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学習とメディア6班コミュの発表の原稿

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原稿の試作です。三科さんから送られてきたメールをもとに作成しました。前からの流れがまだ分からないし、足りない部分、変更すべき点等あると思います。

皆さんの作った原稿をミクシーに載せるのはどうですか?修正・変更もすぐに報告出来るし、本番までに他の人の原稿を何度も確認出来たりするのはいいんじゃないでしょうか??


日本におけるメディア教育の改善策

日本でメディアリテラシー教育が進んでいないのは、先述の通りにいくつかの理由が考えられました。確かに、国によってメディアリテラシーに対する歴史や背景が違うのは事実です。日本におけるメディアリテラシー教育を改善するには、まず、メディアリテラシー自体の認知度が低く、あまり国民に知れ渡っていない事もあるので、小学生のうちからメディアリテラシーについて興味が持てる様なきっかけを与える事が必要だと思います。メディアリテラシーの存在を知る事によって、日常生活の中で自ら主体的にメディアについて考える機会が生まれます。現在のカリキュラムにメディアリテラシー教育をすぐに組み込む事は難しいのですが、教師が一度でもメディアに関する話をする事で、メディアリテラシーに興味を持つ切っ掛けになります。しかし、それは生徒、そして教師自身にゆだねられることになります。なので指導する側の人間がメディアリテラシーの必要性とその意義について関心を傾ける必要もあります

コメント(9)

黒田です。
とりあえず、話し合った段階で出来た物をアップしておきます。言い回しとか、削ったほうが良さそうってとこあれば、書き込みお願いします。


リテラシーについて
「まず、リテラシーについて定義をしておきます。
リテラシーとは、『社会的自立の基礎となる公共的な教養』の事を指します。つまり、時代背景、社会背景によって異なるものであり、万国共通ではありません。
例えば、このようになります。(スライド参照)
そして、現代のグローバリゼーション・ポスト産業社会では、『批判的・反省的な思考力とコミュニケーション能力の教育』であると言われています。
つまり、『批判的思考力』、『コミュニケーション能力』の2つがキー概念となります。」

>グローバリゼーション・ポスト産業社会
っていらないかもね。


日本のメディア教育について
「日本のメディア教育は映画教育が発端です。
わかりやすく理解できるために映像が注目され、20世紀に入って、映画による教育が行われるようになりました。
日本では、メディアリテラシーとは、主に情報機器を使ったコミュニケーション能力、また、より狭くはその操作技術を指してきました。
そのため、批判的思考力のような映像についての教育よりも、視聴覚教育論や教育工学、コンピュータ情報論などの立場から、映画教育やe-ラーニング、新しく始まった情報科の授業など、高度情報社会でのコミュニケーション能力が重視されました。
しかし最近、納豆騒動のような捏造番組や「やらせ」報道、誤報道が目に付くようになり、マスメディアの情報は作り手の意図で構成されたものであるということが、日本においても意識されるようになってきました。
そのため、ようやくメディアに対する批判的思考力を持つこと、育てることに注目が集まってきています。
しかし、依然としてコミュニケーション能力がより重視されていることに変わりありません。」
岩垂です。
カナダの学校教育について

「カナダのメディアリテラシー教育がどのようになっているか調べた。カナダでは州ごとにカリキュラムが制定されている。オンタリオ州では1995年にメディアリテラシーを公教育に正規カリキュラムとして取り入れた。Grade1からGrade9まで、各学年で細かくカリキュラムが組まれている。ここでは日本の小学1年生と中学2年生にあたる学年のカリキュラムの実践の一例を示したいと思う。
 小学1年生では、メディアを利用した情報収集を円滑に行えるようにメディアを見、読み、聞く力を身につける実践として、漫画の中のメッセージを理解したり、道路標識の意味を知ると行った授業をしている。また。簡単なメディア作りとして、ストーリーを作ってテープに録音するなどを行っている。
 つぎに、中学2年生になるとメディア分析を学ぶためにトークショーを取り上げ、オープニングの語り、ゲストへのインタビュー、オーディエンスとのやりとりなどカテゴリーごとにわけて分析する授業がある。メディア作りに関しては、技術的に複雑なものに挑戦するようになり、ビデオまたは音声を使ってミステリーを作るなどのとりくみをしている。
 メディアを創造する取り組みは各学年で実施されており、このカリキュラムの中で、メディアを批判的に読み解く力とコミュニケーション能力が養われるように構成されている。
 カナダのオンタリオ州はメディアリテラシー教育が発展している地域だといわれる。その理由としては、メディアリテラシーへの取り組みが民間の運動から始まって、政府がメディアリテラシー教育をカリキュラムに導入したことがあげられる。また、メディアリテラシーの知識がない教師でもメディアリテラシーを教えられるような教師用指導書が作られていることも注目すべき点だと考えられる。」
メディア教育は、産業社会へと発展したイギリスで起こりました。当時から、大衆文化は低俗であるという認識があり、メディアによって生み出される大衆文化によって、高尚な古典文化が失われていくのではないか、という懸念がありました。
そこで、1930年代に、文芸家などのインテリ層は、新聞・雑誌・広告を批判的に見るための授業を始めたのです。
また、当時はナチス・ドイツがプロパガンダ映画を制作していたころでした。人々を扇動しようとするための映像技術は、非常に効果的である為に、各国は大衆の操作による危険を感じていました。イギリスの国営放送であるBBCは、プロパガンダ映画を見分けるための番組を制作したり、ローマ教皇は、映画の影響力を受け止め、映画を批判的に見るための教育を促したそうです。
1960年代にマクルーハンが登場し、映画教育が日本を含めて各国で始まりました。
1980年代になると、各国で実践されたメディア教育を踏まえ、グリュンバルトでメディア教育に関する国際会議がおこなれました。そこで、コミュニケーション能力へも注目されるようになりました。それでも、現在にわたって、欧米では批判的思考力の方が重視されています。


私も、まだ削ってないままです!

あと、これはです・ます調に統一しましょうか?
完成版です。
月曜昼休み、よろしくお願いします☆



メディア教育は、イギリス産業社会で起こりました。当時、メディアによる大衆文化は低俗であり、それにより価値ある古典文化が失われていくのではないか、という懸念がありました。
そこで、1930年代に、文芸家などのインテリ層は、新聞・雑誌・広告を批判的に見るための授業を始めたのです。
また、当時はナチス・ドイツがプロパガンダ映画が登場し、映像技術が非常に効果的であり、各国は大衆の操作による危険を感じていました。BBCは、プロパガンダ映画を見分けるための番組を制作したり、ローマ教皇は、映画を批判的に見るための教育を促したそうです。
1960年代に映画教育が日本を含めて各国で始まりました。
1980年代になると、メディア教育に関する国際会議がおこなれ、コミュニケーション能力も注目されるようになりました。それでも、現在にわたって、欧米では批判的思考力の方が重視されています。
細かいとこを修正したヤツです。

日本でメディアリテラシー教育が進んでいないのは、先ほどの通りにいくつかの理由が考えられました。確かに、国によってメディアリテラシーに対する歴史や背景が違うのは事実です。
日本におけるメディアリテラシー教育を改善するには、まず、
メディアリテラシー自体の認知度が低く、あまり国民に知れ渡っていない事もあるので、小学生のうちからメディアリテラシーについて興味が持てる様なきっかけを与える事が必要です。
メディアリテラシーの存在を知る事によって、日常生活の中で自ら主体的にメディアについて考える機会が生まれます。
現在のカリキュラムにメディアリテラシー教育をすぐに組み込む事は難しいのですが、教師が一度でもメディアに関する話をする事で、メディアリテラシーに興味を持つ切っ掛けになります。しかし、それは生徒、そして教師自身にゆだねられることになります。なので指導する側の人間がメディアリテラシーの必要性とその意義について関心を傾け、メディアリテラシーというものを理解する必要があります。そのために教師、指導者の育成が重要だと私たちは考えました。
修正した原稿です。
 海外と日本のメディアリテラシー教育を比べるためメディアリテラシー教育先進国といわれるカナダについて調べた。カナダでは州ごとにカリキュラムが制定されている。オンタリオ州では1995年にメディアリテラシーを公教育に正規カリキュラムとして取り入れた。Grade1からGrade9まで、各学年で細かくカリキュラムが組まれている。ここでは日本の小学1年生と中学2年生にあたる学年のカリキュラムの実践の一例を示したいと思う。
 小学1年生では、メディアを利用した情報収集を円滑に行えるようにメディアを見、読み、聞く力を身につける実践として、漫画の中のメッセージを理解したり、道路標識の意味を知ると行った授業をしている。また。簡単なメディア作りとして、ストーリーを作ってテープに録音するなどを行っている。
 つぎに、中学2年生になるとメディア分析を学ぶためにトークショーを取り上げ、オープニングの語り、ゲストへのインタビュー、オーディエンスとのやりとりなどカテゴリーごとにわけて分析する授業がある。メディア作りに関しては、技術的に複雑なものに挑戦するようになり、ビデオまたは音声を使ってミステリーを作るなどのとりくみをしている。
 メディアを創造する取り組みは各学年で実施されており、このカリキュラムの中で、メディアを批判的に読み解く力とコミュニケーション能力が養われるように構成されている。
 カナダのオンタリオ州はメディアリテラシー教育が発展している地域だといわれる。その理由としては、メディアリテラシーへの取り組みが民間の運動から始まって、政府がメディアリテラシー教育をカリキュラムに導入したことがあげられる。また、メディアリテラシーの知識がない教師でもメディアリテラシーを教えられるような教師用指導書が作られていることも注目すべき点だと考えられる。
発表の原稿です。遅くなりました!

日本のメディア・リテラシー教育の現状についてです。
日本のメディア・リテラシー教育はこれまで述べてきたカナダの教育とは異なり、社会的にもメディア・リテラシーの実践は始まったばかりで十分とはいえないため教師や生徒の関心がないというのが現状です。
その理由のひとつは、メディア・リテラシーの教育上の位置づけのあいまいさです。メディア・リテラシーの育成は情報科と国語科を主とするすべての教科にかかわってきます。そのため目標の到達点が明確でなく、評価方法もあいまいです。このようなことから、学校教育におけるメディア・リテラシーの育成は一部の意識の高い学校か、一部の教師による実践のみでおわってしまう場合があります。
また、公立学校のゆとり教育で週5日制のなか、授業時間の不足も問題としてあがってきます。番組制作などメディア・リテラシー教育にはかなりの時間が必要なため、実践をはかることは厳しいのです。
そして理由のもうひとつとして、社会に普及しはじめたばかりのメディア・リテラシーに関する知識を有する人手不足ということも問題としてあげられます。現状では情報科の教師の不足の問題があり、数学科や技術科の教師が兼任しているというケースのまれではありません。

遅くなりました。

『メディアリテラシーについてです。
まず、リテラシーについて定義をしておきます。
リテラシーとは、『社会的自立の基礎となる公共的な教養』の事を指します。つまり、時代背景、社会背景によって異なるものであり、万国共通ではありません。
例えば、こちらのようになります。(スライド参照)
そして、現代のリテラシーは、『批判的・反省的な思考力とコミュニケーション能力の教育』であると言われています。
つまり、この『批判的思考力』、『コミュニケーション能力』の2つがキー概念となります。』


『日本のメディア教育についてです。
日本のメディア教育は映画教育が発端です。
しかし、日本でのメディアリテラシーとは、主に情報機器を使ったコミュニケーション能力を指してきました。より狭く、情報機器の操作技術を指す場合もあります。
そのため、イギリスなどでみられるような、批判的思考力を養う映像についての教育は多くありません。代わりに、映画による教育やe-ラーニング、新しく始まった情報科の授業など、高度情報社会でのコミュニケーション能力が重視されています。
しかし最近、納豆騒動のような捏造番組や「やらせ」報道、誤報道が目に付くようになりました。そのため、「マスメディアの情報には作り手がいる」ということが、日本においても意識されるようになり、 メディアに対する批判的思考力を持つこと、育てることに注目が集まってきています。
しかし、依然としてコミュニケーション能力がより重視されていることに変わりありません。』
みなさんアップありがとうございます☆

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