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書庫 「葉っぱ猫」 mixi処コミュの『予言のアシュト~序、あるいは終わる物語/上』

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  −1−

 終わる世界、と呼ばれる世界が在った。


 その世界は、生まれながらにして壊れる事の確定する悲劇の世界だった。


 預言者は告げた。

 世界を救いたいならば、舟を持ちて新たに生まれいづる世界へと旅立つ事だ、と。

 その世界を救おうとした男が居た。

 彼は、全てを救いたかったが、全てを無に帰すぐらいならばと苦渋の決断をした。

 男は、舟に乗るだけの人間と共に世界を、後にした。



 そしてまた、預言者は告げた。

 この世界ではない別の世界に、終わる世界が新たに生まれた、と。

 男が救った人々から繁栄した種族は、男の英断を尊重し、世界を救う事を種族の宿命とした。

 預言者の告げた、新たな終わる世界を救う為に、男の子孫達は行動を起こした。



 終わる世界『地球』とその種族を救う為、『舟と鍵』を持って十二の選ばれし者達は、

 彼等に培われた技術により、その世界の救世主を探すべく『転移』した。



 ◇ ◆



 ここは──どこだろう。

 そして、私は──誰なんだろう。



 空気が震える事すらない暗い密室の中、青白く輝く鎖に両腕を固定された少女がそこにいた。

 窓さえない密閉された、高さもほとんどないその空間に少女は虚ろな瞳でただ、存在した。

 声すら出せぬ、出そうとも思えないその場所は、牢獄だった。



 ここは──どこだろう。

 そして、私は──誰なんだろう。



 少女には、記憶がなかった。

 まるで生まれたばかりのように『過去』が存在しない、忘れている訳ではなく存在しない。

 少なくとも、少女の感覚はそうだった。

 唯一『過去』ではなく『現実』として記憶にあるのは、自分の名前。



 ──エルテ。



 それが少女の名前だった。

 だが、それだけ。他に思い出せるような事、思い浮かぶような事は何一つ存在しない。

 まるで誰も踏みしめる事のない新雪のように、彼女の瞳にはただ、色がない。

 染められる事を待つ純白ではなく、染められる事のない透明。

 エルテはただ──無だった。



  −2−



「ねぇねぇ、オルファ。あの建物ぶっ壊せばいいの? 戦車に"擬態"すればいい?」

 人里離れた森林の奥深く、山間部から見降ろす位置にその施設はあった。

 白桃色のショートカットに大きく円らな瞳を持った少女が、背丈に見合わない巨大なリュックを背負ったまま、無邪気に後ろを振り返る。

「駄目だよ、サーユ。僕達がこれからやる事は"破壊"じゃなくて"救出"なんだから」

「えー……いいじゃん全部ぶっ壊してさ! その後で掘り出したらいいじゃーん!」

 無邪気さと残酷さを兼ね備えた事を言い出す少女──サーユの言葉に、すぐ後ろで空中に視線を漂わせていた金髪の少年──オルファは頭でぴこぴこと動く猫のような耳を触りながら、息を吐き漏らした。

「僕達の立場、理解してる? 最終的な目的はエルテを救い出して、他の皆を見つけ出して、この世界の"救世主を探す事"なんだよ。破壊が目的じゃないんだから……いいね?」

「ケチ! ねこみみ!」

「ケチじゃないよ。てか、ねこみみって言うな! 本当、姉さんはよく面倒見れてたなぁ」

 唇を尖らせて明後日の方向にそっぽ向いてしまったサーユにオルファは困り顔を見せた。

 集めた情報によれば、エルテを"捕獲"しているあの施設はこちら側と同等、あるいはそれ以上の戦力を有しているらしい。

 本来、オルファやサーユを含めた『アシュト』と呼ばれる"別世界の種族"は十二人、それぞれが同じ目的を持ってこちら側にやってきているはずだった。

 いや、それ自体は正しい。

 だが誤算は"向こう側の世界の過激派に仕組まれていた罠があった"事だった。

 罠はごくシンプルなもの。

 記憶を完全に失い、その能力も一時的に封じられてしまう。

 ただそれだけと言えばそれだけだったのが"こちら側の世界の過激派"がどうやってか作り出した"過ぎた科学技術"による強制洗脳のせいで、ややこしい事態になっていた。

 しかも恐るべきはその周到性で、別世界の自分達の情報をどうやって手に入れたのか、こちら側に"誕生"した瞬間を狙って攻撃や洗脳を行なってくる。

 オルファやサーユは幸運にも無事だったが、アシュトの大半はその勢力によって捕縛、あるいは洗脳されてしまっているのが現状だった。

 これらの情報を得られたのは偏に、オルファが"情報収集に特化した諜報人員"だからだ。

「状況は深刻なんだよ、サーユ。僕達はこの世界では、無敵と言っても過言ではない戦闘力を持ってる。これは必要最低限の防衛力としてだけど、洗脳という手段によってその戦闘力が悪用される事態になってるんだ……って聞いてる?」

「難しい話きらいだもーん! どうすればいいのかだけ言ってよ、簡単にさぁ」

 ツーンと擬音が付きそうなぐらい唇を尖らせるサーユに、オルファは頷いた。

 暴走さえしなきゃ、サーユは充分な戦力になってくれる。

「あの施設にはエルテが捕われてる。僕達アシュトにとって最重要なのは"選定者エルテ"を何としても助け出す事。でも、あの施設には僕達の天敵がいるかもしれない」

「だ! か! ら! わかりやすくぅ!」

「あ、ごめんごめん。サーユには囮を頼みたいんだ。遠距離攻撃が可能な何かに"擬態"して、遠くから壊さない程度に攻撃してほしい。もし出来るんなら、僕を援護してほしい」

「それでいいの! オルファはお姉ちゃんと違って難しいこと言いすぎだし」

 むぅーと唸るサーユに、あははと苦笑するオルファ。そんなオルファにサーユはぐっと親指を突き出した。

「でもわかった! 攻撃と援護、モモにばっちり任せていいよ?」

「うん、お願い。でも……あまり派手な擬態はしないでね、洗脳が一番怖いから」

「大丈夫だってばぁ。任せて!」

 心配しすぎるほど心配するオルファにそう言って、サーユは不敵な笑顔を浮かべた。



  −2−



「てっ、敵襲! レーダーに反応……多数! 居場所の特定は出来ず、ロック不可です!」

 壁一面に設置された複数の大型モニターを制御する警備コントロール室でそんな声が上がったのは、生い茂った木々に包まれた山々からありえない攻撃が飛んできたからだった。

 不可視の遠距離砲撃。

 少なくとも監視モニターをチェックしていた男はそうとしか説明のしようがなかった。

 門前が突然抉れたと思った瞬間、次々と門に丸い穴が開き、次の瞬間には門自体が勢い良く吹き飛んでしまった。

 一言で表すならば弾丸不要の"空気砲"。しかも、驚異的な連射力と火力を有する。

 現代においてそんなものが存在するはずもなく、警備員は即座に第一級警報を作動させた。

「洗脳装置を準備しろ! それと応援を呼べ、今すぐに!」



 ◆ ◇



「あれは"擬態"じゃなくて"変身"だよね……あれであの性格は怖いなぁ」

 同時刻、施設内。

 オルファは慌しく駆け回る施設員を横目に"堂々と歩いて"侵入を果たしていた。

 しかし、施設員はおろか警戒中の警備員すらオルファに気付く様子はない。

 この世界に送りこまれてきた十二人のアシュトにはそれぞれ役割が存在し、中でも諜報要員としてのオルファが持っている能力は情報収集に特化したものだった。

 不可視フィールド、あるいは、ステルスと言葉で表せば簡単な、電子迷彩。

 この能力のおかげで誕生直後に包囲されていたにも関わらず何とか逃亡する事が出来たし、現在もこうして侵入を果たす事が出来ている。

「エルテが捕獲されている区画は……あっちか。っと、その前にセキュリティ弄らなきゃ」

 立ち止まり、目を閉じる。

 彼の持つ能力の一つ、電子波動は一定範囲内の電子機器に直接影響を与える事が可能なのだ。

「警報レベル最大……やっぱり即座に対応したね、でも無駄」

 人間の目には見えない、想像すら出来ない電子次元での操作に、鳴り響いていた警報が収まっていく。警報を解除した、と言えば簡単に聞こえるが人間には不可能な荒業である。

「次は捕縛区画……警備が集まってるね。馬鹿だなぁ、催眠トラップなんて仕掛けたら──」

 呟きながら電子操作。

 オルファにのみ見える電子レーダーの中で、警備が次々と倒れて眠っていく。

「敵に奪われた時にどうなるかってわかると思うんだけど、ね」

 そこまでのルートも同時に確認、施設警備が甘いなぁとかんが得ながらオルファは周囲の誰にも気付かれないまま、移動を開始する。



  −3−



 捕縛用の特別室の扉には、少なくとも核兵器を防ぐ事が出来るような分厚く鉄壁と呼べる扉が使われている──オルファはそう予想していたが、辿り着いてみればちょっと分厚い程度の鉄製の丸扉だった。

 銃弾や爆弾はある程度は防げるだろう程度の強度で、アシュト対策にしては、ずさん。

 と言っても、どんな防護壁で覆われていようと開くための手段が電子系統である以上はオルファにとってはどれも無意味なのだが。

「ロック解除……エルテ!」

 緩慢な動作で開いていく丸扉の隙間から身体を捻じ込み、オルファは中を覗く。

 暗く、無機質な部屋の正面奥──そこにエルテは居た。

 青白く輝く鎖で両腕を拘束され、身動き出来ないように両足も壁に繋がれているその様にオルファは誰にでなく怒りを感じるが、それより優先すべきは"救助"と"脱出"。

「エルテ……もう大丈夫。"波動"は誰にも止められない」

 意識が朦朧としているのか反応の鈍いエルテに巻き付けられた鎖に手を触れる。

 送り出されるのは電磁波ともう一つ、こちら側の世界では発見さえされていない波動。

 青白い光がどういう物質であるかは関係なかった、オルファとはそういう役割なのだから。

「撹乱は……もう充分、サーユも逃げてくれただろうし、僕達も脱出しよう」

「ん……貴方、は、懐かしい?」

「波動は存在に刻まれてる、これはアシュトにとってのシグナルだしね。そんな事よりも、応援が到着したら手遅れになる、ごめんね、行くよ」

 混乱するエルテを背中に乗せ、オルファは立ち上がる。

 電子迷彩の利点は足部以外に接触しているものを一定容量まで同時に消せる事にある。

 他者の視線には絶対に映らなくなった二人は、その場を後にした。



 ◇ ◆



「サーユの奴、上手くやってくれたかな。大丈夫だといいけど」

 念の為に中央にある門は避け、アシュトの脚力を活かして反対側の壁を飛び越えて茂みへと飛び込んだオルファは、念の為にと索敵を行ないながらゆっくりと進んでいく。

 施設内と違って外部にはどんな罠が仕掛けられているかわからず、しかも地形の特性を利用した自然型な場合が多い。待ち伏せの可能性すら否定はできない。

 それはつまり、オルファの特性を活用できない環境にあるという事だった。

 最低限、周囲の空気や風の流れ、地面の不自然な隆起などをチェックする事である程度の予測は可能であるから慎重にいけば危険は減るのだが、あまり牛歩過ぎても今度は背後から襲撃され兼ねない。

 だからこその陽動と援護をサーユに任せたのだ。

 近くに生体反応はない。それはつまりサーユが無事に逃げきれている可能性を示していて、オルファは自分達の逃亡に全力を注ぐ事にした。



  −4−



「ここも安全だとは言えないけど……エルテには事情説明しておかないとね」

 市街地まで無事に辿り着いた二人は今、改装予定の看板が置かれたドーム球場の内部にいた。

 まだ計画段階なのか中に人の姿は見えず、特に時間も夕方に迫っているので尚更、見つかる事はなさそうな場所だった。

「僕はオルファ。君はエルテ。どこまで覚えてるのかな?」

 観客席に腰掛け、栗色の髪を背もたれに垂らしたまま何も言わないエルテにオルファはそう切り出していく。

「大体想像はついてるよ、記憶は一切思い出せないはず。まるで元からないようにね、でもそれは違うんだ。僕達には本当の記憶がある。どこまで、覚えてる?」

「どこまで……覚えてる事は、名前だけ、です」

「やっぱり。根本的に記憶操作をされてたら難しい事になるんだけど……大丈夫かな。僕達、つまりエルテを含めた僕達は、人間じゃない。これが大前提になるんだけど……」

 オルファは様子を伺いながら言葉を選んでいく。

 人間じゃない、これが大前提。もしも記憶を操作されていた場合、人間側の思い通りに洗脳し直されている場合が有り得る。

「はい」

 操作されていた場合、説明のどこかに矛盾を感じるかもしれない、それは人間側の思考が一部に擦り込まれている可能性を示唆しているわけで、そうなるとまず現状で説明をしっかりとしても仲間意識は持つ訳にはいかない。

 元居た自分達の世界の仲間を疑うのは心苦しいが、それでも与えられた使命を考えればそれも仕方のない事だった。

「エルテがああいう場所──つまり、牢獄のような場所に閉じ込められていた理由も、言ってしまえばそれが理由。僕達は人間じゃないから追われている、と考えてくれたらいいよ。本当はもっと複雑なんだけど、まだ追われる身だしね。詳しい話は今後、という事で。もし質問があれば受け付けるよ」

「……今は、何も考えられないです。でも、貴方には懐かしさを感じます」

 視線は膝元に落としたまま、エルテは感情の薄い静かな口調でそう言った。

「私には何も在りません、記憶も。でも、助けてくれたから、信じます」

「ん、そう言ってもらえたら助かるよ。敵は中々、手強いからね」

 自然な笑顔でオルファは右手を差し出すとエルテを立たせ、周囲に目線を送った。

 誰も居ない、少なくとも見える範囲には。だが、彼の特性は目では見えない範囲の索敵を行なう事も出来る。

 囲まれている、とまではいかないが少しずつ包囲されているのが彼にはわかった。

「とりあえず、記憶を消されていても本当の意味で"全て"消されてる訳じゃないみたいだし、今は何とか逃げ切る事が大事……なんだけど。サーユの奴、どこ行ったんだよ」

「あ、呼んだぁ?」

 背後から声。

「モモ、参上?」

 オルファの死角、エルテの座っていた座席から更に十段ほど下った辺りから声は聞こえ──しかし、振り返ってもそこに姿はない。

 彼女の特性は"擬態"。

 既存の物質、あるいは物体に自分自身を変化させる事によって隠密行動、隠密戦闘に特化した能力が、彼女サーユの特性。

「全く、居たんなら言おうよ。ほら、早く出てきて、作戦考えないとだから」

「やだ!」

 呆れたように両手を腰に当てるオルファの言葉に、だだっこのように反発するサーユ。

「姉さんが聞いてたら怒るよ? エルテにも挨拶しなきゃだし」

 言いながらエルテの方に視線をやり、目だけで訴える。

 ──座席の下に、隠れて。

 それが届いたのかどうか、空気に気付いたのかどうか、エルテは座席の下に潜り込むようにしゃがむ。

「ふーん、エルテは何で隠れたの? ねぇ何で? あは、バレてるよねぇ」

「はぁ。だから言ったじゃないか、洗脳には気をつけろって」

 全く声色が変わらないまま、出てこようともしないサーユに対して微動だにしないオルファ。

 すでにお互いが敵同士になってしまった事を、理解している。

 ならば彼女の目的はエルテの奪還、及びオルファの捕獲、もしくは破壊のはずで、躊躇っていれば確実にやられてしまうだろう。

 十二のアシュトにはそれぞれの役割があり、万が一お互いが戦った場合には当然ながら得手不得手が存在する。

 オルファにとってサーユは倒せない相手ではない、だが逃亡は簡単には許してくれない上にある意味では最も天敵だとも考えられた。

 何故ならサーユは、オルファの索敵には"引っかからない手段を持っている"。

 だからこんな距離にまで近づかれたのだし、もし自分達が逃亡しても擬態状態で追われては逃げ切れたかどうかがわからない。

「倒すか洗脳解除する以外に手段はないんだよ、サーユの場合。無事に使命を果たした後、しっかり再教育させてもらうから覚悟してね?」

「できる? できるの? ていうか勝てるつもりなの?」

 姿は見えず声。

「予測は、出来てるよ」

 その言葉が合図だった。

 圧縮された空気の塊が撃ち出され、オルファに襲いかかった。

 オルファはそれを軽く横飛びに回避、すぐ真横の座席が砲撃によって弾け飛ぶ。

 擬態状態のサーユの位置はわからないが、撃ち出される攻撃に関しては索敵に引っかかり、アシュトの基本能力で充分に回避ができる。

 当然その射軸と感知位置からサーユの撃ち出した瞬間の居場所はわかるが、洗脳されているとはいえ戦闘能力はそのまま。位置を把握されないように移動しながらの射撃で、オルファを行動不能にしようと狙ってきた。

「逃げてるだけじゃモモには勝てないよ! よ!」

「しゃべりながら移動したら位置予測されてるって前に話しただろ!」

 狙いが定まらないように移動を続けるオルファ。

「あ、忘れてた」

 間抜けた声が聞こえ、内心では何でアシュトに選ばれたんだと疑問に思いながらもオルファは手を抜こうとは考えない。

 サーユの移動先を予測してオルファは即席の電磁トラップを腕先から射出、複数箇所に設置する。

 触れれば半機械のサーユは感電し行動不能になるような電圧設定で、そこに容赦はなかった。

 同時に自分自身が囮になり、罠を仕掛けた位置から攻撃しやすいように移動する。

「ねね、罠? 罠はいいけど、忘れてない? エールーテ!」

 後は罠に当たるのを待ちながら回避するだけ──そんな状況下に振ってきたその言葉に、オルファは何かを考える間すらなく、反射的にエルテがしゃがんでいる場所を見た。

「あは、ばーか!」

 口調は幼いながら、戦闘力は間違いなく一流。索敵から気が逸れたほんの一瞬を突いてサーユは砲弾を連続射出。



 ガガガッ!



 何かを言う間もなく。

 半身になっていたオルファの左肩と左足に衝撃が疾しる。

 視界が狂ったように天地が反転し、気付けばオルファは吹き飛ばされて座席の下に身体を落としていた。

 痛みはない。アシュトは元々、この世界に適合する為に半身半機の身体を持っている上、苦痛は感覚として残っているものの、それは行動の障害になるようなものではない。

 とはいえ、砲弾によって負傷した肩と足はどうしようもなかった。

 動けない訳ではないが、機敏さは当然欠けてしまう。

「オルファは向こうでもそうだもんね? 優しいよね?」

 戦闘不能が解ったのだろう、サーユは"擬態"を解いてゆっくりと近づいてくる。

「でもそれ、命取りじゃーん? モモも本気じゃないけどー、オルファはやり過ぎ!」

「そうだろう、ね。僕は仲間を極力傷つけたくない。可能性を信じたいんだ」

 肩と太ももからは真っ赤な液体が流れ出している。

 人間と存在自体が異なるアシュトにとってのそれが血液かどうかはわからないが、少なくとも生命維持に必要なものである事は間違いない。

 人間ではないと言っても、アシュトの目的は世界を救う事。そして、世界を救う為の存在を見つけ出し、協力を求める事なのだ。

 余りに異なりすぎる存在は、人間にとって受け入れる事が出来ない。

 未知とは恐怖で、だからこそ仕組みは人間を基礎としていて、結果としてオルファは戦闘不能になっている。

「信じてればいーじゃん? でも、とりあえずモモはやっちゃうよー」

 言ったサーユの右腕が機関銃に"擬態"する。

「まー大丈夫だよ? オルファの能力ってば必要らしいから、ぶっ壊さないし!」

「両手両足をズタズタにしちゃう?」

「せーかい! モモなりの優しさだよ?」

 金属の擦れる音がサーユの右腕から響き、銃口がオルファの足へと向けられる。

 引き金は、ない。サーユによって"擬態"した武器は彼女の意思によって攻撃を開始する。

 この危機的状況にオルファはまだ考える。

 自分は良い、このまま完全に破壊されたとしても。だが問題はエルテだ。

 彼女をこのままにしては果たせる使命も果たせなくなってしまう、それが何よりの問題。

 オルファには唯一、彼女だけは逃がす"隠し玉"を持っている。

 それを早々に使わなかったのは、やはりエルテと離れる訳にはいかないという感情からか。

 保護欲か、はたまた使命欲か、それとも全く別の感情なのかはオルファにしかわからないが、現状に至って早々に"隠し玉"を使っておかない事をオルファは後悔していた。

「じゃあ、ぶっ壊──」

「待ってください!」

 声が響き、攻撃を行なう直前、サーユは視線を上げた。

「何ー? エ、ル、テ」

「どうして、こんな事を。洗脳とかわからないですけど、仲間じゃないんですか?」

 エルテに記憶はない、少なくとも思い出せるような事は何もないが、それでも懐かしい雰囲気を持つオルファという少年が目の前で傷つけられ、隠れている事は出来なかった。

 記憶があれば何か違うかもしれない、だからこそもどかしい。

「洗脳されたらわかるってば! ていうか難しいこと、言われても!」

 薄暗い空間の中、考える事すら奪われていたエルテだったが、僅かな時間でも外に出た事によって意識は確実に復活の兆しを見せている。

 足りないのは記憶だけ、という中、自分は洗脳されていない事だけは確信する。

 それは、感覚的なもの。理屈ではなく、感覚。

「もしも私が洗脳されたとしても、絶対に大事な人は傷つけません!」

「知らないもん!」

「知らないじゃありません!」

 エルテとサーユは次第に声が大きくなっていく。


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