ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

書庫 「葉っぱ猫」 mixi処コミュの『猫と子猫とぼく模様』

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
『猫と子猫とぼく模様』

=====================================


 四畳半なんて小さい部屋に置かれた勉強机の左側には、無駄に大きな窓があった。

 ちょっとしたバルコニーじゃないけど、スペースのついたその大きな窓。

 僕はその窓のせいで、色々と人生を狂わされている。

 特に今は、現在進行形で。

 十五年という生まれてからこれまでの時間の大半を過ごした僕の部屋、その部屋に暖かいお日様の光を入れてくれる、東向きの窓。

 狭い狭い部屋にちょっとだけの開放感を与えてくれるその窓は、今、開けなくなっていた。

 何故なら。


「うみゃぁぁぁ」


 勉強机に向かって、その名前の通りの目的で問題集を解いていた僕の耳に飛び込んでくる、ちょっと甲高い、でも何だか放っておけない、あの時と同じような、か細い鳴き声。

 フラッシュバックするように頭に浮かんでくるのは、数日前の雨の日の出来事で。

 慌てて振り返った僕の目線の先にいたのは、三匹の子猫だった。

 ベージュ色をした絨毯の上、ダンボール箱で作った簡易的な子猫たちの住まいの中で、黒、黒白、ミケという、親猫の柄がよくわからない三匹の子猫が、鳴いている。

「ああ、ちょっと待って。この問題だけ……ああもう、いいや!」

 みゃぁみゃぁと鳴き続ける子猫の呼ぶ声を、僕は放っておけなかった。

 勉強中の教科書とノート、ついでにシャーペンを放り出して、椅子から降りる。

 こう見えても受験生な僕は、ちょっとばかり勉強をサボるくせがあって、そのせいで十二月を迎える今、めちゃくちゃに焦っているのに。

 放っておけないのだ。

 まるで子猫の鳴き声には人を惹きつける不思議な力があるのかもと思うぐらい、気になる。

 こんな状況になったのは他でもない。

 開けなくなったこの窓が、そもそもの原因だった。


 ◇


 問題が起きたのは今から三日前、冷たい雨が降る夜のこと。

 冬休みに入ったとはいえ模試の結果がよろしくなかった僕は、志望校に行くためには全然頭が足りていないことを先生から告げられて、焦って勉強をしていたんだけど。

 いつもなら閉じているカーテンを開けっ放しにしていたのが、原因といえば原因だった。

 僕は暗い中で勉強したほうが集中できる子だから、デスクライトだけをつけて机に向かっていて、だから最初は全く気付かなかった。

 カリカリと何かを引っかく本当に小さな音と、物凄く遠くから聞こえた「うみゃぁぁぁ」という鳴き声。

 最初は気のせいだと思っていたんだけど、問題を数問解いても消えないその音と声に、僕は何だろうと思って窓の外を見る。

 するとそこには、正確には窓の向こう側には、三匹の子猫がいた。

 誤解がないように言っておくけど、僕は決してそんなところに猫を置いた覚えはない。

 そして、僕の部屋は二階にあって、窓の向こう側にある小さなスペースに一階から上がってこれるようなルートはない。

 なのに。

 何故かそこには手の平に乗るんじゃないかと思えるほどに小さな、三匹の子猫が居たのだ。

 ただしその時は三匹の子猫だけじゃなかった。

 おまけに、というか僕的にはそっちの方に意識を持っていかれてしまったんだけど、そこにいたのは子猫だけじゃなくて、真っ黒な羽を広げたカラスもいた。

 というか、子猫を突っついて遊んでいた。

 だから子猫は甲高い声で必死に鳴いていて、一生懸命ちょっとでも明るさのある窓を引っかいていたんだろう、なんて冷静に考える暇もなく、僕は慌てて窓を開いた。

「こ、こらっ!」

 果たしてカラスは遊びのつもりだったのか、食べようとしていたのかはわからない。

 でも僕は助けを求めるように鳴いていた子猫たちを放ってはおけず、カラスを追い払って部屋に入れてあげたのだ。

 問題だったのは、カラスがそのまま飛び去ってくれはしなかった、ということ。

 獲物を奪われたと思ったのか、こともあろうにカラスはその後、仲間を引き連れて戻ってきたのだ。

 戻ってくるだけじゃなくて、窓に体当たりを始めたのだ。

 本当に怖かった。だから僕はカーテンを閉めて、子猫たちを抱きしめて布団に
潜った。

 それが、三日前の出来事で。

 そして、記憶は今に戻ってくるわけだけど、窓の外を見て僕は大きなため息を漏らした。

 ──まだ居るよ、あのカラスたち。

 窓の外をちらっと覗うと見える見える、昨日よりは数が減ってるけど、五羽のカラス。

 不気味で仕方ないけど、だからと言って追い払ってもすぐに戻ってくる気がする。

 カーテンを閉め切って見ないことにしたいけど、見えないとそれはそれですごく怖くて、だから僕はカーテンを閉めることもできず、ただ子猫の世話と勉強を続ける。

 これが、窓を開けられない理由。子猫を守ってあげないといけないから。

 でも、この子猫問題は、更に不思議な形で、この日の夕方には解決することになるのだった。


 ◇


 最初に気付いたのは、お腹が空いて集中力が途切れた午後五時頃のことだった。

 この三日間、あれだけずっと張り付いていたカラスがいつの間にか見えなくなっている。

 あれ? と思って、僕は窓に近づいてみて、別のことに気付いた。

 窓の外側にあるスペースに茶色と白と黒が混じった柄の、何かが寝そべっている。

 ──猫?

 疑問に思うまでもなかった。目の前にしゃがんで窓越しに見れば、確かにミケ猫だった。

 どうやって昇ってきたのかはわからないけれど、そのミケ猫はこちらに背を向けて、まるでこの部屋を守るように遠くのほうに首を向けている。

 僕は、直感した。

 何で離れていたのかはわからないけど、このミケ猫が、この三匹のお母さんなんだ──と。

 だから僕は、この三日間開けることのできなかった窓を、開けた。

「みゃあ」

 お邪魔します、とでも言うようにそのミケ猫は入る前に鳴いて、ゆっくりと入ってくる。

 入る前に足を地面でこすって、絨毯を汚さないようにしてくれているのかな、なんて思っている内にミケ猫はダンボールの住みかで眠っていた子猫たちに近づいた。

「みゃあ」

 目の前に座って、もう一度鳴いたミケ猫。

 それに気付いたのだろう眠っていた子猫たちも起き上がり、「みゃぁぁ」と三重奏のように鳴き始める。

 何で子猫たちをあんなところに置いていたのか、それはわからないけれど、僕は思った。

 ──やっぱり子猫はお母さんと一緒に居るのが一番なんだよ。

 この三日間はちょっとだけ大変だったけど、それも今思えば、勉強の息抜きになった。

 ミケ猫が子猫の中の一匹を口に咥えると、歩き出し──何を思ったか、やっぱり下ろす。

「……どうしたの?」

 伝わるわけでもないのに、問いかける僕。

 ミケ猫はそのまま子猫たち三匹を見回した後で、僕のほうを振り返ると、

「みゃあ?」

 と鳴いた。

 さっきと微妙に鳴き声が違うのは、さっきとは違う猫の言葉を話しているからか。

 ──きっと、ありがとうって言ってるんだな。

 そう受け取った僕は、思わず笑顔になった。

 犬よりも人間に懐かないっていう自由な猫だって、やっぱり感謝の気持ちはあるんだ。

 だから僕は笑顔のままで言う。

「あはは、いいよいいよ。気にしないで?」

 まるで猫と会話ができたような気分になって、僕はちょっとだけ幸せ気分だった。

 だけど、その後のミケ猫は、僕の予想を見事に裏切った。

 そのまま子猫を連れていくかと思っていた僕を放ったまま、子猫の側に寝そべったのだ。

 しばらく、時間が固まる僕。

 当たり前だけど、寝そべったからには固まっている僕を気にせず、目を閉じるミケ猫。

 窓は開けているにも関わらず出ていこうとしないミケ猫を見て、数分ほど固まった後で僕はようやく気付いた。

 さっきの「みゃあ?」は感謝の言葉なんかじゃなかったのだ。

 さっきの「みゃあ?」は「やっぱりこのままここにお邪魔していていい?」の「みゃあ?」だったのだ。

 固まった僕をよそに、眠り始めたミケ猫と、そのお腹にくっついて眠る、三匹の子猫。


「……………………ええええええ?」


 ──そんなわけで、この窓はまだまだ現在進行形で、僕の人生を狂わせるのだった。

                                                  完。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

書庫 「葉っぱ猫」 mixi処 更新情報

書庫 「葉っぱ猫」 mixi処のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。