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シュタイナー言語造形ことばの家コミュのこころのこよみ(第6週)

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Es ist erstanden aus der Eigenheit  

己であることから蘇る、

Mein Selbst und findet sich

わたしのわたしたるところ。そしてみずからを見いだす、

Als Weltenoffenbarung             

世の啓けとして、

In Zeit- und Raumeskräften;         

時と場の力の中で。

Die Welt, sie zeigt mir überall

世、それはいたるところでわたしに示す、

Als göttlich Urbild

神々しいもとの相(すがた)として、

Des eignen Abbilds Wahrheit.

わたしの末の相(すがた)のまことたるところを。




じっくりと見る。
じっくりと聴く。
じっくりと受けとる。

そのように世に向かって、人に向かって、
意識的に感官を開くほどに、
世も人も、ものものしく語りだす。

そして、世と人に向かって我が身を披けば披くほど、
我がこころが起き上がってくる、立ち上がってくる、蘇ってくる。

たとえば、幼い子どもを育てているとき、
大人の忙しさについつい子どもを巻き込んでしまうことがあります。

そんな時、よく子どもは大人の意向にことごとく反発して、
ぐずったり、泣きわめいたりします。

しかし、
この「忙しさ」というこころの焦りに大人みずからが気づけた時、
目の前の子どもにじっくりと眼を注ぐことができた時、
子どもの息遣いに耳をじっくりと傾けることができた時、
子どもが落ちつくこと、
よくありませんか。

そんな時、子どもがいっそう子どもらしく輝いてくる。
その子が、その子として、啓けてくる。

そして、そうなればなるほど、
眼を注いでいるわたし自身のこころも喜びと愛に啓けてくる。

子どもを育てている毎日は、
そんなことの連続ですね。

きっと、子どもだけでなく、
お米その他の作物をつくったり、育てたりすることにおいても、
それを毎日している人には同じようなことが感じられているのではないでしょうか。

子どもがいてくれているお陰で、
他者がいてくれているお陰で、
ものがあってくれるお陰で、
わたしはわたしのわたしたるところ、
わたしのまことたるところを見いだすことができる。

他者という世、
それは眼を注ぎさえすれば、
いたるところでわたしにわたしのまことたるところを示してくれる。

他者に、世に、
わたしのまことたるところが顕れる。

そのことも、不思議で、密やかで、かつリアルなことですが、
そのわたしのまことたるところが、
神々しい元の相(すがた)に相通じていることに気づいていくことは、
あらためて、
信仰ということに対する親しさをわたしたちに与えてくれはしないでしょうか。

すでに生活に根付いている信仰。

日々、つきあっているものというもの、人という人を通してこそ啓いていくことができる信仰。

もうすぐ、聖霊降臨祭がやってきます。

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