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書庫 「葉っぱ猫」 mixi処コミュの『三日月猫と悲しげ運命法則?』

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  ○  ●

 新宿駅から出発、丸々夜を通して、福井県へ。
 それが青年、田倉 耶人(たぐら やひと)が選んだ夜行バスのルートだった。
 目指すは、福井県坂井市に存在する『自殺の名所』、東尋坊。
 スタンダートタイプのバスのシートはあまり座り心地の良いものだとは言えなかったが、このタイミングで空いていたバスタイプがこのバスしかなかったのだから仕方ない。
 深夜の高速、静まり返った空間で、青年は閉じられたカーテンを眺めながら明日を想う。
 青年は明日、この世界から消える。つまり、死ぬ気だった。
 理由は多々ある。
 大学一年目にも関わらず突然襲ってきた、大切な両親の死であるとか、それをきっかけに始まった恋愛、友情の崩壊だとか、大学からかけられた冤罪だとか。
 でもそういうものが複雑に絡まって、生きることに絶望した青年は、今、全てを捨て去って夜行バスの中にいた。
 後悔していないかと言われれば、唯一心残りだったのは、両親に親孝行をしてやれなかったことぐらいだろうか。でもすでに他界したし、あとはもう、全てがどうでもよかった。
 ……眠れない。
 そりゃそうだ、とも思う。
 人生最後になるかもしれない睡眠は、別に今更、青年にとって意味を持たなかった。
 だからふと、隣に座っている見ず知らずの他人に意識を向ける。
 こういう夜行バスの隣り合わせの組み合わせは基本、男の隣は男、みたいなイメージがあったが、青年の隣に座っているのは、大学一年の自分よりも2〜3才は若い、女の子だった。
 ボブカットの黒髪に、明らかにサイズのでかい毛糸っぽいパーカーが印象的な少女だが、何だかまだ起きている風だったので青年はすぐに視線と意識をそらした。
 もう、人と関わるのは億劫だ。たとえそれがどんな他人でも。
 少なくとも、すぐ真横に座るこの少女から、深夜三時過ぎに話しかけられるまでは。


「おにーさん、もしかして死ぬの?」
 眠るつもりのなかった青年も、薄暗くて静かな車内の中では知らず知らずに意識が薄れ始めていた、深夜三時過ぎ。
 そんな時にかけられた囁くような声は、隣に座っていたボブカットの少女のものだった。
 半分閉じていたまぶたを開けて、青年は思わず少女を見た。
「寝てる? って起きてるよね」
 顔は真っ直ぐ、正面の背もたれに向けたままだったが、視線だけは青年を見ている。
 ボブカットのその少女は、一言も返していないのに、そんなことはお構いなしに自分の言いたい言葉を続けた。
「実は私もなんだよ。奇遇だね?」
 最初の質問の答えなどわかりきっているかのような、そんな口ぶりだった。
 それに対して、青年は小さく唇を開くと、彼女にだけ届く小さな声で、
「いきなり、何言ってんの?」
 とだけ返す。自分で言っておいてなんだが、思ったよりも冷たい声になってしまっていたのだが、青年の態度に何を見たのか、少女はそんな冷たい言葉は気にも留めていない。
「自殺の話だよ。するんでしょ?」
 再び、当たり前のように核心を突いた台詞が戻ってきて、今度こそ青年は少女に顔を向けた。もしかして俺の行動を知った知り合いの悪戯か、とも思い、だが全く見知らぬ少女だった。
「それは……」
 相手の正体が窺い知れず、青年は言葉に詰まったが、少女は気にしない。
「でも、もったいないと思うな? 生きれるって素晴らしいよ?」
 視線を合わせないままでそんな風に言うその変な少女に、青年は眉を寄せる。
 ……なんだ、こいつ。
「えへへ、エスパーだったりして。うそだけど」
 嘘なのかよ、とは突っ込まない。だが、あながち嘘でもない気がして、もうしゃべらないと心に誓う青年。
「ま、生きるのはすばらしいとか、自殺を考えてる私が言うのも、おかしいよね?」
 見当違いな方向でくすっと笑った少女に、思わず「そりゃそうだ」と呟くように漏らして、青年はしまったと顔をしかめた。誓ったばかりの誓いをもう破ってしまった。
 正直、他人と関わりたくなんかないのに。
 だからもうこの先、何を言われようが無視しよう、と改めて自分に言い聞かせる青年。
 だが、青年の内心を他所に少女はそれだけ言うと背もたれに頭を預けて、目を閉じていた。
 どうやらこれ以上、不思議な発言を続ける気はないらしい。


 と、思って油断していた三時間後のことだった。
「ね、お腹すいた」
 今まで眠っていたようだった少女が、バスの福井到着アナウンスが流れた途端、急に青年に向かってそんなことを言い出した。
 想定外すぎる言葉、そもそも関わる気のなかった青年は思わずぽかんと呆けてしまう。
 少女はそんな青年の様子にかまうことなく、着ているパーカーを伸ばしながら青年に向かって初めて笑顔を見せてきた。
 何だかとても自然な感じで、それが当たり前とでも言うように、
「ね、ちょっとだけ寄り道しようよ。死んだらもうご飯も食べれなくなるんだし?」
 とか言ってくる。
 アナウンス放送でにわかにざわめき立つバスの車内で、思わず青年は目をぱちくり。
 そもそも、死んだらって前提がついている時点で、やっぱり確信を持たれているらしい。
 自分が、自殺志願者だということに。
 それはそれで凄く不思議で、怖いというよりはむしろ好奇心の方が先立って、夜中のつんけ具合が消えた声色で青年は言葉を返す。
「……そもそも、一緒に行動する前提?」
「旅は道連れ、世は情け! 寅さんの名言だっけ。よく言うよね」
「ごめん、知らない」
 青年は『寅さん』をそもそも名前しか知らない。
「でもま、そういうことだよ。いいじゃん、目的地はたぶん一緒だし。東尋坊なんでしょ?」
 だが少女は怯むことなく、ちょっとだけ早口でそう言った。
 まぁ自殺の名所と言われるだけあって東尋坊が目的地なのはわかるかもしれないが、やっぱりこの女の子は、不思議な要素が多すぎる。
 青年が言葉を返さず色々と考えている間に、バスはどうやら福井駅のバスターミナルに到着したようだった。
 長距離の移動でやや疲れた色を浮かべた周りの客たちが、立ち上がっては通路を進む。
 一気に騒がしくなった車内の中、ちょっとだけ明るい声で少女は青年の手を掴むと立ち上がった。
「いいじゃん、奢ってあげるからさ!」
 笑顔で言われて、半分引きずられるように通路へと引っ張られる。
 慌てて立ち上がりながら、まぁいいか、と青年は思った。特に理由はないけれども。

  ○  ●

「美味しいお店知ってる?」
「知るわけがない」
 そんな会話の末に辿り着いたのは、降車場から降りてしばらくウロウロした15分後。
 考えてみればこんな早朝の時間に開いてる店など限られていわけで、つまるところ、駅前にあった某ファーストフードの店だった。
 奢ってあげる、とは言われたものの、実は昨日の昼頃から何も食べておらず思ったよりも空腹だった青年は、自腹でバーガーセットと単品バーガー、それとナゲットを注文。少女──名前を聞いたら三日月 観育(みかづき みいく)と名乗った──はその後ろから、ホットケーキ。
 青年は少女の分も何とはなしに出しておいて、彼女の先導で窓際のテーブル席に座る。
 まだ秋始めといった九月半ばだったが、朝は思ったよりも冷えていて、少女の着ているパーカーぐらいがちょうどいいな、と青年はぼーっと思う。
 が、いざオーダーが届いたときに青年は少女の行動に目を見張った。
 なんだか軽やかに、鉛筆回しのようにくるくると少女が取り出したのは細い試験管のような容器で、そこには真っ赤な何かが入ってる。
 どう考えても意味がわからず、青年は思わず身を乗り出した。
「待て! ……な、なんだそれ」
「ん、ケチャップ?」
 首を傾げながら、指先で持ってその容器を振る少女。
 そして、その容器を開け、中に入った赤いとろっとした液体をホットケーキにかけた。
「えっと。何してんの」
「マイケチャップをかけてる?」
 いやそういう話でもなくて……。
 まさかのケチャップ・イン・ホットケーキをキラキラした瞳で解体し始める少女を見ながら青年は目頭を押さえた。
 なんなんだろう、この子は。本当になんなんだ。少女に対する疑問がこみ上げるものの、それを問いかける勇気はまだ青年にはなくて、仕方なしにバーガーを腹に収めることにする。
 でも疑問のほうはあんまり収まることなく、ケチャップのかかったホットケーキをまるでご馳走を食べる子供のようにたいらげる少女に、青年は疑問符だらけだった。
 だが、そんな思考を邪魔するように、ホットケーキを食べ終わった少女は物欲しそうな視線を向けてくる。
 ふと気付く、自分の前にあるまだ手をつけていないナゲット。
「……食べる?」
「いいの?」
 言いながら手を伸ばしてくる少女。
「いいけど、ソースはバーベキューだから」
「だいじょぶ、ケチャップはここにあるから」
「あ、そう」
 そんな会話をした後、今度はおいしそうにケチャップだらけのナゲットを頬張る少女。
 ……なんなんだ、本当に。

  ○  ●

 ファーストフードでお腹を満たした少女は、店の外出るなり青年を見て言った。
「んー。次どこいこっか?」
 どういうことだろう。青年は首を傾げながら駅を指差して、
「東尋坊に行くんじゃないの?」
 当然のことを言うが、今度は少女が首を傾げる。
「聞いたことあるけど、下が見えてる時に飛び降りるのは、勇気がいるじゃ済まないんだよ? おにーさんにそんな勇気あるの?」
 何だか失礼なことを言われた気がするが、なるほど、それは考えていなかった。
 東尋坊で自殺する、ということで頭が一杯だった青年は、飛び降りなければいけないことを少しだけ失念していた。でもまぁ、出来なくはないだろう。
「……たぶん、ないかな」
 が、見えるよりは見えないほうが楽だろう、というのもあって、そんな風に返してしまう。
 少女はうんうん頷いた。
「でしょ。じゃあ夕方ぐらいまで暇。だったら、時間は有効活用しないと。ただぼーっとしてるんじゃつまらないでしょ? 最後の一日なんだから」
 そう言って彼女は、もう一度言う。
「それじゃ次は、どこいこっか?」
 言われたって思いつくわけもない。
 そもそも、そういうポジティブな気持ちを失ったから自殺を考えたっていうのに。なんてことを口にしたわけではないが、少女はそれを見透かしているかのようだった。
 返事をしない青年に、もともと期待していない様子の少女は、あごに手を当ててなにかを考えている様子。
 若干冷えた手をジャケットに突っ込んで、ぼーっと少女を眺めている間、少女は別に青年を意識した風でもなかったが、ふと手を打った。
「そうだ。じゃあ自殺するときの服、見に行こうよ!」
 青年は今度は何を言い出すのか、という目で見る。
 もうそろそろ、天然とか変わり者では利かない気がしてきた青年の視線に何を感じたか、少女は手振りを添えて言った。
「だって、私も、おにーさんも、今日の夜には暗い海の底だよ? 最後ぐらい綺麗にしたいかなって。でも、もしかしたら頭とか岩にぶつかってこびりついてるかもしれないけど」
「……ぐろいな」
「リアルでしょ?」
「まぁね」
 返しながら、突っ込んだポケットの先で触れた箱からタバコを取り出し、やっぱりしまう。
 その様子が気になったのか、少女が近づいてくる。
「吸わないの?」
「ほら、歩きタバコ禁止だし」
「今日死ぬのに、真面目なんだ?」
 そして笑われた。
 でも実際は違うくて、別に吸ってもよかったのに吸わなかったのは……何となく。
 少なくとも理由なんかない、と思っていた。

  ○  ●
 

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