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書庫 「葉っぱ猫」 mixi処コミュの長編/まじょ森の赤い魔女・?−3

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 ◆ ◇

 ──彼女たちに協力を求めるなら、私も少し手伝うけれど、基本は君ひとりで頑張りなさい。

 それが『助ける手段』を教えてくれた希望に対して、最後の最後に告げられた言葉だった。
 孤児院の子供が困っているのに助けない、なんて、端から見れば、ものすごく薄情にも思えて……しかし、と考えてみる。
 ちょっと恐い印象もあるし、暴力的な気がしなくもない(本も投げてきたりする)けど、割と良い人そうだったし、考えてみれば、そこまで悪い人でもないはず……じゃなければ、千風が『師匠』と言ったりはしないはずだし、他のみんなに関しても、そうだろう。
 ならば、絶対に、薄情には見えても何かしらの意図があるはずで、だったら、自分はやるべきことを早急にやっていくだけ──
「はーい?」
 扉の向こう側から聞こえてきたエマの声に、希望は気合を入れなおす。
「希望、です。ちょっと、話がしたくて」
 二階は、中央に吹きぬけを囲むようにして、光が通りやすいよう、内壁の代わりに窓ガラスがはめられている通路があり、文字でいえば『回』のような形をした通路になっている。
 正面玄関から見て左側の、ちょうど真ん中あたりにエマの部屋はあって、希望はその扉の前に立っていた。
「鍵、開いてるよー。……どうぞどうぞ」
「どもども。じゃあ、お邪魔しま──」
 扉を開いて、絶句。
 見た感じ、真面目そうな、意外とマメなタイプだと思っていたのに、扉を開けてみればびっくり──彼女の部屋は、乱雑も乱雑、服から小物から雑誌から、果ては下着(凝視はしなかった。少なくとも見た瞬間に、目は逸らした)まで床に敷き詰められていて、これは新手の異文化交流?
「あーごめんごめん。片付けるの、面倒、というか……えへへ。けっこう、散らかってるから、足場には気をつけて」
「あ、いや……ええと、出来れば、表を歩きながら、とか」
「やっぱり汚い? ちょっとショック……なんて、片付けろって話? だよねぇ……アタシもそう思うんだ。あいあむ、ふーる?」
 フールってなんだったっけ……とは口に出せず、曖昧に笑いながら、準備をするというエマが着替えるのを、希望は外で待つ。
 さっきも、簡単に話はしたし、すぐに協力を取りつけて、他の子にも説得しなきゃ……でも考えてみたら、他の子がどんな子かわからないし、エマみたいにすぐにはいかない、かも。
「いいよ、適当に、外ぶらぶら?」
「少し聞いてほしい話があったから、それで」
 さっき話した時の服装+ニット帽という格好になったエマを連れ、希望は外へと出る。
 孤児院の建っている位置が小高い丘、というのもあるが、住宅街から見る景色よりも市街は断然、夕日によって美しく染め上げられており、希望は景色を眺めながら、切り出していく。
「本当は全員集まってもらって、話したほうが早いし、いいと思うんだけど……エマにさっき言われたことを考えてみて、とりあえず一人ずつ、話したほうがいいかなって」
 何を、とは聞いてこない。
 ただ雰囲気は変わらないままで、それがどことなく希望にとって、あれ? という感覚に繋がって、歩きながら、すぐには事情を説明せず、言葉を整理する。
 引っかかるのは『心の壁』という言葉。
「聞いてほしい話っていうのは、森廼さんのことなんだけど、ウィッチさんから助ける為の手段、っていうのを聞いたんだ。けどその手段には、おれだけじゃどうしようもなくて、ここにある『まじょの森』に住んでる、みんなの力を、借りたいんだ」
「………………」
 あれ? と、希望はまた心中で首を傾げた。
 今までのエマだったら、即答してくれると、そう直感していたのだが、戻ってこない返事に、希望は自分の言い方が悪かったのか、と見直そうとして、
「んーっと……」
 口元に笑みを残したままのエマの横顔に、苦悩を見る。
 答えを悩んでる? ──答え方を悩んでる?
「……さっき話した『心の壁』の話はね、ここにいるみんな──私も含めたみんなが持ってるもので……例えば私は、過去に魔女だからじゃないけど、異端ということで、迫害を受けた経験があって、それ以来、徹底的に『暴力や憎悪』からは離れよう、って、考えていて」
 近場に置かれた、自転車のサドルに体重を預けて、どこか、哀しげな笑顔をエマは浮かべる。
「だから、聞いた話の手伝いっていうのは、そういう『暴力とか憎悪』みたいな、危険のある、っていう部分でしょ? 千風ちゃんが大変な目にあってるのはわかるけど……魔女っていうのはね、みんな、それぞれが自分の為に、魔女になるの」
 それは、魔術師もだけどね、と捕捉してくれつつ、
「この『孤児院』は、だから、特殊なんだ。私たちは、それぞれが孤立していながら、そのくせウィッチさんっていう『柱』に頼って、集まってる、『柱に寄りかかる四本の小枝』。でも、それは『柱』に集まってるだけで、お互いに干渉しあってるわけじゃない」
「仲良くはない……むしろ仲が悪いとか?」
「ううん、悪くはない……あ、どうだろ。少なくとも、私と千風ちゃんは仲が悪いわけじゃなくて、それでもやっぱり、『壁』がある。魔女と、普通の人が相容れないのは、お互いに理解し合えないから、だけじゃなくて『魔女という性質』も、問題なんだ」
「助けたい気持ちはあっても、出来ない? それは規則的なもの、とか」
「そうでもなくて……基本的に、魔女や魔術師は、それぞれが"心に傷を持っている"事を知っているから、お互いに極力、干渉はしないの。助け合いも基本は、ない。それは魔女という存在の背景があるから……他者を信じられないからこその、魔女、なんだ。少なくとも、今の時代に、隠れ住んでいる私たちみたいな魔女はね? "他人の為に、何かを克服して、動くということに慣れてないの"」
「それは、でも、誰でも……それに、エマ、さん、はこうして本音で」

「これだって、私にとっては仮面なんだよ? 本音を見せてる、という風に見える仮面」

 泣きそうなほど、痛々しい笑顔に、希望は言葉に詰まった。
 本人も、好きでそんな事を言っているわけではない。
 それが如実に伝わってきて、どうしようもない部分なのかもしれず、かと言って、じゃあ協力してもらわないでも構わない! とは言えるわけもなく、せめて、
「ごめん、ありがとう。エマさん風に言うなら、さんきゅー」
 少しでも笑いを取れたら、と、冗談交じりに(成功したかどうかは別だが)感謝を伝えて、希望は気を遣い、エマよりも先に、孤児院へと戻る事にした。

 ◆ ◇

 千風は一人、孤児院の裏手から山間を一望にできるテラスで、紅茶を飲んでいた。
 ティーカップを運ぶ自分の手は、まだまだしっかりとした肌色が残っているものの、淡くカップの輪郭が透けて見えていて、暗澹とした気持ちが蔭りを生む。
「持ってあと、二日、かな」
 ウィッチさんが話してくれた呪いの効果は、単純明快。
 徐々に存在そのものを薄れさせていき、完全に消えるそのときに、全ての人の記憶からも完全に消え去ってしまう、という。
 これは、いくら近代に入って万能化の進んできている魔術においても凄まじい効果であることは事実。
 実際にこの魔術を作り出した『透明王女』と呼ばれ、他者との交流は持たないものの素晴らしい技術と魔力を持った魔女は、この世界では有名な存在だった。
 年齢もウィッチさんと同い年ぐらいで、若いというのも、才能溢れる証拠。
 そんな魔女でさえ、組織立った【魔女狩り】には敵わなかったのか、はたまた罠にかけられてしまったのか──『魔道書』が奪われたということは、きっともう生きてはいない。
 社会に守られるべき表側の人間とは違って、魔女や魔術師といった超常の現象が常識となっている世界では、身の安全は自分で確保するしかないのだ。
 さもなければ、生きてはいけない。
「まぁ、どちらにせよ……か。心配なのは、私が消えてしまう残りの二日間に……『彼』が先立たないか、という事かな」
 ふっと、景色を流してまぶたを閉じれば浮かんでくる『過去の記憶』。
 どの時代、どの場所でも感じていた、繋がりに、それが自分よりも先に消えてしまう虚無感を思い出して──気付けば、千風の目尻には涙が浮かんでいた。
「……駄目だな、私も。そう、きっとあの時、私が庇えていなければ、先にこの世から消えていたのは『彼』で……それは、これまでと変わらない宿命で……それを変えれたのだから、充分だと思って、おこうかな」
 初秋を過ぎ、紅葉の見頃を迎えている周囲の山々を眺めながら、独り、誰にともなく。
 少し冷めてしまった紅茶を口に含みながら、背後から近づきつつある足音の主に心配はかけないように、涙は綺麗に拭き取り、待つ。
「あぁ、ここに居たんだ。森廼さん、さっきウィッチさんと話した事の報告──」

 君には話すことができない。それは、きっと誓いなのだと思うから……。

 ×

「ウィッチさんと話して、森廼さんを助ける方法、ちゃんと聞けたよ」
 山頂の向こう側からかろうじて指す太陽の光を受けて、朱色に染まる紅葉を眺める。
 ほとんど夜の色合いに掻き消されて昼間に見えるような、鮮やかな赤はなくなってしまっていたが、それでも充分に美しい。
「……三日間でどうにかできる? その、手段で」
 言われ、ハッとする。
 呪いが時間と共に強くなる、という話は聞いていて、しかしそれが何日、とか何時間、とかいう事には触れていなかった。
「それ、三日間が限界?」
「あぁ、ううん。そうじゃないよ? 連休が三日しかないから、もし治るなら学校が始まるまでに治ったほうが色々と助かるなぁ、と思ってね」
 流れるような空気に──どうやら本心らしい──希望は、あぁ、と手を叩いた。
「確かに、休みは三日間なんだよね。だったら、本当に今日明日にはどうにかしなきゃ。その方が森廼さんも気持ちよく笑えるだろうしね!」
「笑える……そうかも? きっと、笑えるかもね」
 話しながら、思うのは、彼女の『心の壁』は何なのか、という素朴だが、突っ込んではいけない、好奇心に程近い疑問。
 違う違う、そうじゃない……おれが今聞きたいのは、現状を打開する為のヒントなんだ──希望は一端沸き上がりかけたそんな感情を押さえこみ、目的の為に口を開いた。
「そういえば聞きたいことがあって、さっきエマっていう子と話したんだけど……ここのみんなだけじゃなくて、世界中? にいる魔女って、それぞれに何かしら、抱えるものがあるから魔女になるの?」
「そうだねぇ……そうかも。私もそうだけど、みんな、たぶん目的があるんじゃないかな。目的っていうよりは、『願い』って言い方のほうが近いかも」
「願い……」
「だって、契約するのは『天使』みたいな"助けてくれる存在"じゃなくて、"対価を求める存在"……『悪魔』なんだよ? 未だに私たちの世界でもこれがどういうものなのか……本当に聖書や教典に在るような存在なのかどうか、それはわからないけど、でも、決して善意の存在じゃないと思う」
 紅茶が空になった事に気付いたのか、千風はテラスに置かれたテーブルからポットを取り、新たに熱い液体を注ぐ。
「だから、それでも……と思うぐらいの何かがあるから、みんな魔女になるんだと思う。それ以外にも理由はあるだろうけど、私はそうかな」
「それは、やっぱり自分自身の為に?」
「……うん、そうかな。でも、それだけじゃない。私が目指しているのは、自分自身の為でもあるけど、同時に──」
 同時に、君の為でもあるんだよ──という言葉は、喉の奥底に押しこんで堪える。
 今はまだ、それを言うには早すぎる。
 もっと絆を感じてもらわなければ、唐突に言っても受け入れられる事ではないから。
「──とにかく、私の為にもなる、という事。だから、その手段のひとつとして私は魔女になったんだよ、自発的に。参考になるかな?」
「うん、参考に……あれ?」
「そうだね、大事なのは『願い』だと思うんだ。何を求めているのか、という部分、かな。前向きなことに関しては私よりも、君の方が、鋭いだろうけどね?」
 なるほど──希望は目からウロコが落ちる思いだった。
 ある人は、魔女はなるべくしてなるもので、だからこういう方向しかない──と考え、
 ある人は、魔女は『願い』を叶える為の手段で、だからこういう方向がある──と考えている、"という考え方の違い"を利用する、ということ。
 ならば、知るべきは『過去』ではなくて、『目指したい未来』のはずで、そこに関してはきっと隠さないで話してくれるはずで、むしろそれを一緒に目指そうと、方向が同じだったなら協力はできるんだ、と"知ってもらう事もできるはず"。

 ──『心の中の何か』がカチリ、と向きを変えた。

 + + +

 目の前に広がるのは、立ち並んだレンガ造りの建物と、街の中心部なのだろう、やや大きな噴水の据えられた広場。
 ここでおれは、今から彼らに笑いを届けるんだ。
 背後にはおれと同様に、今にも爆発しそうなエネルギーを蓄えてウズウズとしている、大切な仲間たち。
 無数のナイフを手に持った男、巨大な玉の上に座りこむ少女、八本のたいまつを両手の指に挟んでいる女性──みんな、おれが集めた仲間。
 初めての公演に、胸が踊る。
 おれたちは、そうだ、今から目の前で待つ、期待に胸躍らせる観客たちに幸せと笑いを届ける、サーカス団。
 真っ白に塗りたくり、一際目立つように鮮やかな丸い赤っぱながはずれないように手でしっかりと付け直し、おれは、舞台中央に向かう。
「さぁ、とくと、ご覧あれ……我ら、ゆらり巡るサーカス団──」

 + + +

「あぁ、そうか! そうだよな、そうだよ……ありがとう、森廼さん!」
 一瞬、何かが『心』をよぎったものの、立ち消えてしまい──それが何だったのか、気にするでもなく希望は、見る者を魅了するような、とびっきりの笑顔を浮かべ、感謝する。
「……少しは役に立てたのかな? だったら、嬉しいけど」
「そりゃもう大助かりですよ!」
 でもあれ? おれはちょっと『報告』に来ただけのはず──微妙に本質を突かれていたことに希望は動揺しつつ、それでも感謝、とばかりに、千風の半透明な両手をしっかりと握る。
「じゃあ、おれ、もっかい、エマさんの所に行ってくるよ! ……ちょっと不安だけど」
 聞こえないように配慮したのだろう、空気が漏れる程度の、小さな声で最後に付け加えられた弱音に、思いがけず、笑みがこぼれる千風。
「──君なら大丈夫だよ」
 包みこむような、優しさを感じる、そんな声で彼女は言う。
「昔から誰よりも優しかった君なら、きっと大丈夫」
 意味深な(希望的には、この半年間のことかな? などと思ったが)言葉で、アドバイスを締めくくった千風は、去っていく希望の背中を見送る。
 まだ三日近くあるんだから、大丈夫だよ──と、自分自身も、励ます様に祈りつつ。

 ◆ ◇

「友達になろう! そうしよう! 決定!」
 扉を開けるなり、『クルクル』と回りながら入ってきた希望は、何か悪い物でも食べたか、誰かに術をかけられてしまったのか、とエマが勘ぐるほどに『変』だった。
 それが、単に、インパクトを求めての行動だと気付くのは、全てが終わってからで──
「ね、エマさん! いや、エマちゃん? ……エマ! おれ、のことは希望、と呼び捨てにしてくれていいよ、だって友達なんだから! もう友達! どぅーゆーあんだすたーん?」
「どぅ、どぅーゆー? え、っと……い、いえす? 待って?」
「さっきまでのおれは忘れて! ほら! なんて言うか、むしろおれも忘れるし、みたいな。そう、気付いてほしいんだけど、おれも、エマと同類だと思うんだ」
「それは、どういう──」
「簡単に言えば、そう! 同類! なんていうか、こう、難しく考えても、仕方ない。仮面をかぶるのは、誰だってそうなんだよ……度合いは違えど。だったら同じ仮面のムジナ? ということで、ひとつ、ここは友達になってくれてもいいよね」
 これは、本当にさっき話した『希望』という少年なのか──変わりすぎじゃないか。
 それこそ、まるで別の仮面に付け替えたかのように、ピエロの仮面は、描かれる模様によって千差万別の印象になるように。
 別に、見た目が変わった、というわけではないが『言葉の奔流』といい、『クルクル』回りながら、話しているこの現状といい、違和感、というよりは──不信感。
 と、眉根を寄せているエマの前に、顔を突き出してくる希望。
「仮面をつけたピエロっていうのは、その時々に応じて姿を変える、っていう。でも、そこに総じてあるのは、決して『自分』というものを見せない、という信念、だよ? ──後、笑わせようという強い決意。笑ってもらおうという強い願いもだけどね」
 不意に、真面目な顔をした希望の言う内容が、正確に把握できず、疑問符がぽこぽこと浮かんでは、消えていく。
「エマ、そうおれたちはおトモダチ。だったら、聞いてくれ! 同じ、トモダチが困っていて、それを助けたいと、真剣に思ってる。それは、その大切なトモダチが、助かりたい、と思ってるから。おれはトモダチとして、その子を助けようと思うんだけど、おれのトモダチであるエマは、どう思う?」
 瞬きをした、ごく短い時間で、ころり、と切り替わったように口調が変化した希望に、
「え、ど、どうって言われても」
 エマは、自分の仮面をつけるのを忘れて、困惑してしまう。
「じゃあ言い方を変えてみよう、そうしよう! んー、学校の友達が、宿題……いや鉛筆……古いから教科書でいいや──を、忘れてしまって、困っています。あなたはどうしますか?」
「そ、それは……貸す、よ?」
「だよね! おれもトモダチだったら、そうするよ! じゃあ、友達の友達が、教科書を忘れてしまって、困っています。相談された友達も、友達が少なくて、数少ない友達の一人であるエマにお願いしてきました。大切な友達が教科書、忘れちゃって困ってるんだけど、お願い、貸してくれないかな、と。──どうしますか?」
「……友達の友達なら、貸す……かも……?」
「おれもだよ! でも、そこで大事になるのは、必ず自分が使うときに返してくれるかどうかっていう、信頼関係だよね? ね? つまりは、そこに立ち戻る」
 よく、目が回らない──ひたすらに『クルクル』し続けながら、流れるように言葉を操る希望は、突然、ぴたっと動きを止めた。
「おれはエマの友達だよ。決しておれは、エマを裏切らない。『暴力と憎悪』には決して、エマに指一本触れることができないように、努力、する。向こうから近づくならおれが、守ってみせる──とは宣言できないけど! でも、それを示すから、エマ、おれを信用できるか確かめながらでいいから、"授業が始まるまでに、教科書を貸してもいいかどうか"を考えてほしいんですよ!」
 そこに帯びているのは、真剣そのものの感情、そして意志。
 どこかおちゃらけた言い方はしているが、表情は馬鹿げた事、とは思っていない。
 ただでさえ混乱してしまっていて、『心の壁』と『仮面』をしっかりと築けていなかったエマにとって、その真摯で、力強い──力強すぎて抵抗できないほどの、勢いを持った言葉は、不意打ちだった。
「あっ……え、う、うん」
 思わず、頷いてしまい、
「ありがとう! さすがだよ、さすが、おれのトモダチになってくれた美人さん! いやむしろマドンナだ! これから、マドンナ、って呼んでも構わない?」
「えっ? いや、それは……」
「うん、じゃあ、これからは普通に、エマって呼ばせてもらう? そうするよ。おれのことも、くん付けは、なしの方向で」
 まるで、ウォータースライダーだ──と、後のエマは表現する。
 扉を開けた瞬間、上に立った瞬間にはもう、手遅れで、たとえ高さに怖くなってしまっても『状況的』に後戻りは出来ず──気付けば、すっかり流されてしまっていて。

 けれども──最後に感じたものは、『何がなんだかわからないけど、心地良い』という、奇妙な感覚だけ、だった。

 ◆ ◇

 なんとか、上手くいった。
 エマの部屋に入った瞬間から"仮面をつけて"、なるべくさっきと同じような状況に思われないことがまず、第一の課題だった。
 交渉事が一度失敗したとき、再チャレンジは時間を置いてからが正論。
 けれど今回はもう時間があまりない事は状況的に確定しているわけだし、エマのように悩みを抱えている子が、あとふたり、いるわけで、しかもどちらも魔女──協力を取りつけるには多少無理やりにでもいくしかなく、結果こういう方法に頼らざるを得なかった。
 つまり『勢いで押しきれ作戦』という。
 ネーミングがアレなのは作戦名をしっかりと、ウィットに富むように考えようとする時間すら惜しかったからで、決してネーミングセンスがないという訳ではない。あしからず。
 最初は絶対に不信感があるだろうし、最悪の場合、余計に悪い事態になったかもしれないが、そこは結果論として成功したわけで、問題はない。
 問題になるとするなら──これ以降、エマの信頼をどう勝ち取っていくか、という部分に焦点が当てられるわけで、それはもう希望の人柄、としか言い様がなかった。
 ──もしおれが、自分で思ってるより遥かに酷い人間だったら、どうしようもないなぁ。
 何にせよ、とりあえず、もう少しウィッチさんから話を聞くべきかもしれない。
 希望は一階の応接間に向かう為に階段を降りて応接間のある扉を開きにいこうとして──上から降ってきた千風の声に、止まる。
「呼び止めてごめん」
 二階から見える足が、話しかけているのを視界に収めて、足と話すのものなぁ……と希望は二階に上がる為にまた、階段に足をかけた。
「もう一個だけ、話しておきたいことが──れっ?」
 つるっ。
 上から降ってきた声よりも先に視界にその光景が映ったからか、漫画やアニメちっくな、そんな擬音が頭の中に自動再生される。
 千風はまさか踏み外す、なんて予想をしているわけもなく、階段の最上段から、踵を踏み外して、途中の段差にぶつかる事なく、真っ直ぐに落下を始め、
「ちょっと待っ──」
 全部を言い切るよりも早く、身体が真っ先に動いて、希望は最下段を蹴り飛ばして斜め上へと思いっきり、"跳んだ"。
 一番下に居ても受けとめるより先に激突する! ただジャンプするだけじゃ不安定すぎる!
 思考回路が行動の後から追いついてきて、更に五段目に触れた足を軸にして、今度は斜め後ろに向かってジャンプ。
 この間、一秒にも満たない。
 未だに千風は空中に投げ出されたままで、希望は直感的に理想とした位置に身体を持っていくことに成功し──重力だけではない荷重が希望を襲った。









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