせてしまったんです。喉の詰まりは吐き出させたんですけど、食べてしまったものもあるようなんです。それが心配で、心配で……」
 コノミはいくつものグループに駆け寄っては、同じ説明をして回った。
 二十分ほあっちへ跳び、こっちへ跳びしているうちに、
中学生と思しき一人の少女が名乗り出てきて、
「私のパパが小児科の開業医なの。ここじゃないんだけど、近くに家族旅行で来てるから」
 そう言って、
「赤ちゃんはどこ?」
 とその所在を訊いてきた。
 コノミは場所をとるとき、何気なく白樺の木の傍を選んだのだったが、それが役立ったのが何より嬉しく、
「あそこに一本だけ白樺の木が立ってるでしょう。そのすぐ近くなの」
 コノミはそう言って中学生の少女に深々と頭を下げた。
「パパを連れて行くわね。喉が詰まったのは取れたのよね」
 と開業医の娘らしく、症状の確認を取ってきた。
「喉が詰まったのは、背中を叩いたりしてどうにか吐き出させたんだけれど、食べてしまったのもあると思うの。三本か四本頭を取られたつくしん坊が立っていたから」
 少女はこれだけ判れば十分とばかりに、草原を父のいる所へ駆けて行った。

 父と母と二人の看護師、それにお手伝いの女性が纏まっている所に来ると、娘は赤ちゃんが救いを求めている状況を話した。
 父は酩酊していたが、娘の話を最後まで聴くと、急患を目の前にしたときの医師の態度ではなく、家庭の団欒にいる寛ぎをみせて、
「土筆は茹でて食べる。おひたしにしたり、たまごとじにしたりしてな。茹でて食べられるものは、生で食べたからって毒じゃないさ。心配しなくていいって、ママに言ってあげなさい」
 父はそう言うと傍らの紙コップを引き寄せて、赤ワインを注いだ。その紙コップを持たせて娘を送り出した。
 娘はワインを手にすると、目印の白樺の木を目ざして駆けて行こうとして、父を振り返った。
「これを赤ちゃんに飲ませるの?」
「違う、違う。動転している、その若いママの気付け薬だ」
「そうでしょう。赤ちゃんにこんなにたくさんのワインなんて、変だと思ったのよ」
 娘はそう言うと、おかしな節回しで、
「チョットコイ♪ チョットコイ♪」
と口ずさんで行った。
「何、あれ?」
 医師の妻が顔を上げた。
「小綬鶏の鳴声を真似たんだ。あいつ高原を飛び回っていて、小綬鶏がチョットコイと鳴くのを聞いたんだろう」
 夫の医師は妻にそう説明したが、遠ざかって行く娘の声が、
「ヒョットコ医、ヒョットコ医」
 と医師の父をからかっているように、聴こえてきてならなかった。つまり、あの赤ワインを、医師に渡された良薬と勘違いした若いママが、赤子に飲ませてしまう場合のことだ。動転している若い母親なら、飲ませないとも限らなかった。

 「土筆の萌える丘」の巻

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