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書庫 「葉っぱ猫」 mixi処コミュの『三日月猫と悲しげ運命法則?』

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  ○  ●

 夕暮れを過ぎ、藍色の世界になりつつあるプラットホームに立ちすくむ、青年の影。
 いつの間に見抜かれていたんだろう、自分の中から『死』が失せていっていたことに。
 そういえば、最初もそうやって見抜かれてたんだっけ。
 何だか呆けて、少年はふらっと後ろの待ち合い席に座り込んだ。両肘を太ももに乗せて、背中を丸めて、じっとコンクリートの地面を見つめる。
 別に、今だって死ぬことは怖くはないのだ。ただ、死のうと思わなくなった。それ自体はいいことなんだと思うし、その点は少女に感謝してもしきれないだろう。
「……そうだ、お礼も言ってないや、俺……」
 そうか、まだお礼すら言えてない。
 青年が知れずに唇から零れ落ちた言葉は、思った以上に自分自身に染み込む。
 そうだ、なんでさっき彼女にちゃんと感謝を伝えられなかったんだろう。俺はそんなことすら出来ないまま、見送ってしまったのか。
 後悔の気持ちが胃の少し上側から喉を通り、頭に向かって突き上がってくる。
 吐き出すほどではない、けれどそれは逆に胸の奥深くで渦巻いて、冷静さを欠くような、視力が急激に落ちたような感覚になる。
「……いや、違うだろ」
 違うだろ、俺。
 地面に落とした視線を真っ直ぐに、そしてホームに移していく。
 反対側のホームには電車を待つ人の姿がちらほらと見えて、そこには、若い男女の姿があった。もうプラットホームに車両が入ってくるというのに、男の方が女の子を抱きしめている。と、車両が青年の視界を遮った。
 だが車両の窓を通した向こう側に見えるのは、抱きしめたまま離そうとしない男と、困っているものの、笑っているような女の子の姿。
 周囲の視線も気にしないそれは、しかし、青年にとってただのバカップルではなかった。
 俺は彼女に救われた。もし彼女がバスに乗り合わせていなくて、ああやって声をかけてくれなければ、無理やり引っ張りまわしてくれなければ、もしかしたら今の自分はもうとっくにこの世に存在しなかったのかもしれない。
 線路を挟んだ向こう側にいるバカップル。実際にはそうでなくても、男女の逆という違いはあっても、青年は観育という少女に死へと向かう心を抱きしめられ、引き止められたのだ。
 それなのに、青年は少女を見送った。手を振って、送り出しさえしてしまった。
 違うだろ、俺!
 もう視線は地面にはない。反対側のホームのバカップルに向けてもいない。
 少女を乗せた電車はとっくにプラットホームから姿を消していて、でもそんな事は関係ない。
 青年は携帯をぎゅっと握り締め、駆ける。そして改札口を飛び出した。
 
  ○  ●

 少女は後悔などしていなかった。
 ただ、このまま消えて失くなるのがちょっとだけ、悔しくて、寂しいだけだった。
 運命は不可思議で、どうして私はこんなところにいて、これから死ぬんだろう、なんて事を思うたびに浮かぶのは、一時間ほど前まで一緒にいた青年のこと。
 少女は、その身体に特異点、というものを抱えていた。
 青年はわかったような振りをして、信じるとだけは言ってくれたが、運命には、法則がある。
 そして、人間は運命を背負って生きている。
 少女にとっての運命は、他人を不幸にすること、だった。少なくとも少女はそう思う。
 何故なら、少女の背には、黒い黒い、死神がいるから。
 頭がおかしいわけじゃない。誰かに話しても理解してもらえないが、少女の背中には死神がいて、少女と関わる人間の全てをこの世から消し去っていく。その人の背負っている運命もまた一緒くたにして。
 少女と関わると、その人はおおよそ一日で死の運命を背負うことになるのだ。それは、もう理由とか関係なしに、そういうものだった。それが、少女の知る運命の法則だった。
 少女は聞いた。青年に、何が見えるか、と。
 青年は答えた。観育が見える、と。
 でも、少女の背負う死神に運命を変えられた人間には、そうじゃないのだ。観育が真っ黒なもやもやのように見えるようになるらしいのだ。
 青年の顔が浮かび上がる。それは最後の瞬間、扉が閉まった後の寂しそうな表情。
 思い出すだけで少女の左胸は何かで締め付けられたような感覚に陥るが、それはいい。そんなことよりも嬉しいのは、彼の顔から死の気配が消えたことだった。
「おにーさんのミートスパゲティだけは、食べたかったな……」
 呟いて、でも首を振る。
 少女はこれまで無数といえる人の死を、死に顔を見てきた。最初、彼と出会ったときの彼にはそこまで酷いものではなかったが、そういった人たちの顔に近い何かがあった。
 その時に少女は決めたのだ。自分は今日で終わるが、彼だけは助けたい、と。それは自分が今まで何人も何人も死なせてしまった、せめてもの償いだったからだが、ある意味ただの自己満足からの行動だったが、それでも、少女は嬉しかった。
 誰かを救えた、と思えた。人から何かを、命を奪うしかできない特異な自分が、最後の最後でちょっとだけ何かを与えることが出来たのかな、と思えて、少女は嬉しくなった。
 だからこそ、
 最寄り駅から東尋坊に向かうまでの距離を歩いている最中、真横で急に止まったタクシーのブレーキ音を聞いたとき、そこから出てきた見覚えのある姿を見たとき、少女の顔は歪んだ。

  ○  ●

「ごめん。こういうときは走ってきたほうが、雰囲気出るんだけど」
 呆然と立ちすくんでいる少女に、タクシーかっら降りてきた青年は笑顔を見せる。
 だが、少女はその笑顔を素直に受け止めることは出来なかった。
「……なんで、ここにいるの」
「まだお礼を言ってなかったから。俺は、きみのおかげで自殺をやめようって思えたからさ」
「そんなのいらない」
 首を振る隙さえ惜しい。少女は背を向けて歩き出す。ともすれば転げそうになる震える足を無理やり動かして。
 せっかく誰かを救えたと思えたのに、それなのに、もう時間はどれだけあるかわからない。
 私に関わったら、死ぬんだよ? そう言いたい、でもそんなことを言っている間にも、彼の目に映る私が私でなくなってしまうかもしれない。
「ついてこないで」
 吐き捨てるように、それこそ血を吐くような思いで言って、少女は走り出そうとして、
「それは出来ない」
 振り子のように振っていた片手を掴まれ、強引に足を止められた。
 後ろを見るのが怖くて、でも掴まれた手を無理やり振りほどくことは何故か出来なくて、少女は手を掴まれたままで俯いた。
「早く離して、すぐに戻って。せっかく自殺することなくなったんだから、いいでしょ。私はもうおにーさんとは関わりたくないの」
 言いながら胸が痛み、でも、これが最後のチャンスだと少女は思う。
 早くしないと、このひとまで死なせてしまう。
「じゃないと、おにーさん、」
 言いたくないのに、唇が動いて、けれど、
「運命に法則があるって言ったら、信じる?」
 先にかけられた言葉に唇から零れようとしていた息が止まる。
「きみは、きみの中にあるその常識が、俺を救ってくれたんだと思ってるんだけど、違う?」
 違わない。後ろは見ないまま首を横に振る。
 ああ、こんな会話をしている時間なんてもうないかもしれないのに。
「……恥ずかしながら、だけど。運命ってのはあるって、俺は本当に信じた。きみの言う運命の法則も。それで、その法則は上手く使えば、未来を変えられるってことも」
 じゃなきゃ、自殺するはずだった俺が、自殺を諦められるわけないしな。言いながら軽く手を引かれて少女は、その手に引かれるまま青年のほうを見た。
 そこにある唇に浮かんだ笑みは、バスの中では決して見れなかったものだった。
「俺の自殺を止めてくれたきみを、今度は俺が止める番、でしょ」
「……おにーさん、わかってない。今はもうそういう問題じゃないの。私と関わってたらすぐ、おにーさん、死んじゃうんだよ」
 視界が滲んでくる。目の前に立つ彼は私を助けようとしてくれる──そんなこと、一緒に居る間にわかっていた、本当はもっと早く離れるべきだった、とも思う。
 けれど、それは結果論だった。胸の中も頭の中もぐちゃぐちゃになりつつあって、それでも手を握られている感覚がなんとか少女を保たせていたが、
「俺が運命を本気で信じた理由、言おうか。今、きみが黒く見える」
 少女の目が、見開かれた。滲んだ視界に、頬を伝う雫の感覚が足される。
 自分のことが黒く見える、というのは、つまり、
「……手遅れ、なんだ」
 震えながらもぎりぎりで身体を支えていた両足が、ついに崩れた。少女は座り込む。
 同時に、ぐちゃぐちゃになっていた心が、それを覆っていた壁が、崩れた。
「おにーさんも、死ぬんだ」
「それが運命?」
 その問いに少女は答えられなかった。喉の奥から嗚咽がこみ上げてくる。堪えていたものが溢れ出した。
 声にならない声で、地面にへたるように座り込んで、少女はしゃくりをあげて、泣く。
 死ぬんだ、おにーさんは。自分のせいで、また一人死ぬ。
 目の前が真っ暗になる感覚、というのは何度も味わってきた少女だったが、今度のそれは本当にでかかった。何も見えない。ただ自分の声だけが、耳に届いていて。
「…………、………………」
 すぐ目の前にいるはずの青年の声も届かない。
 だが、視界に青年が入らなくとも、青年の行動は少女に伝わった。
 少し肌寒くなった空気とは違う、たしかな感触が少女の身体を包み込んだから。
 それは、青年からの抱擁だった。
「大丈夫だって」
 ようやく届く青年の声。
「きみが俺の自殺の運命を変えたってことは、俺だってきみの運命を変えられるはず。法則性ってのはそういうもんだから。……うん」
 何だかちょっとだけ恥ずかしそうに言って、青年は少女の後頭部に手を添え、撫でる。
 そのまま青年は、少女が泣き止むまで頭を撫で続けた。
 ……暖かい。
 少女の感じた青年からのその抱擁は、全てを知って受け入れてもらえるというその感覚は、
そういえば、生まれて初めて誰かから抱きしめられたような気さえ、した。
 だから思わず、少女はまだ嗚咽の消えない声で、言った。
「みーと、すぱげってぃ、食べたいな」

  ○  ●

 四年が経って。

 どこで運命が変わったのかは、正直、わからない。
 少女が青年と出会ったその瞬間からなのか。
 二人がそれぞれ、生きることを諦めて、死ぬための覚悟を決めたときからなのか。
 青年が、少女の全てを受け入れて、抱きしめたときからなのか。
 でも、今はもう、二人ともそんなことは気にしていなかった。
 ただ、もしも誰かから二人の馴れ初めを聞かれたら、かつての青年と少女は、どっちも困った顔をして簡単には話さないだろう。
 自殺しようとして出会った、なんてきっかけ、他人はまず簡単には信じてくれないから。
 笑って、冗談に受け取られるだろう。
 馬鹿な。
 だって君たちは、そんなにも幸せそうで、そんなにお似合いじゃないか、と。
 今、周りを囲んでいる人たちは皆、口々にそう言うだろう。四年前から始まった縁ばかり、けれど、生まれたたくさんの縁は今こうして、かつての青年と少女を祝福している。
 だったら別に、無理に信じてもらう必要もないと二人は思う。
 乗り越えた運命が運んできてくれた、これから始まる二人にとっての新しい運命のほうが、二人には今や大切なものになっているのだから。
 どこで運命が変わったのかは、正直、わからない。
 けれど、かつての青年は、純白のドレスを着たかつて少女だった彼女に、キスをする。
 こうして、二人の新しい運命は、新たな関係性と共に始まった。


 終。

  ○  ●
 

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