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日記ロワイアルコミュの人間嫌いと成功願望

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 無目的に生きてきたけれど、本当は金持ちになりたかった。金を持っている人が正しいと思っていたし、金を持っていない人は、何かが正しくないのだと思っていた。だから、うちの親は正しくない。それに僕も何かが圧倒的に正しくない。周りにいる人間たちも正しくないし、職場に行けば、社長以外はみんな正しくない。生まれ故郷の小さな島も、住民ほぼ全員が貧乏だった。みすぼらしかった。東京に行けばみんなが華やかなのだろう、島のように陰気な人間は一人もいなく快活で生命力にあふれた人ばかりなのだろう。そう思っていたけれど、上京後周囲を見渡してみたら、大抵のやつが卑しかった。誰もが金を恨み、嫉妬をしたり、無目的に欲しがったり、不安に駆られたり、人間の価値をも決めつける基準にしていた。
 僕はそういう社会にうんざりしながら、やっぱり心の中では連中と一緒だった。とにかくいつも、金のことばかり。すると心の中にいつも暗澹が巣食うようになり、たちまち希死観念の癌細胞に成長する。いつも不足していて、満たされない。その躁鬱を、その自己嫌悪を、そして何よりも不幸感を、ダイナマイトのように吹っ飛ばすには、大金をつかむことだ。金さえあれば幸せになれる。金さえ持っていれば、人を幸せにすることだってできる。世の中も変えられる。ばかばかしいやつらを蹴落とせる。素晴らしい人だけを周囲に集めることが出来る。
 単元的な考え方は、脳細胞を太くし単純化する。
 単細胞。
 僕は金持ちになりたかった。

 小学生の時だった。島に、「移動図書館」という乗り物がやってきた。『となりのトトロ』で、お父さんが乗って帰ってくる胴長犬みたいな形のぼろぼろのバスに、たくさん本が積んである。バスを運営しているのは、とあるキリスト系の団体だった。だけど僕は幼いながらも「キリスト」を馬鹿にしていた。その理由は曾祖母にある。曾祖母はいつも白装束を着て、頭に稲穂を巻き、呪詛みたいな言葉をぶつぶつ唱えながら島中を徘徊していた。一部の島民にはそのカリスマっぷりは有効だった。「ノロさま」と曾祖母を呼び敬っていた。しかし、僕のクラスメイトの中では評判は最悪で、
「昨日もおまえんちのひいばあちゃん、歩いてたぜ」「怖い」「おばけ」
 などとからかわれるのだった。
 そして、僕の父親はいつも言っていた。
「ばあちゃんは頭がおかしい」「ひいばあちゃんのことは、かわいそうな人だと思え」
 いつしか僕の家に、エホバが布教しに来た。父親は、玄関を開けて宣教士の二人組を見るなりこう怒鳴った。
「神様なんかいねえんだ馬鹿野郎」「帰れ」
 僕はなんだか、幼いながらも、そんな父の言葉の暴力を、かっこいい、とすら感じたのだった。
 神様なんかいない。
 「優しい」神様なんか。
 父の言葉は僕の中で強く響いた。そういえば、僕は何も悪いことをしていないのに、テレビに出ている島の外側、海の向こう側の人たちと比べて、ものすごく不幸のような気がする。お金がなくても幸せそうに笑う開発途上国の少年少女よりも、僕の方がよっぽど不幸だ。いつも死にたくてたまらない。ニュースを見ていると、正しい人たちが殺されたり、はたまたなんらかの境遇で殺人鬼となり、無実な人をあやめてしまったりしている。神様なんて、どこにいるのだろう。
 僕は移動図書館が来るたびに本を盗んだ。神様を信じているような人たちから物を盗むのは、ちょうど、にわとりが痛い思いをして産んだ卵を、人間が平気な顔をして食べちゃう感じと似ていた。劣っているやつらには、ひどいことをしても許される。都会の人が田舎の集落にダムや原発を作るように。
 小学6年生の時、「アンドリュー・カーネギー自伝」を盗んで読んだ。自伝コーナーのおすすめ本だった。鉄鋼王、超大富豪、大成功者の自伝。カーネギーの人生はアメリカンドリームそのものだった。幼いころから貧乏で苦労し、蛍雪の功で勉学に励み、ある日、鉄道のトラブルを解決したことからチャンスをつかみ、会社を建て、当時、世界で一番の巨万の富を得る。しかし、亡くなるころには貯金はすっからかんになっていた。何故か。すべて寄付したのである。カーネギーホールやカーネギーメロン大学を設立し、アメリカ中に何千もの図書館を建てた。
 かっこいい。
 僕もそんな人になろう、と思った。周囲をあっと言わせたい。そんな自己顕示欲から出た空っぽの成功欲である。

 まず、田舎を出なければと僕は考えた。
 それには金が必要だった。
 村で一番の金持ち(たかが知れているが)である平さんの工場の手伝いを、僕は中学の頃からしていた。平さんの家は、大きな山を持っていて、そこを切り崩し、出てきた岩石でコンクリートを作っていた。
 僕は学校が終わると体操着のまま平さんの山に行き、ダンプカーが積み下ろす岩を次々とベルトコンベアーに乗せていった。放課後直後から日没まで働いて、だいたい二千円、高校生になるころには三千円もらえた。休日は日曜日だけだったので、学生にしては良い小遣いになった。しかし貯金は増えなかった。ほとんどが成長期の食費と、思春期の携帯代に消えていくのだ。当時、パケット放題のシステムがなかった。だいたい毎月六万近く携帯代を払っていた。今で言うSNSのような、とある交流サイトにハマっていたのだ。
 僕はそのサイトの中で、たくさんの東京の友達を作った。サイトのルールとして、匿名でやりあわなければいけなかった。電話番号やメールアドレスを教えあうことは禁止されていたし、住所などはもってのほかだった。そのようなやりとりをすれば運営側から忠告を受ける。何枚かイエローカードがたまると、強制退会させられてしまう。おまけにサイトは、未成年者の利用を禁止していたので、僕はいつも冷や冷やだった。
 東京で一人暮らしをしている、美大生の女性と、サイトの中で深い付き合いになった。ひぽこ、というハンドルネームだった(理由を聞けば、『カバのようにたくましくなりたいから』と、ひぽこは言っていた)。僕はひぽこに強く惹かれるようになった。
「今からライブ!」
「ちょっとコンビニ行ってくる」
「今日はマックでご飯食べたよ」
 彼女の報告に織り込まれた都会の暮らしに、とても憧れた。
 学校にいる時も、工場にいる時も、サイトを通してひぽこと繋がっていた。ひぽこからアクセスがあると、とても嬉しくなった。ひぽこから届く文字だけ、特別にかわいく見えた。みんな同じフォントなのに。僕らは24時間繋がっていた。病的だった。
 ひぽこは心の弱い女性だった。兄に強い恨みを持っていて、殺してやりたいとさえ言うようになった。その願望が自分の方に向いてしまうことがよくあり、何度か、
「死にたい」
 と言われた。
 「死にたい」だとか「自殺します」という単語は、運営サイドにより削除されてしまう。
「ささ なな た ああ」
 というふうに暗号に変換して、ひぽこは僕にSOSを放つ。僕は東京に出てひぽこを助けてあげたかった。だけどそれには高校を卒業するまで待ってもらうしかなかった。卒業式と同時に一人暮らしがしたくて、高校三年生の冬、生まれて初めて飛行機に乗り、東京にやってきた。自分が住もうとしている場所、ひぽこの住む街を、この目で見ておきたかったのだ。
 島の空港までは、平さんが車で送ってくれた。
「東京にはローソンっていうところがあって、そこで飯から乾電池までなんでも売ってる。24時間営業なんだ」
 と平さんは自慢げに教えてくれた。「便利だぜ! ローソン!!」
 飛行機の小さな窓から東京の夜景を見た時、僕はアンドリュー・カーネギーのことを思い出していた。
 成功したい。
 成功という結果を、目的にしてしまって、いったい自分が何をしたいのかは分からなかった。何に向いているのかさえ分からないし、好きなことも、興味のあることもほとんどなかった。ただ、自分より先に、世間から、社会から、自分のことを好きになってほしかった。

 羽田から電車に乗った。満員電車を体験してみたかったが、昼だったので、車内は思いのほかすいていた。乗客はみんな、枯れた花のように頭をたれて眠っていた。片方から強い光が車内に差し込むと、女性客たちが一斉に日影側の席に移動をしたので、日向側に座りなおした。僕はそれを見て、島の海の、波打ち際のヤドカリたちを連想した。
 なんとか電車を乗り継いで、ひぽこの住むK市を訪れた。駅の目の前にある、小さな不動産屋の扉を叩いた。
「高校卒業したら大学生になるの? 専門生?」
 と聞かれて、とっさに「専門です」と嘘をついた。
「一番安いアパートを紹介してほしい」
 と言うと、家賃三万円の物件を紹介された。風呂が付いていないのに、トイレにはウォシュレットがついている、不思議な部屋だった。引っ越し代も含めて三十万ほど貯めれば、ここで暮らすことができる。島に帰ったら平さんに相談しよう。
「僕、ここに住みたいです!」
 初老の不動産屋は、「そしたら今度は、親御さんとおいで」と優しく微笑んでくれた。
 少し将来のことが見えてくると胸が弾んだ。嬉しくなって、ひぽこに暗号を使って、
「今K市にいる」
 と伝えた。それから僕は、
「霊柩例の、」
 と言った具合に御法度である電話番号を、なんとか暗号にしてひぽこに伝えようとした。僕なりのサプライズだった。喜んでくれると思った。
 しかし、いくら待っても、ひぽこからの連絡はなかった。僕はどうしても会いたくてK駅のベンチで、ケータイを焦がすほどにらみつけ、ねばった。日が暮れて夜になった。終電もなくなり充電も切れた。その日僕は、童貞を失うつもりでさえいたのだ。
 その後一切ひぽこは僕とコンタクトをとってくれなくなった。
 島に戻り、何日か経った後、僕はサイトを見てびっくりした。ひぽこは自分のチャットルームで、他の男と仲良くしていた。落ち込んだけれど、生きているのなら良かった、と思うことにした。
 僕は高校を卒業してすぐに、K市で一人暮らしを始めた。

 本当にお金がなくて困った。
 引っ越し代のために貯めた三十万円は、すぐに全てなくなってしまった。その後の生活費のことを考えて余分に貯める、ということを思いつかなかったのだ。
 僕はアルバイト探しと、ひぽこ探しを兼ねて、よく街を練り歩いた。街行く東京の人を見て、僕はなんとなく落ち込んでしまった。描いていた都会人と、目の前にいる東京の人たちは、かけ離れすぎていた。みんなそれなりに、島の人よりもいい服を着ていたり、しっかりと整えた髪型をしてはいるのだけれど、もしかすると、田舎の人の方が生きている覇気みたいなものがあったような気がする。幸せのような気がする。
 平さんおすすめのローソンを見つけた。入ってみた。レジのアルバイトは僕が品物をカウンターに置いても一言も言わず、機嫌の悪そうに応対をした。僕がここで働いたら、次の日にはサービスにおいて天下をとれるだろうと思った。そう思うのと同時に、
「僕の服装やしぐさのどこかしらから、田舎くさいところが出ていて、この店員は不快に思い、僕に対する機嫌が悪くなったのかもしれない」。
 タクシー運転手にしろネットカフェ店員にしろ駅員にしろ、誰もが機嫌悪そうに生きていた。人の多すぎる中国で、人がいつも怒っているように、人口密度があがると人は本能的に機嫌が悪くなるのだろう。
 僕はそう思うことにした。
 みんなかわいそうなんだ。

 あらゆるアルバイトを経験した。
 まず前述のローソンで働きだした。サービスの天下を目指して。しかし、アルバイト仲間である大学生たちの輪に入って行けなかった。なにか分からないことがあっても、怖くて聞けなかった。また、一番最初に話しかけてくれた女の子に、
「学生?」
 と聞かれて、
「そうだよ」
 と格好つけて嘘を言ってしまい、結局、自分は大学に通っていて、経営学を学んでいるとまで見栄を張ってしまった。
 そうなると、次に話しかけられるのがもっと怖くなり、アルバイト仲間と目が合いそうになると、そらした。省られるようになった。被害妄想かもしれない。だけど妄想より怖いものはない。
 ある日、レジのお金が五万円なくなっていた。僕ではない。しかし、疑われるのが嫌で、そして疑われているような気がして、誰も話しかけてくれない勤務中が地獄のように思えてきて、無断欠勤をした。無断欠勤と言うのは実に心苦しいものだ。辛いからサボったはずなのに、ぐうたらに過ごす家で一人、罪悪感から死にそうになる。金もない。学歴もない。友人もない。仕事の探し方も知らない。
 それならばもう一度別のコンビニで働いてみよう。要領は分かっている。人間に恵まれれば、僕はうまくやれるはずだ。
 一つ離れた駅に、ローソンがある。僕は面接を受けに行き、経験者だと言った。すぐに採ってくれた。
 しかし一か月後、またしても同じようにして僕は無断欠勤をおかして、辞めた。人の中に入って行けず、見栄を張り、嘘をつき、怖さからごまかしたミスがたまり、バれ、次第に嫌われてしまうのだ。そして不幸なことに、僕は、好かれたいのだ。誰よりも。病的に。世界中の人から。自分が馬鹿にしているような人からでさえ。好かれたいのだった。

 ひぽこは見つからない。そのうち愛情も冷めてくる。僕は18歳だった。朝うつぶせのまま目を覚ますと、股間で体が浮き上がりコンパスになるくらい、下半身が元気だった。多摩川沿いに、さびれた、エロ本やアダルトDVDだけを取り扱う店を発見した。僕はそこに入ってみた。眼鏡をかけた痩せた店員が、なるべく客の神経に触れない程度に、愛想よく働いていた。
 僕は性的な目的も忘れて、店の連絡先をメモし、帰宅後面接のアポをとり、再び履歴書を提出しに行った。僕は自信に満ち溢れたタイプの人間や、指揮官タイプの人間がとても怖い。だからアダルト書店で働いているような人種、つまりひょろひょろの店員、それから女の出来ない(僕も出来ない)しょうもない客、の中でだったら、人間関係に苦しまずに働いていけるだろう、と思った。しかし世の中はうまく出来ている。あちらのしわを伸ばせば、こちらにしわが寄るのだった。
 働いてみると、思った通りとても楽だった。コンビニにいる大学生連中とは違い、なにやら訳ありなフリーターたちの作り出す距離感は、僕にとって居心地が良かった。僕は東京に来てはじめて、
「この人と仲良くなりたい」
 と思う人と出会った。話を聞くと、中卒で、ずっと引きこもりをしていたらしい。僕は彼についてまわった。家にも遊びに行った。床を埋め尽くすほどのゲームに、僕も夢中になった。仕事中もゲームやアニメの話をした。彼と同じ自動車教習所にも通った。そしてしばらく経ったある日、
「お台場でゲームの大会があるから一緒に来ないか」
 と誘われて、
「もちろん!」
 と僕はついていった。
 すると、大きな、そして豪華なホテルのロビーで、スーツを着た女性を紹介された。女性は薄く微笑みを浮かべて、
「はじめまして」
 とあいさつをした。距離を置くような、けれど相手の領域のぎりぎりまで近づいてみようとするかのような、都会式のあいさつだった。僕は、ゲーム大会のためのなんらかの手続きが始まるのだろう、とそのときは考えた。
 ホテルのカフェに連れていかれ、僕は彼女と向き合って座り、彼は僕の隣にちょこんと座った。
 話が始まった。こんな感じ。
 今、世の中にはたくさんのビジネスがある。日本の教育は資本主義の奴隷を作り出すことに長けたシステムであって、フレームアウトして視野を広げれば、たくさんの隠されたビジネスモデルがあり、人に搾取され奴隷のように働く必要はもうない。
 というのである。
「ねえ、ゲーム大会は?」
「まあ、ちょっと聞きなよ。良い話だからさ」彼は言って、スーツの女に目配せをした。
「ネットワークビジネス、って聞いたことあるかしら?」
 早い話が、それはねずみ講だった。三十万円で僕がコラーゲンたっぷりの錠剤を買い取る。僕はそれを誰かに売っても売らなくてもいい。とにかく、三十万円払う。そして僕も同じようにして、誰かを誘って、三十万円で錠剤を買い取ってもらう。もしくはそこに錠剤の授受が発生しなくてもいい、とにかく三十万円収めてもらう。そうすると、僕は、そのうちの十万円を歩合として受け取ることが出来る。
「四人誘えば、資本三十万円の回収が完了し、更にお前に十万入ってくるんだ」
「なるほどね」僕は答えた。怖かった。
「もっと言えば、ここでお前が三十万円でコラーゲン買ってくれれば、俺に十万円入る。そしてお前が仲間にした誰かが誰かに三十万円で売ることができたら、お前に五万、そして俺に一万入ってくる。そうやって横のつながりをばんばん増やせば、どんどん下に人が増えいく。あとは自動操縦。気づいたら大金持ちだ。資本主義は、社長とせいぜい株主しか儲からない。しかしネットワークなら、網目の中にいる全体が上にあがっていく。世の中の一パーセントだけが全体の九割の富を持つような時代は、終わったんだ。分かるだろ?」
「分かる…だけど」
「三十万円が用意できない、んだろ?」
 僕は首を縦に振った。そんな大金。
「それなら、貸してあげるよ。三十万。それでどう? 死ぬ気になれば三十万円なんて一瞬で稼げるさ」
 僕は彼から金を借りる約束をして、ネットワーク加盟の契約書にサインをした。三十万円で十粒の錠剤を買ったのだ。
「三十万は後からゆっくり返してくれればいいから」
 、と彼は言った。僕が不安がると、
「この一粒が何億の実りをつける種なんだぜ。それが三十万なら安い買い物だろ?」
 と彼は慰めのつもりの言葉を言った。僕は嫌われたくないだけだった。コラーゲンなんて、いったいどんな成分なのか、今でも知らない。
 その帰り道、僕は彼の家に寄った。
「よっしゃ二人で今からゲーム大会しようぜ」
 ラブプラス。
 ゲーム中に彼は、
「コーヒー飲む?」
 と言って、僕は、
「ありがとう」
 本当は僕はコーヒーが飲めない。
 戻ってきた彼は、一枚の紙をコーヒーカップとともに持ってきた。
「ごめん、ここにサインしてくれない?」
 サラ金の保証人の欄だった。彼はサラ金から借りた金を元手にして、ねずみ講の、いわゆる「パートナー」を探しはじめたのだという。ある程度のネットワークが出来上がったのは良かったが、月々の勧誘ノルマがきつかった。下にいる「仲間」のノルマが達成できないと、彼はまたサラ金に走った。ネットワークの上部に金を収めるためである。そうやっていつしか、金利を返すだけの生活になり、そして、それすら返せなくなると別の金融会社の扉を叩いたのだった。
「僕みたいなフリーターでも保証人になれるの?」
 嫌われたくなかった。
「もちろん。借金がないなら、尚更」
 僕がそれにサインをした次の日から、彼はバイトにこなくなった。消えたのだ。

 やがて、バイト先に取り立てが来るようになった。暴力的なやつではない。店の中にずっと黒スーツが居座る。何もしない。声をあげることもない。腕を組み、まるで大統領を守るSPのように、狭い店の中で一人立っているだけ。日には二人になるときもあった。腕を組み、彼が息を吸うと熱い胸板が膨らみ、心なしか、せまい部屋の酸素が薄くなった。黒スーツは僕が店頭に出ている時間をチェックし、すると僕がいくら稼いだか彼らは知る。家賃も滞るようになった。出て行けと言われた。いつも家には抜き足差し足で帰った。バイト先に行けば、ファックスから、
「金返せ」
 と書いた用紙が一日中吐き出される。やがて客足が遠のき、売り上げが全くない日もあった。
 バイト仲間にわけを話し、
「コラーゲンを買い取ってくれ」
 と言っても、誰も協力してくれない。店長から「辞めてくれないか」と言われたとき、僕は「ご迷惑をおかけしました」と言うしかなかった。
 サラ金の取り立て人が、港湾のアルバイトを紹介してくれた。オーストラリアから輸入してきた石材、墓石の原料を、ベルトコンベアーに乗せていく仕事だ。
 墓石。死の碑。
 何日も飯を食わない日が続いた。血尿が出る。しかし病院に行く時間もなければ、金もない、保険証もない。日当八千円のところを、取り立て人が毎日待ち構えていて、七千円ずつ持って行った。
「千円くらいはないと、飯食えないだろ?」
「助かります」
 港湾まで行くバス乗り場までの十五キロを、電車賃を削るために毎日歩いた。休憩中には、手あたり次第、作業員をねずみ講に誘った。
 もう、成功なんかどうでもいい。
 好かれなくたっていい。コラーゲンさえ誰かが買ってくれれば。
 半年ほどそういう生活を続け、ある日ふと、ひぽこのことを思い出した。携帯を繋いで、久しぶりにサイトにアクセスしてみる。ひぽこの部屋を探す。見つかる。
「ひさしぶり! ぼくのこと覚えていますか」
 震える手で文字を打ち込む。返事はすぐに返ってきた。
「ごめんなさい。ひぽことは、どういう関係の、方でしょう?」
 精神安定剤的なものの飲み過ぎで、ひぽこはおかしくなったのではないだろうか。
 それか。
「あなたはひぽこじゃないのですか?」
「ぼくは、いまの、ひぽこです。あなたは、前のひぽこさんとはどういう関係だったのでしょうか」
 恋人だった。と僕は言いたかった。それでも、そんなことは書けなかった。
「ひぽこさんは、僕の大切な人でした」
 僕は打った。心よりも先に、未来を予感した涙が、ほほを伝った。
 少し経って、返事がきた。
「ひぽこさんは、亡くなりました。今はぼくが、ひぽこです」
 僕は、枯れるまで泣き続け、落ち着きを取り戻したころに、「今」のひぽこに、「友達になってください」と言った。
「いいですよ」
 と返事があった。
 お金をつかむよりも、嬉しかった。

 この借金は、直接の僕の借金ではないが、全てを返済し終わって、ある程度のお金がたまったら、僕は島に帰ろうと思っている。もう人間はこりごりだ。あそこなら、東京ほど人はいないし、都会の人ほどべたべたしあわない。自分の力で暮らし、お金の力を借りなくても、小さな自然の変化で感動する。そんな生きた鮮やかな心がほしい。
 僕は成功とは、自分の力で暮らせるようになることだと今は思っている。どれだけお金を持っていても、お金の力を使わなければ生きる喜びを味わえないような価値観では、真の成功者とはいえない。
 島に行こう。生きる力を、孤独の力を、身に着けよう。
 僕は二番目のひぽこに、そんな小さな夢を打ち明ける。
「すてきだね」
 と彼は言う。
「どういうところが、すてきだと、おもう?」
 と僕は訊く。
「人のいない、しまが」
 と彼が言う。「人がいないところに、ぼくもいきたい」
 僕は思う。
 みんなうっすらと人が嫌いなんじゃないか。それは僕だけじゃなくて、みんな。神様でさえも人間がうっすらと嫌いなんじゃないか。でもその真実を真っ直ぐに見つめてしまう強さなんか誰も持っていない。そこで用意されたのが、愛だとか、慈しみ、という概念なのかもしれない。
 僕は思う。
 この途方もない根源的な人間への憎しみを、本当は願ってやまない孤独への憧れを、しっかり見つめていこう。そうすればこの先、傷つくことはない。せめて、もう傷つく余地のないほど傷ついた人は、徹底的に愛を、慈しみを、人間を、すべてを疑い、絶望してみよう。
 僕はその絶望を探しに、人のいない場所に行く。ひぽこの場合、その実験の場を天国に求めた。
 島に帰ろう。
 それでだめだったら、死のう。
「僕は、人間が、きらいなんだ」
 と、今のひぽこに言ってみたことがある。
「僕のこともきらいかい」
 と彼は言った。
「君だけは別だよ」
 と僕は答えた。
 だって、そう応えるしかないじゃないか。
--
 以上がハンドルネーム「ひぽこ」が見つけた、ネット仲間の遺稿である。

コメント(51)

本当に、地を這うような日々に。

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