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文芸の里コミュのコモドのオオトカゲの子第六回・猫との対決とその後の巻〈2〉

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コモドのオオトカゲの子第六回
猫との対決とその後の巻〈2〉



おっしゃいましたが、おいらはこちらにおじゃましてからというもの、外で悶着を起こした記憶は絶無にして、その欠けらもありませんで、がーすが」
「いや、俺の言い方が悪かった。もしお前が何か事を起こしていれば、すぐにも事件性を帯びて、ここにはいられなくなるわけだから、現在お前がのうのうとしてここにいることからして、お前の無罪を証明しているわけだった。失礼、仕り候なり」
「分ってもらえば、そんなに謝ることもねえっすよ。それよりさっきからお願いしている、ここにいるよ。いつまでもいるよ。愛しているからね、の新人歌手は、どうでございましょう、見つけられる目処はおありで、ありましょうや」
 とトカゲの子は催促した。
「そうだった」
 Fはうっかりしていたわけではなく、もしかしたら、検索にかければ出てくるかもしれないと考えていたのだった。
 Fはそれをやってみるべく次の間のパソコンのある部屋に移った。起動に時間がかかる旧い機種のため、あまりインターネットは使用していなかった。しかし今トカゲの子の要望を叶えてやらなければ、外での悶着はなかった換わりに、家の中でそれを引き起こされたのでは、たまったものでない。さっきからトカゲの口の中の空洞が目に映ってきてならないのも、気になるところだった。
 Fはパソコンのスイッチを押し、旧式の機種が鈍い音を響かせながら動きはじめた。トカゲの子はパソコンのすぐ前に陣取り、白んでくるデスクトップに見入っている。Fが留守のとき、機械を弄られる危惧もあったが、もしそんなことになった場合、旧い機種でよかったと安心もしていた。トカゲがここに滞在しているうちは、新しい機種に買い換えないほうが良さそうだった。
 パソコンが起動して、画面が落ち着いたところで、検索箇所に青山テルマと入力した。出てくるわ。出てくるわ。トカゲの子はそれを狂気にかられた顔つきで見つめている。椅子にかけるFのすぐ前に陣取っているから、Fはトカゲ臭くてならないのだ。残り湯ではあるが、Fが湯に浸かった後で、栓を抜いてトカゲに浴びせているので、この臭いはトカゲ本来の体臭と考えてよさそうだ。今では食べているものも同じだから、食物から発生する臭いではない。食物が体の器官を通して発生してくる臭いだ。根本が違うというのは、決定的で、怖ろしいことだ。
 トカゲの子は臭いでFをたじろがせているなど意識の外で、懸命にパソコンの画面にしがみついている。写真や絵だけでは、問題の歌手を特定することはできないはずだ。Fはそこに気づいて、マウスで上から順に、歌のタイトルをクリックしていった。音響が入ると、トカゲの子に緊張が走り、目の色が変わった。歌声を聞き取ろうとするのと、歌う歌手の表情を見ようとするのとで、共に大切で欠かすわけにいかないとばかりに身を乗り出していく。画面の下の方へくると、浴室から持ってきた腰掛けの上で背伸びをしても、目が届かないため、Fの膝に足をかけてくる。その足の爪の痛いといったらない。Fは身を捩って遁れようとする。そうするとトカゲも揺れるが、画像に次々と現れる歌手からは目を離さないのである。
「これだ、この中にいるよ。スーパーで聴いた『ここにいるよ』が」
 トカゲの子が見入って叫んでいるのは、トリオで歌っている画像だった。彼が嗅ぎつけた声が、三人のうちのどれであるか、聞き分けようと必死になっている。
 Fはこの画像を見て、ほっと救われた思いになっていた。そこで歌っているのは浅黒い肌の外国の女性だったからだ。外国人が歌っているのであれば、トカゲが日本に執着する必要はなくなるわけだ。言い聞かせて、トカゲの子を日本から開放するいいきっかけになる。だが、待てよ。三人のうちの一人は、どうも日本の女性なのだ。彼女たちと南国の太陽の下で共同生活をしているせいか、肌を焼いている。しかし、一人から洩れてくる声は純粋の日本語で、髪も黒い。トカゲの子は、その日本の女性ではない、中央で歌っている飛び切りの美女に着目して、声を張り上げた。着目と言う言い方は当たらない。彼が快哉を叫んでいるのは、その美女その人ではなく、彼女から出てくる声であったからだ。
「これだ、これこれ。この真ん中の子。今日おいらが発見した新人歌手は!」
「よかった」
 Fはひやひやさせられながら、収まる所に落着してくれて胸を撫で下ろしていた。「よかった、よかった」
 それはF自身に向けての呟きにも等しかったから、いく度となく繰り返しているうちに、
「何がそんなに良かったのでありますかな。ご主人さまにとりましては。おいらが、この新人歌手を発掘したからで、ありましょうかしらん」
 トカゲは変な言葉を遣いはじめた。しかしいまはそれをいちいち訂正しているときではないと思えたから、趣旨が分ればいいとして、確認をとるべく、こう言った。
「これは録音の関係で、テンポが遅れていて、口の開きと合っていないだろう。しかも輪唱といって、わざと遅らせて歌っているところも混じっているから、三人のどの歌手のか見分けるなんて、お前にできるわけないだろうよ」
「ところが、ぎっちょんなんですなあ」
 トカゲの子はまた変な言葉を遣った。「おいらがスーパーで聴き取りましたのは、この真ん中の女が発している声なんでありますよ、ばってん」
「女?」
 言葉の乱れにとどまらず、あまりに人間を軽蔑していると思えたから、Fはそう切り込んだ。
「これは女でねーでがーすか。でかいイヤリングをして真珠のネックレス、鼻輪までしてけつかるのが、女でねーでありましょうか。野郎でありますかいな?」
「女でなく、少しは敬って、女の人、もしくは女性と言え。それにどこに鼻輪なんかしているか。家畜ではあるまいに」
「え! おいらの目には、さっき確かに鼻輪をしているのが見えたんですが、では丁度そのとき花ならぬ洟が開いたんでありましょう。今は見えないようですので、下に落ちたんでありんすかな。ああそうか、あれは日本で大流行の花粉症ですなあ。きっとそうでがーすよ」
「もういい」
 言わせておくときりがないので、Fはそう言い放った。「とにかくお前がスーパーで聴いてきた歌は、この真ん中の女性が歌っていたんだな。この真ん中の外国人だぞ」
「外国人?」
 トカゲの子は意外に思ったらしく、言葉を押さえ込んできた。
「そうさ。右端の子は日本人だけど、他の二人は外国人さ。肌の色だって、太陽光線の強い南国の人らしく、浅黒いだろう。髪の色も茶褐色だし。お前はわざわざ日本に来なくても、近くにこんなにうまい歌手がいたんだ。それをお前は日本で発掘したんだから、たいしたものさ」
「言われてみますと、確かに言葉に舌足らずで、覚束ないところがありますなあ。『どこにも行かないで、待ってるよ』っていうのを、『どこにも行けないで、待ってるよ』なんて歌ってますからなあ。ここでも、そう歌ってましたぜ」
 トカゲの子はそう言い、歌が終って静止画像になっているのを、もう一度再生するようFに要求した。
 Fは仕方なく、再生のクリックをする。歌が流れはじめると、自分が発掘した新人歌手と思うせいか、誇らしげな顔になって、聞き入っている。
「もうすぐですよ。その箇所は。よーく聴いておくんなせー」
 Fは渋々言われるままに、耳を澄まして待った。
「ね、言ってるでしょう? 言ってないかね。言ってるな」
 Fは急に荒っぽくなるトカゲの子の変貌ぶりが、少々恐ろしくなってきた。本性が芽生えてきているのではないかと、心配なのだ。
「そう言われてみると、そう聞こえないわけでもない」
 Fの煮え切らない返答に、トカゲの子はますます荒々しくなり、高い調子を崩さないまま言い放った。
「いいか、もう一度、再生させるから、よーく聴けよ。再生ゴーだ」
「へい、ただいま」
 Fはどうも主従が逆転している思いにかられながら、言われるままにクリックした。歌がはじまった。ベイビー、ボーイ/あなたのこと、待ってるよ/どこにも行けないよ/ここにいるからね/
「どうかね?」
 トカゲの子がFを振り返った。Fはトカゲの口の中の暗がりを見ないように、そっぽを向いて応えた。
「確かに、君の言うように『どこにも行けないよ』って言ってるね」
「そうだよな。そこで俺は気がついたんだ。これは言葉の未熟さじゃなく、本音なんじゃないかとね。つまりだな、今俺のおかれている日常と比べてみて、よーく分るわけだよ。俺も、どこにも行けないからな、監視が厳しくて」
「それで君はいったい、何が言いたいのだろう」
「何がって、これだけ言えば分るだろうよ。俺は比喩で語ってるわけじゃねーんだぞ。それとも、お前は抜け作か?」
 Fはトカゲの子の増長ぶりに煮えくり返っていたが、後から灸を据えるつもりで黙っていた。
「お言葉を返すようですがね。この外国の女性歌手は、外国、つまり女性にとっては母国で歌っているんですよ。それを君は日本に来て、見つけ出したわけだよ。あまりに近くいると気づかないものでも、ある距離を置くと見えてくるってものがあるんだよ。君はそれを発見した。それだけで君は日本に来た甲斐があった。そう思えばいいじゃないか。コモニーランドと出ているから、この名前からして、君の母国、コモドに近いぞ」
「そんなこたーねえよ。このネーちゃんは今、日本にいて歌ってるんだ。この写真にソニービルが入ってるじゃねえか。遠くに見えるのがヨドバシカメラだ。それよっか、さっきから気になってるんだが、君って、何だよ。どういう意味なんだよ。急にしおらしくなりやがって、気持ち悪い!」
「この野郎、おとなしくしていれば、増長しやがって!」
 Fは近くにあった製図用の厚手の定規を手にすると、トカゲの脳天目がけて振り下ろした。トカゲの子はケケケケと笑いさざめくのと同じ声を連発し、浴室に走りこんでいった。Fはそれだけではおさまらず、殺虫剤の噴霧器を手にしたが、こちらは浴室に行く前の玄関に噴霧するにとどめた。いわゆる脅しの空砲である。いつまで効くものか。

 Fはその日、遅くなって入浴した。トカゲの子は、猫との戦いやその前に社会見学があったり、インターネットにはじめて挑戦したり、とにかくいろいろなことがあって、相当疲れが出たようだった。最後はFとの感情のもつれもあって、いくらちゃっかりもので、面の皮の厚いトカゲの子といえども、ショックを受けて当然である。また参っていなければ、Fのほうが参ってしまうというものだった。 トカゲはFから一番遠い浴槽の下でコンクリートのブロックを顎の下に敷いて寝込んでいると思えた。そのトカゲを起こさないように、Fは静かに体を洗い、湯に浸かった。
 湯に浸かりながら考えたことがある。それはいくら下等な動物のトカゲの子とはいえ、人間が入った後の残り湯を浴びせている今のやり方への反省である。
 彼が昨日見せたような生意気な態度は、Fが外部から持ち帰った汚れが原因しているのではないかと、ふと閃いたのである。汚れが彼の中に沁み込んでいけば、当然性格は荒っぽくなるだろうし、それ以前に差別されている意識が走って、歪んできて当たり前だ。いや差別意識から、逆にそれを跳ね返そうとする正義が芽生えてきて、反抗してくるということも考えられないわけではない。Fを筆頭にして、Fが自ずと身に纏わせて帰ってくる人類の汚濁を、そっくりトカゲの子に浴びせていれば、どんな奇怪な怪物が誕生してくるか、想像するだけで空恐ろしくなる。
 よし、善は急げだ。今日から、残り湯を浴びせるのはやめ、新しく湯を沸かし、それをかけてやることにしよう。水道代とガス代が嵩むことになるが、酒代と外食代を少し減らして我慢しよう。ペットの飼育に馬鹿にならない金額を充てている愛好家もあると聞いているので、Fも幾分彼等にならうことにした。自分はトカゲが好きで飼っているわけではなく、成行きで置くことになったのだが、そこは目を瞑って、ペット愛好家の右にならうこととした。
 善は急げ、というよりも、悪の根源を断てというのが正直な気持ちだった。Fは栓を抜かずに浴槽を出た。今栓を抜くと、トカゲに汚れた水をかけることになるので、トカゲの入浴は明日まで我慢して貰うことにする。
 明日汚れ水を出すまでの間、リビングルームで待たせることになるが、トカゲのために新しい湯をサービスするというFの心の急変を、トカゲがどう受け留めるか、不安もないわけではなかった。というのは、Fが心優しくなったとみて、先程のように、増長してくるようだと、逆効果もいいところだ。だが一時的な逆効果はあっても、そこは目を瞑って長い目で見てやるべきだという思いもどこかにあって、Fはその思いの方にかけた。
 翌朝、Fはトカゲに水を入れ替える間、リビングで待つように言った。トカゲの子は、
「へい」
 と言ったまではよいが、どうも態度にしまりがないのだ。まだ昨日の揉め事を引き摺っているな、まったくトカゲの子どもらしくない。Fはそう思いながら、浴槽の蓋を取ってみて分った。湯が汚れに汚れているのだ。残り湯を浴びそこなったトカゲの子が、ひと風呂浴びた跡なのである。
 Fが慌てて栓を抜くと、泥と砂と藁屑が、浴槽の底が見えないばかりに積もっている。さっき示した不自然な煮えきらぬ態度は、悪びれてのものと判明した。この汚れはFのものではないし、社会の汚濁がもたらしたものでもない。あくまでもトカゲの子自身の汚れなのである。
 ああ馬鹿見た。Fはため息をついた。先が思いやられる。しかし、昨日思い至った計画は、そのまま実行することにした。浴槽の床を綺麗に洗い、水をはり、トカゲの子一匹のための湯を沸かすためガスに点火した。

 


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