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書庫 「葉っぱ猫」 mixi処コミュの声無しの詩/序幕

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『声無しの詩 〜夢のない君に捧ぐ10分間〜』

  『序幕』


 ──映画館にある大画面の向こう側。

 三匹のアゲハ蝶が真っ白な花弁《はなびら》と戯れる。
 春先の鮮やかな色に包まれた、暖かな日差しを浴びたそこで、

 一匹は白い花を見下ろすように空を舞い、
 一匹は傷つき花弁の上で動かない。
 一匹はその動かない蝶を気遣うように、寄り添っていて。

 広げれば光を受けて美しく輝く羽根には、大きな穴が開いている。
 それでも、傍に寄ってきた二匹に導かれるように、傷ついた蝶は羽ばたいた。
 一生懸命に。
 太陽は遥かに遠く儚くて、それでも、三匹の蝶は青い空を舞う。

 跳ねるように、踊るように。

 それは、画面上に彩られた、三匹の小さな物語だった。





 ──真っ白な病室。

 風に揺れるカーテンが、じんわりとした暑さを紛らわしている病室に、青年は居た。
 床に置かれた、手の平二枚分の携帯テレビから流れるその映像を見ながら、ベッド上で静かな寝息を立てている『──』に配慮して、音を立てないよう慎重に作業を続ける。
 病室の床に並べられた、それ単体では何に使うのかわからない機材。
「急がないと、向こうの時間に間に合わないな」
 独り、呟きながら青年が組み立てているのは、ホームシアター用のアンプ一式だった。
 病室で、映画を見るための装置づくり。
 普通ならそれはすごく滑稽で、看護士から苦情が来てもおかしくない光景。
 けれど、青年はとっくに看護士にも医師にも承諾をもらっていたし、何より真剣。
 この場所で、『──』に見せたい、映画があった。
 それはこの六年間、青年がひたむきに目指した、大切なもの。
 一本の映画で何かが変わる。
 本当にそうだったなら、世界はどれほど明るくなって、どれくらい綺麗になるだろう。
 それは、ただの淡い期待。
 でも、青年はそれを信じていた。
 この映画が、何かを変えてくれるのだと。

 ちらりと、携帯テレビを見る。
 映し出されているのは、場面が変わり、どこかの映画館内の様子。
 小さな画面の向こう側で、舞台挨拶が行なわれている。
 それは、とある映画の試写会だった。
 現在進行形。
 今この瞬間に行なわれている、青年にとって人生の分岐点になった大切なもの。

 『声無しの詩』という映画の試写会は、監督の前口上から始まった──。




 
 ──照明に照らされた舞台上。

「この映画には、蝶々が出るわけでもなければ、白い花がテーマでもありません」
 上手から入場した役者を従えて、そう口火を切ったのは二十代後半の女性だった。
 静かな客席は、数席だけを残して他は満席。
 何百という人間が見つめる中で、その女性は言葉を組んだ。
「それでも、冒頭で見て頂いた映像は私の……私たちの映画の、象徴でもあるのです」
 主演俳優よりも目立つ、印象的な眼差しと、凛とした声。
「この映画を見て頂く皆様に、ご挨拶させて頂きます。今回の作品で映画監督を務めさせてもらいました、住名麻衣です」
 短い自己紹介と、まばらに鳴り響いた拍手。
 照らされた壇上、客の何割かはその場所に立っている役者が目当てだろう。
 けれど、彼女は気にすることもなく、口上を続けた。
「この『声無しの詩』は、もしかしたらありふれた作品かもしれません。でも、私たちが全ての想いを込めて作り上げたこと……そして感じてほしいことがあるのです」
 壇上を振り返る彼女。
 数人の役者がそこには立ち並んでいて、一様《いちよう》に彼女を見ている。言葉を聞いている。
「試写会だからこそ、私はもうしばらく皆様に聞いて頂きたい話があります。それはこの物語の原点。映画の登場人物のモデルとなった彼らのことを、私は少しだけ、ここで是非、話したいと思うのです」
 和気藹々《わきあいあい》と楽しんだ試写会を求めてきた観客が居たなら、それは叶わない。
 映画監督として、クリエイターとして、蝶の映像から作品は描かれ始めているのだ。
 心の中で気合を入れて、彼女は唇に音を乗せた。

「それは、今から六年前の話です。その始まりは、大学生の青年が、声の出ない障害を抱えた少女の家庭教師を引き受けたことでした────」


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