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シュタイナー言語造形ことばの家コミュのこころのこよみ(第40週) 〜こころの中で他者を生きる〜

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Und bin ich in den Geistestiefen,

そして、わたしはある、精神の深みに。

Erfüllt in meinen Seelengründen

わたしのこころの基において、

Aus Herzens Liebewelten

心に満ちる愛の世から、

Der Eigenheiten leerer Wahn

己であることの虚しい想い込みが、

Sich mit des Weltenwortes Feuerkraft.

世のことばの火の力によって、焼き尽くされる。



「わたしは、いる」
「わたしは、いま、ここに、いる」という響きから生まれてくる情よりも、

「わたしは、ある」という響きから生まれてくる、
「いま」「ここ」さえも越えた、
「わたし」というものそのもの、
「ある」ということそのことの、
限りのない広やかさと深さと豊かさの情。

何度も声に出している内に、その情を感じます。

「わたしは、ある」。

それは、その人が、
どんな能力があるとか、
どんな地位に就いているとか、
というような外側のありようからのことばではなく、
ただ、ただ、
その人が、その人として、ある、ということ。
そのことだけをその人自身が見つめて、出てきたことばです。

そのときの「わたし」は、目には見えない<わたし>です。


そして、
シュタイナーの『精神の世の境』という本から要約したかたちですが、
「愛」についてのことばを書いてみます。

    精神科学の学び手は、
   考える力を通して「みずからの情」を育んでいくことに重きを置いている。
   その情が、こころに強さと確かさと安らかさを与えてくれるからだ。

   そして、学び手は、
   この感官の(物質の)世を生きるにおいて、
   その強められた「みずからの情」を抑制することを通して、
   愛を生きる。
   愛とは、
   みずからのこころにおいて、
   他者の喜びと苦しみを生きることである。
   感官を凌ぐ意識によって人は精神の世に目覚めるが、
   感官の世においては、精神は愛の中で目覚め、愛として甦る。


「世のことばの火の力」
それは、きっと、愛だと感じます。

そして、それによって、「己であることの虚しい思い込みが、焼き尽くされる」。

コメント(8)

今回のこよみも魂に沁みますね。
「世のことばの火の力」というのは、私に対する攻撃や批判でさえも、神の愛として受けとめるときに、私の卑小な利己性が焼き尽くされるというふうにも感じました。
>jun−iさん

「私に対する攻撃や批判でさえも、神の愛として受けとめるときに、私の卑小な利己性が焼き尽くされる」

本当に、そうかもしれませんね。
ゴルゴダのことを想い起こすことが、
この世を生きていく上での最後の杖なのかもしれません。
飛*。さん、コメントありがとうございます。
> たそがれこうじさん

ゴルゴダの受難を想起して追体験することは、本当に魂を鼓舞してくれるし、浄化してくれますよね。
ちょっとした憑依などは、追体験することでお祓いできてしまいます。
ですが憑依が重篤な場合、聖書を読むことが全く不可能になります。
ですので幼少期から新約聖書を毎日読んで、イエス・キリストの物語をエーテル体にまで沁み込ませておくのは大切なことだと思います。
>jun−iさん

憑依されている人と神父との壮絶な闘いが映画に描かれていましたね。
フィクションですが、あの描写に近いものがあるのでしょうか。

「イエス・キリストの物語」、そして聖書を読んでいくことの深さを教えてくれたのは、
わたしの場合も、シュタイナーでした。

jun−iさんのことばから、
そのシュタイナーによるキリスト論が、いま、そしてこれから、切実に必要なんだということが分かります。

ありがとうございます。
> たそがれこうじさん

仕事上たくさんの精神病や精神障害の方々とお話するのですが、難治の方々の中には、憑依症状と見做したほうが妥当だと思われる人たちもいます。
十数年前に神秘的な宗教体験をして以来、精神病の闘病生活を長年送っているクリスチャンの方がいるのですが、その人は信仰心をちゃんと持っていながら、十字架を捨ててしまい、聖書をどうしても読めないのです。
よくよく話を聴いていると、思考や感情や意志の奥底に、ルシファーやアーリマン的な闇が感じられます。
>jun−iさん

おそらく、聖書を読めないというのは、そのような障害を荷っている方々だけでなく、
わたしたち現代人すべてに、本質的なところで相通ずるところなのではないでしょうか。

他者に対して、「聖書を読めば、そしてイエス様を信ずれば、あなたの悩み、苦しみは癒されます」ということばは、もしかしたらもう無効に近いのかもしれませんね。

jun−iさんが直面なされている現場は、そんな生易しいものではないのですね。

jun−iさんは、
キリストという存在の意味を理解し、
そしてことばではなく、
誰しもの内に働きかけてきているルシファーとアーリマンのあいだのバランスを取っていくことのみによって、活路を見いだそうとされているのだと感じています。

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