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ゴスペルハウスコミュの「A」2026.02.14 

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ゴスペルハウスメッセージ 2026.02.14
「A」ローマ8:31–39

31 では、これらのことについて、どのように言えるでしょうか。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。
32 私たちすべてのために、ご自分の御子さえも惜しむことなく死に渡された神が、どうして、御子とともにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがあるでしょうか。
33 だれが、神に選ばれた者たちを訴えるのですか。神が義と認めてくださるのです。
34 だれが、私たちを罪ありとするのですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、しかも私たちのために、とりなしていてくださるのです。
35 だれが、私たちをキリストの愛から引き離すのですか。苦難ですか、苦悩ですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。
36 こう書かれています。「あなたのために、私たちは休みなく殺され、屠られる羊と見なされています。」
37 しかし、これらすべてにおいても、私たちを愛してくださった方によって、私たちは圧倒的な勝利者です。
38 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いたちも、支配者たちも、今あるものも、後に来るものも、力あるものも、
39 高いところにあるものも、深いところにあるものも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。

2026年のゴスペルハウスの年間テーマは「FAITH」です。
信仰、信頼という意味を持ちながら、五つのサブテーマが添えられています。
F:Forgive(赦し)
A:Always(いつも)
I:Immanuel(ともにおられる主)
T:Trust(信頼)
H:Hand of God(神様の御手)
年間を通して、これらのテーマをじっくり味わっていきます。
今日はその2番目のテーマ、Aは「Always」、いつもです。
聖書は、ローマ人への手紙8:31-39です。

さて今日は、バレンタインデーです。
3世紀の司祭バレンタイン(ヴァレンティヌス)が処刑された2月14日が起源だとも言われています。
しかし、その1700年も前の出来事を知らなくても、現代では女性が男性に愛の告白とともにチョコレートを渡すイベントとして知られています。
日本ではこの習慣がすっかり定着し、様々に発展もしています。
今や愛する一人に対してだけでなく、複数の人に、そしてそれぞれに価格や価値の差もつけて、まるでお中元やお歳暮のようなイベントになっています。
「本命チョコ」「義理チョコ」「友チョコ」などと分類され、スーパーの売り場も賑わっています。

多くの場合、これらはホワイトデーのお返しを前提にしています。
つまり「見返りありき」のイベントなのです。
また、渡す側も普段通りの自分ではなく、手作りをしたり特別なチョコを買ったりして、その日のためだけに「よそ行きの自分」を装う日でもあります。

それが決して悪いわけではありません。けれど、聖書に示された神様の愛は、全く別の種類の愛なのです。
「神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。」(31節)
ここに、神様の「Alwaysの愛」、いつも味方でいてくださる愛が宣言されています。

第一に、神様の愛は条件付きではないということです。
人と人との間では、しばしば「報酬としての愛」、つまり条件をクリアしたら得られる愛が存在します。
「良くしてくれるから」「期待に応えてくれるから」「見栄えがいいから」といった、ふさわしければ与えられる条件付きの愛です。

しかし、神様の愛は違います。
「私たちすべてのために、ご自分の御子さえも惜しむことなく死に渡された神」(32節)からわかるように、神様はまず、ひとり子・イエスさまのいのちまでも私たちのために捧げてくださいました。
私たちが頑張ったからでも、条件をクリアしたからでもなく、まず与えてくださったのです。
神様の愛は、十字架の愛は、「先払いの愛」なのです。
ホワイトデーを期待するチョコの愛ではなく、立派な行いをしたから与えられる愛でもありません。
先払いの愛は、私たちが何かを返す前に、すでに完結している無条件の愛なのです。

神様は「本命だから愛する」のでも、「高価なチョコをもらったから愛を返す」のでもありません。
神様は「Always」、いつもあなたの味方です。
そして、あなたを愛しているのです。
それは、過去の失敗の中でも、今の不安の中でも、まだ来ていない未来においてもです。
信仰とは、この「Alwaysの愛」を受け入れることなのです。

第二に、神様は「よそ行きのあなた」を求めないということです。
バレンタインデーは、よそ行きの自分で相手に受け入れてもらおうとしますし、受け取る側もそれを望んでいることが多いものです。
だから、いつもより丁寧に、手間をかけて、二倍も三倍も頑張ってしまいます。

でも、神様の前によそ行きの姿は不要です。
「だれが、神に選ばれた者たちを訴えるのですか。神が義と認めてくださるのです。」(33節)と書かれています。
神様はあなたのすべてを知っておられます。
失敗も、弱さも、愚かさも、ずるさも、不安も、悲しみも、欠点も。
その上でありのままのあなたを「義」と認め、とりなしてくださるのです。

あなたの完成度や到達度が、神様の愛に影響を及ぼすことはありません。
信仰とは、「ちゃんとできたから愛される」のではなく、「ありのままのあなたが、Always、愛されている」と知ることなのです。

第三に、神様の愛には差別がないということです。
バレンタインのチョコには、価格や大きさの差があります。
高いもの、安いもの、限定品、特別仕様、いつも通りのもの。
私たちは愛の大きさや自分の都合によって、それらを選び分けます。

しかし、神様の愛に価格差はありません。
すべての人に最高のものが与えられます。
ですから、「苦難ですか、苦悩ですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。」(35節)「死も、いのちも、御使いたちも、支配者たちも、今あるものも、後に来るものも、力あるものも、高いところにあるものも、深いところにあるものも、そのほかのどんな被造物も」(38-39節)とあるように、どんな力も権威も、私たちをイエスさまの愛から引き離すことはできないのです。

どんなに優れた人でも、どんなに困難の中にいる人でも、神様の愛のグレードは変わりません。
だれ一人として例外なく、最強・最高の愛が与えられています。
そう、ひとり子・イエスさまのいのちを捧げるほどの愛です。
一人ひとり、状況や環境、能力や経験に違いはあるでしょう。
しかし、神様の最終的な結論は一つです。
「わたしはあなたを愛している」という揺るぎない宣言です。
神様が、そう宣言しているのです。
それは過去も未来も、ずっと、そう、Always、変わることはありません。

神様の愛は、
第一に、条件付きではありません。
第二に、“よそ行きのあなた”を求めません。
第三に、差別がないのです。

バレンタインデーは愛を思い起こさせる日ですが、そこには時に計算や見返り、背伸びや差別が入り込みます。
しかし、神様の愛はそうではありません。
条件なしに、見返りを求めず、ありのままのあなたに、最高のものを注ぎ続けてくださいます。

信仰とは、この変わらぬ愛、「Alwaysの愛」を与えてくださる神様とともに生きることです。
もし今、あなたがだれかと自分を比較して振り回されていたり、人からの評価を恐れていたり、見返りを求められる愛に疲れているのなら、神様を見上げましょう。

神様はあなたに語りかけます。
「私はいつもあなたを愛している」と。
この「Alwaysの愛」に、今日も、明日も、そして永遠に満たされてまいりましょう。

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