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文芸の里コミュの詩集 13

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   ☆



 風景


思へない とても思へない
この荒れ果てた野を
モーセに率ゐられた一行が
渡つて行つたとは。

隕石のやうな石が一つ
怒つたやうに
熱くほてつて置かれてゐた。



 夢の隔たり


夢は 人それぞれ
どうしてかうも違ふのだらう

君の夢と 僕の夢を
入れ替へたとしたら
内部分裂を起こして
収拾がつかなくなるだらう

腎臓と肝臓の移植は可能でも
人の夢を
夢を見る心を
取り替へるなど出来るものではない

ああ 心と心を仕切る
人と人を分かつ
夢のやうにも
遥かな遥かな隔たり



 いのちの灯


この土地が
  海のやうに
青空や星や月を
  映さないからといつて
卑しめてはならない

何といつても
  この土地には
人間が住んでゐる
  夜の闇しか映さない
土地ではあつても

消し去つてはならないと
  灯をともしてゐる
絶え絶えな
  人間のいのちと交感して



 街の犬猫


街の猛犬が
赤猫を追ひかけた
猫の尻尾に口が届くばかりに接近した
その時
目の前を
急行電車がやつてきた
あはや犬は立止り
猫はそのまま行つた

犬の前を
唸りを上げて
鋼鉄の塊が過ぎてをり
犬の想像の裡に
凄惨な光景が展開してゐた

だが 
轟音疾風諸共に去つた後に
向う側から涼しさうにこちらを見てゐるのは
さつきの赤猫
いや 化け猫だつた
猛犬は怖ぢ気だち
踵を返して逃げだした



 山小屋


山小屋の煙突から煙が真つすぐ昇つてゐる

何と多くの下界を省略しきつて昇つていくのだらう



 西瓜


西瓜は
 真つすぐ
包丁を入れられるやうに
 筋が入つてゐる

線の通りに
 切つていかなければ
いけないぞといふやうに



 草笛


ブリキの笛を
いくら吹き鳴らしても
鳥は集まらないが
草笛なら寄つてくる

それにしても
昨今の人間は
ブリキの笛でなければ
集まらない



 命の影


梟は 枝にじつとしてゐれば
 餌のはうから
 近づいてきて
何の苦もなく捕へることが出来ると
 知つてゐる

じつと待つといへば
 猫もそのたぐひの動物だ
せつかちな動物は                     
 必ず彼等の術策にはまりこむ

死といふ化物も
 そのやうにして
 命が影に呑み込まれるのを
ひつそりと待ち構へてゐる



空澄みて一羽の雁も振り向かず



 気紛れではなしに


来る日も来る日も
欲しいだけの陽は降り注ぎ
水の恵みも充分受けてゐるのに
代はり映えのしない日常に
嫌気がさして
葉叢のなかの一枚が
ある日 ひらりと裏返つた
(決して気紛れではなしに)
さうやつて 朝には露を
昼には光を受けていつたが                 
秋ともなり 紅葉すると
落下の原則により
諸葉が裏側から先に地に吸はれていく時
裏を上にしたその一枚だけは
吸ひ上げられていつたのだ
秋晴れの天へ
諸葉が地に吸はれると同じ速度で
天に吸はれていつたのだ

目を凝らすと
吸ひ上げられていくのは一枚ではなく
をちこちの林から 森から 並木道から
煌めきながら
舞ひ昇つていくものがあつた
 


 船に乗り込む如く


自我といふ固い殻が砕かれるのは
百万円の壷を落とすより難しい
自分だけの力では とても叶はない
そして 自我が砕かれることなくして
神の国へは入れない
では どうすればいい?
船に乗り込む如く
すべてを神に委ねること
ほかに道はない



 窯


山径を歩いてゐると
窯があつて
火が熾つてゐた
山鳥がきて覗いてゐた
食物が焼かれてゐるかと

(鳥を侮つてはならない)

窯には
山鳥をモデルにした
器が入つてゐたのだ



 あなたの中に


朝顔の 露に張りつめた花びらは
弄れば弄るほど萎れていく
ダイヤは研けば研くほど
耀きをます

あなたはどちらが真に
美しいと思ふだらう
いや 野暮な問ひは止めておかう
だが これだけは言へる
朝顔とダイヤ二つ加へても                 
なほ叶はないものがある
一瞬一瞬生きて耀き
しかも不滅なもの
それはあなたの中に
深くしまはれてゐて
未だ目覚めずにゐるものだ



 水鳥


霧が晴れてゆく
湖の奥から
水鳥が生れてくる

霧がひくのと
同じ速度で
姿を現してくる



 狐


サングラスの貴婦人が
途中下車して丘に立つと
襟巻きの狐が
荒野へ荒野へと
跳んでいった



 鹿


鹿は立っている
巌と同じすがたをして
得たりと
猟師が銃弾を発射すれば
跳ね返って
明らかな天罰を受ける



 雪


雪は沈んでいく
心の沼の暗がりへと



 輝


雪嶺は
八割の影を従えて
輝いている



 サラブレット


競馬場の杭に繋がれていた馬が
この日を最後に
レースを離れた

杭が大きく抉られて
歯形がついていたが
この馬によったと
知るものはいなかった



 胡蝶


せせらぎに
危うく吸込まれると
見た胡蝶
一瞬の間に身を持ち堪え
光の速さですり抜けた



 郭公


人里に来た郭公は
しきりに
何かを告げようとしているが
村はあいにく農繁期
耳をかしてはいられない
そこでさすがの郭公も
唄の途中で飛び去った
揺れているのは電線と
鳥の残した思いのみ



 草笛


失意の男が
山峡の村へ帰ってきた

しょうなくて
草笛吹けば
足元から 鳥が立つ



 おとなうものは


まったく
思いもよらぬ形で
あなたはノックされている
つれなく締め出してから
もしやあれがそうだったのかと
歯軋りして悔しがっても
遅いのだ
きたるべきものは
それらしい姿をとらない
用件すら告げずに現れ
そして離れていくだろう


 
 時の壁


あんなにも
手当たり次第逆らってきたP子が
俺を愛していたなんて
どうして今になって
聞かされなければならない

もっとも落ち込んでいるときのために
与えるものを
残して置いたとでもいうように



 無人駅


世紀末の
悪魔の雄叫びにも似た災禍がふりかかって
この村でも一人の少女が
O157の食中毒で死んだ
少女は無人駅から分校に通っていたから
この駅も寂しくなって
誰もホームにいない日も多くなった

そんな誰もいないホームに
少女の代わりのように
一匹の兎が立つようになった

人のいないホームに電車は停まらないが
兎の労をねぎらって
運転手は白手袋の手で
さっと挙手の礼をしていく
兎は後ろ脚でぎごちなく立ち
おや、という顔を振り向けている



 無実の小鳥


男が買ってきて皿に載せて置いた美しい小石を
放し飼いの小鳥が
飲み込んでしまった

小鳥は気分をよくして
これまでにない澄んだ声で啼くようになったが
小石を取り出すには
小鳥を解剖しなければならない

こうして小鳥は
逃げていかないように
籠に容れられる羽目になった
啼く期間も狭められて



 波路


山家育ちの子供が
一度海を見たいと憧れを抱くように
海の真ん中で育った亀が
一度陸を見たいと思念するようになった
亀は自分の甲羅を
何万倍にも拡大したような陸地を夢想するようになり

ついに夢を見ながら
泳ぎだしていた
頭を出し 疲れると引っ込め
こうして何十日 いや何百日波間を漂ったことか
夢想したのとそっくりの
巨大な亀の甲羅のような陸地が
記憶の底から現れ出るように見えてきた

亀の驚きが決定的になったのは
さらに数時間して
暁の海岸に辿り着いたときだった
あろうことか
夥しい数の子亀たちが
曙光の射し初める海に向かって
駆け出してくる光景を目の当たりにしたときだった

亀はあまりの仰天ぶりに
手足を上にしてひっくり返ってしまった
もういくら足掻いても元には戻らない
それにこの亀は疲れ果てていたから
足の動きも衰えていった
亀は陸地を見る大望を果たし
思いもかけない覚醒を見たのだから
それほど無惨な結末とも言えなかったのではなかろうか
人間でもこれほど鮮やかな帰還をやりとげたものは
珍しいのではなかろうか



 公平


資格ないものが
この世をさまざまな分野で
取り仕切っている
これは由々しきことだが
その代わりこのものたちは
天国を受け継ぎはしないだろう



 年輪


奥深い村里へ
街からぶらり現れた男が
人手不足の折から樵となった

大木を次々と倒しているうちに
どの木も生々しく刻んでいる
年輪の多さに圧倒されて
滅入る破目になった

自分の歳の
数倍を生きてきた木を
一瞬のうちに
電気鋸で倒していくことに
罪悪感を抱くようになり

男はやって来た街へと
引き返して行った



 航海


夜になると
難破船となって
翻弄されるものよ
汝には果たして
灯台の灯は見えているか
もし
霞む程度にでも見えるのなら
必死にその明かりの糸を
手繰り寄せることだ
のたうち 廻る とてつもない混乱はあっても
やがてどこかの港に
辿り着けるだろう



 ランナー


目の前をマラソンランナーが走り抜けている
近く見るとものものしい走法だ
コンクリートのビル群と
舗装された石の道
柔らかく見えるものは
彼等ランナーの身体だけだ
ビル群から汗が滴るはずもない
近辺に街路樹一本見えない

街を歩いていて
ふと視界に現れて消えて行ったからといって
彼等が衝動的に走っているのではないだろう
はっきりとした目標があって
そこへ向かっている
その目的のために
一箇月 いや半年をかけて駆け抜けてきた
そして今日が
その決着をみる日なのだ
しかし私には分からない
ランナーがどこへ行こうとしているのか



 花を嗅ぐ男

むかし 花に鼻を突きいれて嗅ぐ男がいた
顔を花粉だらけにして
よく女の口紅と勘違いされていたが
花に顔を突き入れる習慣を
改めることはなかった

後年
花粉症とやらで
世間が騒がしくなっても
この男は泰然たるもので
蜂鳥のように
花から花へと
日本中の花を訪ねて
飛び回っている



 幸せ


私は思わない
地上に幸福があるなどとは
それなのに人は
幸福の追求に余念がない
それどころか血眼になっている

たとえ幸せを掴んだと思っても
程なくするりと手から抜け出して行くだろう
所詮 限りある命が
どうして幸福に与るだろう
にもかかわらず
幸せに向かって行くのは
<暴徒の夢>に酔っているようなものだ
麻薬に酔うのを
あんなにも忌み嫌いながら
この世の幸福に浸ろうとするのも
夢に酔っているようなものだ

ああ 覚めても 覚めても
命のほとぼりが冷めるときまで
追求の手を緩めない
我々人間の悲しい性だ



 紋白蝶の乱舞


緑濃い山陰から ひらりと紋白蝶がさまよい出た
断崖の下は海の群青
湧き上がるすでに夏とはいえぬ 冷ややかな風を器用に避け
つつ 蝶は陸に沿って舞いはじめる
 波打ち際には 幾千万という白い蝶が 押し寄せては砕けて
いる
 白波を仲間の最期と見た、紋白蝶の錯覚

 ――ああ、自分もあんな死骸と果てる前に
     寄る辺となるものを探さなければ――

 紋白蝶は 崖縁から砂浜に出て 夥しく押し寄せる、死せる
蝶の上を飛んでいく
 空中にさまようしかない 悲しい妄想の中を舞いつづける

 漁港が見え 手前の砂浜に出漁を告げる白い旗が翻っている
 死の海岸に ひとり雄々しくはばたいていく蝶
 紋白蝶は 白旗に向かって
せっぱつまった思いで飛びつづける 
 それまで あの青い海原に迷い込んではならない
 海鳴りは 悪魔の咆哮としか聞けない

 白い旗に辿り着くと あまりの大きさに 紋白蝶は目を回し
て取り縋った
 それからは 身動き一つしなかった

 翩翻とひるがえる大いなる白旗を
父とみたものか 母とみたものか はたまた 紋白蝶の故郷と
思いこんだものか
 じっとしがみついて 強い風がきても 飛沫が降りかかって
も離れなかった



 犬と猫


大きな肉の塊をくすねてきて食べ飽き
まだ半分以上も残っているとき
犬なら空地へ引きずって行き埋めておくが
猫はそこに放り出しておくだろう
無関心かというとそうでもなく……
肉塊の近くをゆったりと往ったり来たりして
監視の防波堤を築くのだ
無造作に見えながら
十全な支配の下に置くのだ
この気紛れな生き物を私は怖れる



 村を出る


村長と十数人の群れが
一列になって歩いて行く
村長が一ばん歳若くて六十代
後は九十八歳を最高齢に、八十代と七十代ばかり
峡谷の最も狭くなったところに来ると
村を閉ざす鎖を張った

村にはこの時から一人の人口もなくなり
逃げ出した豚が一頭
狂暴になって駆け回っている



   ☆

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