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ゴスペルハウスコミュの「せばめて、ゆるめて、あなどって」2023.06.11

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ゴスペルハウスメッセージ 2023.06.11
「せばめて、ゆるめて、あなどって」使徒5:1-11

1 ところが、アナニアという人は、妻のサッピラとともに土地を売り、
2 妻も承知のうえで、代金の一部を自分のために取っておき、一部だけを持って来て、使徒たちの足もとに置いた。
3 すると、ペテロは言った。「アナニア。なぜあなたはサタンに心を奪われて聖霊を欺き、地所の代金の一部を自分のために取っておいたのか。
4 売らないでおけば、あなたのものであり、売った後でも、あなたの自由になったではないか。どうして、このようなことを企んだのか。あなたは人を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。」
5 このことばを聞くと、アナニアは倒れて息が絶えた。これを聞いたすべての人たちに、大きな恐れが生じた。
6 若者たちは立ち上がって彼のからだを包み、運び出して葬った。
7 さて、三時間ほどたって、アナニアの妻がこの出来事を知らずに入って来た。
8 ペテロは彼女に言った。「あなたがたは地所をこの値段で売ったのか。私に言いなさい。」彼女は「はい、その値段です」と言った。
9 そこでペテロは彼女に言った。「なぜあなたがたは、心を合わせて主の御霊を試みたのか。見なさい。あなたの夫を葬った人たちの足が戸口まで来ている。彼らがあなたを運び出すことになる。」
10 すると、即座に彼女はペテロの足もとに倒れて、息絶えた。入って来た若者たちは、彼女が死んでいるのを見て運び出し、夫のそばに葬った。
11 そして、教会全体と、このことを聞いたすべての人たちに、大きな恐れが生じた。

今週の聖書箇所は、ペンテコステのできごとでキリスト教会が誕生してからしばらくした後のことです。
アナニアとサッピラという夫婦が、ペテロたちの前で息絶えたという事件です。
冒頭の「ところが」の前には、弟子たちの相互扶助、助け合いの姿がありました(4:32-37参照)。
それは、ペテロたち使徒が「イエスさまを信じたら、こうあるべき」という信徒教育をした成果ではなく、教会規則第36条2項に記載されていたわけでもありません。
持っている人たちのうち、心から進んでささげたいと思う人が、家や土地を売って、教会を立て上げるために、教会を支えるために、進んでささげたのです。
建物としての教会を建て上げるのではなく、教会という人の集いに、一人ひとりが神様の宮という存在の集いに、心から進んでささげたのです。
とてもステキですね。

このささげ物には、モデルがありました。
出エジプト記第35章で、モーセに導かれた民が、幕屋建設のためにしたのです。
「イスラエルの子らは男も女もみな、主がモーセを通して行うように命じられたすべての仕事のために、心から進んで献げたのであり、それを進んで献げるものとして主に持って来た。」(出エジプト35:29)
金や銀や青銅や宝石など、多くのものがささげられたのです。

アナニアは、喜んで進んでささげる人たちを見て、「ステキだなぁ」と思ったことでしょう。
かっこいい、えらい、尊敬に値すると思ったでしょう。
ささげている人たちは、そんなことは考えないでいたのでしょうが、アナニアは勝手にそう思ったのです。
そして、人に尊敬されるためには、神様に認められるためには、家や土地を売って多くのささげ物をしなければと、決めつけたのです。
それは、裏を返せば、「多くをささげることができない貧しい人たちは、尊敬されないし、受け入れられない」という差別の心でもあったのです。
神様は、そんな基準で人を区別も差別もしないのですが(ルカ21:1-4参照)、アナニアとサッピラは、神様の愛を、神様の寛容を、せばめてしまったのです。
これが、彼らの第一の間違いです。

ただ、そのせばめた形を徹底していれば、ただの無知で済んだのです。
そうじゃないと教えてもらって、悔い改めて、前に勧めたのです。
神様の愛の大きさをわかるチャンスもあったのです。
しかし、彼らは、代金の一部を自分のために残しました。
しかも、使徒たちやみんなには内緒にしてです。
もともと、心から進んでささげたいと思っていたわけでもないので、「これくらいでみんな尊敬してくれるでしょう」と、せばめたものを自分たちの都合でゆるめたのです。
これが、彼らの第二の間違いです。

そして、「どうせ、使徒たちも、他の人たちも、神様も、気付きやしない」と、あなどったのです。
これが、第三の間違いです。

神様の愛をせばめて、神様の言葉をゆるめて、神様にはわからないとあなどって。
そして、アナニアとサッピラは、死にました。
ペテロは、彼らが死ぬのを確信していました(9節)。

実は、これにもモデルがあります。
喜んでささげたのが出エジプト記第35章であったように、「せばめて、ゆるめて、あなどって」そして死という、モデル、前例、第一号が、聖書に記されているのです。
しかも、ちゃんと夫婦です。
わかりますか?
皆さんが知っている夫婦です。

「え?私たち夫婦のこと」と、ドキドキしなくても大丈夫です。
あなたたち夫婦のことは、聖書には記されていませんから。

それは、創世記第3章に記されているアダムとエバです。
最初の罪は、ここから始まったのです。

まず、せばめました。
善悪の知識の木の実について、神様は、「食べてはならない」(創世記2:27)と言いました。
しかし、エバは、「食べてはならない。触れてもいけない」(創世記3:3)と蛇(サタン)に答えたのです。
そして、「善悪の知識の木」だけダメだと神様が言ったのに、「園の中央にある木」とエバは言ったのです。
園の中央には、善悪の知識の木だけでなく、いのちの木もあって(創世記2:9)、いのちの木の実は食べ放題だったのです。
神様の愛の言葉を、せばめてしまったのです。

次に、ゆるめました。
神様は、「その木から食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」(創世記2:17)と言ったのに、エバは、「あなたがたが死ぬといけないからだ」(創世記3:3)とゆるめて答えたのです。
せばめた愛を、自分の感情に任せて、自分の都合のために、ゆるめたのです。

そして、あなどりました。
「食べたって、バレないでしょ」「食べちゃったけど、隠れちゃえば・・・」と、アダムとエバは、神様をあなどったのです。

エバのほうが、多く悪いことをしてしまったように感じる人もいるかも知れませんが、そうではありません。
創世記第2章17節に続く18節にはこうあります。
「人がひとりでいるのは良くない。わたしは人のために、ふさわしい助け手を造ろう。」
神様の言葉を聞いていたのは、アダムだったのです。
アダムが、せばめて、ゆるめて、あなどって、伝えられたエバも、せばめて、ゆるめて、あなどって、サタンにそそのかされて、罪に落ちたのです。
そして、「必ず死ぬ」という神様の言葉は、アナニアとサッピラ夫婦に、現実のものとなったのです。

神様の愛をせばめて、神様の言葉をゆるめて、神様をあなどることが、罪の典型です。
2組の夫婦の姿を通して、聖書はそれを明らかにしています。
そして、その罪の性質を、私たちも受け継いでしまっているのです。

罪の入り口は、せばめることです。
神様の愛を、十字架の赦しを、その無条件の覚悟の愛を、せばめることです。
ただあなたが、十字架を自分のための赦しと受け入れるだけで、完全に赦されるのです。
ドカンと献金できなくても、まじめに聖書読めなくても、奉仕や伝道が不十分でも、神様の愛はせばまらないのです。

次に、ゆるめることです。
「イエスさまの十字架で赦されてるんだったら、何をしたっていいじゃない」「どうせ天国行けるんでしょ」ではないのです。
そういう考えは、聖書か書かれていた二千年前にも、すでにありました。
パウロやヨハネは、そんな考えに陥ることがないように、手紙も書いています。

そして、ゆるめることは、そのままあなどることに繋がります。
神様の愛を、十字架の赦しを、自分の都合に合わせて解釈することは、神様やイエスさまを、自分の奴隷・下僕にすることです。

日々、祈りの中で、御言葉に向かって、十字架のみもとで、せばめていないか、ゆるめていないか、あなどっていないか、自分自身を吟味しましょう。
せばめられることのない神様の愛をたっぷり受けて、満たされましょう。
そうしたらあなたは、ゆるめることも、あなどることも、必要なくなるのです。
そして、神様との親しい交わりに、招かれ、入れられるのです。

今日も、これからも、神様の愛に満たされて、生きていきましょう。


【参照聖書箇所】

使徒行伝
4:32 さて、信じた大勢の人々は心と思いを一つにして、だれ一人自分が所有しているものを自分のものと言わず、すべてを共有していた。
4:33 使徒たちは、主イエスの復活を大きな力をもって証しし、大きな恵みが彼ら全員の上にあった。
4:34 彼らの中には、一人も乏しい者がいなかった。地所や家を所有している者はみな、それを売り、その代金を持って来て、
4:35 使徒たちの足もとに置いた。その金が、必要に応じてそれぞれに分け与えられたのであった。
4:36 キプロス生まれのレビ人で、使徒たちにバルナバ(訳すと、慰めの子)と呼ばれていたヨセフも、
4:37 所有していた畑を売り、その代金を持って来て、使徒たちの足もとに置いた。

出エジプト記

35:5 あなたがたの中から主への奉納物を受け取りなさい。すべて、進んで献げる心のある人に、主への奉納物を持って来させなさい。すなわち、金、銀、青銅、
35:6 青、紫、緋色の撚り糸、亜麻布、やぎの毛、
35:7 赤くなめした雄羊の皮、じゅごんの皮、アカシヤ材、
35:8 ともしび用の油、注ぎの油と、香り高い香のための香料、
35:9 エポデや胸当てにはめ込む、縞めのうや宝石である。

35:29 イスラエルの子らは男も女もみな、主がモーセを通して行うように命じられたすべての仕事のために、心から進んで献げたのであり、それを進んで献げるものとして主に持って来た。

ルカ福音書
21:1 イエスは目を上げて、金持ちたちが献金箱に献金を投げ入れているのを見ておられた。
21:2 そして、ある貧しいやもめが、そこにレプタ銅貨を二枚投げ入れるのを見て、
21:3 こう言われた。「まことに、あなたがたに言います。この貧しいやもめは、だれよりも多くを投げ入れました。
21:4 あの人たちはみな、あり余る中から献金として投げ入れたのに、この人は乏しい中から、持っていた生きる手立てのすべてを投げ入れたのですから。」

創世記

3:1 さて蛇は、神である主が造られた野の生き物のうちで、ほかのどれよりも賢かった。蛇は女に言った。「園の木のどれからも食べてはならないと、神は本当に言われたのですか。」
3:2 女は蛇に言った。「私たちは園の木の実を食べてもよいのです。
3:3 しかし、園の中央にある木の実については、『あなたがたは、それを食べてはならない。それに触れてもいけない。あなたがたが死ぬといけないからだ』と神は仰せられました。」

2:16 神である主は人に命じられた。「あなたは園のどの木からでも思いのまま食べてよい。
2:17 しかし、善悪の知識の木からは、食べてはならない。その木から食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」
2:18 また、神である主は言われた。「人がひとりでいるのは良くない。わたしは人のために、ふさわしい助け手を造ろう。」

2:9 神である主は、その土地に、見るからに好ましく、食べるのに良いすべての木を、そして、園の中央にいのちの木を、また善悪の知識の木を生えさせた。

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