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”出会う人みな、仕事の先生”コミュの【教訓】正々堂々と正しい筋道を守った事業をやること。利益を考えるのはその後である/「出会う人みな仕事の先生」より

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(☆掲載文章の無断転写、無断掲載はご遠慮ください)
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打田光代さんとは、私が株式会社パソナを退職した翌年の94年にフジテレビの方のご紹介で出会いました。
ちょうど、その頃、打田さんは長年勤めたマーケティングリサーチの会社を退職し、株式会社ユーティルという会社を創業されていました。
すらっとした長身の女性で、子供のようなチャーミングな声がとても印象的です。
この方ほど神秘的で、かつアグレッシブな方も珍しいと思います。
大学を出られてから、簿記学校に経理の勉強に通い始めたそうです。その理由は、いつか会社を創業するためです。会社経営には経理能力は欠かせないと考え専門学校に通ったそうです。
そもそも、ご自身が社長になろうと考えたのが幼稚園の頃と聞いて驚きました。
七夕の短冊に「大人になったら社長になる」と書いていたそうです。
子供の頃は講道館に通う柔道少女でした。高校生の頃、長身の彼女のもとに何度も女子プロレスからスカウトがきたそうです。ケガが原因で柔道はやめてしまいましたが、困難にめげない精神力は柔道の修行で培われたのではないかと思います。
代々事業家の家系で、曽祖父は銀行を経営されていたと聞きました。お父様は映画館で使う業務用映写機の製造販売会社の社長でした。映写機の分野では老舗です。
経理学校に通う傍ら、打田さんは学費稼ぎのためにある小さなマーケティングリサーチ会社にアルバイトで働きはじめます。
はじめは簡単な事務の仕事だったそうですが、仕事の速さと手際の良さでどんどん昇給し、やがて経理を任され、社長から役員にならないか・・・とまで勧誘されたそうです。
その頃も、いつか会社を創業するという目標は変わっておらず、社長からのお誘いを固辞し続け、修行の期間として働いていたそうです。
そのマーケティングリサーチの会社は、国内の企業からだけではなく、広く海外にもクライアントを持っていました。
この会社で働き始めたことが、彼女のその後の運命を決定付けることになります。
ある時、海外のデータを日本企業に紹介する発表会の企画を立ち上げることになりました。といっても新入社員ですし、そんな仕事もしたことがありませんでした。
一生懸命考えて、都内のめぼしいホテルに片っ端から連絡をとり、見積もりを集め、電話で対象となる企業の担当者めがけて直接参加依頼の電話をかけ始めました。とにかく体が先に動くタイプです。
普通こんな飛び込みの営業の電話は、その場でほとんど断られるのが普通ですが、一生懸命説明する姿勢が相手に通じたのか、どんどん参加OKの承諾を取っていきます。上場企業ばかりです。しかも、担当部署の方だけではなく、役員や社長までの参加承諾を取り付けていきました。百名ほどの参加者を得て、この発表会は大成功に終わります。
万事、この調子で何かに取り憑かれたように数年働き、とうとう社長ご夫妻からの熱心なお誘いを受け、その会社の取締役となります。
マーケティングリサーチの分野も食品・自動車・通信・家電とどんどん広がってゆきます。
彼女が入社した頃から、このマーケティングリサーチの会社は急成長してゆくことになります。
いつも逃げたりせずに、与えられた仕事はすべて直球勝負でこなしてこられました。
入社から12年間、睡眠時間を惜しんで懸命に働き、自分の後継者を育てることに腐心し続けました。
各方面で手腕を発揮されましたが、当初の「世の中のためになる今までにない会社をつくる」という目的のために12年の歳月をかけて社長を説得し、93年に退職されます。
そして、私がさらに驚くべき行動力を見せた出来事があります。
会社を退職して自分のビジョン通りに会社の器はつくってはみたものの、具体的なクライアントも商材も何も決まっていなかったそうです。
マーケティングの新しい風の匂いを感じて、まずはアメリカ視察に出かけられます。
多くの先駆的な企業を見て回ったそうですが、ただ見ていても帰国後すぐに事業化することは困難ですから、ボール紙で作った手作りの英語の名刺をもって、図書館で調べたマーケティングの会社に次々アポイントをいれ、営業をして回ったそうです。
その中の一社で自動車関連のコンサルティングの会社を訪問した時のことです。
彼らは、打田さんが日本から来た事に対して興味を持ちます。
そしてマーケティングリサーチの会社の取締役をしていた事にも関心を示しました。
なぜなら、そのコンサルティングの会社は世界最大の自動車メーカーゼネラルモータースからの依頼で、対日戦略車の開発に伴い、日本市場のマーケティングリサーチを計画していたのです。
発注元のGMの要求はかなり厳しいものでした。
日本の市場調査を任せる企業としての条件は、
● 自動車に関するマーケティングリサーチに優れたノウハウを有していること。
● 自動車関連のマーケティングリサーチの経験を豊富に有していること。
● そして、現在、自動車メーカーのクライアントを一社も持っていないこと。
の3条件でした。
常識で考えて、この3条件を満たすという事は矛盾することです。
アメリカのコンサルティイング会社は途方に暮れていたと思います。
ところが、目の前にいる日本からきた若い女性はすべてを持ち合わせていたのです。
かつて、マーケティングリサーチの会社で自動車の調査をたっぷり経験し、そのノウハウを持っています。しかし、彼女はその会社を退職して自分の会社を創業し、まだ一社もクライアントを持っていなかったのです。
やがて、そのアメリカのコンサルティング会社は彼女に大規模な業務のオーダーすることになります。それが、株式会社ユーティルの受注第一号となりました。
世界最大の自動車メーカーゼネラルモータースは、対日戦略の大規模なマーケティングリサーチをスタートさせる事になります。
その後、どんどん受注を重ねて、海外の企業が日本に進出する際の日本側の市場調査をする、という特殊な分野を足がかりに事業拡大してゆきます。

そんな打田さんの行動には普遍のルールがあります。
「先義後利(せんぎこうり)」という考え方です。
正しいことを正しく行う精神といえばよいのでしょうか。正々堂々と正しい筋道を守った事業を行うことであり、利益を考えるのはその後である。といった考え方です。
打田さんの行動は、いつもこの精神に支えられています。自分の立場や自分の利益を優先するところからスタートするのではなく、利害を離れた立場から相手に対する誠意を表してから自分のことを考えてゆく姿勢をしっかりまもっています。
たとえば、打田さんは創業という目標がありながら、自分の夢を強引には進めませんでした。それは、就職した会社でマーケティングリサーチという天職にめぐり会い、そのノウハウをゼロから指導してもらった社長に対してご恩に応え、10年間じっくり勤め上げ、後継者を育て、自分や周囲の理解と納得を得てからの創業でした。
みていると、そんな彼女の周囲にはいつも数多くの支援者やファンが集まり、チャンスがどんどん向こうからやってきます。そして、今度はその周囲の人たちが、彼女に対して敬意を持って接しています。このような、道徳的な思いが、その事業を成功に導くのだということを証明しています。

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