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文芸の里コミュの習作  雑稿32

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◇ドラえもん

 彼は近くの書店によってドラえもんの英訳本を買った。それをショルダーバッグにしまって、帰宅するため公園を横切り急いでいた。何か後ろからつけてくる気がして、振り返ると、一匹の中くらいの猫だ。
「何だ、お前か」
 と彼はその猫に言った。猫は、にゃあ、と鳴かずに「にあう」と変な鳴き声を出して、歩みを止めた。その猫の顔は、書店で買い求めたばかりのドラえもんと、顔がよく似ているのだ。ドラえもんの原型が猫であると聞いていたので、なるほどと思った。ひげの張り具合なんかそっくりで、どちらが本物のドラえもんか分らなくなった。
「お前どこから来たんだ?」
 と彼は猫に訊いてみる。すると、フロム、ユアバッグと、変てこな口の聞き方をした。さっきはニアウなどと、変な声を出したが、今度は生意気に英語を遣うので、彼は奇妙な感覚に襲われていた。そもそも英訳本を買ってきたからといって英語が飛び出してこなくてもいいではないか。バッグから出て来たなどと、ふざけたことを言ったが、ドラえもんの出てくるのは、机の引出しではなかったか。 そう思ったとき、彼は急に不安に襲われ、バッグの上から、ドラえもんを確認するべく叩いてみた。あるはずの本の手応えがない。何たる不覚。書店に忘れて来たのだ。そう察して、踵を返す。猫は逃げるように、彼に道を開けた。
 案の定、書架の前の平積みにした書籍の上に、レジ袋に入れたドラえもんはあった。ここで別の本を立ち読みして、買った本を忘れてしまったのだ。
 彼はドラえもんを今度は間違いなくバッグにしまうと、帰りの道を急いだ。
 公園に入ってさっきの猫を探したが、猫はどこからも現れなかった。バッグに入ったということか。
 彼は心安らかに、アパートの部屋へ向かって階段を上って行った。      おわり

◇北窓

 家の北側に面した小窓に、目張りをした。
三重にテープを貼って、隙間風をシャットアウトした。
 その暖かな場所に、猫が坐るようになった。小窓の前に、花瓶を置くつもりだったので、その当てが外れてしまったことになる。
 猫を見やれば、小窓の枠が額の役目を果たし、猫の立体画像を飾っているように見えなくもない。しぶしぶながら、これで納得しなければいけないかと思っている。
 猫は快適な場所を得て、顔の手入れに気を配るようになり、いつも身だしなみの整ったさっぱりした猫の絵を、鑑賞できるようになった。
 蹲ったり,立腰になったり、手を舐めて、その手で顔を擦ったり、身を捩って背中を舐めたりするので、正確には猫の動画というべきかもしれない。

◇蛙の合唱

一歩踏み出すと
今まで鳴いていた
蛙が黙った
一匹が黙ると
いっせいに合唱が止んだ

◇春泥

春泥がゆっくり
白く乾いていくのを
待つ時間というのは
愉しいものだ

◇初蛙

ケロと鳴き
それきり黙る
初蛙である

◇隙間風

隙間風は
陰険な人のように
肌を刺してくる

ちりちり降りかかる
単純な雪の痛さより
隙間風は
心に辛いダメージを与える

◇雪合戦

雪合戦は
遊びのなかに
狂気がある
狂気は目標には
なかったもので
芽生えたものだ

◇探梅

聞こし召した男が
頬赤らめて
探梅行となったが
酔眼朦朧の眼には
さすが赤梅はさけたいらしく
白梅白梅と叫んで行く


◇雀とヒバリ

 春の野で雲雀と雀が縄張り争いをしている。二者は体の大きさも毛の色も、それほど違ってはいない。そもそもヒバリを漢字で書けば、雲雀となり、半分は雀なのである。
 そんなわけで、この似た者同士の間で揉め事が起こると、そう簡単に収まりはしないだろう。
〜〜あんたには、青空があるじゃんか!〜〜
 と雀が嘴を尖らせた。これを持ち出せば、ヒバリも二の句が継げないだろうと、雀は踏んでいたが、どうしてどうして、ヒバリは天で囀るよりも高らかに、やり返してきた。
〜〜そんなら言わせてもらうけどさあ、あんたには、空より青い屋根のついた家があるじゃんか〜〜
〜〜あれは人様の家で、あたいは前の庭を借りているだけよ〜〜
〜〜へえ? 庭ではなく、屋根の上に留まっているのを見かけるけど、あれはあんたたちじゃなく、別な鳥なの?〜〜
〜〜たぶん鳩とか渡り鳥が、屋根で羽を休めていくんだよ。雀もたまには気晴らしがしたくて、屋根に留まることもあるけど、あそこは鳶とか鴉に狙われやすくて、安心できないのよ〜〜
 雀は言って、自分が野原にやって来たいきさつをくだくだ考え、言葉に躓いているとき、すぐ近くの草原で、
〜〜ぴーよぴよ、ぴーよぴよ〜〜
 と、けたたましい奇怪な声が起こった。
 ヒバリはその声に慌てふためき、雀と縄張り争いをしている場合ではなかったと、声がした辺りからできるだけ離れて、気が触れたように駆け巡った。
 雀はそのヒバリの行動を目に止めて、ぴんと来るものがあった。さっきの奇怪な声は、近くにヒバリの巣があって、雛がいるのだ。母親の話声はしているのに、餌を運んでくれないものだから、たまらず叫んでしまったのだろう。
 雀は雛の叫びも分ったし、雀を巣に近づけまいと腐心する母親の気持ちもよく分かった。今走り回っている辺りに、巣があると見せかけての、偽装工作なのだろう。
〜〜ヒバリ君、あたいは家の向こうの草原で、散歩をすることに決めたから、巣を隠すためにそんなに真剣にならなくてもいいよ。そのうち親子そろって、天で囀れるようになったらいいね。邪魔をしてしまって、ごめんよ。バイバイ〜〜
 未婚の雀は、そう言って草原を飛び立った。その雀をヒバリの親は、草の中から首を伸ばして見ていた。
             おわり
◇雁の列

雁は帰る
空が青くても
くすんでいても
そこに帰路があるかぎり
真っすぐ
なかぞらへ吸い取られて行く

澄む空に
雁が音を高く長く引き
身一つで
大気に吸われて行く

天候に異変が起き
黒雲が沸き立つことがあっても
背後に深遠な青空が
控えていると信じて
飛び込んでいく

帰路に就く鳥の列には
後退はおろか
逡巡や乱れはない
天の意思にゆだねきって
透明な身と霊のすがたになり
存在の根源へと吸われていく
渡り鳥
帰還する雁の列
勇壮に羽搏き
高く長く
雁が音を曳き


◇メジロ

また来ると
誓った桜が
早くも咲いた
もう一年も経ったかと
頭を傾げて見ても
論より証拠と
花を見せられてはかなわない
疑わない純真なメジロなどは
花蜜を吸った残りの花を
疑う男の上に降らせてくる
〜〜分ったよ メジロ君 分ったから
もう虐めないでくれ〜〜
男はメジロの降らせた花びらに
鼻の孔を塞がれ 逃れながら言った
〜〜なら、赦してあげる〜〜
P子の声がそう言った気がしたが 実際のところは分らない
P子とは一年前 一緒に花見をしてから 音信が不通なのだ

◇雪やまず

空谷に雪が降りつづけ
晩鐘が鳴りやまない
誰かが天にとられるしるしだろう
天に取られるといっても
死を意味しない
この世に息をしながら天国に生きはじめるのだ
二股をかけても何ら疚しいことはない
御霊を受けるとはこういうことだ
空谷に雪が降っている
晩鐘が鳴っている
雪は降りつづけ
晩鐘は鳴りやまない


◇えのころ草

 冬の風が吹くと、えのころ草もみな枯れてしまう。あの質朴な、悪気のないえのころ草の穂は、どこに消えてしまうのだろう。
 おそらく、種と一緒に地にこぼれ落ちるか、種を包み翼となって空中を飛び、別な土地に移動するのだ。
 枯野の奥に紛れ込めば、探し出せないが、路上とか庭に吹かれて行ったものは、雀、鳩、その他の小鳥たちが啄むだろう。
 ここで、雀が人家の庭を離れない理由が分った。枯野の草の奥に紛れこんだ種は、雀の短い脚と嘴では、とても探し出せないが、綺麗に片付いた庭なら、拾いやすいというものだ。
 雀の餌になった草の種が、すべて死んでしまうわけではない。消化されずに小鳥の糞に混り、新たな土地に芽生える種も、きっとある。


◇芒穂の隣で

 芒の穂が、静かに風になびいていると、その隣に猫が来て、端座する。
 上に月が出ていれば、申し分ない。
 夜の草原を訪れる猫は、借りてきた猫のようにおとなしい。
 同じ草原で、昼間昆虫を追い回していた猫とは、思えないほどだ。
 牙を削ぎ落とし、目を細めて端座する上品な猫になっている。
 この猫はおそらく、いつか芒の穂の隣に、澄ましこんで正坐している狐を、塀の上からでも見たのだろう。
 良夜の最高の舞台を、あんな狐野郎に独占されては、たまったものでない。
 それで、以前狐が身を置いた場所に、先回りして座り込んだのだ。もし狐がやって来たら、戦うつもりで、コンクリート塀で爪を研いで行った。

◇啓蟄

啓蟄に
嫌悪と期待
二つあり

◇流氷

流氷や
割目に覗く
海の色

◇井戸

井戸覗く
いづこより入る
月一つ

◇花屋

なんであの一本の樹にだけ
鳥が群れているのかと思ったら
すぐ下が花屋だった

◇小鳥

小さな町の駅前広場
そこのベンチに憩んでいると
小鳥が湧くように集まって来るのに気づいた
おそらく各駅停車の電車を追って
ついて来たのだろう
発車ベルが鳴っているが
小鳥に飛び立つ気配はない

◇廃線

錆びた廃線を
包み込むように
枯野が延びている

◇水澄し

水のぬるんだ池の水面を
水澄しが巡っている
同じところをぐるぐると
いったい何度巡れば
気がすむのだろう
おそらく自分の心のもやもやが晴れて
心が澄みきるまで巡っているのだろう

一時間ほどで所用をすませ 
池の前を通りかかると
水澄しはまだ巡っていた
夕日を背負っているだけ 
動きが重そうである

◇浜千鳥

浜千鳥が
舞い上がる
空が一面に点滅する

◇霜柱

霜柱の立った朝
母親が霜柱を踏んで行くと
背の赤子か泣く

◇寒雀

寒雀が膨らんで
猫を怖れさせている
猫も怒ると毛を立てるが
寒雀は常時膨らんでいる

◇風花

すぐ隣を
懐かしいものが
親しいものが
寄り添うように歩いている
そんな気がしていたが
どうやら
さまを変えた
風花が吹かれているだけだった

◇鳥の歌

ふと鳥の声に目が開く
真夜中の二時で
再び眠りに入る

朝起きると
まだ鳥の歌声は
つづいていた
いったいあの鳥は
いつ寝たのだろう
声はいささかも衰えていない

◇襟巻

木枯しに吹かれ
襟巻の狐が
貴婦人の首を離れた

荒野へと跳ぶ狐を
犬が追いかける

◇花野

花野を越えた辺りから
野は幻となっていった
白く霞んで
ただ美しい

◇石叩き

せせらぎは
バックミュージックだ
主役の石叩きは
負けじと高く通る声を響かせる

◇冬籠り

すっぽりと
一つの村が
冬籠りしている
煙突から
煙も出ていない

◇海暮れて鴨万軍の寄せてをり

一湾に鴨の大群が飛来して着水したところだ
うっすらと残照を浴びて
夥しい舟艇の到来と見てもおかしくない
舟の舳先は みながみな陸地へ向けられている
しかもお互いの距離を詰めつつ
上陸寸前のところまで
陸に接近している
万を超えて何十万にも及ぶ数だ
これほどの敵船に襲われたら
いくら防備は万全と豪語したところで
はじまりはしない
しかも相手は敵ではなく 使節なのだ
めいめいの翼に命をかけて飛来した平和の使節なのだ
万軍ではなく 鴨の万群だ

◇鴨撃ちと鴨撮る者の火花かな

鴨撃ちと
鴨を写真に撮る
カメラマンが
湖畔でぶつかった

一発の銃声で鴨は残らず逃げてしまい
湖にはしばらく戻らないだろう
それではせっかくの被写体も
野鳥の保護も
水の泡だ

さて決着はどうなったか
カメラマンに同行していた
新聞記者が
ありのままを記事にした

木の枝から青大将が垂れ下がってきて
鴨撃ちの首を絞めた
当惑するだろう新聞読者のために
下の註をつけた
〈神は時にサタンをも遣うことがある〉

◇たどたどし鴨の親子の二歩三歩

 池を出た鴨の親子が、陸地を歩く。
その数を、稚児が指を折りながら数える。
鴨の歩みも、稚児の指つきも、共におぼつかなく、たどたどしい。
 稚児が数え終わらないうちに、陸の歩行を断念した鴨の親子が、池に戻り、
すーっと
親鴨を先頭に、対岸へと、一本の水脈を曳いて進んで行った。
 その軽やかな滑りに、稚児は地団駄踏んで悔しがり、泣き出してしまった。
「あなたはまだ無理なの。歩きたいって言うから、降ろしてあげたのに」
 吾子を近くの若い母親が抱き上げた。

◇大銀杏

大銀杏ともなれば
やることが
辺りの木々とはちがう
黄葉を蒼穹に
ばらまくのだ

◇柿

吊るし柿は
太陽熱を吸収すれば
するほど
豊かに細まり
小体になっていく

◇カマキリ

カマキリは
岩が転げ落ちても
鎌をもたげるのだ
彼には
いかなる相手であっても
逃走も敗北もない

◇キツツキ

キツツキの
木をつつく精励ぶりは
木屑を他人に与えようとしている
としか思えない
幹の下に積もる木屑は
豊かに雪を覆い
香りさえはなっている

 ◇雪達磨

 児童公園に雪達磨ができている。
 登校前の子供たちが、一夜の大雪に喜び勇んで、作っていったものらしい。
 苛めっ子をイメージしていたのか、とても怖い顔をしている。
 怖い顔ではあるが、人間によく似ているので、赤子に雪を見せに来ていた小守女は、おかしくてならなかった。
 彼女は赤子によく見せてやろうと、抱いていた赤子を雪達磨に近づけた。
 赤子がキャッキャと、子猿のようにはしゃいで喜ぶと思っていたのに、当てが外れて、火がついたように泣き出してしまった。
 小守女は当惑して、
「ほれほれ駄目よ、あんなのを怖がってたら。坊やが大きくなって、学校へ通うようになったら、もっともっと乱暴で憎たらしいのが、いるんだからね」
 そう言って、赤子の眼から溢れてくる大粒の涙を、タオルで拭き取りながら、その涙が眼以外のところから伝い流れているのに気がついた。
 何と、赤子の額には雪が瘡蓋のように付着しており、それが解けて流れ落ちていたのだ。
「御免、ごめん。坊やのおでこを雪達磨に押し付けていたなんて、知らなかったよ」
 額の雪を拭き取ってしまうと、赤子はけろりと泣き止んで その顔を険しく歪めた。眉を寄せ、頬を膨らませて、小守女を睨み付けている。
「何、そのお顔は?」
 そう口にしながら、小守女は分った。
 赤子は雪達磨を真似て、それよりもっと怖い顔をして見せたのだと。
                     おわり


神ならぬ
ものを祀れる
国にして
永久のいのちの
移譲は必至

〈覆水盆に返らず〉日本国へのしるしあり



山林の
姿勢正しく
立つなかに
一木のみは
項垂れてをり



草原に
一つベンチの
置かれをり
神の乙女の
席にてあるか



〈梅の木の下〉

梅の花が咲くと
その花の下を
一羽の鶴が
貴婦人然として
通って行った

頸を伸ばし
体をできる限り引き絞って
翼を密着させ
翼があるのかどうかも
分らないほどだった

辺りにはしばらく
残り香のようなものが
漂っていた
梅の薫りとは異質の
鼻の粘膜を刺激してくる
匂ひだった

はたしてあれは本当に
鶴だったのだろうか
一陣の風が吹きすぎて
今では香水の香も梅の薫りも
綺麗に消されて
よすがとなるものが 
何もなかった

鶴が通って行った



よくもあの
小さき翼で
重き身を
空に支へて
飛べるのか鳥



地に下りて
翼収むる
余裕あり
鳥てふものの
憎き豊かさ



花のなき
季節彩り
花キヤベツ
何が足りぬかと
問はれても困る



人の世に
死の苦しみの
ある限り
永久のいのちは
伏せられてをり



一面に
なのはな敷き詰め
その上に
昼の月浮く
暮鳥のポエム



吹き荒ぶ
岬の屋根に
大き石
人のいのちを
繋ぐ重しに



田舎道
人に曳かれて
ゆく牛の
その肩肉に
夕日は滲みる



荷を負ひて
旅にあふロバ
いつまでも
わが視野のなか
遠ざかり行く



北国の
囲ひの外を
駆くる馬
まだ草のなき
雪を食みつつ



高声に
餌をねだりて
鳴く羊
声おのづから
溢るるごとし



バス停の
コンクリートの
片隅に
謂れあるごと
冬菫生ゆ



雪の日に
蝉の声して
身がまへり
ラジオを消して
耳を欹て



ビル群の
ひしめく中に
猫とあふ
密林の奥
虎にあふごと



また逢へる
思ひのままに
卒業し
それきりとなる
人生劇場



このホーム
こちらと向かふ
お互ひに
間もなく離れ
離れの電車



故郷は
零下三十
二度を越え
雪は多すぎ
温泉は出ず



貧しさの
中に生くるも
よきかなと
居ながらにして
故郷の教へ



高峰に
永久を夢見て
飛翔する
鳥の生まるる
開眼の時



白もよし
紅もまたよし
梅の花
ともにひとつの
天つ香りの



ジヤンパーは
夢の夜空を
滑空す
最長不倒
樹立せんとし



降る雪の
なかにジヤンパー
躍り出て
そのまま雪の
深みへ沈む



花のない
季節みさだめ
返り花
薫りも仄かに
漂はせをり



冬空に
凧を大きく
揚げて待つ
さらに昇る意志
ありやなしやと



永久の星
探してこいと
鳥放つ
夜目の鳥の
開眼のとき



雪降れば
降るほど村を
輝かす
往き交ひ果てし
村の新年



忍び寄る
冬の気配を
探知して
人家の塀を
這ひ登る虫



縁側に
柿一つ置く
しばらくは
訝る鳥の
焦点となる



柿と梨
どちらを買ふか
迷ひをれば
二つ乳房の
女よこぎる



熟柿落つ
蟻の列車の
つづく上
被害は一輌
のみに留まる



かつて住みし
葎の宿を
素通りす
シャンの彼女に
元家とも言へず



降る雪や
ワイングラスを
出す少女
雪をワインに
変へて神様



門松も
立てず飾らず
庵かな
隣る羊の
吐く息白し



僻村を
すつぽり映し
氷柱垂る
御用始めの
村役場にて



寒椿
静かに灯る
樹の下に
金色の眼の
野良の黒猫



愚かさの
なかに賢き
道はあり
細々永久に
つづく道なり



夜の列車
火事の現場を
黙殺す
その乗客も
一心同体



急行が
素通りするたび
強く靡く
各駅停車の
ホームのカンナ



人生を
航路に喩ふ
岸壁に
立ちて底見る
青き漣



生きてゐる
しるしを互ひに
示さんと
鴨氷上を
少しづつ進む



地下街を
地上へと階
進めつつ
ふらつく視野に
鋭角の星



身を守る
ために大きく
見せるなか
細身で挑む
雀怖ろし



あばら家は
ぐるり氷柱を
ぶら下げて
夜ともなれば
星を映せり



雪のなか
木の皮齧る
鹿を見き
人影ありても
白息吐きつつ



降る雪や
地下街を行く
颯爽と
地上のことは
すつぽり忘れ



木枯しは
海に出づれば
帆を押して
そよ風となり
外つ国めざす



冬日さす
道を選んで
逍遙す
日の照る丘に
犬連れた乙女



笹鳴きの
声まだ若く
覚えたて
人に聴かせたく
山下るらし



◇柿 3句

鳥啼くや

最後の柿を

前にして



店先に

並ぶ濃色

柿ばかり



熟柿落つ

しばらく小枝

揺れやまず



湖の
四囲を連ねて
ひとつなり
その中心を
めぐる白鳥



けたたまし
日暮るる空を
チヤウゲンボウ
鳴くといふより
喚きて翔ける



けたたまし
闇夜を翔ける
チヤウゲンバウ
悩み抱きて
北嶺を越ゆ



積もる雪
ふるひ落として
凛と立つ
クマザサの名に
恥ぢない細竹



吹雪くなか
逆毛となりて
跳ぶ兎
赤き目のみが
ちらちらとして



朝が来て
カーテンの上
白ければ
この一日の
スタートライン



次々と
襲ひ来るもの
災ひと
言ふより神の
しるしなるらん



暗き海に
水鳥浮きて
星めぐり
小さきまなこ
パチクリさせて



薄明るく
嶺連なりて
雪を蔽ふ
心のうちの
安らぎの糧



キリン汝は
意外に太き
頸根もつ
そそり立つ首
支へるために



精神の
悩みといへど
さはいへど
どうしやうもなき
体の懊悩



犬連れて
枯野散歩が
夢ならば
犬は飼主を
曳きていく夢



この峠
越ゆれば何か
あるのかと
来て見はしたが
過去を偲ぶ日々



遡上する
鮭を捕らへんと
追ふ熊の
牙の冷たさを
初日が蔽ふ



碧空を
さして白樺
けなげさと
可憐さをもつ
ひとりの少女



柿の木に
残り少なに
柿の実の
風憐れめば
静かに吹けり



降る雪を
目を凝らし見る
わが目には
上へ舞ふものも
幾ひらかあり



かかはりて
半端なままの
歌心
思ひ起こして
雑記帳買ふ



雪の日の
電柱にゐる
寒烏
眼裏ふかく
雪を鎮めり



雪覆ふ
山腹にひとつ
耀ける
何かとカケス
頸かしげをり



窓開く
朝日のほかは
去年のもの
かと思ひきや
鴉鳴きをり



羽子板の
異様な音に
目を覚ます
新年の音
とは露知らず



独楽まはる
うちは一途に
見つめをり
倒れ手を出す
猫の憐れみ



白雲も
鳥も過ぎ行く
路地の上
またたく間なり
人の一生

◇赤いポスト

 奈美はクイズの答えを家庭教師に教えて貰った。勉強が済むと、完成したクイズのハガキを持って、ポストへ出しに、寮に帰る学生と一緒に家を出た。少し行った街角に、赤いポストが立っている。
「ポストはどうして赤いの?」
と少女が訊いた。
「どうしてかなあ」
 そう言って学生は「考えてごらん」
と質問をそのまま少女に返した。
「分らないよ。そんなこと」
と少女は言った。
「教えようか」
 学生はもったいぶって言った。
「うん、教えて」
 と少女は不意にけんけんになって、はしゃいだ。
「それはね、ラブレターを出すから、その熱で赤くなるんだよ」
 学生は自分のとっさの閃きを、まんざらでもない思いになって言った。「分ったか」
「分らない」
 と少女は首を振った。
「そのうち分るさ。奈美ちゃんが大きくなって、誰かを好きになったときにね」
「分らない。蟹を茹でたら赤くなるのは、分るけど」
 ポストの前に来ていた。少女はつま先立ちになり、さらに腕を伸ばしてハガキをポストに入れた。
「クイズが当たったら、先生に手紙出すからね」
 と少女は言った。家庭教師との勉強は、今日で終わりだった。一週間後には、目指す私立女子中学の試験が控えている。
「そんな心配より、勉強をしっかりしなさい。受かるように祈ってるからね」
 学生は少女をいさめてそう言うと、バイバイと手を振って歩き出した。
 少女はポストの前に立っていた。パートに出ている母が帰るまで、少女は一人で過ごす。 

 信号が変わるのを待っている学生の背を、少女が駆け込んできて強く押した。
「先生のバカ!」
 その声は押された力と同じくらいの強さで、耳に響いた。
 信号はまだ赤く、目の前は車の流れになっていた。
「危ないことをする女の子だ!」
 学生が振り向いたときには、少女は赤いポストの方へと必死に駆けていた。

               了


海暮れて
沖に漁船の
耀けば
豊漁とみて
鴎群れ飛ぶ



流氷に
乗れば巨船に
ゐる心地
かなはぬ夢は
一等航海士



故郷の
丘の白樺
母と呼び
毎年出かけ
滑降披露す



ホトトギス
来て鳴く郷に
先駆くる
人に向かひて
気前よく鳴く



ブロック

街を大雪が見舞って
一週間後
雪は消えて
街は雪を知らない
いつもの姿に戻った

補足すれば
記念にするつもりか
大切そうに
冬をしまいこんでいる
路傍の
ひとところだけを除いて
雪は完全に姿を消した

そのひとところの雪は
はかないいのちを
そうではないものに
化身しようとしてか
コンクリのブロックが
無造作に
置かれているようだった

◇  

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