ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

文芸の里コミュのコモドのオオトカゲの子・第七 〈犬との対決の巻〉

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
   ☆

 コモドのオオトカゲの子第七〈犬との対決の巻〉


 コモドのオオトカゲの子は、自分で発掘した新しい歌手が、外国人で、彼の故郷と近いところにある国の出身と分ると、心酔してのめりこんでいくようだった。しかし彼女の顔を見て、そうなるのではなく、あくまでも歌声なのだ。声の響きがトカゲの子の魂を揺さぶってくるらしい。
 Fから見ると、その歌手の容姿は、南国の島だけあって、いくらか粗野に見えるが、すこぶるつきの美人といってよい。目鼻立ちが整い、特に目と口が大きく情熱を滾らせていた。しかしトカゲの子には、見目形はどうでもよいらしかった。生物とは、同類のものに惹かれるという本性があるのかもしれなかった。自分にないものを求める傾向もあるようだが、それはあくまでも、同じ種の中に求められるべきであって、人間とトカゲではあまりにも違いすぎているのだろう。
 Fにすれば、それは願ってもないことだった。もし、彼女の外貌にトカゲの子が喰らいついてきたのであれば、一人の女性をめぐって、Fとの間にトラブルも引き起こしかねないというものだった。といって、Fにそれほどの執着があるわけでもなかった。トカゲの子の発掘した歌手の名は、コモドーナ・オオトカーンという。日本の歌を覚えるために来日し、現在日本語の勉強中らしい。コモドーナ・オオトカーンの母国は、オオトカゲの故郷と、一千キロは離れていなかった。日本との莫大な距離を考えれば、一千キロは隣国のようなものだった。それを言うと、トカゲの子は胸を叩いて喜んだ。そんな仕草は、アフリカのゴリラを思わせるが、しかし霊長類と爬虫類は、まったくの別種である。
 ともかく、すこぶるつきの南洋の美人に、その見てくれに対しては、まったく参っていないことは明らかだった。
 けれども彼女の歌は。トカゲの子を虜にしてしまい、彼は落ち着かない日が多くなった。Fの顔色ばかり窺って、隙があれば浴室の小窓から出て行った。
 コモドーナ・オオトカーンに会って、どうこうするというのではないらしかった。少しでも肉声に近い声が聞こえる方へ聞こえる方へとにじり寄って行くというのが、情況をよく捉えている。スーパーで聞いたのは、ソロで歌っていて、パソコンで聞いたトリオよりは、ずっと彼女を近く感じることができ、トカゲの子の感性を奮い立たせ、深く魂に沁み込んでいくものだった。と彼の語り口から読み取ることができた。
 Fもトカゲの子の熱狂振りは分ったし、彼女に会って咬みつくといった偏執的なものでもなかったから、雲の垂れ込める暗い日とか、視界を掻き消す雨の日には、小言を言わずに出してやった。またよく晴れた日でも、風が強く街を落葉が舞うような日も、トカゲの子の外出日として、黙認してやった。こんな日こそ、トカゲデーと呼んでもいい気がした。落葉や紙くずやビニール袋、はては店の看板などが風に吹き飛ばされる中を、トカゲが動き回っても、動が動を打ち消してしまい、目立たない外出日和と言えそうだった。
 そんな荒れた日をはさんで、晴れ渡った日、Fは手がけていた表紙絵やカットを届けて、帰りの道を辿っていた。歩き慣れたコースで、変わりなどあろうはずはなかった。いつも立っているキリンビールの看板を目印にして、そこを左へ曲がったとき、擦れ違った犬が前足の片方を引き摺って、三本の足で歩いて行くのだ。犬があまりにも痛々しそうにしていくので、Fはふと振り返っていた。犬も気配を感じたのか、Fを振り返っていた。やー、これはこれは失礼、というわけで、二者は言葉こそかけなかったが、お互いに前を向いて歩きはじめた。
 次に曲がる角にあるコカコーラの看板の下に差し掛かったとき、また別な犬と擦れ違った。とこれも同じく、片方の前足を不自由そうに引き摺って歩いていく。とっさに閃いたのは、先に行った犬と喧嘩したなという思いだった。共に傷つく喧嘩ならしなければいいのに。馬鹿なやつらだよ、まったく。同情にも値しないと、蔑んで歩みを進め、アパートに近い児童公園にきたとき、また負傷した犬に遭遇した。二匹と違うのは、この犬の負傷は前足ではなく、後ろ足の一本であること。

 嵐で落葉に限らずあらゆるものが乱れ飛んだ日、その中に身を隠して進む不審な生き物があった。その怪しい生き物を、容赦しないとばかりに追い詰め、覆い被さって虐めた犬どもがいた。亀よりは速く、鰐ともちがう。見てやってくれ、この風采のあがらなさを。 三匹の犬は、怪奇な生き物を追い詰めた時間こそまちまちでも、上から押さえ込んでしまったのだ。逃げ出しても、この犬の足にはかなわない。そのすらりとした足は、すぐ目の前にある。トカゲの子は、その犬の足に鋭い爪のある足をのせて踏みつける。自分の爪が犬の足の甲を貫いて地面に届くまで踏みつける。逃げ出そうとすれば、そうはさせじと犬の足を咥えて放さない。まるで足を口で押さえ、電気ドリルで孔をあけるようなものだ。
 Fはアパートに駆け込むと、トカゲの子を問い詰める。
「お前、昨日嵐のどさくさに紛れて、悪さを働かなかったか」
「べつに」
 とトカゲの子はしらばくれて言った。
「隠さなくってもいい。正当防衛ということもあるんだからなあ」
 こう言うと、一度逸らした顔を元に戻して、「それですよ。その正当防衛。おいらのやらかしたことは、それにあたると思いますね。向こうから勝手に攻めて来て、逃げて行った」
「お前が何もしなければ、逃げて行くとは思えないがね」
「おいらが何もしないのに、攻めて来たんですよ。なら何もしないのに逃げて行って、当たり前じゃないですか」
「お前の喋っていることは、言い回しが達者というだけで、よく分からん。俺は現に、足を引き摺ってさまよっている犬を見ているんだぞ。一匹だけなら、車に轢かれたとか、偶然の事故ということもありうるが、三匹も同じように足に傷を負った犬を見ているんだぞ。奴らはもともと野良犬で、さまようしかない身の上なんだ。それに加えて足でも負傷しようものなら、さまよう上にさまよわなければならないのだ……」
 神妙に聞いていると見えたトカゲの子は、ふと顔を上げて、
「つかぬ事をお訊きしますが、さまよっていたのは、三匹だけでがーすか」
 と訊いてきた。
「俺が目撃したのは三匹だが、それでは足りないのかね」
「おいらがやったのは、五匹ですが、さてはやり方が手ぬるかったかな」
 いかにも残念そうにトカゲの子は洩らした。「おまえは三匹では足りずに、五匹もの犬に傷を負わせて、路頭に放り出したのかよ」
「放り出すなんて、そんなむごいことはしませなんだが、逃げて行ったんですよ、勝手に」
 またまた収拾のつかないところに、トカゲの子が増長していきそうなので、Fはこれ以上の追及はさしひかえることにした。こうなると事件性を帯びて世間を賑わすのは、時間の問題と思われた。一日も早く帰国させる手を打たなければならない。
 さっきはああ言ったが、負傷させた犬は野良犬でよかったのである。もしペットの犬を傷つけていたら、どうなっていたか。ペットの犬が一匹で出歩くことはないから、飼主に引かれての散歩ということになり、散歩中にトラブルを引き起こすことになる。その愛犬に同じ傷を負わせていたら、すぐにも警察に通報され、大捕り物となるところだった。
「奴らの意気地なさにも、嫌になりましたな」
 トカゲの子はまだまだ言い足りない口振りで、言葉を挟んできた。「ウーウー凄みを利かせて唸っておきながら、コドモトカゲの足の爪で刺しただけで、一変して赤子に返って、キャンキャンですよ。あの甘ったれた声なんて、二度と聴けませんや」
「二度と聴けないと言ったって、お前は二度どころか、五回も聴いたんだろう。二度と聴きたくなければ、そんな悪さはしなければよかったんだ」
「悪さですって? とんでもない言葉の選択ミスですよ、それは。言っちゃ失礼かもしれませんが。ご主人は普通の人としても劣っていますなあ。我々爬虫類以下と言ってもよろしい。さっきはちゃんと正当防衛という言葉を遣ったじゃないですか。
 もしあの時、相手の足の甲に爪を差し込まなかったら、おいらは間違いなく餌食にされていたでしょうな。それほど奴らは餓えてましたよ。五匹が五匹とも、おいらを組み伏せながら、どこから口をつけようかと、いやそんな生やさしいことではなく、どこに牙を刺し込んで息の根を止めるか、思案していたんですな。なんといっても、おいらがこの辺りでは見かけない奇怪な動物だったものだから。 おいらと同じ体の向きで、上から跨いで押しつぶすようにしていたんですぜ。小馬鹿にするみたいに。おいらの長い尻尾を残して、あとは全部奴の体の下にされて。奴の口からは、涎がぽたぽた落ちてくる。その熱いったらない。そんな唾液がおいらの目から鼻と伝って落ちてくる。その涎を垂らす口が下りてきておいらが喰われないように、割れた長い舌を出して、奴の口まで伸ばしてやりましたぜ。奴はそれを気味悪がって、おいらが舌を伸ばすと、顔をそむけていましたな。二本の割れた舌を持つ動物なんて、よっぽど珍しかったのか。とにかく眼を瞑って、顔をそむけていました。
 そんなことをして時間をつぶしていたって、奴がおいらを開放していく気配はまったくなかった。どこかに喰らいついて、赤肉が覗いたら、そこから肉を削り取って腹を満たしていったに違いないのですよ。それが分ったから、おいらの前足を奴の前足にのせ、全体重をかぶせて、押しに押したんです。そしたらずぶずぶと犬の足の甲に爪は埋まって、地面に届いたんです。
 奴らは初め何が起こったのか分らずにいましたが、痛みは少し遅れて走るもんらしいですな。野良犬は特に鈍感なのかもしれない。おいらの爪が地に届いた頃になって、あのキャンキャン声で喚き出したんですよ。
 Fはここで、トカゲの話に食い違うところがあるのに気づいて、質問を浴びせなければならなかった。それは帰り道に見た一匹の犬だけ、後足を引き摺っていた疑問である。
「話の腰を折って悪いが、訊くぞ」
 とFは前置きした。
「何なりとお聞きくだされ。おいらにお答えできる限り、お話しますによって」
 と彼は言った。
「お前はさっき、同じ姿勢をとって、犬が上に覆い被さったと言ったよな」
「言いましたよ。その通りですから、天に誓って、間違いは言っておりません」
「天にまで誓わなくても、この俺に誓えばいい」
「へい、承知しましたでござい」
「俺が帰り道に出合った、三匹の犬についてだが、そのうちの一匹だけは後足を引き摺っていたが、それはどういう理由からかな。ちょっとばかりお前が話した話の中身と、矛盾するようだが」
「へい、ではご不審にお答えします。おいらもうっかり、さっきは奴らの前足と言ってしまいましたが、一匹大きな図体の犬がおりましてな。その犬は体の前部がはみ出しており、おいらの前足が届かなかったんでありますよ。それで後足がおいらの後足の近くにありましたもんで、そこで奴の後足へおいらの後足を運んだんでありますが。これでお疑いは晴れましたでありましょうか、ご主人さま」
 トカゲの子は、この点に関してはよほど自信があるらしく、そんな丁寧な言葉遣いをした。なるほどトカゲの子の言う通り、Fが出合った最後の犬は大きかったのである。
 このとき突然、アパートの下で犬の吠える声がした。キャンキャンではなく、攻撃的な声だ。トカゲの子はすでに浴槽の下から這い出し、
「復讐に来たな!」
 と、今にも小窓に飛びつこうとして言った。
 別なところで犬が吠えたので、トカゲの子は自分に向けた復讐ではないと分ったらしく、緊急出動態勢を解除した。


   ☆

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

文芸の里 更新情報

文芸の里のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング