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文芸の里コミュの星の降る町

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                Pie Jesu (attempt 2) - Andrew Lloyd Weber
                    


 芦田さんは紀行作家で、各地を旅しているが、十二月にはいると、町々はいっせいにクリスマスムード一色に塗り替えられるので、取材も忙しさを増す。
 F町は、夜空が澄んで、星降るさまを肉眼で観察できる高台にあった。
 芦田さんはちょうどイブの日に、このF町に差し掛かったのである。情報を聞いて、準備していたわけではない。
 この町では、恒例のクリスマスツリーのコンテストというのがあるらしい。なるほど並木道には、趣向を凝らし、バラエティーに富んだツリーが立っていた。普通ならどの木も同じ飾り付けをして、首尾一貫した景観を演出してしまうものだが、そしてそのほうが経費の節約にもなるというものだが、それをしないで、一本一本木を貸出し、個人個人に自由な発想のもとに飾り付けをさせている。
 高原の町のせいで、爽やかな風が吹いていた。この風が塵埃を吹き払い、夜空が澄んでいるらしかった。星の愛好家も全国から多く集まっていた。芦田さんは別に星の愛好家ではなかったが、彼等の仲間に加えられてしまった。何をするのかというと、クリスマスツリーコンテストの審査をしなければならないのである。どんなコンテストかというと、木の飾り付けが一番美しいのはどれかなどというものではなかった。星の町らしく、ツリー越しに覗く星の数によって、賞が決められていくのである。したがって、審査員は木の枝越しに星の数を数えていかなければならないのである。
 記帳する欄に紀行作家と書いたために、紀行先生となってしまった。キコウ先生なんて、厭な名を付けられてしまったものだ。
 枝越しに覗く星の数を競うのなら、飾りつけなどない裸木のほうがいいようなものだが、毎年どんな基準で審査されるのか、決められていないのである。昨年はツリーの明りの総量で優勝が決まったとか。計器を使って、ルクスを計測したのである。恐らく、枝越しの星など見えないほど、豆電球がひしめいていたのであろう。
 それに比べると、今年のコンテストは、予測を覆す意味で、鮮やかな企画といえる。
 主催者側の一人が、にわか審査員たちを星降る里の一隅に集めて、審査の要領を話しはじめた。
 紀行先生も、星の愛好家たちのしんがりについて、耳を傾けていた。
「まず木を四等分していただきます。といっても、あくまでも肉眼でのことですから、目分量といったところで結構です。そこで一番上の幹の位置に、分度器をこう当てていただきます」
 係員はそう言って、セルロイド製の分度器を、幹にあてがうまねをして見せた。
「地上から分度器を透かして見るんだよねえ」
 と星の愛好家の一人が言った。
「当り前だ。猿でもないのに、あんなところまで登れるかよ」
 仲間の声に、一同が沸いた。
「角度は四十五度です。その中に星がいくつあるか、肉眼で数えていただきます。あまり無理をしないでください。目を凝らして見ようとすると、きりがありませんから」
 また一同が沸いた。なるほど、そんなものだろう、と芦田さんは思った。
「星がぜんぜん見えなかったら?」
 と一人が言った。
「その場合は0ですね。数えたら記帳して、次の木へ移っていただきます。そうやって、五十二本の木をすべて当たってください。計測する時間は、七時から七時四十五分までの、四十五分間です」
「それで、我々への報酬は、何がくるんだろう」
 と一人の愛好家が言った。
「それは皆さまに当地をご愛顧いただいているよしみで、ご奉仕願えないかと。むろん、授賞式には招待させていただきます」
「料理は何だろう」
「地元産のワインと、メインは地鶏の空揚げになると思います。それにやはり地元産の蕎麦粉で作ったケーキが出ます」
「色は黒いが、南洋じゃ美人」
 また一人の星愛好家が浮かれて言った。
「ではこれでよろしいでしょうか。七時四十五分になり次第、記入の用紙をお渡ししますので」
「入賞者への賞品は?」
 と一人が訊いた。
「そうだ、それを聴いておかないと、こちらとしても意気が上がらない」
 別の者が和す。
「それは――」
 係員が、言い渋った。「授賞式のお楽しみということで、ご勘弁願います」
 口を鳴らす者もいたが、
「それはいいよ」
 と仲間に宥められて、その場所を解散して行った。
 芦田さんも時間まで麓の町を見て回ることにして、宵闇迫る町中へと吸い取られて行った。見上げる空に星数は多かった。都会ではとても味わえない景観である。目を凝らすと、星は一つ一つ瞬いている。星は瞬くというのを、初めて見た気がする。それは囁きかけてくるようでもある。大気が冷えているとあって、ささやきはどこか淋しげで、気韻がある。星には死者の帰っていった里のイメージがあるが、そんな思いも手伝っての印象かもしれなかった。芦田さんはすでに他界している母や姉の面影を、その中に探そうとしていた。
 反面、リアリストの彼は、そんな感傷を払い除けようとして、呟いた。あれは星屑に過ぎないのだ。少なくともあの星は、生命が存在しないことが証明されている。
 町のいたるところにクリスマスソングが流れていた。ジングルベル、ハッピークリスマス、ウインターワンダーランド、サンタが町にやって来る、赤鼻のトナカイ……と、少し歩くと別の曲が耳に飛び込んできて、一つの曲にまとめていないところが、この町らしいと思った。それはツリーの飾り付けを見てもいえることだ。統一美よりも、複合された味わいのある町だ。統一美はちょっと見にはよくても、すぐ厭きがくる。その辺りを配慮した町の美観といえそうだった。といって、野放しの自由はまた、せっかくの美観を根こそぎにしてしまう。自由と統制の釣り合いをどの辺りに置くかが、大切な要素になってくる。 そんなことを考えながら町を巡っているうちに、コンテストの開始時間は迫っていった。十分前になると、芦田さんはぶらぶら歩きを止めて、戻って行った。

 いよいよ審査となって、芦田さんは配られた分度器と用紙を手に、クリスマス・ツリーの前に立った。四十五分の間に五十二本の木に当たるとなると、時間配分は、一本に五十秒そこそこしかない。どの木からはじめても、すべての木に当たればいいわけで、芦田さんは混雑を避けて、一番遠い木からはじめることにした。緩やかな斜面を、高原の頂まで登るので息切れがしたが、木の前に立つと、動悸は治まった。木の不思議な効用といえる。
 分度器をあてがって幹を見つめているうちに、豆電球の光なのか、星の瞬きなのか、分別がつかくなることがあった。「そこはまあ、大雑把に」と係員のことばを思い出して、芦田さんは怪しいものはすべて星の数に加えていった。誰もが似たようなことをしていると思えた。削除ではなく、加える。それが恵みの夜の原則というものであろう。
 計測を進めてきて、やや寂しげに立つ木を覗いたとき、天空の高みから流れ下って、分度器の丁度四十五度の限界点で動きを止めた星があった。これは何かあるな、と芦田さんは睨んで、木の番号を再確認した。ナンバー十六。次に星を数えると、彼は自分の目を疑った。星数も十六個なのだ。しかも、折りよく漂着した一個の流れ星を加えて、丁度十六個なのである。
 芦田さんが所定の位置につくのを待ち構えていて、間に合うように滑り込んできたと思えた。彼はその十六個目の数にことさらな愛着を寄せて、(ただし、一個は流れ星)と欄外に記載した。
 五十二本の木をすべて当たってみて、十六番の木が芦田さんの統計では三番だった。一位は二十個の星、二位は十七個の星を抱えていた。そして三位が、星の数と木の番号が同じ十六だ。
 芦田さんは審査用紙を提出して、授賞式の会場へと向かった。十二階建てホテルの最上階が、式場になっていた。広いウインドウ一面に町の夜景が展開し、上半分は星空になっていた。一木の枝越しに見た星が、ここでは一切の仕切りを取り払われて、思い思いの唄を奏でていた。
 ワインによる乾杯は、授賞式の後ということで、早い発表が待たれた。テーブルにまだ料理は運ばれていなかった。
 芦田さんは、自分の選んだ木がどんな栄光に輝くか、気が気でなかった。できれば十六番の木が一位であってくれればよかったが、芦田さんの集計では残念ながら三位に留まっていた。まさか入賞が一人のみということはないだろう。クリスマスの恵みは、分け与えられてこそ、価値があるというものだ。
 壇上には五脚ほど椅子が並び、そこに町の有志と思しき風貌の人が腰掛けている。商工会会長とか、PTA会長の名も、各自の上には貼り紙がしてある。そしてトップが町長だ。 票の集計は三人の審査員が立会いのもとに行われた。審査員として立ち会うように、芦田さんも誘われたが、自分は星の愛好者ではないからといって辞退した。
 この会場にはコンテストに参加したものと、審査員、それに町の発展に尽くしている名誉町民が招かれていた。また会費負担で、一般町民が加わっていた。相当な人数だ。よくこんな田舎町に、これだけ多勢を容れるホテルがあったものだ。
 芦田さんは門外漢ながら、地方行政のあり方について、いろいろ思い巡らしては頷いていた。いかに地方色を出して、それが偏向にならないためには、上に立つものの役割は大きいと考えた。名もない紀行作家の芦田さんでさえ、東京在住というだけで、審査員に登用するあたりに、手腕は窺えるというものだった。
 審査員の席には、お土産として、三本のワインが一まとめに包装されて置かれていた。先程は報酬はないといったくせに、抜かりのない取り計らいだ。
「ではこれから、お待ちかねの授賞式に入らせていただきます」
 流れていた赤鼻のトナカイが鳴り止むと同時に、司会者の声が場内を圧して響いた。喜劇役者のN・Tかと思いきや、そうではなかった。こんな田舎町に、この繁忙期に彼が来るなんて考えられないからだ。
 お歴々の、三分間スピーチがはじまった。最後に町長の挨拶で締めくくって、いよいよ発表となった。芦田さんは自分が表彰されるかのように、胸が高鳴った。こんなことはしばらくなかった。
 コンテスト参加者全員にワインが洩れなく贈呈されて、八位からツリーのナンバーと参加者の氏名が呼ばれていった。賞の名は、商工会会長賞とか、駅長賞とか、PTA会長賞といったところだ。
 いよいよ三位の発表となった。芦田さんの胸の高鳴りはピークに達した。芦田さんの集計では、三位は流れ星が下ってぎりぎりの位置に留まった十六番の木である。彼だけでなく、他のものの集計も三位になっているだろうか。
 しかし司会者が発表したのは、別の木だった。それは芦田さんが二位に選んだ木でも、一位に選んだ木でもなかった。
 ああ、これは見る角度によって、大きな違いがあるということだ。そうだろう。何といっても、夜空は広い。人がいくら区切ろうとしても、見事に裏切っていく。
 芦田さんは嬉しくなった。といって、動悸が治まったわけではない。
「クリスマスツリーナンバー、三十二、篠崎太吉さん。賞品は羊一頭です」
 こう言ったとき、舞台の袖から係員が子羊を抱えて現れた。それと同時に、会場から五十代の男性が出て行った。
 会場は沸き、拍手が三位受賞者を包んだ。
 芦田さんは賞品が子羊と叫ばれたとき、味なことをする、と思った。胸に微かな動揺が走ったのは、今日がクリスマスイブで、子羊とキリストは同質のものとして、心にしまわれていたからだった。
 賞状と子羊が男性に渡された。子羊を抱えて席へ戻ろうとする男性に、賞品はお帰りのときまで、お預かりしておきましょうと、係員が言った。会場を和やかな笑いが包んだ。
「その子羊はオス?」
 と審査を務めた星愛好会の一人が、素っ頓狂な声を出した。
「メスでございます。ですから、立派に育てて、どんどん増やしていただきますよ。この町が羊の町と呼ばれますように」
 と司会者が言った。
 二位の発表に移った。
「ツリーナンバー二十七、館山牧子さんです」
 そう呼ばれた三十代と見える婦人が、席を立って行った。
「賞品はメスの子牛一頭でございます」
 場内に爆笑が沸いた。「ただし、子牛とはいえ、エレベーターに乗りませんでしたので、明日にでも係りのものが御自宅までお届けします」
 と司会者は補足した。
 ここにきて芦田さんは、この会は酪農の品評会と勘違いしているのではないかと首を捻った。羊、牛ときたら、次は何がくるんだ。まさか、ライオンなんか出てくるんじゃないだろうな。
「あなたは子牛を飼いますか」
 と司会者が訊いた。二位の婦人は破顔した口元を手で隠しつつ、
「おじいちゃんにプレゼントします。長生きして貰うために。毎日連れ回していれば、運動にもなるでしょうから」
「と、感心なご婦人であります。皆さま、お聴きになられたでしょうか」
 一位の発表は芦田さんだけでなく、会場の多くが、注目せざるを得なくなっていた。そしてついに、その時が来た。
「本年の最優秀賞は――」
 司会者は気を持たせて、そこで口を閉ざした。多くの関心は特賞者の氏名ではなく、賞品に集まっていたので、名前を伏せるのはたいしたことではなかった。
 芦田さんにとって、賞品は確かに関心ごとではあったが、もう一つ、クリスマスツリーのナンバーが頭にあった。賞品がクローズアップされたのは、この会場に来てからであって、それまではどの木が一番になるかが、もっとも気になることだった。
「ツリーナンバー十六番、矢岸コノミさん、十六歳。高校一年生のお嬢さんでした」
 会場はいったん鎮まった。その鎮まりの中を、セーラー服の少女が前へ出て行った。
 芦田さんは、キーンと胸が痛くなった。あの流れ星が、ぎりぎりのところで留まった時の危うい緊張感が蘇ってきた。この少女が、か細い手を差し伸べて、あの星を受け止めたような気がしてならなかった。
 編んだ長い髪を、左右の肩の辺りまで垂らしていた。前へ進み行く動作はきびきびしていて、活発な少女を思わせる。
「副賞は?」
 場内からテノールが司会者を襲った。この声は審査がはじまる前、しきりに戯言を洩らしていた者だ。
「はあ、ただいま、ただいま……」
 司会者は押しまくられるようにそう言って、「えー、副賞は今年からわが町で設けられております赤ちゃんポスト、そこで十一月二十日のとても寒い朝、ぼろに包まれて泣いていた赤ちゃんであります。赤ちゃんを手放さなければならなかった母親にも、育てられない深い事情があったのでありましょう。役所に連動している警報が鳴って、逸早く駆けつけたので大事に至らなかったのですが、もう少し遅れていたら、凍え死んでいたかもしれません。その可哀想な赤ちゃんが、幸せになりますようにと願って、最優秀賞の副賞とすることに致しました」
 場内はいっぺんに鳴りを静めた。その副賞は大方の予測を覆していた。
「キリストが厩で誕生した日とはいえ、あまりにも奇を衒いすぎてはいないか」
 そんな声も響き渡った。こちらはバスで、別な男性だが、やはり星の愛好グループの中にいた気がする。
 受賞する少女はといえば、両手で顔を覆ってしまって、表情が読めない。何やら身を揺すっているところを見ると、予測とは大きくずれていたのだろう。
「赤ちゃんは受け取れないという方のために、『もしくは賞』が用意してございます」
「何、モスクワからだって? モスクワからトナカイでも来るの?」
「いえ、赤ちゃん、もしくは賞金三百万円が用意してございます、という意味でございます。どちらでもお好きなほうを選んでいただくということで」
 司会者がこう言ったとき、少女が顔を覆っていた手を振り払って、全貌が露になった。瞳がきっと見開かれ、あたかも大事に遭遇した女優のように立っていた。少女の胸中を襲っているのが、絶望であるのか、歓喜であるのか、その表情からは読み取れなかった。
「どちらになさいますか。三百万円?」
 司会者がこう言うと、少女は大きく頭を振って、
「絶対赤ちゃんを貰います」
 と断言した。場内は一瞬どーっとばかりにどよめき、次に水を打ったようにシーンとなった。
「あなたは、赤ちゃんでいいんですね」
 司会者が確認のために、少女にマイクを向けた。
「はい」
 少女は揺さぶられるようにそう返事をして、体を震わせながら話し出した。「さっき、控室にいたとき、赤ちゃんを抱いている女の人がいて、あまりに可愛いから、『私にちょっと抱かせて』って、抱かせて貰ったんです。そのとき、『一等賞にはその赤ちゃんがいくんですよ』って、女の人が言ったんです。『まさか』って、私信じなかったんですけど、それからずっと胸がどきどきしちゃって、治まらなかったんです。それが本当で、赤ちゃんが私のところに来るなんて、夢みたい。でも、夢じゃないわよね」
 少女は震え声でそんなことを言った。一人が拍手をすると、それにつられて、拍手が広がっていった。
 拍手が静まったとき、司会者が書類をめくりながら補足説明をはじめた。
「見事赤ちゃんをせしめた矢岸コノミさんは、少し前まで捨て猫を救う会の会長さんをしていました。それを中学生に譲ったのが、えーと、いつですか?」
「二ヶ月前です」
 少女ははきはき応えた。もう体が震えてはいなかった。
「と、そういうことです。猫の世話から、人間の赤ちゃんの世話に移ったわけですね」
 司会者はそう言って、賞状を渡すために隣に立っていた町長にひそひそ耳打ちしていた。「えー、ただいま町長に話を窺ったのでありますが、矢岸コノミさんはまだ修学の身の上でありますから、町立保育園に責任を持ってお預かりして、矢岸コノミさんには,時々顔を見せに来ていただくということにいたしましたので。ではただ今から、二〇〇九年クリスマスツリー最高賞、賞状授与と参りましょう」
 少女は町長の前に導かれた。
「では係りの方、赤ちゃんをお連れしてください」
 舞台の袖から、赤子を抱えた歳若い女が壇上に登場してきた。
 司会者はそれを確認すると、町長に軽く合図を送った。町長が賞状を掲げて、読みはじめた。
 副賞は町長の手を経ずに、若い女から直接少女に引き渡された。若い女は少女と赤子を、合わせて抱擁するといった腕の広げ方をして、三人はじっと動かなかった。
 場内の誰もが立ち上がり、弥が上にも拍手は高まっていった。
 夜空は星の競演になっていた。いくつか星が流れたが、芦田さんには、場内も場外も、地上も天界も一つになって、イブの宴まっ最中といった感じに見えた。
                               了


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