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書庫 「葉っぱ猫」 mixi処コミュの『雨の歌 − rain and friend of hope』

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『雨の歌 − rain and friend of hope』

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 湿気を帯びた風が、靴一個分のスペースだけ開いた玄関から入り込んでくると、僕はその日、ドキドキした気分になる。

 雨が降るときのその風は、いつだって、あの時の出来事を思い出させてくれるから。

 特に今日は、6月6日。三年前のあの日だから、もっと特別だった。


 ◇


 少し古くなったアイポッドから流れる、僕には難しい英語で歌われるその女性ボーカルの歌声は、それでも、僕にとってはとてもお気に入りだった。

 最近、自分の部屋に居るときは、いつだってこの歌を流している。

『rain and friend of hope』というタイトルは、この曲を作った人の想いがこめられているそうで、だから僕は歌詞は理解できないけれど、それでも好きだった。

 この曲と出会ったのは、今から三年前のあの日、雨が降ったから。

 休みの日はあまり出かけない僕がたまたま出かけたその日、天気予報にはなかった通り雨に降られてしまった僕は、慌てて、適当な建物で雨宿りすることにした。

 傘なんて持ってきていなかったし、かと言ってコンビニでこの為だけに傘を買うのは躊躇われて、というかそんなお小遣い持っていなくて、僕は途方に暮れる。

 雨宿りに選んだ場所は、どうやらカラオケとか喫茶店とか、そういうのが色々とある雑居ビルだったようで、短い時間で色んな人が出入りしていた。

 僕はやることもなくて、でもすぐに家の人に迎えにきてもらうっていうのも思いつかなくて、ただぼーっとしていて。

 そんな僕に声をかけてきたのが、あの人だった。


「ね、もしかして、困ってる?」


 雨音ばかりに意識が向いていたせいで、その人がいつそこに立ったのかはわからない。

 でも、気付けばその人は僕の前に居て、真っ赤な傘を差して、僕を見ていた。

 最初は、髪の毛が金だったり赤だったりして、服も何だか派手ですごく不思議な人だな、と思ったけど、かかった声はとても優しい声だった。

「うん」

 僕は頷いて、通りを指差す。三十分はここに立っているけど、まだ止むことはなさそうな雨。

 少しずつ外は暗くなってきていたし、そろそろ帰らないと、というかもうすでに時間は遅くて心配されている気がして、僕は素直に言った。

「帰りたいのに、帰れないんだ」

「そっか」

 その人は微笑んでそう言うと、自分の持っている傘を畳んで、はい、と手を伸ばしてくる。

「じゃあこれ、使っていいよ?」

「……おねえさんは?」

 僕はその真っ赤な傘を受け取りながら、お姉さんを見上げた。

「僕は帰れるけど、おねえさんが今度は帰れなくなるよね?」

 見れば傘は一本だし、通り雨だと思った雨はまだまだ降り止みそうにもなくて、困ってはいたけれどおねえさんに迷惑をかけたくなくて、傘を返そうと手を伸ばす。

 だけどおねえさんは、首を振って傘を僕に押し付けた。

「いいの。あたしはちょっと雨に降られたい気分だから、どうせなら人助け。ね!」

「……でも」

 いくらなんでも知らない人から傘をもらって、その人は雨の中を濡れて帰る、なんて申し訳なくて、僕はちょっとだけうつむいた。

 おねえさんも僕の態度に困ったように笑って、僕とは反対にちょっとだけ上を向く。

「うーん、そうだなぁ」

 何かを考えるように首を傾げて、おねえさんはしばらくそのまま。僕はそんなおねえさんをぼーっと眺めてみて、ふと気付いた。

「……おねえさん、怪我してる?」

 着ている服は派手だけど、見えている手の部分とか、ほっぺたのあたりとか、よく見ればあちこちにぶつけたような青いあざがあるのだ。

 それに気付いた僕の言葉に、おねえさんは「ああ」と笑った。

「うーん怪我って言うか、ちょっとね。彼氏と喧嘩しちゃって。って、まだわかんないか」

「喧嘩はわかるよ。お父さんとお母さんもよくやってるから」

 そっかそっか、とおねえさんは更に笑う。

「んまー、そんな感じ。あ、そうだ」

 何か思いついたんだろう、おねえさんはポケットに手を突っ込むとそれを取り出した。

 少し傷のついた、何かを剥がした後のあるアイポッド。

「じゃあこうしよう。おねえさん、実はバンドやってんだけど……あーっと、歌を歌ってるんだけど、この中に今日完成したばっかの曲が入ってんの。それ、聴いてよ」

「……?」

 ええと、どういうことだろう。

 言っていることの意味がよくわからなくて、不思議そうにしている僕に、おねえさんはまた笑うと、そのアイポッドを手渡してきた。

「使い方教えるから、聴いてみてよ。そのお礼に、その傘、あげる」

 やっぱりよくわからなくて、でもおねえさんの頼みを聞く代わりに傘をもらうっていう事だけはわかって、僕は頷いた。

 触ったこともなかったアイポッドの操作を教えてもらって、イヤホンを耳にはめる。

 流れてくるのは、僕にはあんまり馴染みのない、早口の英語の歌。

 おねえさんを見上げると、唇だけで「いいからいいから」と言っているのが見えた。

 歌詞も意味もわからないけど、それでも、学校の音楽の時間ぐらいしかまともに歌を聴いたりしない僕には、ちょっとだけ衝撃だった。

 なんていうか、すごい。

「これ、おねえさんが作ったの?」

 聴き終わって、僕はイヤホンをはずしながらおねえさんに聞く。

「そうだよ。かっこいいっしょ」

「うん、すごい!」

 あはは、とおねえさんは笑った。小学生は素直だなあ、なんて言いながら。

 そして、予想もしていなかったことを続けて言った。

「じゃあ、それもあげるよ」

「もらえないとか言わないでね? どうせ捨てようと思ってたんだ。それなら、すごいって言ってくれた子に持っててもらったほうが、幸せだし」

 もらえないよと言おうとした僕よりも先に、おねえさんはそう言って、そのまま背中を向けると雨の中へと歩き出した。

 僕は呼び止めようとして、でも何だか出来なくて、真っ赤な傘とアイポッドを両手に持ったままおねえさんを見送りかけて──気付いた。

 まだ、お礼を言ってない!


「おねえさん、ありがとう!」


 雨の音に負けないように大きな声で僕はそう言った。

 一瞬だけ振り返ったおねえさんは、

 僕が見たことのある中で一番の笑顔で手を振ってくれて──


 ◇


 ──あれから、僕はおねえさんとは会っていない。

 それでもおねえさんのことは忘れられないし、いつかもしかしたらまた会えるかも、なんて思って雨が降る日はたまに、あの雑居ビルへと足を運んだりもする。

 アイポッドに表示される曲名は『rain and friend of hope』。

 あの雨は、名前も知らないけど、僕に友達を連れてきてくれて、だったらもしかしたら、おねえさんには何かの希望が生まれたのかもしれなくて。

 そんな風に思いながら、僕はおねえさんの歌に聴き惚れる。

 おねえさんの笑顔が忘れられないうちは、きっと僕はまだまだあのビルに足を運ぶだろう。

 いつか、また会えるといいな。

 気付けば僕はその歌を聴きながら眠りに落ちる。

 夢の中では、あの日のおねえさんとの会話が、戻ってくるのだった。


                    完。

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