マネージャーは、F1参戦前からディビッド・ロバートソン、スティーブ・ロバートソン親子。彼らは、ジェンソン・バトンを発掘した人物でもある。 大の酒好きとしても知られ、表彰台でのシャンパンファイトでは、まずシャンパンを一口飲んでから参加する。一方、その酒癖の悪さが噂されており、オフシーズンを中心にしばしば酒がらみのゴシップ報道がされている。また2007年最終戦のブラジルグランプリでは、大逆転でワールドチャンピオンを勝ち取ったからか表彰台に上がったとたんシャンパンを口にした。 人生で最初の車は、母親の友人からタダでもらったロシア製のラーダ。赤い車体を自分で黒く塗装していた。 プライベートでの運転でもアグレッシブらしく、冬の凍った道を高速でスリップしてあやうく林に突っ込みそうになり、父親に注意されたそう。 2006年モナコGPでは、リタイアした数分後、クルーザーでグラス片手に優雅にGPを観戦するというお茶目な一面を見せている。但しまだレースは行われていることから、本来であれば速やかにピットに戻りエンジニアやチームメイトに情報を提供すべき場面であり、一種の「職場放棄」であるとみなすことも可能(逆に言えば、既にチームとライコネンとの関係が冷え切っていたことを示す行動であったともいえる)。また前述の酒癖の悪さとも関係し、この行動には批判も多い。 2006年最終戦ブラジルGPではこのレースでヘルメットを置くミハエル・シューマッハの引退セレモニーが行われたが、彼はこれを見逃した。イギリスITVによるインタビューにおいてセレモニーを見逃した理由を問われたライコネンは、世界中に配信されているライブ映像であるにもかかわらず、「クソをしに行っていた("I was having a shit")」と発言し、物議をかもした。 2007年シーズン開幕前、地元フィンランドのスノーモービルレースに「ジェームス・ハント」名を使って出走し優勝。シーズン中には地元のパワーボートレースにゴリラの着ぐるみで変装して参加した。 2007年イタリアGPでは“ICEMAN”のロゴが入ったハーレーで現れた。