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文芸の里コミュの少女の小店

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少女の小店



少女は毎年父に手を引かれて
夏祭りの夜店を見て歩くのが
好きだった
金魚すくいの店とか
鬼灯を売る店とか
お好み焼きの店とか
まちまちだった


「パパ 私もあんなお店が欲しいの」
帰り道 陸橋の上から下を通過する
上り下りの電車を見ながら
娘はよくそう言った
去年も言ったし
その前の年も
さらにその前の年も
少女は父にねだってそう言った


うん うん と父は生返事をしながら
聞いていたが
小店とはいえ それが大変なことも
十分知っていた


そのまま娘は成長していき 父は年を取り
さすが夏祭りの夜店には行かなくなったが
小さな店への希望は消えないらしく
娘の机上には
アクセサリーの店とか
ぬいぐるみとか
手作りパンの店とかの
カタログが溜まっていた


一度見合いに躓いた娘は
二度とその手の話には耳を貸そうとはせず
次々とパート先を変えては
父の家を出て行こうとはしなかった


栄達から見放され
地味な会社勤めをしていた父は
定年まで二年を残して勇躍退職した
僅かな預金と退職金で
日本アルプスの麓に
格安な家屋を購入し
二階を住まいに 一階を時計店として
第二の人生を歩み出した


時計店は父の代まで受け継がれてきた
家業のようなものだった
アルプスを有する世界のスイス時計にあやかり
日本アルプスの麓に着目したことは言うまでもない


父は店舗の一隅を娘に与えて
かねてからの約束を果たした
娘は瞳を輝かせ
自分の小店造りに取り掛かった
カーテンで父の時計店との仕切りをつくり
製材所から板切れを貰ってきて
幾段もの棚を作った


そこに並べるものは
彼女がこれまで趣味の講座や通信教育で
学び 見よう見まねでこしらえてきたものばかりだった
こけしの人形やテディーベアや
フランス人形などのぬいぐるみもあった
しかし小店とはいえ 店に置くとなると
何と商品の少ないことだろう
そこで彼女は腕組みし
根本から考え直さなければならなくなった
念願の店は持てたのに 店に置くものがないとは
何たる不覚
志の貧しさであろう


娘は山麓の小さな町ゆえに
勤め先も見つからないまま
凡々と過ごしていた


娘にあるとき 冷たい水の流れるせせらぎの川原に立っていた
見渡すと この辺りには風変わりな形をした色美しい小石が多いのだ
おそらく 火山の噴出によったと思われるが
長い年月内部に溜まっていた間も 噴出してからの年月においても
変質と風化によってもたらされた自然のなせる造形美なのであろう
娘は小石のいくつかを手に取ってみて
これを使って 何か芸術品はできないかしら と頭をひねった


これまで さまざまなけいこ事をしてきて習い
不毛のまま終わっている工芸やペン習字の類も
役に立つかもしれない 
彼女は早速 壁掛けとか状差しの制作にとりっかった
試作品第一号は父も驚くほどの出来栄えで
彼女は試作品を 昔一緒に学んだ仲間たちに 宣伝を兼ねて送った
仲間たちはすぐ感想を書いてきた 思いがけないほどの反響で 
自分もその川原で美しい小石を探し
アートがしてみたいという者も現れた


娘はそうやって 仲間の助けも借りて 自分の小店に置く品々を増やしていった
人づてに聞いてくるものもあって 小店の名は知られていった
二年もすると 父の売り場を占領し 父は小さくカーテンで囲った中で
時計の修理に勤しむ日が多くなった
屋根には目立つようにと

日本アルプス 手工芸の店 ケイコ

と看板を掲げた

苦節二十年などと言われるが これは早く実った例かもしれない

  おわり



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