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日記ロワイアルコミュのブライアンが勝ったので

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 クリスマスイヴで金曜日。テレビを見ていると街は浮かれ気分のようで、たぶん、今日みたいな日はどこに行っても鶏肉が売れ、ケーキを抱えたサラリーマンがそれを気にしながら吊革を握り、そして街道沿いのラヴホで数兆発の精子がゴムの内外問わずに無駄遣いされているのだろうが、僕には関係ない。
 2004年、12月24日。
 この頃、僕はどん底だった。友人と始めた店がまずつぶれた。携帯電話の販売店なんて、最初のうちは多少よかったが、いま携帯電話を持っていない人間のほうが希少価値があるのに、そんなに需要があるわけじゃない。いつのまにか借金は膨れ上がり、相棒はとんずらし、僕はヤクザにつかまって、やりたくもない仕事をすることになった。
 タチバナという名前のそのヤクザが僕にあてがった仕事はたった一つだけ。
 つぶれかけたボロアパートの103号室に住み込んで生活すること。
 具体的に何をすればいいんですか?とタチバナに尋ねると、松田優作似のやくざは笑って言った。
「何にも。兄さんは黙ってそこにいればいいんだよ」
 どうやら僕の仕事は占有屋というらしい。想像するにこのアパートはもう既に他人の手に渡っているのだが、僕が住んでいる限り持ち主はこのアパートを売り払うことも壊すこともできない。それでタチバナがいくら得をするのかは知らないが、どうやらそういうことらしい。
「昔はおれたちみたいなコワモテがやる仕事だったんだけどな。色々うるさくて、お兄さんみたいな真っ白な経歴の真っ当なサラリーマンだった人材が必要なんだよ。いい仕事だと思うぜ?少なくとも、マグロ船やスケソウダラの運搬なんかをやるよりはな。とにかく外に出るなよ。何かあったら」タチバナは配下のチンピラたちを顎で指した。「あいつらに言え。年明けたら本格的にいろんな人間が尋ねてくる。ちゃんとずっと住んでいることにするんだぞ。いいな」
 それだけ言うとタチバナは笑った。「な?楽な仕事だろ?」
 というわけで11月の1日から、僕は103号室の住人になった。管理人兼住人。ただし、6部屋あるアパートの中で住人は僕一人。強制的引きこもり状態になって2ヶ月近くになる。まさかこんなことになるとは思っていなかった。

 どん底だとさっき書いたけれど、意外なまでに居心地がいいことに気がついた。勝手に出かけることは許されていないが、コンビニやスーパーに行くことは許されていた。便利な世界になったものだと思う。携帯電話は解約してしまったので、誰とも話すことがない。およそ会話というもののない毎日だったが、あきれるほど僕は平気だった。仕事の上でつながりのあった人間は店が倒産したら離れて行ったし、彼女もいなかったし、逃げた相棒以外に友達と呼べる人間もいなかった。漫画雑誌とテレビと文庫本程度の刺激で2ヶ月生き延びてきた。そしてわかったのは、僕にはこの仕事が誰よりも向いているということだ。最近人気の芸人が、「引きこもりする財力がありません」と嘆いていたが、財力さえあればいつでも引きこもれる準備があるんだなと僕は思った。
 さすがタチバナは、人を見る目があったというわけだ。
 というわけで、僕はその日、近くのローソンで買ってきた「からあげくん・ガーリック味」を食べながら、期間限定のなんだかわからない味のファンタを飲んでいた(僕は酒が飲めない)。クリスマスらしいことは何もしていなかった。
 電話がかかってきたのは夜の10時だった。
「はい佐藤です」
「サトーくん?あたし!」女の声がした。
 ・・・誰だよ。
 タチバナかその使いのチンピラしかかけてこないはずの電話に、女の声がすること自体おかしなことだ。
「ねえねえ、明日の有馬記念なんやけどさぁ」
「有馬記念は明後日だろ」
 どちら様で?と尋ねればよかったのかもしれない。明らかに間違い電話なのだから。だけど、僕はそうはしなかった。
 たぶん楽しんでいたのだと思う。
「何言うてるのん、明日やんか」舌たらずの声で電話の女が言った。可愛いといってもいいかもしれない。不愉快な感じは全然しなかった。関西の訛りがあった。大阪あたりからかけてきているのかもしれない。「明日阪神競馬場までいくんやけど、サトーくんの予想教えて欲しいなぁと思って」
 クリスマスイヴに男に競馬の勝ち馬を尋ねてくる(たぶん酔っ払ってる)女。話をあわせてつきあうのも悪くないな、と思った。
 スーパーのレジ係のおばさん以外の女性と話したのがひさしぶりだったというのもあった。
「頭は何から行くの?」僕も競馬は嫌いじゃないが、当たり前だがこの1年くらい全然買っていない。だが、10年くらい前は競馬場にも通っていたし、いまも有馬記念に出る馬くらいは新聞で読んで知っているつもりだった。
「ナリタブライアン」彼女が言った。
 ・・・はぁ?
「何だって?」
「ナリタブライアンに決まってるやん」当然だという風に彼女は言った。
「あの・・・ナリタブライアンってあのナリタブライアンだよね」僕は言った。
 ナリタブライアンといえば1994年の三冠馬だ。確かに強かったが10年も前の馬だ。当然引退して、種牡馬になって、確か、病気で死んだはずだ。
「そやで」彼女の声がいぶかしむような笑い声に変わった。「ほかにおるん?」
「まだ走ってるの?」おそるおそる聞いてみた。
「サトー君酔っ払ってるの?」
 酔っ払ってるのはおまえだろ。
 ちょっと悪戯な気分が起こった。きっと、ゲームか何かと混同しているのだと思う。馬券のこともよく知らないような若い女なのかもしれない。
 競馬から離れたいまでも、1994年の有馬記念の結果くらいなら空で言える。
「1994年の有馬記念なら、間違いなくブライアンが勝つよ」笑いを含んだ声で僕は言った。
「ほんま?」彼女が真剣な声で言った。
「絶対に」真面目くさった声で僕は言った。「全財産賭けてもいい」
「相手は?」
「そうだな・・・相手はヒシアマゾン」
「牝馬やん」
「ヒシアマゾンが来るんだよ。間違いない!」
「えーほんまかなぁ・・・」
 テレビではやりの長井英和の物まねをしたが受けなかったようだ。似てなかったのかもしれない。
「絶対だって。おれを信じろ。全財産突っ込んでもいい」
「ほんまに?じゃあ信じてみようかなぁ。ナリタブライアンとヒシアマゾンね・・・」メモする気配があった。「じゃ、切るね。ありがと」
 電話が切れた。
「楽しそうに話しとったやんけ」
 いきなり声がしたのでびっくりすると、玄関口にデブが立っていた。タチバナの手下の一人で、確か、
「ええっと・・・」
「ケンジョウじゃ。いい加減覚えんかこのタコ」ドスの利いた声でケンジョウが言った。
「まさか外に電話かけとったんちゃうやろな」
 プライバシーのない生活をしていたのを忘れていた。
「いや、そんなことは・・・」僕はおどおどして言った。「間違い電話ですよ」
「・・・まぁええわ」ケンジョウは僕を睨んだ。「おかしな真似したらあかんぞ?タチバナさんはお前に温情かけとるんや。裏切るような真似したら沈めるぞボゲが」
 どこに沈めるんですか?とは聞けなかった。
「差し入れだ」ケンジョウがショートケーキの入った袋を置いた。
「クリスマスですか」
「知らん」ケンジョウはぶっきらぼうに言った。「どっかの店の売れ残りじゃ」
「いただきます」僕は素直に受け取ることにした。
 怖いんだかやさしいんだかよくわからない。
「メリークリスマス」僕が言うと、ケンジョウはぶっきらぼうにつぶやいた。
「あほんだら、わしゃ、仏教徒じゃ」

 舌足らずの声で起こされる夢を見た。いい気分で目が覚めたが、相変わらず誰もいないボロアパートの部屋だった。
 いったい昨日の電話はなんだったんだろうと思いながら机の上のケーキの残骸を片付けた(そのまま眠ってしまったらしい)。いくらケーキを差し入れてくれるやさしいデブでも、あまり勝手なことをしていると明日あたり僕も東京湾あたりで魚のえさになっている可能性がある。
 今度電話がかかってきたら間違い電話ですと言って切ろう。とりあえずもうかかってこないかもしれないけど。
 夜になって、クリスマス特番を見ていると、また電話が鳴った。
「はい佐藤です」
「サトーくん!!やったよ!」
 弾んだ彼女の声がした。
「取ったよ!!」
「取った?」
「来たよ!ブライアンが勝ったよ!2着ヒシアマゾン!8.4倍!1点で!」
「ああ・・・そう・・・」なに言ってるんだか全然わからないんだけど。
「・・・ホントもうサトーくんのおかげ!めっちゃうれしい!・・・どないしたん?」
「いや・・・どうでもいいんだけど、おれ、佐藤だけど、君の言うサトー君じゃないんだよね。たぶん」
「え?」うれしそうな声が素に返ったのがわかった。
「うん、たぶん、間違い電話。それじゃ」
 電話を切って、少し考えた。
 なんか変なこと言ってたよなぁ。取ったとか取らないとか。まぁいいや。
 再び電話が鳴った。
「はい佐藤です」
「あっと・・・サトー君・・・ちゃいますよね?」
「ちゃいます」僕はあわてて言った。「あ、佐藤は佐藤ですけど。ああ、ややこしいなもう」
「すいません・・・電話番号、これで合ってますよね?」
 彼女が番号を電話口で言った。
「番号は合ってるね」
「じゃあ・・・昨日から間違えていたんですね・・・すいません・・・」
「いやいいっすよ。昨日言ってあげればよかったんだけど、なんか、なんとなく」僕は曖昧に笑った。「佐藤違いだったね」
「本当・・・すごい偶然。でも」彼女の声が輝いた。「凄いですよね、勝ち馬ズバリでしたよ!儲けちゃった!」
「いや新聞読んだら載ってるし」
「そりゃ新聞に出てますけど・・・当てる人なかなかおらへんですもん。ほんま、凄いです」
「ええっと・・・ちょっと混乱してるんだけど」僕は言った。
「あのさ、買ったの?」
「うん、勝ちましたたよ、ばっちりと」
「いや、そうじゃなくて、馬券買えたの?」
「買いましたよ」
 まさか。
「あのさ、今年、新潟で地震あったよね」
「地震あったのは北海道のほうでしょ?」
「日本の総理大臣は?」
「ころころ変わったからなぁ・・・えーっと・・・いまは村山さん」
「イチローってどこのチーム?」
「大好きやもん、知ってますよ。オリックス」
 間違いない。
「あのさ、変なこと聞いてごめん。今年・・・何年?」
「1994年やけど?」彼女が笑った。「大丈夫?」


2へ続く
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1811154539&owner_id=17058052

コメント(107)

一票。

最後まで読みました。当時、ヒシアマゾンが大好きでよく阪神競馬場に行きました
涙が止まりません
誰かにこの感動を話したい!と思うほどすごく素敵な作品でした。
もちろん一票です!

「凄い!!」としか言えない。一票です!
ラストまで読みました
良い作品に感謝の一票!
一票です

もっともっと貴方の作品が読みたいです・・!!!!
1票。
奇跡が起きないか...と最後まで希望を捨てられませんでした。
それもあってせつなさ倍増でした。

映画化希望です。
改めて読んだら、君の名はみたいで面白かった!
1票!

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