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書庫 「葉っぱ猫」 mixi処コミュの長編/まじょ森の赤い魔女・?−2

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 紫色に染まった視界に、自分は何もしない間にやられてしまったのか、と思った刹那、パッと視界が開けた。
 空には紫色のほうき星が、天の川のように団体で流れ落ちてきていて、その一部は佇立した自分の身体を"貫いていって"、希望は思わず身を縮めてしまう。
 否。
 実際は空ではなかった。
 まず第一に、大地が存在しなかった。左右も、上も、下さえ紫色の世界が広がっていて、星は自分を貫くものも含めて、どこまでも落ちていく。
 という事は、流れ落ちるものも星ではなく、幻覚?
「『紡ぐ為の世界[Lilime of Lilith]』と申します」
 すぐ真上から、声。
 カイサもまた紫色の世界に溶けこむように、だが、自分より遥かに世界に馴染んでいて、見上げたくせに希望は彼女の姿をすぐには見つけることが出来なかった。
 少しして、再び聞こえた声で、気付く。
 真上より少しずれた、自分より高い場所に、"斜め向きに立っている。"
「ここは、言ってみれば精神世界でございます。カイサと貴方さましか存在しておらず、誰の干渉を受けることも、時間の干渉さえ受ける事はございません」
 魔術、というよりは、ウィッチさんの使ったものと同様に、まるで『魔法』のような。
「ゆえに、ここでは貴方さまと本音を通して話し合えるものと思いまして」
「本音、と言われても……おれは、本当のことしか言ってないと思うけど?」
 順応は、意外と簡単に上手くいった。
 何故かはわからないが、こういう世界ですら、どこか懐かしさを覚えるのは、何故か。
「いいえ」
 希望の言葉に反語で応答、
「貴方さまは本音で話してくださっておりますが、本音で話してくださっておりません」
 この意味がわかりますか、とカイサは問う。
「……どういう意味?」
「全く違う方向性の本音を持っているのかと推測しますが、実際は貴方さましかわかりません。とりあえず、今回カイサがこうして『戦い』をおこなっているのは、別に貴方さまをどうこうしよう、というわけではございません。あしからず」
「だと思ったよ。なら、どういう意図で……」
「……この世界に生きる魔女の中で、ごく一部ですが、未来を『視る』事ができる魔女が存在しております。未来予知に関しては、実際に何人もの予知能力者が、超能力の世界にもいるとは思いますが、魔女の場合は、魔術がありますので、より限定的になる代わり、より確定的な未来を『視る』事ができるのです」
 今更、別に驚くことではない。──いや、驚くところなのか?
 この二日間で思ったよりも、常識が麻痺してしまっているのを認識して、思わず苦笑。
「カイサもまた、あの孤児院に住むベリアルさまと同じく、未来を『視る』事が出来る魔女の一人でして」
「ウィッチさんも」
 だから色々と不思議な事を言いながらも、自分は手を出さなかったのか。
「カイサの場合、限定したのは『サフィに関する未来』でございます。とはいえ、未来は決して不変ではなく、『視るもの』を限定しても、決してそれは『確定的』には出来ません。これは、カイサも、ベリアルさまも、他の魔女も同様でございます」
「必ず未来を見れるわけではない、と」
「その通りでございます。ゆえに、見た未来を確定的にする、あるいは、見た未来を避ける為に努力をすることが必要となります。大体、おわかりになりますか?」
「ええと、大体。じゃあ、おれをここに呼んだ理由、っていうのは……碧ちゃんをこちらに返してくれる条件、でいいのかな」
 それ以外にこうして、色々と話してくれる理由がわからない。
 これまでの接触でも、やはり彼女の中心にあったのは、近かれ遠かれ、碧/サフィという存在なのは間違いなさそうで。
「理解が早くて助かります。カイサは、本当の意味で、心も身体も、サフィが欲しい。その為に貴方さまが、サフィと共に居てくれるのが、おそらく、最短の手段となる。だから、貴方さまにはカイサの協力者となってもらいたいのです」
「……傷つけるような事は、出来るだけしたくないけど」
 出来るだけ──つまり、他に手段がないなら、今はそれさえ厭わない、という意味。
 今の希望にとって第一の目標は、千風の呪いを解く事。
 もしも傷つける事になったとしても、それは、そうしたら、今度はその後で、傷つけた分以上に笑わせればいい、笑えるほどの幸せがあれば、許してもらえるかもしれないから。
 あくまでも、希望の根幹は"偽善"。
 でもそれは別に自分ではさほど嫌いってわけでもなくて。
「カイサと、貴方さまは、似ています」
「ほう? どこらへんが似てるんだろう」
「わかりませんか? カイサは、サフィの為ならば全てを投げ出し、全てを犠牲にすることも別に"厭わない"のです。対象こそ違いますが、貴方さまも似た部分があるはずですが」
 言われて、考えてみる。
 いや、考えるふりと言ってもいい。
 結論は出ている──それは、確かに似ているのかもしれない。
「結局は、自己中心的な存在、っていうところ、かな?」
「間違いではありません。その為なら、決して、"自分を貫こうとは思わない"。最後に笑うのは、私たち……違いますか?」
「違わないかも」
「だったら目的が違うだけで、協力は出来るはずです。少なくとも今はまだ」
「……なるほど?」
「こちらの世界は時間に縛られておりませんが、そろそろ"ちょうど良い時間"ですので、こちらからのお願いを率直に申し上げます」

「これからも、あの孤児院に関わり続けてください。『お願い』は、それだけです」

「……それだけでいいの?」
 正直、もっと細かい事を頼まれるのかと思っていたのだが(例えば、サフィに如何にこの事件でのカイサが良い人物だったか伝える、とか)、大雑把な『お願い』に拍子抜けする希望。
「もう一つ、『お願い』させて頂くなら……カイサの上官を徹底的に痛めつけてください」
 カイサの泣きそうな顔に、微かに混ざった笑みに、それが冗談なのか本心なのかはわからなかったが、希望も笑っておく事にした。
 笑いは、何にも優る。
 どんな辛い状況でも、笑っておくに越した事はなく、それは強さの証明にもなるから。
「貴方さまは、これで、カイサの味方です。その事をお忘れなきよう」
「大丈夫だよ、でもいざ、何かをするってなったら、おれは結局、自分の望んだ方向に持っていこうとするだろうけど、いいのかな?」
「構いません。貴方さまに求めるのは、あの孤児院と共にある事。それは、最終的にカイサにとって、望みを叶える近道となる。利害が一致するなら、協力するに越した事はありませんので。カイサは満足です。……サフィと思う存分、二人きりの時間を過ごせましたし」
 最後にぽろっと、わかりやすい本音も漏らすカイサ。
「なら、これで『戦い』は終わりってことでいいのかな」
「そうでございますね。"時間的にもちょうどいい"はずですから、『戦い』は終わりです。どうせですから、カイサは最後に印象付けて去らせて頂きますので」
 紫色に染まった世界の中、カイサは初めて、無邪気そうに笑って。
 自分の出会う魔女って、何だかんだでみんな、可愛いなぁ──不謹慎な事を思いながら、
「それと。お願いを聞いてくださるお礼に、貴方に"鍵"をあげます。ポケットに入れておきますので、どうぞ使ってください」
 鍵? 鍵って──
 意味のわからない最後の言葉に、疑問を投げかけようとして──声にするよりも先に訪れた眩暈と同時に、希望は闇に沈んだ。

 ×

 ドンッ──!!

 意識が戻るなり聞こえた爆発音に、吹きつけてくる爆風と、地面が抉れたのか、吹き飛んで焦げ土混じりの草片が顔に当たって、希望はその場に踏み止まるという行動を思いつく事なく引っくり返ってしまう。
「なっ、何──」
「ホーくん! やっと復活した……わからないけど、ホーくんが『勝った』からじゃないかな」
 いっつ、びくとりぃ?
 疑問系の和声英語に「びくとりぃ。問題なく」と答えつつ、爆音の方を見て、
「──カイサ、は? あの子、どこへ……」
「爆発、したみたい、です。爆発? ……灰草くんよりもちょっとだけ早く起きたと思ったら、碧ちゃんに抱き着いて、すぐ離れて……爆発? したんです。……でも、二時間も、二人とも、意識なかったみたいですけど、大丈夫、だったんですか?」
「二時間? ……爆発?」
 ふと、意識を失う直前の言葉を思い出す。「印象付けて去らせて頂きます」という。
 ──あぁ、こういう事か。
「だ、いじょうぶ。凄い、驚かされたけど、うん。びくとりぃ……勝ったから」
 ほら、と碧を指差す希望。
 指先から、頭の先から、石化が解けていく。
 あまりにもシュールな光景──何せ生身の部分と石になっている部分が混在しているわけで。
 綺麗に解けきるまで、希望を含み三人とも、微妙に視線を真っ直ぐに向けてはいられなかったのは、碧には内緒、という事で。

 ×

「……碧ちゃん!」
 綺麗に石化が解けると、光を感じられなかった碧の瞳に、輝きが戻ってくる。
 一瞬、前方にふらついたものの、しっかりとつま先に体重をかけ、碧は周囲に目をやって、
「……ここは?」
 当然の疑問を口にする。
 話しかけるべきか、否か──大事なのはタイミングで、希望は喉まで出かかった声を抑えることで精一杯。
「カイサっていう子が、たぶん、展開した結界。でも、彼が、彼女と戦って、碧ちゃんの石化を解いてくれたんだ」
「……お前か」
 視線に当てられ、心を決める。
「そう、おれが、頑張って君を、助けた。恩着せがましい言い方をするけど、等価交換、って大事だよね? ……もう、時間がないんだ」
「あぁ、"わかってる"。碧が、作戦を考えてある」
「とりあえず、手伝ってくれるだけでいいから力を貸し──え?」
 今、わかってるって言った?
 てっきり拒否から入るとばかり思っていた希望は、頭に描いた説得の構図を崩される。
「わかってる、と言ったんだ。時間がないんだろう。石化していても、目は見える。石化した事がないからわからないだろうが、そういうものなんだ。……カイサとの確執は碧の問題だが、感謝する。そして、これは恩だ。恩は、返す。碧と関係を作ってしまったお前に、不幸が訪れる前にな」
「関係を作ったなんて、そんな──」
 いや別に変な意味ではないんだけど、ツッコミを入れるべきか迷ってしまってふと思い出す。
 ──一時間半も経った?
「今、何時?」
「零時まで後、十分もないかも」
 視界が、頭の回路が切り替わる。
 もう何分もない? なら、すぐにでも動かなければ、間に合わない。
 何より、アロイスがどこにいるかまだわからない──
「焦るな、希望。碧は言ったはずだ、目は見えていた、と。あそこに置いてあるものが見えるか? あれは、本の中に空間が存在する特殊な『絵本書』だ」
 言われて、指の方向を見て、茂みの脇に無造作に置かれている『絵本書』が視界に入る。
「あれは、」
「アロイスと名乗った男は、あれの中だ。カイサは本来、あれを守る役目だったらしいが、お前が勝ったからな……平和的、に。……あれも強力な魔術だが、使い方は簡単だ。決められた言葉を、触れながら唱えれば、本の中にある部屋へと移動できる」
 今の魔術レベルで考えれば、ただの転送装置かもしれないが──捕捉する碧を押し退けて、希望は走って本のもとまで行くと、持ち上げる。
「……唱える呪文? は?」
「待て、落ち着け。まずは耳を貸せ」
 間に合わなかったら、という可能性を考えると一秒すら惜しいが、落ち着け、の言葉にほんの少しだけクールダウン。
 確かに現状のまま突っ込んでいっても、返り討ちにあうのが関の山。
 自分一人では何も出来ない事はすでに、孤児院では実感として得ているから、そういう面で冷静になるのは比較的、容易かった。
「石化の間も、目は見えるし、頭は考える事が出来る。だから、お前が碧を庇った時から、考えてみた。『絵本書』を奪う為には、全員の協力が必要不可欠だ。作戦は──」
 自分が思いつかない事を素早く、わかりやすく、説明していく碧。
 孤児院に居たときとは正反対の態度に、希望は、何があったのか気になったが……今はそれどころではない。
 説明を聞き終え、碧が壁を作りながらも、それぞれの魔術に実はしっかりと目を配っているのを知って、エマや瀬莉は、驚いた目を彼女に向けていた。
 ──彼女もきっかけがあれば、大丈夫なんだ。
 希望は、やはり、と口には出さず、感じる。
 元々、ああやって孤児院に集っているみんなは、心の壁が邪魔しているだけで、やっぱり、きっかけさえあれば、分かり合えるんだ、と。
「よし……行こうか。準備はいいな? 呪文は『開け・ゴマ[Open Sesame]』だ」
 碧の号令で、みんなが顔を見合わせ、頷いた。
 平然と『透明の呪い』を使うような男が相手、カイサとは全く違った『悪』の存在に、失敗は決して許されない。
 作戦を頭の中で反芻させながら、希望たちは『絵本書』に触れ、呪文を唱えた。

≪≪『開け・ゴマ[Open Sesame]』≫≫


 ◆ ◇


 それは、珍しい『魔道書』だった。
 本に触れて呪文を唱えれば、その中に作り出した結界空間に入りこめる、という。
 普通、『魔道書』とは補助作用、あるいは、それ自体が『魔術具』としての媒体効果があるものだが、それ自体に入りこむ魔術、というのは未だに見たことがなく、この『魔道書』を入手した時は年甲斐もなく喜んでしまったものだった。
 ただのワンルーム、しかも、中身を改造する為にはそれなりの手間とコストがかかるのが難点ではあるが、広さは充分過ぎるほどに充分。
 ちょっとした武道場が開けるほどのスペースがあり、アロイスは手に入れてから少しずつ自分好みの部屋へと改造を繰り返し、今や拷問器具溢れる、恐怖の部屋を完成させていた。
 と言っても、アロイスにとっては恍惚さえ感じる部屋なのだが。
「あの魔女はなんていう名前だったか──あぁ、思い出せねェな。まぁ、いいか」
 部屋の内容だけではない。
 何せ、『どの国、どの場所、どの時間』においても、自分だけの空間でゆっくりと休む事が出来る、というのは長年、世界中を旅しながら魔女を狩り続けてきたアロイスには、夢のような道具だった。
 問題は、『絵本書』自体を見つからないように、隠しておかなければならない点にある。
 もしくは誰かに守らせなければならない。
 でないと、燃やされてしまったりすれば二度と中から出れなくなる、という『制約』がある。
 『力』に対する『代償』とは、そういうものだった。
「……そういう意味では、お前等は、単純で嬉しいがね。何だよ、ぞろぞろと」
「何だよ、と言われれば……呪いを解きに、来ました」
 単刀直入に言って、他の三人を守るように一人、前に出る希望。
「……呪いってのは『透明王女』のだろ? あれは、とっくに効果が成立して、存在が消えているはずだが……いや、消えてないな。何しろ、俺様は"覚えてるしな"」
「ええと、細かい事を話しても……分かり合えないと思うので。……おれは、ただ、助けたいから、あなたから『絵本書』ってのを奪わせてもらいます。なので、どうせだったら、楽しんでください」
 最後には、辛い思いをさせるかもしれず、それは希望にとってやや反したものではあったが、そこは"割り切らないと"、仕方ない部分で。
 先に喧嘩を吹っかけてきたのは、相手なのだから、ツケは払ってもらわなければ。
 負の等価交換は出来れば避けたいところだが、そもそも等価交換になるのか?
「変なガキだな、楽しめ、だと? 俺様には、あの小娘が持っていた『魔道書』から生成されたこの『不死鳥の絵本』があるっつーのに、お前等のようなガキどもに、俺様から『絵本書』をあっさりと奪える、隠しだまでもあるってか?」
 希望は、堂々と、両腕を腰に当てて、口唇を持ち上げ、不敵に笑った。
 "後ろではすでに作戦が始まっている、という事を気付かせない為に"。
 アロイスは片眉をぴくり、と動かし──同じく、口元を歪ませた。
「あの時は、一般人だと思って控えめにしてやったのに、懲りてないようだな? まぁ、いいぜ。そして、後悔しても遅い。どう考えても、お前はもはや、『一般人』じゃないしな──」

≪──開け、『不死鳥の絵本[phene rebellioire]』≫

≪──絶対の守護を創り出せ、『凍れる蛇(Leviathaness)』≫

 アロイスの勝ち誇った声に重なるように、希望を背後から抱きかかえるように腕を伸ばした碧が、そのまま希望と位置を入れ変え、"本来の"呪文を呟いた。
 開いた『不死鳥の絵本書』から飛び出す二本の炎尾が碧へと迫り、しかし、碧の眼前、空中に同時展開される、それ自体は極薄の、三百三十三もの白蒼の氷をたった一つの為、重ねに重ねた『十の白盾』によって、両方とも弾き返される。
 決して、アロイスの炎が弱くなっているわけではなく、勢いは変わらないというのに、孤児院で呑み込まれたような炎>氷の図は成り立っていなかった。
 驚愕に、表情が歪む。
「何を、した?」
 ──この短時間で、それもあの女は石化していたはずなのに、何か秘策があったのか?
 アロイスは何度か炎を繰り出し、真横から、上から、二つを重ね、様々な攻撃を取るが、どれもが"あっさりと"防がれていく。
「碧は何もしていない。元々、碧の役割は『守護』という、ただそれだけの話だ。あの時は、怒りに任せて、お前を攻撃していたから、本来の『カタチ』が発揮できなかった」
 魔術とは、言葉通り、魔を操る術。
 自分の元風景を糧として得た『力』であっても、制御の方法は、人それぞれ。
 碧にとっての手段が、"破壊"ではなく、"守護"にあったという話。
「とは言っても、"本当の煉獄"は防げないがな」
「あぁ、いいさ、こんな『絵本書』に頼った俺様が馬鹿だった。俺様がこれまで『絵本書』に頼って戦ってきたわけじゃない事を、証明してやろう」
 大して悔しそうにもせず、アロイスは近場にあった『拷問器具[ニードル]』に手を伸ばす。
 手に取ったのは、前腕部に装着する、まるで爪のようにも見える『拷問器具』だった。
 ただし、先端にくっついているのは、肉を切り裂くような刃ではなく、見えないほどに鋭く尖った五指に『針』。
「まぁ、認めてやるよ。俺様は、甘く見ていたようだ。だが、お前等はどうだ? お前等は、俺様を甘く見ていないか? 【魔女狩り】のアロイスを」
「お前こそ、本当に甘く見ていないのか、碧たちを」
 挑発に挑発を返し、碧は十枚の『白盾』を操り自身と背後を守るように前方に固める。
 ──戦闘経験の差を、舐めてないか、小娘。
 アロイスはその『白盾』に、本人も気付いてないだろう、ほんの数ミリ──それこそ"針程度しか通らないだろう"、微かな隙間を見つけていた。
 端からそこを狙えば、警戒され防がれてしまうだろうが、フェイントさえ織り交ぜれば、針の一本はかろうじて抜ける。
 それだけで充分。
 アロイスの『拷問器具』は単純な『拷問』の為に使われる道具ではない。
 針もまた様々な状況を想定して、『機械的な仕掛け』を施した上に、体内に入れば全身を麻痺させる『毒』も仕込んでいる。
 あの盾さえ抜ければ、それで充分。
 ──そういう風に"考えを誘導されている事"すら気付かず、アロイスは動き出す。
 そう、アロイスは気付いていない。
 展開されている盾の向こう側で二人ほど、姿が消えている事など、気付くはずもない。
 まずは一撃目、そして必殺のニ撃目──と見せかける。
 防がれる前提の二発目を防がせた時点で、三撃目、狙い済ませた『死角』へと針を突き、盾を抜けたところで、アロイスは指先に力を込め、通った針をカイサに向けて『射出』した。

 ×

 本当にごく僅かな時間しかない中、エマはふぅ……、と大きく息を吐き出し、ポケットにしまっていた『魔道書』を取り出すと、開き、一枚だけを破り取る。
 エマの役割は『探知』だが、基本的には即座に何かを正確に探知する事は出来ない。
 しかし、それは時と場合による。
 今、エマが行なおうとしているのはその時と場合──つまり、最後の手段だった。
 これを一度やってしまえば、『魔道書』は新しいものを作り出す一ヶ月後まで使う事が出来なくなってしまう──何故なら一ページでも『魔道書』を破れば、それはもう『魔道書』の意味が成立しなくなり、効果は消える。
 ただし、破った一ページは別。込めた魔力を使い果たす代わりに、方向性を与えられている魔力全てを込めた『探知』は、目的のものを正確に探し出す。

≪──見つけてね、『透明王女の絵本』を、『三十の目を持つ蝿君[Beelzebubs]』≫

 同じポケットから取り出したペンで、すらすらと破ったページに書き記し、目を閉じるとそっと、呪文を唱えた。
「灰草くん、もう飛びます」
 そのエマの指先に触れながら、瀬莉は、碧と入れ替わった希望へと左手を伸ばす。
 ここまで飛んできたのと同じく、今度はエマが見つけ出した『透明王女の絵本』の場所まで飛ぼうというのだ。
 こちらの魔術はまだ相手[アロイス]には漏れていない、そこが唯一の狙い目。
 見れば、ちょうどアロイスが『白盾』に突っ込んでくるところで、碧は十枚の『白盾』を上手に展開して、こちらの動きが伝わらないようにしている碧に感謝し「早く行け!」催促されてエマ、瀬莉、希望は同時に頷いて、

≪──ここからそこまでひとっとび、『蛙の輪唱[riurirasis]』≫

 瀬莉が呪文を唱え──三人は、"飛んだ"。
 それと同時に『白盾』をすり抜け──『針』が、碧を貫いた。

 ×

 『白盾』が吹き散っていく。
 即効性の毒針は、避けようともしなかった碧の腹部を突き破り、肉を抉る──ように、アロイスには見えていた。
 少なくとも、アロイスには。
 何故なら『針』はアロイスの手とは直接繋がっておらず、それは彼が『射出』して攻撃するという手段を選んだからで、もし、そうでなかったら、気付いていたに違いない。
 肉を抉るのとは全く違った、まるで"氷を突き刺すような"感覚がアロイスの腕に伝わっていたはずなのだから。
 甘く見ていたのは、希望側か、はたまた、アロイスか。

 ×

 エマと瀬莉の連携は、元々ウィッチによって想定されていた、対魔術師戦闘における切り札的な役割を持っている。
 魔術という、超常的なエネルギーが働く世界において、相手を倒す為に、という前提があるならば、大事なのは先手を打つ事と、相手を油断させる事の二種類。
 その意味において、もしも身を守る為に、戦う事になったなら、戦いに関しては千風と碧に全てを委ねればいい。
 エマはその『探知』で相手の弱点、あるいは逃亡手段を探り、瀬莉は『移動』に関して反則的な方法を取れるのだから、言葉通り、役割分担。
 とはいえ、一見便利に見える補助的な魔術は、直接的な他者へ影響をもたらすものよりも、実は遥かに難しいものである。
 エマが今回使った手段は言い換えれば、一度の事件ではたった一回しか使えない魔術だし、瀬莉に至っては、二度もエマの意志を『自分の飛ぶ目的地』に設定する、なんて高度な術を使ったせいで、自分では立てない程に疲労困憊になってしまっている。
「けど、無茶させたおかげで、」
 アロイスの背中がやや小さく見える。
 エマが指差したのは机の上──そこには一見、何もないが、触れればそこには確かに、本らしき感触があって、手探りでそれを掴むと、希望は『絵本書』手に取った。
「おれたちは、こうして目的を達成できるんだ」
 ゆっくりと、アロイスが振り返ってこちらを見るが、すでに『絵本書』は手の中にある。
 後は、破り捨てるだけ。
 背中のリュックに入れてあるマントには、今も、最終段階で消えかけている千風がいて。
 アロイスが何事かを呟いているのが見えたが、気にしない。
 希望は手の中にある『絵本書』を、半分に破り捨てる為に開き──

「え?」

 ──身体中に走った電撃に、身を震わせた。

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