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日本書紀を読み解くコミュの五十鈴 その3

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新しい登場人物や単語

闘鶏臣大山(つげのおみおおやま)
闘鶏臣阿良々支(つげのおみあららぎ)

蘭(あららぎ)ノビルの古語
ぬかが 蚊の仲間




あれはまだ大中比売が幼い日のことだった。
鬱陶しい梅雨の雨の合間に、久々に園に出た。
草々はたっぷりと水分を含み、初夏の太陽に美しくきらめいている。
しゃがみ込んでなでしこの花を摘んでいると、馬に乗った男達が乱暴に駆けてきた。
立ち上がって身構えると、男達は近づいてきて声をかけた。
「良く園を作っているね」
男達はにやにやと大中比売を見下ろしている。
「刀自、蘭(あららぎ)を一茎(ひともと)」

恐ろしさに身をすくめながらも、卑しい呼び名で呼ばれてむっとした。
「このようなものを何に使うのじゃ」
「ほう、刀自が一人前の口を利く」
淫靡な嘲笑が男達に起こった。
「ぬかがを祓うのだよ。さあ、早くおよこし」
蘭を手折って差し出そうと手を伸ばした瞬間、後ろから誰かに抱きかかえられた。

「何をする。手をお放し!」
男の手が胸をまさぐる。
手足をばたつかせ、その男の手を思いっきり噛んだ。
「いててて、何をするか」
馬上の男達は腹を抱えて笑っていた。
手を噛まれた男は、手をさすりながら大中比売が落とした蘭を拾って馬上のお琴に手渡した。
「いけませぬ、この刀自は荒馬でござりまする。
 胸もまだありませぬよ」
「それは見ただけでもわかるだろうに、大山も大人気ない」

男達は笑って轡をひるがえした。
大山と呼ばれた男が振り向いたと思ったら、大中比売の体は宙を飛んでいた。
「この醜女(しこめ)が」
大山は大中比売の頬を拳で殴ると、馬を飛ばして走り去った。
馬の蹴った泥が大中比売の髪や顔に容赦なく飛んでくる。
口の中は血と泥の嫌な味がした。
首や顔がひどく痛む。

「われは忘れじ、大山とな・・・」
涙と泥で司会が曇り、大中比売は気を失った。



皇后となりこの大山をさがしあてた時には、その屈辱に体が震えたものだった。

「しかし、大山は死罪にするところを赦したではないか」
「赦して一族もろとも稲置(いなき:奴隷)としたから、礼でも言えと申されるか」
五十鈴の目は釣りあがり、大中比売の喉元に手が伸びる。

「大山とわが夫阿良々支は一族から追い出され、凍った池から氷を運び出す氷室の奴(やつこ)と成り下がったのじゃ。
 犬にも劣ると嘲笑われながら、のう・・・」

五十鈴の手に力が加わる。
「我等は引き離されて夫は行方知れずになり、二度と会うことは出来なんだ」

やっとのことで手を振り払うと、五十鈴はその場にへたり込んだ。
小さな鈴がちりりと転がった。
「これは私が夫に送ったもの。
 これが最後の氷よりいでましました。
 ああ、わが愛しい夫は、冷たい池の底に沈んでいたのでございまする」
五十鈴は突っ伏すと、声を上げて泣きじゃくった。

は足を滑らせて氷室の池に沈んだのだろう。
厚い氷の下に沈めば二度と浮かんで来ることは無い。
夏になればその体は腐り、魚につばまれて水に溶けて朽ちてしまったのだろう。

大中比売はめまいをおぼえた。
悪阻がきつく、氷ばかり食べていたのだ。
「ぐ、ぐぅう・・・」
吐き気を覚えつつも、五十鈴から逃げ出そうとした。
その髪を後ろから五十鈴につかまれる。

「やっと授かった我等の子は流れてしもうた。
 それなのに皇后様はぬくぬくと子を育ておって。
 怨めしやぁ」

背中に乗られ、助けを求めて手をのばしたが、虚しく記帳を握っただけだった。
後産(胎盤)がずるりと出て、大中比売の下半身は血にまみれた。
引きちぎられた記帳が灯りを倒し、火が瞬く間に燃え広がった。

「ゆ、赦してたも」
切れ切れに言う。
「うるさい。
 あの時赦してくれと額をこすりつけて頼んだであろうが。
 忘れたとは言わさぬ」
大山の声になった。
「われも父も赦してくれと何度も申したであろうが」
阿良々支はぶよぶよと崩れそうになりながら大中比売の足に絡みつく。

火は記帳を燃やし尽し、天井まで広がっている。
「だ、誰ぞ救けてたも」
不思議なことに、産屋の中には人の気配が無かった。

沐浴を済ませた皇子は、絹の産着に包まれて眠っていた。
駆け寄ろうとしたが、大山と阿良々支に腰や足をつかまれて身動きが出来ない。

五十鈴が皇子を抱き上げた。

「阿良々支の体を食べて育った皇子よ。
 そなたはきっと、愛しい夫の生まれ変わりであろう」
「五十鈴、皇子に障るでない!」
大中比売は必死にもがいた。

五十鈴はさも愛おしそうに皇子に頬ずりした。
「寒かったでございましょう。今、温めてさしあげまする」
「や、やめてたも・・・」

すでに産屋は灼熱の炎に包まれていた。
吸い込む息も喉を焼く。
「もう、離れはしませぬ」
はらりと帯を取り出した。

大中比売が賜った帯だった。

「この私に比翼の帯などと・・・皮肉にもほどがあると怨みもしましたが・・・このために賜られたのでござりまするか・・・」

帯で皇子をしっかりとくくりつけると、五十鈴は炎へと飛び込んだ。
急に体が自由になり、大中比売も夢中で炎の中に飛び込んだ。


たっぷぅぅん。

鼻先が水の幕を破った
炎に飛び込んだつもりが、そこは水の中だった
燃え盛る炎の音も掻き消えて、音の無い世界が広がる
深く暗い水の底に沈んでいく阿良々支が見える
五十鈴は水の中にいながら炎に包まれて沈んでいく
大中比売も
重く静かに沈んでいく
ゆらめいて水面を見た
比翼の帯がゆらゆらとゆらめいている
皇子はいずこにおわしますや
もしやあの帯の先に・・・
ああ、妾はなんと愚かだったのでございましょう・・・

コメント(1)

な、長いね〜・・・すみません。あと1回で終わりです。

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