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のぴ082(おやぢ)MLB掲示板コミュの雑談トピ

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一番需要がありそうな雑談トピックです。
専用のトピがない場合、すべてこちらへどーぞ。

コメント(590)

> マット・ケンプ

駆け出しの頃のヴァーノン・ウェルズを感じさせますね。ウェルズは期待外れのキャリアを積み重ねていますが、ケンプにはそうなって欲しくないですね。


> イチロー

今日は1安打でしたね。ヒットが出ただけでも少しほっとします。打率3割に戻すくらい打ちまくれば、200安打はついてくると思いますがね。
イチロー、今日で4試合連続2安打。この調子を維持していって欲しいです。

松井も5号HR。まだ試合中のようですが。左腕相手に3番DHで出場。監督がボブ・メルビンに代わってよくなりましたね。
イチロー、今日も4の2、2二塁打、2盗塁、1敬遠。
なんとかオールスターの監督推薦ででも選出されるように調子を維持して欲しいです。
イチロー、今日も2安打で打率を.277まで上げました。
.248まで下がっていた打率ですが、1日オフのあと8試合連続安打です。
一気に打率3割まで戻して欲しいです。
イチロー、MLBだけでの 3000安打での殿堂入りを期待しています。
昨季までの10年連続 200安打、オールスター出場、ゴールド・グラブで、私に一票があったら、既に殿堂入りに入れますが。
イチロー、オールスターの選に漏れましたね。残念。
日本でだと「顔」や「名前」で選ばれたりするんでしょうが。
打率2割7分台だと仕方ないか。
オールスター期間に身体を休めることが出来て逆に良いんじゃないでしょうかね
今日の OAK@NYY、午前9時からのディレイ放送を見ていたのですが、4時間31分の長い長いゲームでした。3時間半でもきつく感じるのに。
しかし、NYY打線が炸裂し、カノー、マーチン、グランダーソンの3人が満塁HRを放つという、MLB史上初のゲームでした。
9対22で NYY が勝ったのですが、9回表の守備固めで、なんとセカンドの守備にポサーダがつきました。最後の打者がセカンドゴロを打ってくれて、ツーバウンドでポサーダはこれを捕球したのですが、思いっきりステップを踏んで一塁へ送球。これが難しいハーフバウンドになりましたが、一塁のスウィッシャーが倒れながら捕球し、めでたく試合終了となりました。異常に長いゲームでしたが、最後まで見た甲斐がありました。
内野手の送球って、実は難しいんですよね。草野球をやっていても、いつもそう思います。草野球でイチローに助っ人で入ってもらったとして、ショートを守れるかどうか分からないところです。
しかもこの試合雨で1時間29分試合開始が遅れたそうです。デイゲームだったから、よかったものの。
カーディナルス、ワールド・チャンプ、おめでとうございます。

私はどのチームのファンでもないのですが、レンジャーズに優勝してほしいと思いながら観戦していました。球団創設初優勝という新しい歴史を見たかったです。しかし、レンジャーズは昨年の雪辱の絶好の機会を逃しましたね。ワールド・シリーズ出場までの道のりさえ気が遠くなるほど険しいのに。押し出し二つというワールド・シリーズという舞台では情けない失点を喫してしまいました。どの道初回の2点以降得点できませんでしたが。

これで、毎日のMLB観戦の重労働から解放されると思うと少しホッとするのが本音です。
今日のLAD@WSHはクレイトン・カーショーとダグ・フィスターのマッチアップ。
カーショーの22番はウィル・クラークに憧れてのものですね。ジャイアンツのスーパースターだった”ザ・スリル”は、カーショーの故郷のテキサス州ダラスの近郊アーリントンのテキサス・レンジャーズで1994年からプレイしていました。”ザ・スリル”とカタカナで書くと理解できませんが、”Will”と”thrill”と、語呂を合わせたニックネームでした。”William”の愛称は”Will”ではなくて”Bill”が普通なのですが(例:Bill Mazeroski、Bill Clinton)。
レンジャーズ時代クラークは全盛期を過ぎてはいましたが、ホゼ・カンセコ(1988)とホアン・ゴンザレス(1996、1998)というMVPのスラッガーを前後に従えて、クリンアップを打っていました。1996年にタイガー・スタジアムでこの打線を観ることができました。
カーショーに最初に与えられた背番号は54でしたが、カ−ショーがクラークのファンであると知ったマーク・スウィーニーが22番を譲ってくれました。控えのジャーニーマンとは言え、ベテランが実績のない新人に背番号を譲るのは珍しい気がします。リッキー・ヘンダーソンのように若手に物品を与えて24番をもらっていたベテランはいましたが。
テキサス出身の22番と言えば、”Rocket” と呼ばれた大投手がいましたが、カーショーのアイドルは彼ではなかったのですねぇ。

レッズのスキップ・シューマッカーの55番はオーレル・ハーシュハイザーに憧れて、オリオールズの中継ぎ左腕、ブライアン・マティスの17番はマーク・グレースに憧れてのものですね。
そのカブスの17番を今着けているのがクリス・ブライアントで、チームの大型ルーキーに対する期待の大きさがうかがえます。
グレースと3、4番を組んでいたサミー・ソーサの21番は、同じドミニカ共和国出身のジュニア・レイクがソーサに憧れて今着けているそうです(出村義和さん談)。

パイレーツのペドロ・アルバレスの24番は、AKI猪瀬さんのお話では、同郷ドミニカ共和国の先輩マニー・ラミレスに憧れてのものだそうです。パイレーツの24番と言えば、バリー・ボンズが着けていた番号だったんですが。1992年限りでFAでボンズが去った後、パイレーツは24番を名のない若手選手たちにたらいまわしにしていましたが、2000年代半ば頃、ボンズが引退したらパイレーツの24番も永久欠番にしたらどうかといった話がピッツバーグのメディアであったようなんですがねぇ。
今日NHK・BS1で放送されたBOS@HOUを観戦。テロップは全てNHKのものに差し替えられていましたが、現地実況はNESN(BOS向け)で、Don OrsilloとJerry Remyのコンビでした。ミニッツ・メイド・パークの名物 “Tal’s Hill” 「タルの丘」が今季限りで取り除かれることを伝えていました。

1992年にオリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズが、「新古典主義」「郷愁回顧」をコンセプトとした新球場として建設されて絶大な人気を博し、これに倣って全米に陸続として新球場が誕生したのですが、ヒューストンのミニッツ・メイド・パークもこのトレンドに乗って、2000年にデトロイトのコメリカ・パーク、サンフランシスコのパシフィック・ベル・パーク(現名称AT&Tパーク)と共にオープンしたボール・パークのひとつです。(本来ミルウォーキーのミラー・パークも同年オープン予定だったが、建設工事中の事故で作業員が亡くなり、翌2001年に開場。)
煉瓦を取り入れた外観、天然芝、左右非対称の外野のフィールド、所によって高さの異なる外野フェンスなどが回顧された過去の球場のデザインだったのですが、ネタが尽きてたどり着いたアイデアが、古の球場の外野にあったフィールドの傾斜で、それが「タルの丘」という形で実現しました。

かつてスカパーで解説をされていた豊浦彰太郎さんは、新古典主義球場の不規則な外野フェンスよりも、クッキーカッター・スタジアムに見られる左右対称のきれいな弧を描く外野フェンスの方を好まれておられて、「タルの丘」を「あんな物はさっさと取り除いてしまった方がいい」といったお話をされていました。クレイグ・ビジオも2003年シーズンのジェフ・ケントのアストロズへのFA加入に伴ってセカンドからセンターにコンバートされた時に「タルの丘」を嫌がっていました。
JSPORTSの現地6月12日SEA@HOUの放送でだったと思いますが、蛭間さんが「タルの丘」の撤去について既に紹介されていて、「球場の個性的なところは残した方がいい」といった内容の発言をされていました。

私も「タルの丘」は残して欲しい派です。「タルの丘」に駆け上がって外野フライを好捕するシーンは、好プレイ集でしばしば見ることができますし、あの場所に観客席を設けて外野を狭くすると三塁打が減りますよね。
それと、ルー・ゲーリッグが1934年(昭和9年)にアメリカ大リーグ選抜野球チームの一員としてベーブ・ルースらと共に来日した時に、日本の球場の外野フェンスがすべてシンメトリーなのを目の当たりにして、「これでは球場によって打ち分けるバッティング技術が発揮されない」といった発言をしたという話を耳にしたことがあります。
それにサンフランシスコの球場がキャンドルスティック(3COM)のままだったら、イチローがオールスターで歴史を作ることもなかったわけですし。

意見が違うというだけで、豊浦さんを批判するものではありません。豊浦さんはMLBに通暁されておられるばかりか、その背景のアメリカの社会、歴史、文化などについても詳細に説かれていて、むしろ師事しています。片想いですが。

(つづく)
(つづき)

【外野のフィールドに傾斜のあった球場】

■ Fenway Park ”Duffy’s Cliff” (フェンウェイ・パーク 「ダッフィーズ・クリフ」)
ボストン・レッドソックスの本拠地。かつて、レフトにウォーニング・トラックがなく ”Duffy’s Cliff” という上り10フィート(約3m)の傾斜があった。その傾斜の上で巧みにプレイした Duffy Lewis にちなんでの名前。”Cliff” は勿論「崖」だが、そんなに急勾配だったのか?3mは結構な高さですが。1934年の火災後、この”Duffy’s Cliff” は平らに削り取られ、高さ37フィート(約11.3m)のグリーン・モンスターが建てられた。
フェンウェイ・パークは1912年に開場した現存する最古の球場として知られるが、グリーン・モンスターの誕生は後れて1934年。


■ Crosley Field “Terrace” (クロスリー・フィールド 「テラス」)
シンシナティ・レッズのかつての本拠地(1912-1970)。オーナー Powel Crosley の名にちなむ。

レフトの後方からフェンスにかけて、急な上り坂が存在する。1937年の大洪水でフィールドが水没し、堆積した土砂を取り去ることなくそのまま残した。

私はこれが日本で知られている「テラス」の由来だと思っていましたが、アメリカで出版された野球場についてのさる書物には、「テラス」と呼ばれる傾斜は最初からレフトのフィールドにのみ存在し、1936年にウォーニング・トラックの役割を担わせるために、ポールからポールまで外野フェンス際全てに拡張させた、とありました。その後洪水の被害にあい、「テラス」を残したというのも間違いのない事実のようです。
また、かつては観客が多い時に外野のフィールド内に観客が入って立ち見をするというのが常識的に行われましたが、ロープを張ってそれらの観衆をしめ出すよりは、テラスで境界を設けた方がよいとの考えがあったそうです。
ちなみにクロスリー・フィールドは初めてナイトゲームが開催された球場(PHI@CIN May 24, 1935)。ホワイト・ハウスでフランクリン・ルーズベルト大統領がスウィッチを入れる点灯式を行い、球場に照明が燈った。


■ Engel Stadium, Chattanooga, Tennessee (エンゲル・スタジアム、チャタヌーガ、テネシー州)
レッズ傘下AA Chattanooga Lookouts の本拠地。1929年開場。1999年限りでAT&Tフィールドに移転。チームは現在ツインズ傘下。球場名はチャタヌーガ・ルックアウツのオーナー Joe Engel にちなむ。
左中間に傾斜あり(下記リンク先。あまりいい写真が見つからずにすみません。)この左中間がきれいな芝生の傾斜で、 “LOOK OUTS” とチョークで太い文字列が書かれていた。
http://www.engelstadium.com/
ロジャース・ホーンスビー、サッチェル・ペイジ、ウィリー・メイズ、ハーモン・キルブリュー、ファーガソン・ジェンキンスら、殿堂入り選手たちはルックアウツのOB(それ以外にも殿堂入り選手を輩出)。



昨日、NHK・BS1で放送のSEA@DET(現地7月20日)、4回表SEAの攻撃で、DETの先発アルフレッド・サイモンがローガン・モリソンへの3球目に、”Eephus Pitch” を投げました。球速56MPH。我々日本人には多田野数人投手がA・ロッドに投げたことで有名ですね(CLE@NYY September 2, 2004)。
Tal’s Hillは残してもいいんじゃないかと・・・
新庄が手前でキャッチして勢いで坂を登ってニコニコしながら返球したの
覚えてます、それよりもレフトのフェンスの黄色い線の「コレの上に当たったらHR」って
やめて欲しいなぁ、グランドに跳ね返ってきてHRってのも分かりづらいし・・・
> DELTAさん

「Tal’s Hill…、新庄…、ニコニコ…」 ………。
そんな映像は、BB25アーカイブになかった。なんで?と、しばらく悩んだのですが、新庄選手がアメリカにいた間、私は少なくともまだスカパーに加入していなかったことだけは確かなんですね。トホホのホ泣き顔
新庄選手はアメリカでのご自身の処遇に必ずしも満足されていなかったような気もしますが、3年間のことは誇りに思っていてもらいたいですね。日本人初のワールドシリーズ出場ですしね。


〉 MB Da Kiddさん

イイネ! ×3、サンクス ぴかぴか(新しい)
〉 MB Da Kiddさん

でも、ちょっと軽率ですね。すみません。
感謝です。
> コメント[565]
>
> 【外野のフィールドに傾斜のあった球場】
>
> (中略)
>
> ■ Engel Stadium, Chattanooga, Tennessee (エンゲル・スタジアム、チャタヌーガ、テネシー州)
> レッズ傘下AA Chattanooga Lookouts の本拠地。
>
> (後略)

コメント[565]で紹介したエンゲル・スタジアムですが、既に他のトピックで紹介していて、より良い画像が載っているサイトをリンクしていました。ここにも貼っておきます。

Engel Stadium
http://www.ballparkreviews.com/chatt/engel.htm

写真の下の文章にも書いてありますが、”LOOKOUTS”と書いてある傾斜はインプレイだそうです。



7月27日(月)の”ワールド・スポーツMLB”(NHK・BS1)で、青木選手が現地25日のAAAの試合に出場していたことが放送されていました。

http://www.milb.com/milb/stats/stats.jsp?gid=2015_07_25_srcaaa_albaaa_1&t=g_box&sid=t105

サクラメント・リバーキャッツ(SF傘下)対アルバカーキ・アイソトープス(COL傘下)の試合でしたが、アイソトープスの本拠地アイソトープス・パークのセンター後方にも傾斜があるさまが、青木選手がベースランニングをする背後に映っていました。

Isotopes Park

http://www.milb.com/content/page.jsp?ymd=20081103&content_id=41346586&fext=.jsp&vkey=news_t342&sid=t342
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%97%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%AF

上記リンクのうち、下のウィキペディアには「ロサンゼルス・ドジャース傘下AAAアルバカーキ・アイソトープス」とありますが、2014年までLAD傘下で、今季からCOL傘下になっているようです。

このアイソトープス・パークを設計したのがMLBの球場などの設計で有名なHOK Sportsという設計事務所(現POPULOUS)。

http://populous.com/projects/type/major-league-baseball/

1991年の新コミスキー・パーク(現USセルラー・フィールド)の開場以来四半世紀にわたって新球場ラッシュに沸きましたが、それ以降に開場したMLBの22球場のうち、TEX(95)、ATL(97)、ARI(98)、SEA(99)、MIL(01)の5球場を除く、17球場(CWS(91)、BAL(92)、CLE(94)、COL(95)、HOU(00)、DET(00)、SF(00)、PIT(01)、CIN(03)、SD(04)、PHI(04)、STL(06)、WSH(08)、NYM(09)、NYY(09)、MIN(10)、MIA(12))はHOK Sportsの設計によるものです。
> MB Da Kiddさん

シンシナティ・レッドストッキングスですが、私も以前同じ間違いをしています。ふらふら
(Barry Bonds topic/コメント[230])
いやぁ、お恥ずかしい。あはは。あせあせ

私はアマチュアなので大丈夫なのですが、NHKは自ら「公共放送」を謳っているので、そんなことでは困りますね。喋り手だけに任せずに、MLBの専門家をサポートのスタッフとして雇えばいいのにとも思いますが。そのような体制の上での今の状況ですと、最早、話になりませんが。昔(大昔?)はMLBの専門家が放送に携わっておられたんですがねぇ。もうやだ〜(悲しい顔)
今日の試合ですが、5時からJSPORTSで観ました。12時過ぎに寝たのに2時半に目が覚めて、それからもう眠れませんでした。まだまだお子ちゃまです。バナナ
> MB Da Kiddさん

おっしゃることが本当でしたら、合点がいく感じがしますね。今時、60代、70代でも感覚が若くて柔軟なのに。明治生まれだか大正生まれだか、そんなのいつまでも引っ張り出しているとは。
「青バット」の方のお方は、ずっとリベラルだったのに…ボケーっとした顔リベラルと言うより破天荒と言うか…冷や汗破天荒と言うより破滅的だったというか…泣き顔藤本定義のおじいちゃんさえ元気だったらがく〜(落胆した顔)
むしろ、江戸幕府とか鎖国とかに近いものを感じてしまいます "o(-_-;*) ウゥム…


> シンシナティ・レッドストッキングス

手元の書にも、”the ancestors of the Braves”とちゃんと書いてあるんですが。めっちゃ、はずいわ泣き顔。もうすぐお盆です。

≪最古のプロ球団シンシナティ・レッドストッキングスの本拠地とチーム名の変遷≫

■ The first professional team (independent):
Cincinnati Red Stockings, 1869-1870
■ National Association:
Boston Red Stockings, 1871-1875
■ National League:
Boston Red Stockings (or “Red Caps”), 1876-1882
Boston Beaneaters, 1883-1906
Boston Doves, 1907-1910
Boston Rustlers, 1911
Boston Braves, 1912-1935
Boston Bees, 1936-1940
Boston Braves, 1941-1952
Milwaukee Braves, 1953-1965
Atlanta Braves, 1966-present


黒人選手とMLBについて少し調べてみました。私はニグロ・リーグについてはまったくの無知なので、突っ込みどころ満載かもしれませんが。


Moses Fleetwood Walker
1884年にメジャー・リーグでプレイした最初のアフリカ系アメリカ人。捕手。トレド・ブルーストッキングスで42試合に出場。

Weldy Walker
Mosesの弟。メジャー・リーグでプレイしたふたりめのアフリカ系アメリカ人。1884年に兄と同じブルーストッキングスで5試合に出場。

1911年、シンシナティ・レッズがニグロ・リーグ出身の選手、Rafael Almeida(キューバ出身の白人)とArmando Marsans(キューバ出身の混血の黒人)と契約。Marsansは8年間メジャー・リーグでプレイ。ファンは抗議せず。

1912年Mike Gonzalez、1913年Jack CalvoとAlfredo Cabrera、1914年Dolf Luqueら、ニグロ・リーグ出身の4選手がメジャー・リーグ球団と契約。4人は黒人ではなかったが、黒人たちがやっている野球(リーグ)のレベルを測るために採用。
Luqueはニグロ・リーグ出身の選手として、メジャー・リーグで通算最多勝利(194勝179敗、防御率3.24)。1923年に27勝と防御率1.93で、1925年に防御率2.63で、それぞれタイトルを獲得。

全てのキューバ人がメジャー・リーグでプレイすることを許されていたわけではなく、殿堂入り級の実力を持つ選手であっても肌の色によってニグロ・リーグに取り残された。

ニグロ・リーグの総選手数のうち15%がラティーノ。ラティーノの増加はリーグのレベルアップにも寄与。

サッチェル・ペイジ、ジョシュ・ギブソンらスタープレイヤーが多く登場。1937年頃からニグロ・リーグは黄金期を迎える。

ニグロ・リーグのラティーノの選手たちがメジャー・リーグの球団と契約することが、人種の壁を取り払うことには繋がらなかったが、ニグロ・リーグにメジャー・リーグに匹敵する実力があったことや有色人種の選手たちに対するファンの反対がさほど大きくなかったことが判明。

メジャー・リーグは、世界恐慌(1929年)以前に、一方的に人種差別撤廃をするだけの力を保持していたが、メジャー・リーグは、ただ、そうしようとはしなかっただけだった。

1947年、Jackie Robinsonがブルックリン・ドジャースでメジャー・リーグ・デビュー。
SF@COL SEPTEMBER 3RD 2015(現地)

もし、私がロッキーズのフロントの一員だったら、クアーズ・フィールドのバッターズ・アイを白く塗りつぶしてみる。バッターが投球を見にくくなるようにするため。
COORS FIELDについて(1/2)

■ ホームランが出やすい
標高1マイル(約1600m)
小さい空気抵抗により、平地と比較して9〜12%飛距離が伸びると言われる。

ホームランのPARK FACTOR(2012〜14年)
 ※PARK FACTOR:100が平均。数値が大きいほど出やすい。
  (スラッガー責任編集2015MLB選手名鑑より)

1 140 Great American Ball Park (CIN)
2 134 Miller Park (MIL)
3 127 Coors Field (COL)
4 124 Yankee Stadium (NYY)
4 124 Citizens Bank Park (PHI)
6 120 U.S. Cellular Field (CWS)
7 119 Rogers Centre (TOR)
8 118 Oriole Park at Camden Yards (BAL)
9 112 Chase Field (ARI)
10 111 Dodger Stadium (LAD)
11 110 Minute Maid Park (HOU)
12 106 Citi Field (NYM)
13 104 Comerica Park (DET)
14 101 Progressive Field (CLE)
14 101 Globe Life Park (TEX)
16 100 Wrigley Field (CHC)
17  97 Turner Field (ATL)
18  96 Safeco Field (SEA)
19  93 Target Field (MIN)
20  92 Kauffman Stadium (KC)
21  91 Busch Stadium (STL)
22  88 Fenway Park (BOS)
22  88 Petco Park (SD)
24  85 Tropicana Field (TB)
24  85 O.co Coliseum (OAK)
26  84 Nationals Park (WSH)
27  83 Angel Stadium (LAA)
28  72 Marlins Park (MIA)
29  68 PNC Park (PIT)
30  66 AT&T Park (SF)

Coors Fieldは意外にも1位ではなく3位。


■ 長打が出やすい
打球が飛びやすいことを考慮に入れて、あらかじめ外野のフィールドは広く設けられているが、そのフィールドの広さゆえに、打球が外野手のいない所に落ちることが多いと言われる。

各球場のフェア・テリトリーの広さ。
http://www.businessinsider.com/chart-major-league-baseball-ballpark-sizes-2014-3
Tropicana Field (TB)、Rogers Centre (TOR)、Marlins Park (MIA)については、(おそらく屋根の存在により)フィールドの衛星写真が撮影できずに、それらを除く27球場について比較されている。

二塁打のPARK FACTOR(2012〜14年、上位5球場)
1 136 Fenway Park (BOS)
2 119 Rogers Centre (TOR)
3 111 Coors Field (COL)
4 110 Chase Field (ARI)
5 108 Wrigley Field (CHC)

三塁打のPARK FACTOR(2012〜14年、上位5球場)
1 176 Coors Field (COL)
2 171 Comerica Park (DET)
3 148 Marlins Park (MIA)
4 147 Chase Field (ARI)
5 142 Target Field (MIN)


■ 安打が出やすい
小さい空気抵抗により、打球速度が平地におけるものと比較して速く、野手が打球に追いつけず、安打そのものが出やすいと言われる。
打球速度の速さは、飛球においては1項目目のホームランの出やすさにつながる。

安打のPARK FACTOR(2012〜14年、上位6球場)
1 125 Coors Field (COL)
2 108 Fenway Park (BOS)
2 108 Nationals Park (WSH)
4 105 Target Field (MIN)
5 103 Kauffman Stadium (KC)
5 103 Globe Life Park (TEX)

(つづく)
COORS FIELDについて(2/2)

■ その他
小さい空気抵抗により、平地の球場と比較して、ポール際への飛球がきれて行くことなくスタンドに入ることが起こりやすいということが考えられる。ライン際のインプレイの飛球については、空気抵抗を受けてきれて行かないことにより、フィールドや外野手のグラブ内に落ちるという現象が起きていることも考えられる。

小さい空気抵抗により、投手の速球は速くなり、さらには、変化球の変化は小さくなるということはしばしば言及される。球速の増加は、打者に対して有利に働くほどの寄与はないと思われる。


PARK FACTORはシーズンごとに算出されている。1年のみの数値は、時に球場本来の特徴や傾向から離れた結果を示すことがあり、数年間分の値を用いて扱う時に有用だと言われる。

PARK FACTOR (ESPN)
http://espn.go.com/mlb/stats/parkfactor
コメント[576]

ホームラン、二塁打、三塁打、安打についてPARK FACTORを書いていますが、これらは文中にも書いていますが、『スラッガー責任編集2015MLB選手名鑑』から引用しています。
このような表現ですと、「安打のPARK FACTOR」は、「単打(シングルヒット)のPARK FACTOR」という風にも受け取れられる気がするのですが、ここでの安打は、(単打+二塁打+三塁打+本塁打)の総数の、いわゆる常識的な「安打」だと思います。




PARK FACTORの計算の仕方ですが、例えば、Coors Fieldの「打率のPARK FACTOR」を言うと、

1シーズンにおけるロッキーズの全試合において、

(ロッキーズの選手とアウェイの選手全員がCoors Fieldで残した打率)÷(ロッキーズの選手とアウェイの選手全員がCoors Field以外のアウェイの球場で残した打率)

で求められます。例えば、ロッキーズの選手とアウェイの選手全員でCoors Fieldで残したが打率が.300で、ロッキーズの選手とアウェイの選手全員で、ロッキーズ戦のアウェイの全球場で残した打率が.250であったとすれば、

.300 ÷ .250 = 1.20

となり、1.20がCoors Fieldの「打率のPARK FACTOR」になります。
コメント[577]にリンクを貼り付けている ESPNでは、このような数値のままPARK FACTORとしていますが(平均が1)、スラッガー誌では理解しやすいように100倍してあり、PARK FACTOR を120としています。スラッガー誌では実際は「PARK INDEX」と表記されていますが、3年分を扱っていること以外には同じものと考えて間違いないと思います。

「打率のPARK FACTOR」の数値120ですが、打率は即ち「安打の確率」ですので、このまま「安打のPARK FACTOR」になります。Coors Fieldではその他の球場より20%安打が出やすいということを意味します。

インターリーグの試合は、同一カードにおいて、通常ホームとアウェイで同じ試合数戦われないので、PARK FACTORを算出する際には、インターリーグの試合でのデータは除外されます。今季は対戦カードによってはホーム&アウェイで2試合ずつ戦っていたものもありましたが、これらについてや、ヤンキース対メッツなど、1シーズンにおいてホーム&アウェイで同じ試合数戦うカードについては除外せずに含めた方が、分母が大きくなると言いますか、データのサンプルが多くなるので、PARK FACTORの数値の信憑性は高くなると言えます。現場で実際にどのように扱われているのかは知りません。
カブス、優勝しましたね。
「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2」の予言が1年遅れで実現という話題になっていますが
その「PART2」の公開年は1989年ですから
実際には1988年あたりに”カブス優勝”という「ギャグ」が考案されたのではないかと推測できます。
そこで、本当に1988年のカブスは優勝などあり得ないチームだったのか
ということを検証してみます。

カブスは、1987年にはナ東地区で最下位でした。
そして、1988年の順位予想では
「カブスが今シーズン4位より上位にいったとしたら、それは驚き以外の何ものでもない」
と書かれています(「大リーグ選手名鑑'88」(JICC出版局、1988年6月発行))
当時のナ東地区は6チームで構成され
カージナルスとメッツが優勝争いの有力候補であり
上り坂のエクスポズとパイレーツ、
イマイチチーム状態がつかめないフィリーズ、
最下位で予想するしかないカブスという勢力図になっていました。

じゃあ、当時のカブスにはこれといった選手が居なかったのかというと
全然そうではないのです。
1987年のナ・リーグMVPはカブスのアンドレ・ドーソンでしたが
史上初の最下位チームからの選出でした。
ドーソンの他にも
1984年のリーグMVPライン・サンドバーグ、
毎年20HR打てるジョディ・デイヴィス、レオン・ダーラムなどが居て
有望な若手にデイブ・マルティネス、ラファエル・パルメイロ、マーク・グレースなどが台頭。
ホームラン数はリーグ1位、打率は4位という実力十分の打線を持っていました。
投手にしても、20勝近い勝ち星が期待できるリック・サトクリフを中心に
この1988年は不調でしたが15勝以上は可能なスコット・サンダーソンとか
シラルディ、ニッパーなど、知名度はないものの10勝は計算できる先発メンバーが揃っていました。
さらにグレッグ・マダックス、ジェイミー・モイヤーなどの大物新人もデビューして
いきなり2ケタ勝利を記録するなど、その抜群の実力を発揮し始めていました。
リリーフには、ベテランのリッチ・ゴセージなどがいて多彩な顔ぶれでしたが
さすがにリー・スミスが抜けた穴が埋まっていない・・・まさに1988年はそんな年でした。

そんなに選手が揃っているのに、なんで最下位常連チームなのかというと
この時期、ナ東地区のレベルが高かったということに尽きます。
西地区には、どうしようもないダメチームだったアトランタ・ブレーブスが居て
それに匹敵するくらい弱かったパドレスがともにシーズン100敗を免れるのが精一杯の戦いを続け
ドジャース、アストロズも戦力不足に悩まされていた時期でした。
カブスは、その4チームのどれよりも勝率で上回っていたのですが
東地区なので最下位だったというわけです(西地区なら3位)。

とはいえ最下位は最下位です、
ワールドシリーズなど夢のまた夢という状態ですから
映画でギャグのように使われても仕方なかったと言えますね。
今日のATL@SDのダルビッシュ有のピッチングの一部を観ていて思ったこと。これまで彼の投球をまったくと言っていいほど観てきていないので、彼の投球スタイルはまったく理解していないし、彼のピッチングについての批判ではまったくないが。

投手のピッチングの基本的な、あるべき心構え、考え方として。

【(1) カウント:0ストライク、1ストライクの場合】
打者がスウィングしてくれる球を投げる。
結果、
�)淆任覆薀戰好函�
��見逃し、空振り、ファウルでストライクを取れたら、御の字。
��ヒットになったら、結果良しとは言えないが、仕方ないものと受け入れる。野球でまったくヒットを打たれないということは不可避。
カウントが若い段階からヒットを避けてコースを狙うなどすると、ボールが先行して結果不利になっていき、球数を費した挙げ句ヒットされたり、四球を与えることの方が最悪な結果と言える。
投手は、打者にスウィングをさせるという意思を持つことを第一の根拠として自身の持ち球の中から球種を選び、そのゾーンへ投げ込む。その際に、打者の特徴や傾向、過去の対戦などを鑑みる。
四球は投手にとって最悪の結果。シングルヒットと同じという誤った考えを持っているものもおり、一見そのようにも見えるが、MLBのシーズン記録である、2001年のバリー・ボンズの長打率.863は、1打数0.863塁打のことであり、史上最強打者であれ、勝負をすれば、結果、シングルヒットにすら到達していないことを意味する。一方で四球はどのような打者であれ、長打率1.000に値する。

【(2) カウント:2ストライクの場合】
必ず三振を取りに行く。
2ストライクからはアウトを取るのに必要なのは1球のみであり、例えば、変化球を引っ掛けさせてゴロを打たすなどの必要はない。そのようなことをしたら、打球が内野手の間を抜けての安打、内野安打、エラーなどで出塁を許す、つまり、アウトを取れない可能性が生じる。
三振であれば、そのような危険を犯さずに確実にアウトを取れる。
三振を取る優先順位は、
�仝�逃し三振
��空振り三振
見逃しであれば、バットを振らない訳であって、何の危険もなしにアウトを取れる。空振り三振を狙うと打者にスウィングをさせる訳で、ヒットになる可能性が出てくれば、ファウルで投球数が増えていく場合も生じる。
�仝�逃し三振を取る方法
ボールからストライクになる球を投げる。
基本的に、投球が投じられた瞬間、ボール球だと判断すると、打者はスウィングを始動せず、その投球が変化して、ストライクゾーンを通過すると見逃し三振を取れる。
球種の例として、
(1) 高めのボールゾーンからストライクゾーンに落ちてくるカーブ。
(2) 右投手であれば、右打者の外角、左打者の内角に当たるボールゾーンから、ストライクゾーンに変化するツーシーム。
(3) 日本のプロ野球では、伝統的に外角低めに自身最高の速球を投げることが最善とされてきた。これも、ストライクゾーンで打者の目及びグリップから最も遠い所であり、そこに最速の投球が来ると、打者はスウィングを始動できないというのは、実際に起こる現象である。
��空振り三振を取る方法
(1) ストライクからボールになる変化球。
投手がボールをリリースした瞬間、打者にとってストライクに見えると、打者はスウィングを始動し、その投球がボールゾーンへと変化すると、打者はコンタクトできずに空振りを取れる。
球種の例として、スプリッターなど、多くの変化球。
(2) 高めの速球。
2ストライクの場合、打者は全球種に対応する心理状態になる、つまり、あらゆる球速に対応しようとするために、必然的に速球に振り遅れてしまう。高めであれば、投球の軌道が最短になるため、同じ球速であっても、低めと比較して、打者までの到達時間が短く、打者は対応が遅れて空振りしてしまう。また、打者にとって、速球が高いほど、その高さにバットのヘッドを維持してスウィングすることは困難になる。さらには、高めの速球の場合、打者にとって目線に近く、ボールそのものがよく見えてしまうことが原因で、それがボールであっても、つられてスウィングを始動してしまい、空振りしてしまう。

この記述の投球スタイルを最も実践できていたのが、1986〜2008年までMLBで活躍したグレッグ・マダックス。彼は日本で精密機械とは呼ばれていたが、0、1ストライク時には、真ん中かそれより高めにツーシームを投げ込むことで、打者にスウィングをさせてゴロの山を築いていた。2ストライクからに関しては、同じツーシームを上述の方法で正確にコントロールして投球することで、見逃し三振を奪っていた。
(写真はウェブ上のものを転載)

アメリカのメジャー・リーグ・ベースボール (MLB) は、独立リーグのアトランティック・リーグ (Atlantic League) と提携し、三振やホームランを減らす可能性のあるルール変更の実験を行う。
2021年8月3日からアトランティック・リーグにおいて投手板とホーム・プレートの距離を18.44mから18.75mへとおよそ30cm広げると、MLBが4月17日のプレス・リリースで発表した。この30cmが 「変化を評価するために必要な最小の距離」 であると判断したと、MLBの相談役を務めるセオ・エプスタイン (Theo Epstein) がプレス・リリースで述べている。

ウェブ上で上述の書き出しの記事を見つけた。
記述されている投手板とホーム・プレートとの間のふたつの距離、および、両者の差の31cmが中途半端であるが、補足しておくと、アメリカ合衆国では長さの単位としてメートル法ではなくヤード・ポンド法が一般的に用いられているためである。
1ヤードは3フィート、1フィートは12インチであり、メートル法へは、1フィートは30.48cmに、1インチは2.54cmに換算される。
野球では1893年以来、投手板とホーム・プレートの距離は60フィート6インチとされてきた。それが1フィート広げられるとのことである。
話しを戻すが、その距離の変更の目的は、三振やホームランを減らすためだと記述されているが、見込める結論を言うと、三振は減少するがホームランは増加する。
記事の一部をさらに抜粋すると、

打者も、特にパワーヒッターは今回の変更の影響を受けるだろう。ボールがホームベースに到達したときの速度が遅くなれば、打球の初速も遅くなる。つまり、打球の飛距離が抑えられることになる。

と記述されている。
これは一面の真理を語ってはいるが、全体としてはまったくの誤りである。
球速が遅くなることで、投手が空振りを取れていた速球がミートされるようになり、フェンス手前の詰まった外野フライがホームランになることは、野球を知っている人であれば、誰しも想像できることではなかろうか。速球派の投手が年齢を重ねて球速の衰えから、ホームランを含めた安打をより高い頻度で打たれるようになっていき、技巧派への転身や出場機会の減少、その先の引退へと導かれてゆくのは、野球選手、野球ファンの誰もが知っている現実ではなかろうか。
打者の立場から説明するなら、バッティング・センターで、140km/hのケージでは空振りにしかならないが、130km/hのケージではホームラン性の打球を連発できる人はいるだろう。
プロであれアマチュアであれ、球速が速いほど、ジャスト・ミートすること、さらにはミートすること自体が困難であり、球速が遅いほどそれらが容易なことは誰しも想像つくはずの事実である。投球の速度を遅くすることは打力に乏しい打者にもホームランを可能にすることを意味する。
一面の真理とは、「投球に対して、充分に速い速度のスウィングが可能であるならば」 という条件のもとにおいては、球速が速いほど飛距離が出るという事実である。分かり易い譬えを言えば、壁に向かってボールを投げる時に、コンクリートの壁であれば、投球が速いほど速い球が跳ね返って来るが、壁の材質が発泡スチロールである場合、球速が速いと速い球は跳ね返って来ない。ほとんどの打者が打撃の瞬間にコンクリートのような強い抗力を持ち得ないわけで、いわゆる詰まった打球になってしまい、強い抗力を持ち得たホームラン・バッターであっても、上述のとおり、球速が速いほどジャスト・ミートすることは困難になる。

「投球に対して、充分に速い速度のスウィングが可能であるならば」 という条件のもとで、速球が速いほど飛距離が出るというサンプル。

https://youtu.be/Ol2_UkJS6kw
今日のMLBのメッツ対エンゼルス戦を観戦していた。

メッツにグリップ・エンドのないバットを短く持っている打者がいた。
バットを短く持つ打者は少なからずいるが、ボトム・ハンドの小指をグリップ・エンドに固定して握った方が速く強いスウィングが可能になる。バットを短く持つなら、その短さのバットを造れば、バットが軽くなる分スウィング・スピードは速くなる。

メッツのエドウィン・ディアスというリリーフ投手が2イニングを投げた。160km/hを超える速球と140km/h台中盤のスライダーの2球種を凡そ半々の割合で投げていた。こういう投手は速球だけ投げていればいいのにと思った。それだけ速いと打者は打てないし、スライダーはファイルにはなったが、引っ張った打球のいい当たりをされていた。そのスライダーをそれだけ多投すると狙い撃ちされる。スライダーは、例えば、2ストライクになっても速球をファウルされ続けるような打者のような時に投げればいい。すべての投手にとって、変化球より速球の方がコントロールがつく、ストライクが入る訳だから。
(写真はウェブ上のものを転載)

今日の午前、ワールド・シリーズ第2戦フィラデルフィア・フィリーズ対ヒューストン・アストロズを見ていた。2017年シーズンからになるが、MLB観戦の情熱をまったく失い、今日も見ていたと言っても、音声をミュートにして、スマホで音楽を聴きながら、たまにテレビに視線をやっていただけだった。
試合内容について、ワールド・シリーズ観戦記という訳にはならないが、7回途中から1回2/3を投げたアストロズのラファエル・モンテーロ投手に目が行った。
彼は150km/h台後半の速球を左打者の内角、及び、右打者の外角にあたるゾーンに正確に投球していた。その投球が、恐らくは2シームなのだろうが、若干シュート回転していた。球速が速くて、ムーヴするより先にキャッチャー・ミットに到達する様子だった。左打者に対してはフロント・ドア、右打者に対してはバック・ドアと呼ばれる、かの殿堂入りの大投手グレッグ・マダックスが決め球としていたこの速球の、さらにマダックスのものよりも高速という好投球なのだが、極めて惜しいことに、ストライク・ゾーンからボール1〜2個分離れたボール・ゾーンに正確にコントロールされ続けた。
この1試合の投球を見ただけで、すべてのことを語るのはできないのだが、ピッチャーズ・プレートのボール1〜2個分、右打者よりの位置を踏んで投球しさえすればいいと思った。普段のモンテーロの投球は、まったく知らない訳だが、本人がこのことに気付けないのなら、投手コーチがアドバイスしないものかと思った。
モンテーロのキャリア・スタッツに目を通したが、1、2度、先発に挑戦したシーズンがあるが、8シーズンのキャリアを通じて主にリリーフを勤めた32歳の投手のようだった。今日の登板から、現在は勝ちパターンの中継ぎ投手という役目であると想像できるが、150km/h台後半のフロント・ドア、バック・ドアを操ることのできる投手になれば、今からでもローテーションの一角を任される先発投手になれる素材だと思えた。
(写真はウェブ上のものを転載)

先日、午後のテレビ番組を見ていると、MLBのシカゴ・カブスで活躍している鈴木誠也選手が松岡修造氏からインタビューを受けている映像が流れていた。
鈴木選手は、日本ではバントや盗塁が多用される一方、MLBではただ打者が打つばかりであり、両者は違うスポーツのようだといった内容の話をしていた。
鈴木選手に限らず、日米の野球をいずれも多少なり見たことがある人であれば、私も含めてになるが、多くがそのように感じているだろう。

しかし、思い出してほしい。
日本で、体育の授業、あるいは、地域や社内、その他様々な集まりのレクレーションでの野球やソフトボールの大会で、送りバントをするバッターはいるだろうか。それ以前に、バッターにサインを送ったりすることがあるだろうか。そこでは、打者とは、ただ打つばかりではなかろうか。
まったくヒットを打つことが見込めない、野球やソフトボールの経験のない女性が打席に立っている時でさえ、ベンチのチームメイトたちに、バントの指示を出すこと、バントして欲しいという発想を持つことなど皆無だろう。その打席の女性に、両グリップをくっつけてバットを握ることや、バットを短く持つこと、スウィングの仕方などをアドバイスして、ヒットにならずともなんとかボールがバットに当たることを願っているものではないか。

野球とはそもそも、打者がボールを打撃して遠くへ飛ばし、ヒットやホームランを打つことを楽しむスポーツである。アメリカでそのようなスポーツとして誕生、発展し、日本に輸入されてから150年以上経ったこんにちでも、未経験者ですら、その本質を楽しもうとするスポーツである。

一般に「日本の野球」と呼ばれている、バントを多様することに代表されるプレイ・スタイルは、プロ、アマともに野球を専門にプレイした人たちによって、その本質を歪めて形成されたものである。

そして、日米の野球を比較して、MLBの方がおかしいという趣旨の発言をしばしば耳目にする。
それは海外で、日本に倣って行われるようになり、日本とは異なるスタイルで行われている相撲において、日本の相撲のあり方のほうが間違っていると批判されるのと同次元であという自覚が必要である。
テレビでMLB中継にチャンネルを合わせていると、エンゼルスの大谷翔平は最近2番打者として出場している。しばらく前はMVP3度受賞の強打者マイク・トラウトが2番を打っていたが、近年のMLBでは2番最強打者で打順を組む風潮が見受けられる。
これには大いに反対する。
例えば、大谷の2021年の打撃成績を見ると、58単打、26二塁打、8三塁打、46本塁打、96四球、4死球を記録している。仮に大谷がすべての打席において走者満塁の状態で打席に立っていたとすれば、野球盤式の最小限の進塁で見込める数値でも
158 ✕ 1 + 26 ✕ 2 + 8 ✕ 3 + 46 ✕ 4 = 418
で、418打点を稼ぐ、すなわち、それだけチームが得点することになる。2死以外の場面では、犠飛、さらには内野ゴロであっても得点になる場合があり、実際にはその数値はさらに増加する。
常時満塁で打席に立つことは非現実的な話であるが、チームが得点するために最重要なことは、最強打者の打席でひとりでも多くの走者を塁上に置くことである。
2番最強打者では、初回の打席では6割以上で無走者であり、それ以降の打席においても、前を打つ、8、9、1番打者たちの打力で、どれほどの走者を塁上に見込めるか。2022年シーズンでトラウトが40本塁打を放ちながら僅か80打点に留まっているのは、それが理由のひとつではなかろうか。
日本のプロ野球では伝統的に4番最強打者だが、上述の観点から、最強打者の前に出塁率の高い打者を3人並べるのであれば間違った考えではない。
数学を用いることで、最多となる得点を見込める打順を出場する9人の打者で並べる方法というものは存在するのだが、それはさて置くことにして、一方のMLBでは歴史的に3番最強打者が一般的であってきた。その理由はいくつか語られてきたが、初回に必ず最強打者を打席に立たせることで先制点を挙げる機会を作ること、最強打者をシーズン通じて多く打席に立たせることなどがある。
カーディナルスのマーク・マグワイアが当時のシーズン最多記録となる70本塁打を放った1998年、トニー・ラルーサ監督は彼を3番に置き、ひとりでも多くの走者、すなわち打点を見込めるように、投手を8番に置き、9番にはある程度の出塁を見込める野手を置いた。個人的には、それが最善の打順の組み方ではなかろうかと考えている。まして指名打者のあるリーグにおいては。

(写真はウェブ上のものを転載)
点と点が繫がった。

旧コミスキー・パークのアーケード、野球場には珍しくて個性的なデザインで好きでした。
どこか真似して取り入れてくれたらいいのにとずっと思っていましたが、ミニッツメイド・パークが既にやっていたことを、今テレビで気づきました。

その喜びをシェアしたくての投稿です。

近年の球場の客席配置の合理性を考えるとコミスキーのようなことはできないので、ヒューストンは上手くデザインしたものだと思います。
カムデンヤーズ以来、いにしえの球場からの郷愁回顧デザインが模索され続けましたが、コミスキーのアーケードもそのひとつと捉えられていたことが嬉しく思えます。

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