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日記ロワイアルコミュの僕がようやく気づいたもの

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 結婚をしてからしばらく子供ができなかった僕たち夫婦は、2年の不妊治療の末、ようやく待望の子宝に恵まれた。
 名前は「さや」と名付けた。
 不妊治療をしている間、僕は「正直、子供は無理かなあ」と思うこともしばしばあった。妻は冗談めかして、「3年頑張ってダメだったら、諦めて猫でも飼おう」と言っていた。冗談めかしてはいたが、内心では本気でそう思っていたんだと思う。
 だから、子供が出来たときの大変な喜びは、口では言い表せないものだった。
 さやが生まれてから、僕の生活は一変した。
 仕事を終えて、家に戻るのが早くなった。お風呂もマンマも僕の仕事で、そんなさやとのひと時を通じ、一日の疲れを吹き飛ばす。本当にかわいくてかわいくて仕方がないのだ。親バカ、いやバカ親だ。

 子供が出来なかった期間、僕の両親も妻の両親も、一度としてそのことに触れることはなかった。
「早く孫の顔が見たい」「孫はまだか」。きっと心の中では、思っていたと思う。それでもそれらの言葉をぐっと我慢してくれていた。こんな双方の両親の思いやりのおかげで、焦ることなく治療に専念が出来たのだと思うと、本当にありがたいかぎりだ。だから互いの両親に子供が出来たことを伝えたときの喜びようは、それはそれは大きなものだった。僕ら夫婦のそれと変わらないものであった。

 子供が生まれる前までは、実家を訪れるのは、それこそ盆と正月ぐらいのものであった。だが、最近は、孫の顔を両親にできるだけたくさん見せてやりたいとの思いから、毎週僕と妻の実家を交互に訪れるようになった。

 先日のことである。

 予定通りに僕の実家を訪ねると、着くやいなや待ち構えていたかのように父が玄関から飛び出してきた。

「さやー、じいちゃんだよー、おぼえとるー?」

 くしゃくしゃの顔でさやを抱く。抱っこされることが大好きで人見知りをしない生後7ヶ月のさやは、父に抱かれて声をあげて笑う。父もそれを聞き、笑う。

 60歳を過ぎてから、父は丸くなった。僕が幼い頃の父の印象は、いわゆる「昭和のおやじ」そのもので、気が短く、頑固。亭主関白。厳しい以外の何ものでもなかった。
 僕も今となってはそれがなぜかは詳しくは覚えていないが、ほんの些細なことで、数え切れないくらい殴られたものだ。小学生の頃は本気で「お父さんは僕のことを憎んでいるんだ」と思い、あまりの恐怖で父のことが大嫌いだった。
 中学、高校と年を重ねるごとにだんだんと話すことも少なくなり、僕が大学生になる頃には僕の気持ちは、「嫌い」というよりも、どちらかと「見下す」ようになっていた。

 中学を出て就職をした僕の父は、いくつかの工場を転々として、最終的には物流の仕事をしていた。工場で作った物をトラックに載せ、別の工場に運ぶ。こんな仕事をしていたようだ。頭脳労働ではなく、完全な肉体労働で、給料も決してよくない。大学生になり、だんだんとそれらのことがわかるようになり、どこかで父を見下し始めていた。
 今では、もちろんわかる。見下してなどいないし、感謝もしている。若かったその頃の僕にはわからなかったことなのである。

 「暑いね、冷たいお茶どうぞ」

 母がお茶を運んできた。

 「たかい、たかーい。あっ、さや、よだれたらしたのかー。きたないー」

 父は相変わらずさやと遊んでいる。

 先日飼っていた犬も死に、完全に老夫婦のみの生活となった両親は、2週間に一度、僕たちが実家を訪れることを楽しみにしているらしい。毎回すごい量の食事が出てきて、食べきるのに苦労するぐらいだ。

 「普段は、ふたりでテレビ見てるだけなのよ。静かなものよ。さやちゃんが来るとにぎやかでいいわ」

 そんなことを、母は言う。ぼくは、ただ頷く。

 この日も、すごい量の食事が出てきた。寿司にエビフライ。サラダに、焼き魚に。僕も妻もあまり食べるほうではないが、いつも無理をして残すことなく食べきる。気持ちは、わかるのだ。

 食事が終わると、母が何やら持ってきた。
 「これ、古いアルバムが出てきた」
 押入れの奥にしまわれていた一冊の古いアルバムだった。
 表紙には、幼い僕が描いた絵が描かれている。車とも船とも飛行機ともとれる、よくわからない乗り物のようだ。

 「あー、見たい、見たい」

 妻が手にとり、ページをめくる。
 懐かしさが、僕の元にやってくる。

 「これは、動物園行ったときの写真だね。あんた4歳ぐらい」
 「これは、海に行ったときのだ」
 「これは、四国のおばあちゃんのとこ行ったとき。覚えてる?」

 そこには、昔の僕がいて、隣には、昔の父がいた。

 「いつも、お母さんが写真撮ってたのよ。だから、あんたとお父さんの写真ばっかり」

 動物園の檻の前で僕を抱く父。
 海の中で、浮き輪の僕を隣で支える父。
 僕の手を引く父。肩車をする父。一諸に花火をする父。

 そこに写っている昔の父の顔は、今、目の前でさやをあやしているくしゃくしゃの笑顔と何もかわりがなかった。今、目の前でさやが愛されているように、幼い僕も父に物凄く愛されていたのだ。怖い父の記憶しかないが、父は怖いだけではなかった。僕は、僕がさやのことを思う愛情と同じぐらいの愛情を父からもらい、今まで生きてきたのだ。

 父さん、いろいろありがとう。
 結婚も人より遅かったけど、10も年下の嫁さん連れてきたから、まあいいだろ。
 さやも生まれた。僕も父さんがしてきたように、守るべき家族のために毎日を過ごすよ。
 たくさんの愛情をありがとう。
 厳しさも愛情のひとつなんだよね。
 決して裕福でもないのに、大学まで出してくれて、ありがとう。
 親孝行、今まで何も出来なくてごめん。
 長生きしてください。これからも今までの分、親孝行するから。

 「さやちゃん、かわいいお顔してますねー」

 父の声が聞こえる。さやの笑い声が聞こえる。


 「あっ、そういえば、再来週これないんですよ。友達の結婚式に呼ばれてるんで、さや連れて行ってきます」

 妻が、帰り際にそう伝えると、母は言う。

 「あー、それはしょうがないわね。さやちゃん、結婚式楽しんできてね」

 「再来週、これないのか!だったらじいちゃんち、来週こればいい」
 「来週はいかん。嫁さんの実家行かないといかんから」
 「だったら。結婚式は日曜だろ。土曜日こればいい」
 「土曜日は、別の予定があって」
 「そ、そうか」

 残念そうな父は、さやに話しかけている。

 「再来週これないのかー。じいちゃんのこと忘れちゃうかなあ。寂しいなあ。
  次会うときは、さや、さや大きくなってるねー。ハイハイできるかなー」


 さや、パパもママも、じいちゃんもばあちゃんも、みんな君のことがかわいくて仕方ないんだよ。
 まだ赤ちゃんだから、わからないと思うけど。
 
 人はみな、愛情に包まれて育っていく。
 世の中に愛されていない人なんか、ひとりもいないんだ。
 さやが、少し大きくなって、少し悪いことしたら、やっぱりパパもママも怒る。
 でもそれは、愛情以外の何ものでもないからな。

 この歳になって僕がようやく気づいたものは、僕が今まで両親からうけた無償の愛であり、これから僕がわが子に与え続けるであろう、無償の愛のことであった。










 

 

コメント(133)

一票です。

白でも黒でもない、ノンフィクションナパさんですね。幸せそうで何よりです。
孫が大好きなじいじ、全く同じ状況で共感できました!
一票です。
泣きました。一票。
そんな素敵なご両親でとても羨ましいです。私は自分が子供を産んで、母の愛だと思っていたものが愛ではなかったと知ったので・・。
子供は無償の愛で育てたいと思っています。ありのままを受け入れたいです。

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