ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

戦国時代ゆかりのお城や古戦場コミュの山中城

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
現在地:静岡県三島市山中新田。国道1号線沿いにあります。東京方面→箱根峠を越えて下るとあります。三島方面→箱根峠方面。私は三島からバスで行きました。バスで約30分くらいです。1時間に2本の割合で出てます。

築城は永禄年間で築城者は北条氏康。武田の備えに作られました。天正15年(1587年)、北条氏と豊臣氏の関係が悪化すると、その備えとして大改修が施されます。天正18年(1590年)、豊臣氏の小田原征伐が始まり、豊臣秀次率いる7万の軍勢が山中城を攻撃、城将松田康長ら4千は奮戦しますが、猛烈な力攻めの結果わずか半日での落城となりました。

現在は整備されとても見学しやすくなっております。有名な「障子畝」等も復元されており、見ごたえがあるとおもいます。残念なのは行った時期が冬だったもので・・・、芝生が枯れてます・・・。青々としているときにまた行ってみたいと思うお城でした。

コメント(8)

北条氏康の築城
秀次が7万の軍勢で参戦
まったく知らなかったです。
障子堀(畝)はやはり北条氏築城のお城の証拠のようですね。
諏訪神社が近くにあることも北条氏の支配した城の証拠のようですよ。
山中城(やまなか)
家族で西伊豆に旅行へ行くことになったので、北条、今川、武田の境界線の城をめぐることにしました。
豊臣秀吉の北条征伐、官軍の江戸城侵攻など、西から関東へ攻める時に関東を守る側はどのように迎え撃つか評定を開きます。出陣派は箱根で迎え撃つと主張するシーンをドラマなどで何度か見た覚えがあります。
御殿場ルート、箱根ルート、海路の3つが箱根通過の方法でしょうか。数万の兵を輸送する船の数がないでしょうから海路はなし、御殿場ルートは、箱根の山の麓をかなり遠回りするので、長く延び切った攻撃隊の先頭、脇腹、後尾を箱根の山を下る兵によって挟撃される可能性があるので、陸路は最短で関東に出られる箱根ルートを選択するのが一般的なのでしょうか。
進軍してくる敵を迎え撃つ箱根の峠を守るお城が山中城です。
山中城は北条氏康によって築城され、東海道を取り込む形で造られています。
豊臣秀吉の小田原攻めの際、豊臣秀次率いる約7万の大軍が山中城を攻撃、守備は3千。城は約半日で落城しそのまま廃城となったようです。
箱根の山を一般道で登りました。
途中に石畳で整備された旧東海道を見ることができます。
山中城を旧東海道が横断しており道路がお城を分断しているようになっていましたが、昔は柵や砦などあって城に取り込む形になっていたのでしょうか。
お城を訪れる人は老若男女様々で会話の中で「ワッフル」という言葉を耳にします。
北条氏の築城の特徴である畝、諏訪神社のうち畝のことです。
とてもきれいに整備されているお城でした。
写真1「山中城の石碑」 写真2「畝」 写真3「眼下に広がる三島の町と駿河湾」

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

戦国時代ゆかりのお城や古戦場 更新情報

戦国時代ゆかりのお城や古戦場のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。