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日記ロワイアルコミュの思春期と夜の間

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 「エロビデ買いに行くの付いてきて」

 「うん、いいで!」

 思春期全盛の中学三年。女の裸がまだ、宇宙以上に未知だった頃。
 友達と呼べる存在がほとんどいなかった二人は、既にセックスを体験済みの同級生がちらほらするなか、母親を除く、この世の全ての女の裸を未だ目にしたことがなく、いや、アフリカとかそういう部族系の女の裸はウルルン滞在記か何かで見たことがあったけれど…。それ以外はクラスの女子のスクール水着が最高の露出で、下衆い話だけれど、今のところそれだけが彼らのもっぱらの“おかず”だった。

 そんな、地味な中学生の悲しい性事情を自ら払拭するべく、校内トップの学力を誇る溝川が立ち上がった。

 情報収集はかなり前から行っていて、といってもその役回りは相方の赤髪で天然パーマのメグル(学力は校内最底辺)の仕事で、人気のAV女優と、18歳未満でも購入可能と噂される超アンダーグラウンドAV販売店の情報を数ヶ月かけてようやく入手した。

 一台の自転車を二人乗りで行く、片道約一時間半の道のり。肥満体のうえに体力がない溝川は、ほとんど全てをメグルに運転させた。交代するときはいつも坂の頂上で、その度メグルがぼやいた。

 「みっじょんズルいって」(溝川の愛称)

 「てか、オレの自転車やし、オレの金やし」

 「ムキーッ。…買ったら絶対に見せてや」

 さんざん道に迷ったあげく到着してみると、思っていたよりもあっさり目的の商品が購入できた。


 帰り道、疲れを忘れたようにハイテンションな二人。
 ハイスピードで流れる景色は、夕方と夜の間の、思春期みたいな色をしていた。



                        ☆


 英、国、社、理、数。

 五教科の全てで九十点を下回ったことがない。偏差値は常に70前後をキープしていて、学内でもトップクラス。最難関私立、灘高校入学を目標に毎日5時間以上を勉強に充てていた。
 同級生たちが部活動や恋愛に熱中していた中学一年、二年の頃も溝川は一人、塾に通い詰めで、中学生がハマる楽しみのほとんどを我慢してその学力を身につけた。

 身長は160センチに届かず、顔立ちも地味で、最後に容姿を褒められたのは幼稚園入園の頃と記憶している。
 両眼で0.1程しかない視力のため、虫眼鏡みたいに大袈裟な彼の黒縁眼鏡は、前後に動かすと目が拡大縮小して90年代初期のネタができあがる。それをよく、暇なヤンキー達のおもちゃにされた。隠されて見つからないこともあった。そうなると、見えないし捜せない。
 翌日、学内トップクラスの豊満女子に 「体操服に埋もれてた」 と、これ以上ない仏頂面で返されたことがある。

 溝川はモンスター級の女子にも好かれない男子だった。
 遠くでノートルダムの鐘が鳴り響く。

 オレが何をしたって言うねん―

 ヤンキー達はいつか殺すつもりだ。

 強い者には弱い彼だけれど、弱い者にはめっぽう強く、自分が優位に立てる者とだけ絡み、その自尊心を保っていた。

 野菜の卸業を営む父を持つ彼はいわゆるボンボンで、真ん中で綺麗に分けられたサラサラの髪、色白で小太りな風体。いつもアーガイル柄の靴下を履いていた。

 勉強以外の趣味は宝くじ。中学生には似合わない趣味だけれど、人より多い小遣いの殆ど全てをそれに注ぎ込んでいた。買い始めて六ヶ月、これまでの当選最高額は三千円。
 数学の得意な彼がなぜそんなにも分が悪いギャンブルをするのか、誰も知らない。また、関心もない。


 「みっじょん。一緒に帰ろ」

 声をかけてきたメグルとは中二から同じクラスで、唯一、挨拶以上の間柄だった。

 「しゃーなしやで」

 二人の決まり文句。
 メグルは頭が良くなかったけれど、彼のひょうきんな性格は割と好きだったし、何よりも無害だ。
 学校帰りの自宅までの道を毎日、二人で歩いた。

 住宅地の退屈な風景。一人で登下校していた頃に、自宅までの一軒家の表札を全て暗記した。家の外観を見て先に名前を言い当てると、決まってメグルは、「すごいなー。みっじょんはすごいなー」と言って目を丸くした。

 自宅に到着してメグルに別れを告げる。

 「エロビデみせて〜。お願い」

 引きつらせた笑い顔でメグルが懇願している。
 裕福でないメグルの家には自室がないし、ビデオを買う金も彼にはない。
 既に一人で毎日観ていて満腹の彼は、エロビデオ鑑賞会などしたくもなかったけれど、先週末、一人では心細いので、二人で片道一時間半をかけて買いに行った道のりのほとんどをメグルに漕がせた手前、断りにくい。
 今日は塾が休みなので、一時間だけの条件付きで自宅に入れた。

 「ィェイ、やったー!ヘヘヘヘ」

 大喜びで上がり込んで来たメグルは、靴下を手で払い、溝川の部屋に入るなり勝手に早々にビデオデッキの電源を点け、イヤホンを装着してエロビデオを観始めた。

 所在をなくした溝川は、二階の自室から階下に降りて、両親が留守で誰もいないキッチンに、おやつのポテトチップスコンソメパンチを見つけた。リモコンや絨毯が汚れるのを嫌って、メグルにはやらないことにして一人で食べた。

 リビングの電話機が鳴る。
 受話器を上げると買い物へ出先の母親からだった。

 「ちゃんと勉強やってる?塾が休みでもしっかり予習しなさいよ」

 うんと言って受話器を戻す。聞き飽きた。毎日毎日、エンドレスリピートで促す受験勉強。
 三流大卒の母親に言われるのが余計にムカつく。

 自室に戻って学習机に座る。

 『灘校合格』

 『目指せ!東大』

 目の上、白い壁紙に母親の書いた下手くそな楷書で張られている半紙。まだ高校受験さえ終えていないのに大学までの圧力が約束されていた。
 視界に入る度、気持ちが沈む。

 そんなことに気が付くはずもないメグルはテレビ画面の前で一人、映し出されるAV女優の淫らな肢体に白熱していた。

 学力を落としたくはなかったけれど、彼のように無防備に生きられたら今より充実感を得られるだろうか。父親の商売が成功してすぐに高まりだした母親の教育熱。小学校高学年の頃からは圧倒的な時間を勉強に費やしていて、辿る記憶はいつでも学習机と共に在った。
 でも、だからといってそれ以外のアドバンテージがないこともまた、溝川の充分な記憶力がそれをもって彼に教えていた。
 一つのため息の後、現実に戻る。

 椅子の左側、縦に三段で配列された引き出し。その最上段のみ施錠できる仕様になっていて、その場所だけが彼のプライベートスペースになっていた。
 鍵を差し込んで開ける。

 『天国まで連れてって』

 AV女優、夕樹舞子が単体で写るビデオジャケットの上に、先日、買った宝くじがある。幼い瞳、少女のように滑らかな肢体。夢のような女の上に、さらに壮大な夢を孕む300円のカラフルな抽選券が15枚。
 入試直前の秋開催、オータムジャンボ宝くじ。
 女と大金。触れたことのない両者。紙の媒体でそこにある二つの空想が、一つの当選で手に入る。

 そんな無限快楽の妄想だけが、日常から飛び立って行ける唯一つの時間だった。
 宝くじを手に取って眺める。
 抽選日が今日の日付で案内されていた。
 溝川はリビングに行って、朝刊の新聞を部屋へと持ち帰り、机に着いた。

 当選確認は一人でするのが彼のセオリーだったけれど、膨大な桁数の数字の羅列を見ると、これまでの惨敗が甦って来て、当たる想像が些かもできなかったし、メグルは夕樹舞子に夢中でこちらを見ようともしない。

 まあ、いいか―

 一枚目を新聞の当選番号と照らし合わせる。
 当たり前のようにチグハグな両者から先制パンチを浴びた。その後の抽選券も当選番号にかすることなく、たちまちのうちに最後の一枚を迎えた。
 せめて最後の一枚だけは魂を込めた閲覧で終えようと、通常、下三桁から確認するのを、初心に帰って先頭の数字から確認していく。

 案の定、組番号の二桁が不一致。
 ため息が漏れる。
 これで一等、二等、前後賞の目がなくなった。
 まだ目が残る当選賞金の最高額は三等の百万円。
 抽選番号が全て合致すれば当選する。

 しかしながら、六桁ある抽選番号のうち先頭の数字(先頭は必ず1)を除く五桁の全てが的中する確立は10×10×10×10×10。
 10万分の1。

 戦意を失った彼は頬杖をついて、うんざりしながら残りの抽選番号を先頭から見ていく。

 一つ二つ…三つ―

 上三桁全てが一致していた。
 高揚感を最後まで楽しみたい彼は、残りの抽選番号を隠しながら見るために下敷きを捜す。弾みで番号が目に入らないよう、天井に目を向けたまま手探りで下敷きを捜すのだけれど、見つからない。
 思いついた彼は引き出しからエロビデオの箱を取り出して、それで残りの数字を隠した。毎晩おかずにしている女で目隠しをするのがやや不謹慎に思えたけれど、続けた。

 四つ…、マジで?―

 噴き出す汗を学ランの袖で拭った。

 後二桁で百万円。

 いつも億単位の妄想だったけれど、目前の宝箱はそれを凌駕する興奮を充分に備えていた。

 頼む―

 ビデオ表紙の女も、おっぱいも、全てが艶を失い色褪せて見える。
 乳でも乳首でも、この際、陰毛だっていい。

 オレに幸を―
 一生分の幸を―

 ゆっくりとスライドさせるビデオの空箱。
 現れるアラビア数字。
 抽選番号の下二桁、十の位。

 あ、当たってる―

 信じられない。
 心拍数は天井知らずで上昇、全身は隈なく鳥肌。

 ヤバい―

 呼吸が難しい。

 乱れ過ぎた呼吸を整えようと、机の右側、出窓の外を眺めた。
 夕焼けでオレンジに染まった住宅地に、遊ぶ子供たちの声が乱反射している。
 それまで全く聞こえていなかった。
 信じがたい緊張感が普段、冷静な彼をそこまで追い詰めていた。

 日常の風景が信じられない。自分一人が別世界に陶酔している。
 どれだけ待とうと、深呼吸しようと、心を落ち着かせることができそうにない。

 ラスト一桁。これが合えば百万だ。

 確立、10分の1。
 抽選番号、5。

 これが外れれば、これまでの興奮が全て水泡に帰する。
 左から右にずらしていたビデオケースのスライド方向を上から下に変えた。少しずつ丁寧に下げていく。ゆっくり、ゆっくり。

 ドッキーン。

 現れた数字の頭頂部が真一文字。
 この形状のアラビア数字は7と5しかない。

 呼吸ができない。

 極限状態のなかで、耳にあたる吐息を感じた。
 顔を向けると、10センチない距離でメグルが鼻息を荒くしていた。

 興奮しきったメグルと目が合う。
 固まったまま微動だにしない、蒼白の溝川を見つめるメグルが、目を合わせたままゆっくりと頷いた。

 頷き返した後、短く強く息を吹き出して、夕樹舞子に手を乗せた。

 行け―

 行け!―

 行っけー!!―



  
  ̄



 ↓




 |




 ↓




 ⊃
 


 
 ↓



 
 5




 マジっすか?―

 忙しく顔を左右に振って、当選番号を何度も確認しつつメグルが溝川の肩を揺する。

 放心で動けない。

 ぅぅうわあ〜!

 メグルが狂喜して溝川に抱き着く。

 「バンザイ!バンザ〜イ!」


 百万円当選券の隣、初めて買ったエロビデオ。
 表紙の女の豊かな乳房はその色を取り戻して、感触さえ伝わる気がしてくる。
 金、女、自由。

 オレンジが紺に変わった窓の外から、近所の夕飯の香りが入って来ていた。

 ああああ―

 宙に浮き上がる感覚は、小さな部屋の出窓を越えて、漂う夕食の香りが届かぬ天空へと舞い上がる。

 日常を、俗世間を突き抜けてどこかに。誰もいない、誰に知られることない世界へ。
 札束の翼で…。




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